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第11話 楠本はハル太郎で腹話術をする

二人は息を止めて黙る。緊張感で楠本の手が少し震えた。

一分ほどして、蔵五が大きくため息をつき、話し始める。


「ああ、緊張した。しかしまあ、楠本は話が早いから助かるわ」

「それはお互い様」

「あっ、そうそう。さっきすげえのがいたんだ。うさぎゾンビ」


蔵五は先程のホームセンターでの出来事を報告する。楠本は驚きながらそれを聞く。


「そのウサギゾンビは元から話せる存在なのか、人間をかじって言語を覚えたのか。演者側なのかゾンビ側なのか。レアキャラなのかバグキャラなのか」

「そこなんだよなぁ。どんな役なのか。でも正直、もう思い出したくない。マジで怖かった。マジ泣いたわ」

「私もそれ見たら泣く自信ある。あ、カニ缶食べる?」

「食べる。そういや、ゾンビ狩りってどんな感じ」

「夜道で歩いているゾンビを狩るのよ。這いずり回っている奴の頭をゴルフクラブで殴るだけ。頭と首が弱点みたいね。62匹倒して、やっと1回レベルアップ」

「へえ。こっちはおひさまの下、OLゾンビと部長ゾンビの2体だけを倒して2回レベルアップ」


楠本がビールを噴き出し咳き込む。


「え!?部長ソンビ!?部長ってあの部長?」

「そう、あの部長」

「村田さん、でかした!あの波平ハゲ、ざまあみろ!タイムカードの恨み。あ、ワインちょうだい」

「はいよ」

「…はあ。その二匹は日光耐性持ちってことかしらね。そして、レアゾンビは経験値がおいしい。あーあ、私もレアにエンカウントしたい」

「でも、リスクが大きいから避けたほうが良いかもな。走る部長はかなり怖かった。すげえ速いんよ」

「うわあ。絵面を想像したら吐きそう。走る波平ハゲ」


ここで蔵五は部屋の隅の飼育ケースに気付く。


「あれってもしかして…」

「あれ?ハル太郎の飼育ケースだけど」

「ああ、そういや会社で言ってたな。ペットのハル太郎。とっとこ、とっとこ、走るんだっけ。かわいいんだよな?」

「うふふ。超かわいいのよ。見てみる?」

「はい、見たいです。ぜひ触りたいです」

「うん?なんか態度が気持ち悪いなぁ。まあ、いいか。とっとこフンフン、ハルたろお〜♫。ハルちゃーん。お休みのところ、ごめんなちゃいねー。お客様の村田さんでちゅよー」

『ママー、村田って、あのアホ無職の村田?』

「あらやだ、どこでそんな汚い言葉覚えたのよ」

「腹話術で俺をディスるなっ!」


楠本が飼育ケースごと持ってきて蔵五の横に置く。


「ハル太郎。まるまるしてて可愛いでしょ?」

「うん、かわいい。ところで、これはなんていうトカゲ?」

「トカゲじゃなくてヤモリね。ハルマヘラジャイアントゲッコー」

「へえー、ハルハルジャンジャンコケッコーって言うんだ」

「そうそう。この子にするかオルナータトゲオアガマにするかピーターズバンデットスキンクにするか散々迷ったけど、ハルマジャンジャカコケッコーに決めたのよ。だってハル太郎ちゃん、すごくかわいいでしょ?」

