第13話 蔵五はアイロンで実験をする
翌朝。
「ホー↓ホー↑ホホー→」
「…こっちにも謎鳥はいるんだな。うちの近所だけだと思ってた」
蔵五は目を覚ます。
「おはよう、ウィルソン。狭いけど勘弁してくれ」
そう言って、枕元のウィルソンをリュックの中に収納する。
布団の中で、しばらくショッピングモールのフロアガイドを見る。
起き上がり、ストレージしていた荷物をすべて外に出し、必要最低限に絞る。その荷物を持ち、体重計に乗り降りして重量を確認する。
途中、自分の部屋でストレージしてきたお気に入りのエロい本を無心に眺める。
ここまで終えて、時計を見る。8:32だった。
「楠本ー。シャワー借りるぞー」
奥の部屋に声をかけるが返事がない。気にせずシャワーに行こうとして、立ち止まる。
返事がない。
「楠本、おいまさか…」
慌ててドアを開けようとして、手をとめる。生きていたら何を言われるか分からない。楠本ごときにセクハラとか言われたくない。
ドアに耳を当てて中の音を確認する。いびきも何も聞こえない。
「くそ、仕方ねえ。落ち着いてシャワーに入るためだ」
蔵五は音を立てずにドアを少しだけ開ける。そして中を確認する。
楠本はいた。ベッドで横になっている。
部屋の壁には販促ポスターが貼られている。
『二次元彼氏!戦国美男 AIでリアルな会話!あなたに愛をささやく』
『等身大抱き枕が抽選で当たる!』
西洋の甲冑を着た金髪の男の絵が描いてある。こちらに微笑みかけている。
『騎士アンドリューSSR あなたに永遠の愛と忠誠を』
楠本を見る。
楠本は自分の身長程の抱き枕を抱えて寝ている。
パンツ一丁のアンドリューが描かれている。抽選に当たったのだろう。
「…ごめん。別に見たくもなかったが。なんかごめん」
蔵五はドアを閉めようとする。そこでいきなり楠本が咳き込む。
「…ゲホッ!」
「ビクッ!」
「ゲホゲホッ…ゲホッ!」
蔵五は音を立てずにドアを閉める。
そして、つぶやく。
「無呼吸症候群か…」
昨晩借りたタオルを片手に、そのままユニットバスに向かう。その前で服を脱ぎ、ユニットバスに入る。
シャワーカーテンを閉め、お湯を出し、温度を調節する
人の家だということで遠慮があり、なんとなく湯は張らない。シャンプーとボディーソープを借り、体を洗う。
頭を洗い終え、最後に面倒くさくなって、浴槽内でおしっこをする。自分の家では良くやることだ。罪悪感はない。
最後におしっこを流し、タオルをきつく絞り濡れた体を拭く。
なんだかおしっこくさい気がした。
「換気扇が動かないんだった。まあ、窓を開ければいいか」
シャワーカーテンを開ける。そこには便器がある。それを見て蔵五はつぶやく。
「うんこ問題もあるな。楠本に臭いとか言われたら腹立つな」
ユニットバスから手を出して服をとる。湯気の中で着る。
出ると、楠本が起きていた。寝間着姿で壁にもたれてぼんやりしている。
「チッ、起きてやがったか…楠本さん、おはようございます」
「おは…よう」
「寝ぼけていますか?」
「低血圧…」
「へえ!ところで雨上がりの空が見たいなあ」
外の様子を確認してからカーテンを開け、窓を開ける。レースカーテン越しに外を見る。
「うーん、いい天気!最高」
ユニットバスに戻り、ドアを開ける。
「湿気がすごくてすいません。換気しますね。あ、そうだ、朝ごはん作りましょうか?ご飯パックとカップうどんとかどうですか。サバ缶もありますよ。あとバナナ」
「…」
「何ですか?もう一度お願いします」
「言うの忘れてたのよ。小はこっちの部屋でもいいけど、大は向かいの部屋でして。お風呂もそこで。鍵あるから」
「…それを早く言ってください」
