第17話 楠本はバナナトークをする
「お前、なんか煽り耐性が低すぎるぞ(笑)。どう考えてもおかしいぞ。普段の太々しいお前はどこに行った。面白すぎるだろ」
そこにアナウンスが響き渡る。
『さあ、僕の勝ちだよ。おじさんとおばさんは、そこで餓死し【誰がおばさんじゃいっ!】うわっまた【お姉さんと言いなさい!】ちょ、なんだよこ【言い直しなさい!お姉さんと言いなさい!謝りなさい!】うわ、わあ、ブチッ』
アナウンスが切れる。
「ふー!ふー!」
楠本は肩を意気らせながら宙を見つめている。
蔵五が怯えて話しかける。
「…楠本さん?」
「ふー!ふー!」
「…少し落ち着かれた方がいいかもですよ」
「ふー!ふー!」
「あの、聞こえてますか?」
「今、腹話術でクソガキに説教をしてるから、あんたは黙ってて!」
「はいっ!すいません!」
「ふー!ふー!」
蔵五が下を向いて黙っていること数分、アナウンスのスイッチが入った。
『ごめんなさ【テメエのバナナの皮ひん剥いてわさび練り込んでやるぞ】ひぃぃぃ」
蔵五の肩がビクッと震える。
「ごめんなさ【そんでお前のキャンタマを万力で押しつぶす】ヒィィィっ』
蔵五が内股になり、耳を塞ぎつぶやく。
「ウィルソン…助けて…」
『きれいなお姉さん、ごめんなさいっ!許して!ごめんなさい【はあ?もっかい言いなさい!】世界一キレイなお姉様!かわいい!大好き!【私は愚か者ですって言え】私は愚か者です!クソガキです!【よし、今日はこれくらいにしといたらぁ】うわぁぁぁブチッ』
アナウンスが切れた。
「ふーふーふー…ふう、落ち着いた」
「…」
「さて、村田さん」
「ハイッ!」
「私の腹話術で交渉してここから出れるようにしたいんだけど…手遅れかな?」
「いや、あの、私ごときが楠本様に意見するなんて…」
「まあ、やってみるだけやってみるわ。まずは情報収集から。高圧的にいくわね」
深呼吸をして、楠本は目を閉じる。
少ししてアナウンスが再開される。
『お、お呼びでしょうか』
【遅い】
『ヒィィィっ!』
【次からは1秒で答えろ。さもないと、バナナトークをノンストップでするからな】
蔵五がビクッとなった。
【まず質問だ。君はゾンビか?】
『はい、多分そうです』
【ゾンビになったきっかけは?】
『朝起きたらゾンビになっていて、家に誰もいなくて…お父さんがここの100均の店長だから来たんだけど、いなくて。ゾンビはたくさんいたんだけど。あと、その、なんというか、その』
【続けて】
『人間を憎む気持ちみたいなのがあって…おじさんとおば…きれいなお姉様のふたりを直接見たら理性を失いそうな気がしたんだ。だから、カメラ越しに見ている。顔を合わせずに出ていってもらえるならそれが一番だと思って』
【なるほどね。他のゾンビとはコミュニケーションは取れるの?】
『無理だよ。みんな話が通じない』
【なるほど…君はこの世界に疑問を抱いている?】
『うん?何言っているかちょっと分からない』
【ふーん】
楠本が蔵五に言う。
「情報収集はこんなもんでいいかな」
「うん、充分だと思う。あと交渉ポイントも明確になったな」
「そうね、じゃあ続けます」
【じゃあ、きれいなお姉様からお願いがあるの。聞いてくれる?】
『聞いてあげたいけど、内容も分からないのに…』
【聞いてくれる?】
『いや、だから』
【聞いてくれる?】
『あの…』
【聞いてくれる?】
『…はい、聞きます』
【まず、百円均一でもらった商品はお金を払う。家に財布を忘れたから、後で払いに来る。私たちはお客様ってこと。売り上げが上がってお父さんも喜ぶはず。いい?】
『はい』
【次に、私たちは外に出ていくけれど、その前に1階のゾンビをなんとかしてほしい。天井の窓のシャッターを開けたらどうなる?】
『ゾンビは太陽が嫌いだからね。嫌がってバックヤードに帰っていくはず。分かった、窓を開ける』
外からシャッターが開く音がする。
【じゃあ、しばらくしたら階段のシャッターを開けてほしいんだけど…私は楠本。あっちのおじさんは村田さん。あなたの名前を教えて】
『山田太郎』
【嘘つけコラぁぁぁ】
『ヒィィィィ。ウソついてごめんなさい。ごうりきゆきですっ!強力有紀です』
【こらぁ、クソガキがっ!てめえなんで嘘つきやがった。バットでキャンタマを百発ノックすんぞ】
『やめて!だって自分の名前がきらいだから…苗字が変で虐められるし、有紀って名前もなんか女っぽいし、好きじゃないから』
楠本がおでこを押さえる。
【…いや、ごめん。マジ悪かったわ。コンプレックスだったのね。失礼シマシタ。じゃあ、男らしい太郎君はこれからどうするの?】
『ここで家族を待つよ。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんがいるんだ。皆に会いたい』
【…分かった】
楠本はため息をつき、蔵五に言う。
「村田さんは、太郎君を経験値にできる?」
「もう無理だ。情が湧いてしまった」
「だよね。私も無理」
シャッターの向こうで、ゾンビのうめき声が消えた。
『綺麗なお姉様、ゾンビはもう大丈夫だよ。階段のシャッターを開けようか』
【ありがとう、開けて。あと…】
『なに?』
【家族に会えたら良いね】
『そうだね。ありがとう。きれいなお姉様の楠本さんと、おっさんのアホ村田さんはこれからどうするの?』
楠本は少し考えてから答える。
【私たちは、感動のエンディングを目指して頑張るわ】
『ふーん?よく分からないけど、頑張ってね』
開いたシャッターの向こうは、柔らかな光が満ちた穏やかな世界だった。
2人は自動ドアに向けてゆっくり歩き出す。
『お金の件だけど、鉄アレイとかスポーツ用品店の分も払ってよ』
【はいはい。そのつもり。全部込みで一万円でいい?】
『足りないよ』
【足りない?鉄アレイって高いのね。じゃあ2万円くらいかな】
『ショッピングカートのお金も払ってもらわないと。とりあえず10万円位でいいよ』
「…村田さん、逃げましょう」
「…はい」
2人は駆け出し外に出る。陽光が眩しい。
蔵五が足元に一万円札が落ちているのに気付いた。風で飛んできたのか。
「おっ!一万円札発見」
「もう、これを放り込んで逃げましょうよ」
「そうしよう。なんか無駄に疲れたわ」
蔵五は手に取ろうとして、手を引っ込める
「どうしたの?」
「なんか、汚い。腐ったヨーグルトみたいな匂いがする…リリース」
100均でストレージしたマジックハンドをリリースして一万円札をつかむ。そして、モール内に一万円札を放り込む。
そのままマジックハンドを捨てる。
蔵五が言う。
「さあ、帰ろう。疲れた」
「腹話術で、一万円札を置いていくって言っておくね」