「うへー。かわいいなー。ねえ、触っていい?」

「皮膚が弱いから優しくしてあげてね。うふふ」

「了解。じゃあハル太郎ちゃーん、触らせてねー」

『やだー、セクハラー』

「イラッ」


爪先で触り、笑顔で蔵五がボソッと言う。


「…ストレージ」

「…」

「…」


楠本が叫ぶ。


「…はぁぁぁ!?あんた、あああっ!」

「やっぱり生き物のストレージは無理だな」

「ちょっ!あっ、あんた何すんのよっ!今ストレージって言ったよね!?はあっ、はあっっ!?」

楠本が半狂乱になり叫び出す。

「ハル太郎を亜空間に収納できるか実験した!?はあっ!?はあっ!?信じられないっ!ハル太郎で収納の実験!?はあああ!?はあぁぁぁ!?」

「ま、まあいいじゃねえか。細かいこと言うなよ。たかがトカゲだろ」

「ヤモリですっ!」

「倫理観捨てろって言ったのお前だろ。それに結局、何も起きなかったんだし」

「ああっ!もう」


楠本は頭を抱える。少しして言う。


「まあ、いいわ。今回は水に流す。でも次やったら絶対に許さない。覚悟しとけ」

「…すいません。反省します」

「よし、バナナだせ」

「リリース。ハイどうぞ」

「ご苦労。で、話を戻すけど、これからどうするかよね」

「そうだなぁ。情報収集のため、行動あるのみだよな。トライアンドリュエラー。それしかない」

「確かにそうよね…てあれ?今なんか言った」

「なに?トライアンドエラーしかないって言ったんだけど…なんか変か?」

「え?あれ?いや、なんでもない…酔ったのかな」

「そうだ、明日ショッピングモールでゾンビ狩りしようか。課長との合流前にできることをやっておこう」

「そ、そうね。うさぎゾンビバトルの話じゃあ、ストレージがあれば無敵だろうし。でも、またうさぎゾンビみたいなのとエンカウントしても怖いわねぇ」

「大丈夫だと信じたい。仮にうさぎゾンビみたいなレアキャラだかバグキャラだかがたくさんいるのなら、あまりに難易度が高すぎる。これが神のゲームなら、神はそんなことしない気がする。なにより、今は行動しないことが最大のリスクだ」

「オッケー、従うわ。フロアガイドがあるから、後で渡す」

「よし決定。じゃあ、そろそろ気楽に飲もうか」

「賛成」


二人は気楽な飲み会をする。

今まで起きたことを交代で話す。

やがて暗くなり、キャンドルを灯す。

不安を解消するために長々と話し、夜も更けて来た。

蔵五が言う。


「じゃあ、明日に備えて寝るか。うさぎゾンビで疲れた」

「うん」


楠本がテーブルを片付ける。そして、部屋の隅の布団を指さす。


「あれ使っていいよ」

「ありがとう」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


楠本は奥に飼育ケースを取りに行く。


「じゃあハル太郎ちゃーん、私と一緒に寝ましょうねー。この無職に実験されちゃいますからねー。怖いアホでちゅねー」

「チッ!バレていたか!」

『ママー、あのセクハラ男こわいー』

「イラッ!」


楠本は奥の部屋に消えた。蔵五はキャンドルの火を息を吹きかけて消す。

しばらくして蔵五はリュックからウィルソンを取り出し、枕元に置く。

外では時折ゾンビのうめき声が聞こえる。

少しして、楠本の声が聞こえてきた。


「ねえ、村田さん。起きてる?」


蔵五はビクッとして、ウィルソンを毛布のなかに隠す。


「起きてる。どうした?」

「ねえ、私たちこれからどうなるのかな。ちゃんと元の世界に戻れるのかな。もう、駄目なのかな…」


弱々しい声だった。

少し考えて、蔵五が答える。


「まだ分からない。不確定事項が多すぎる。あと、夜は悪いことばかり考えてしまう。これはコルチゾールと前頭前野が影響している。朝になれば明るい気持ちになる。人の脳はそういうふうにできている。だから寝たほうがいい」

「ふふふ、なによ、それ」


楠本が笑う。

蔵五は続ける。


「それに、もしだめだったとしても…」

「…としても?」

「アンドリューことでしょう、とか言って笑っておけばいい」


しばし、静寂が訪れる。


「…はい?村田さん。今、なんて言いましたか?」

「だから、なんという事でしょう、とか言っておけばいいんだよ」

「くっ!おやすみ」

「おやすみ。くっくっく…」

やがて二人の小さないびきが響く。

外は雨が止み、強い風が吹く。

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