第12話 うさぎゾンビは夜の町を走り回る
夜のホームセンター。
ペットコーナーの奥、バックヤード。
獣面人身。巨躯。
うさぎゾンビは膝を抱えて震えている。肩のやけどと腹の刺し傷はすでに癒えている。しかし、怯えて震えている。
「コワい、あの人コワい…」
「おおお」
外からゾンビの声が聞こた。うさぎゾンビがビクリと震える。
「お、お…おおお」
音は近づいてくる。うさぎゾンビの耳がせわしなく動く。目がキョロキョロと動く。
「おおお!」
一体のゾンビが、這いながらバックヤードに入ってきた。
「イヤぁ」
後退り、うさぎゾンビが怯える。しかし、その顔を見て震えが止まる。
「…ケ、モ?」
「お、お、お」
コンビニのデブゾンビだった。
デブゾンビの名前は小鳥遊。これで『たかなし』と読む。
両親とも医者で、裕福な家庭に育つ。
幼いころから優しく泣き虫で、争いを好まない性格だった。
勉強が嫌いなので両親の跡を継いで医師になる気はなかった。安定志向なので公務員になれればいいと思っていた。公務員は何より不況につよい。両親も彼の人格を尊重し、無理に医者になれとは言わなかった。
「うさぎ。お、お、お」
彼は誇り高い人格の持ち主だった。
彼はFラン大学文学部で学業に励む傍らコンビニバイトをしていた。いつか裕福な実家を出るときは、自分の力だけで生きたいと考えていた。親はそれを受け入れ、そして、困ったときはいつでも親を頼っていいのだ、それが親の仕事なのだ、と伝えた。
彼の優しさと誇り高さは両親によって作られた人格だった。
「うさ。ああ、あ」
彼は動物を愛していた。哺乳類、特にうさぎが好きだった。両親が動物アレルギーだったのでペットが飼えなかった。両親のために、ペットを飼うのは諦めていた。
そのため、このペットコーナーには足繁く通っていた。店員からは表向きはお客様と呼ばれていた。しかし陰ではケモナーデブとあだ名を付けられていた。動物を見るだけでお金を落とさないからだ。
「ケモナーでぶ?」
コンビニバイトの同僚で強力という名前の女がいた。これでごうりきと読む。強力は、最初は彼を軽く扱っていたが、どこかで彼が富裕層であると知ったのか、極端にベタベタと近寄ってきた。
それを怖がった彼が「僕はケモノしか興味がないから」と言って秘蔵のケモナー同人を見せると、関わらなくなった。
後で後悔した。彼の性癖が噂になっているかもしれない。誰にバカにされても耐えられる。好きなものは好きなのだ。でも、尊敬する両親にだけは絶対に知られたくない。両親を失望させたくない。貯めておいたお年玉貯金50万円を強力に渡し、口止め料とした。その日から強力にATMとあだ名をつけられた。
「うさ。萌、え」
コンビニデブゾンビがうさぎゾンビに抱きついた。彼にとって、うさぎが一番刺さるケモノだった。
「カリッ」
「あ、あ。う、さ、あっあっ」
うさぎゾンビがコンビニデブゾンビの頭を齧る。コンビニデブゾンビは抗わない。
「ガツ。ガキッ、ボキッ」
「あ…」
「ボリッ、ボリッ」
「…」
『テレ✤テッテ↹︿ー』
『おめ□✤❇✩と✔✺❖ます』
『コンビニデ〘℃℉¶た』
『では、頑張って終末世界ををををををををを』
食べ終えたうさぎゾンビは呟く
「ごうりき?」
そして目を見開く。
「ごうりきぃ!コンビニっ!」
うさぎゾンビはホームセンターを飛び出す。そしてすざまじい勢いで駆け出す。
途中、ゾンビ達とすれ違うがお互いに無視する。ただ走る。
「ごうりき!ごうりき!」
ホームセンターから一気に駆け、迷わず目的地のコンビニに入る。
迷わずレジのなかに飛び込む。
レジの上の1万円札に気がつく。
「お、お」
一万円札を手に取り握りしめ、バックヤードに入る。そこには誰もいない。
「うあああああっ。ごうりきっ!ごうりきっ!」
叫びながら外に飛び出す。
住宅街を走り回る。
そして、やがて足をとめる。
「ご…ご‥あれ、なにだった?ご?ご?あれ?俺なにしてた?」
ふと見ると部長ゾンビとOLゾンビが転がっている。
握りしめられていた一万円札を放り投げる。一万円札は風に飛んでいく。
OLゾンビの頭をかじる。
「ボリッ、ボリッ」
『テレ✤ッテ↹︿ー』
『お□✤❇✩と✔✺ざ❖す』
『OLゾ〘℃℉日光耐性¶』
『では、頑張って終末世界ををををををををを』
うさぎゾンビがつぶやく。
「たけし、けっこん式、たけし、たけし」
そして部長ゾンビの波平ハゲ頭をかじりだす。
「サクっ、ボリッ」
『テレ✤ッテ↹︿ー』
『お□✤❇✩と✔✺ざ❖す』
『部長〘℃℉日光耐性℃〘∇⊗早度¶』
『では、頑張張張張張張張張ばばばっばっばっあっアッアッアッアッ…』
うさぎゾンビが叫ぶ。
「大とりっ!くす本っ!村たっ!しごとっ!しごとっ!しごとおおおあお。村田はいるかぁぁあ」
階段を駆け上がり2階の部屋に飛び込む。
ドアには『不法侵入お断り!チャイム鳴らせ』と言う紙が貼っている。
「うおあああ、仕事ぉぉぉ」
「ヒィィィ」
中から叫び声が聞こえる。
「大鳥っ!村田はどこだぁぁ!」
「なんだ!?かっ、看破っ」
「出社しろぉぉ」
「ええっ!?」
「出社しろぉぉ」
「はい、わかりましたっ!」
「よし!次は楠本ぉぉ」
うさぎゾンビは部屋の外に飛び出す。
「楠本ぉ、家はどこだ!?わしは知らんぞぉぉ!?」
そのまま住宅街を走り回る。
やがて、表札に小鳥遊と書かれた家にたどり着く。
「…ごうりき?」
ひとりのゾンビを目にして立ち止まる。
「強力、発見したぞ!」
ウロウロしているコンビニ女の子ゾンビを発見する。
「金を返せ」
羽交い締めにして、頭をかじる。
「ガリッ、ボリッ」
『テレ✤ッテ↹︿ー』
『お□✤❇✩と✔ござ❖す』
『コンビ〘℃℉の子¶た』
『でっでっでっエッエッエッエエエェェ』
そして、うさぎゾンビの動きが止まった。
うさぎゾンビの目から涙が溢れてくる。
動かなくなったコンビニ女の子ゾンビが腕の間からズルリと落ちる。
そして、うさぎゾンビは弱々しくつぶやく。
「ごめんね。実は私も同好の士だったの。趣味でケモナーBL同人を描いてる。私は腐ってるの」
うさぎゾンビが自虐的に笑う。
「ふふふ。素直になれなくてごめんなさい。あなたは趣味も合うし、家もお金持ちだし、だから、だから…」
そして、月に向かって叫ぶ。
「私と付き合ってくださーい!」
見事な満月だった。