「なによ」
「いえ、なんでもございません」
「なんか卑屈。どうせ浴槽で小でもしたんでしょ」
「バレバレだよちくしょう!」
「うう…これが鍵。これで開けて」
楠本が倒れ込む。
蔵五は安全を確認してから部屋を出て向かいの301号室に入る。
換気の為トイレのドアは開けたままになっている。トイレットペーパーはドアの外に置いてあった。湿気でしけらない目的で、楠本がそうしているのだろう。
蔵五はトイレットペーパーを片手に用を足す。
ユニットバスの外に出る。換気のためドアは閉めず、そのまま部屋の様子を確認する。
薄暗い。地味な茶色のカーテンが揺れている。
特に荒れていない普通の部屋だ。ベット、テレビ、テーブル。男物の家具が必要最低限そろっている。ここに住んでいた人は真面目な性格だったようだ。家具が古くても、汚れらしい汚れが見当たらない。
とりあえずガスコンロを着火する。火はつく。問題ない。
蔵五はつぶやく。
「自分の拠点をここにしてもいいんじゃないか…でも、仲間とバラバラにやるは避けた方がいいか」
アイロンに目がいく。
持ち上げる。武器にするには少し軽い気がする。
考えながら垂れた電気コードが揺れるのを見る。
ふと思いつきアイロンを床に置き、電気コードを伸ばす。コードの先のプラグ部分に手を触れストレージする。
そして、リリースする。
「リリース…オッケー、これはいける」
アイロンはコンセント部分を起点として遠くに出現した。
次に、左手でアイロンのコードを持ち、右手で思い切りなげる。右手が離れた瞬間にストレージをする。
「これで使いやすい。あと、遠心力もありか。いや、扱いづらいか?…」
ゴルフセットが隅にある。中からアイアンを1本抜き取る。ストレージする。
そして、机の上野手鏡を見て、すこし考えてからこれもストレージする。
室内を色々チェックする。ビニール紐がある。
「これは使える。ストレージ」
次にティシュペーパーを1枚ストレージする。
「ゾンビの体液をこれで吸着させるか。そんで、ハル太郎に舐めさせる」
蔵五は301号室を出て鍵を閉め、302 号室に戻る。
普段着に着替えた楠本がキッチンでパックご飯をふたつ湯せんしていた。
「おかえり。みそ汁は用意してるから、飲んで待ってて」
「ありがとう。鍵はどうする?」
「玄関に置いておいて」
テーブルには紙カップに入った味噌汁と割り箸が2人分置いてあった。
「わかめか。いいな」
「あちち。お待たせ。はいご飯」
テーブルに置かれたパックご飯の蓋を開ける。
「普段は何食べてるの?」
「カップうどんとサバ缶。そうだ、粉末青汁があるけどいる?」
「ちょうだい」
「リリース。はい、どうぞ」
「ありがと。あとで飲む」
二人は無言でご飯を食べる。
食べ終え、楠本が立ち上がる。
「じゃあ、ちょっとお花を摘みに…」
「はいはいお上品ですね。ご自由にどうぞ」
「私の部屋を覗かないでよ」
「興味ないから安心しろ」
楠本が玄関の鍵を拾い、部屋を出ていく。
ひとりになり、粉末青汁をみそ汁カップにいれる。そして、部屋にあるペットボトルの水を注ぐ。割りばしでかき混ぜる。
一気に飲み干す。
カップ片手にリュックの方を向いて言う。
「なあウィルソン。ハル太郎にゾンビの体液を舐めさせたらどうなると思う?ゾンビになるかな?そもそもゾンビって感染するのか?あとゾンビはストレージできるかめ気になる。実験し『覗くんじゃねえぞ』うわあびっくりした…腹話術かよ」
突然味噌汁が入っていたカップが話し出して蔵五は驚いた。
やがて楠本が戻ってくる。玄関に鍵を置き、明るく言う。
「出産してきましたー」
「じゃかあしいわいっ!」




