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史上最恐の男と呼ばれるまで※改変前  作者: 鯨鮫 鮪
第1章
17/18

トラウマ

 



 「まるで狂人だな、頭のネジぶっ飛んでんじゃねぇか?」


 サッキュバスを庇うケルベロスが口を開く

 目に映るのは血塗れの状態で、フラウを見つめるアザゼルの姿だった


 「ん、んん、しょ?…あら、この笑い声アザゼルのものだったのですわね、てっきりあの不意打ち大好きな腹立たしい精霊のものかと思っていましたわ」


 自らの前に寝そべるケルベロスの黒い毛を掴みながら、ゆっくりと状態を起こしたサッキュバスは、彼の身体の上に寄り掛かると現状を把握した

 腹は未だに完全な回復を遂げたわけではなく、片手で傷口を抑えているが多少痛みは和らいだ様子で荒い呼吸ではなくなっていた


 サッキュバスの軽い体重を背中に感じるケルベロスは、まるで慣れている事のようにそれを受け入れている

 ピクリとも反応せずにアザゼルを見つめたままだ


 「精霊も精霊でうるせぇ声で喚くからなぁ…それよりアザゼルの奴、あんなにボロボロのくせにすげぇ楽しそうじゃねぇか?気味悪いぜ」


 「確かルシフェル様がアザゼルをお側に置くのには自己再生能力の他に卑劣な残虐性を持っているから、という理由があったらしいですわ、それがあれなのでしょうね、何が鍵になってあんなに豹変するかは知りませんけど…」


 気味が悪い、と言って眉をしかめるケルベロスにサッキュバスが答える

 “鍵”というのはアザゼルが残虐性を発揮する条件の事で、ルシフェルから聞かされていた〖 戦闘時のみ発揮される残虐性〗とは少し違うように思えた故の考えだった


 序盤のアザゼルには確かに理性があった

 それがなにかの拍子でプツリと切れてしまったように思えてならないのだ


 「ふーん?……なぁ、サッキュバス?あいつに刺さった物体を破壊すんの結構めんどくせぇ…いちいち見てなきゃいけねぇし、アイツが死なねぇってのはルシフェルから聞いてるから驚く事じゃねぇけどこのままじゃ長期戦になりそうだぞ?めんどくせぇすげぇめんどくせぇ…」


 げんなりとした様子で肩を落とすケルベロス

 腹を抑えていない方の手でそんな彼を撫でながら


 「よしよし、そう面倒くさがらないであげてほしくてよ?聞いた限りでは彼もルシフェル様へ忠誠を誓う仲間ですの。それにサッキュバスが未だに存命なのは彼が注意を引き付けてくれているからっていう信じ難い事実がありますのよ…?」


 と、あやす様にいうサッキュバスの顔は自分で言っておきながら多少納得のいっていないようで、でも認めなくてはいけない事実がそこにはあって、ととても複雑な表情をしているが、決して悪いものではなかった


 そんな彼女をチラリと見たケルベロスは溜め息を一つ零すと、名案を思い付いたかのように明るい表情をした


 「はぁ、わかったよお前がそんなに言うなら悪く言うのはやめてやるよ、でも長期戦は勘弁して欲しいなぁオレが参戦すんのもそれはそれでめんどくせぇし……あ、そーだサッキュバス、お前動けなくても“アレ”なら出来るんじゃねぇの?」


 “アレ”と言ったケルベロスの言葉を聞いたサッキュバスの表情は一気に、えぇー、とでも言いたいかのようなものへと変わった

 不満そうで嫌気なのだ、物凄く


 「“アレ”ですのぉ?サッキュバスがあの能力が嫌いなのを知っているくせに…」


 「まぁまぁいいからいいから、援護だと思ってやってやれよ、オレが久々に見てぇってのもあるけど、お前もアザゼルっていう“仲間”に貢献してぇだろ?」


 「…別にルシフェル様への忠誠心や引き付けてくれてくれた事には多少なりとも感謝するけど、認めたわけではなくてよ」


 少しムスッとした顔で俯くサッキュバスは瞳だけを動かしチラリとアザゼルを見遣る

 しかしすぐに視線を逸らし、大きく息を吸った


 スゥーーー




 **********



 「……ひっ!」


 小さく悲鳴をあげたフラウをニタニタと笑みを浮かべながら見つめるアザゼルは首を傾げる


 「あぁ?何怯えてんの?へへ、ハハ、まさか殺せたとでも思った?だから無駄だって言ったじゃん、治るって、それが何処であろうと何ヶ所であろうと変わらねぇよぉお?!」


 「く、そっ、この男随分面倒臭い身体をしてるのね、でもいいよ、なら再生出来ないぐらい粉々にするから!!」


 アザゼルの言葉にぎりぎりと奥歯を噛み締めたフラウは、強ばった身体を解し叫ぶと、大きく口を開き空気を吸い込む


 吸い込まれた空気を地面へと吐き出したフラウの口からは、寒い日の吐息のように真っ白な息が放たれた

 すると、その息に触れた地面は瞬く間に凍り付いていく


 アザゼルの足元も例外ではない

 まるでスケートリンクのようにツルツルとした氷が広がる

 それはとても広い範囲というわけではないが、フラウとアザゼルの間を充分に埋め尽くしている


 「…なに?俺の事滑らせて転がせるつもりぃ?フフ、それで転がった所をまた串刺しかぁ!ハハ、懲りないねぇ!」


 そう言ってケラケラと笑いながらフラウを目指し、歩みを進めようとするーーーーが。


 「…ん?あ?」


 アザゼルの頭に疑問の文字が浮かぶ


 何故なら脚が動かないのだ


 足元を見ても、地面が氷に変わっただけ

 何かが脚に絡み付いていたり脚が一緒に凍りついて締まっているわけでもない

 なのに、脚が動かない


 「……ふふ、どう?動けないでしょ?どうしてだかは教えてあげない。だって貴方、これから粉々になるんだもの」


 不敵に笑みを浮かべたフラウは、足元を何度も見るアザゼルに向けて両手を翳した

 サッキュバスが最初に腹を掠めた時と同じだ

 両手の前で巨大な氷柱を生成する

 しかし、見た所サッキュバスの時より1回りほど大きい

 アザゼルのひ弱い身体など、当たれば吹き飛んでしまうのではないだろうか

 徐々に完全なものとなった巨大な氷柱の先端がアザゼルを捉えている


 「これで、終わーーーー」


 動揺するアザゼルを憐れむように見つめたフラウが言いかけた時だ


 ハァーーー


 と小さく息を吐き出す音が聞こえたかと思えば、フラウの目の前にいたはずのアザゼルが姿を消した

 いや、正確には姿を消したのではなくフラウの目に映るもの全てが、消えた

 目の前が突如として暗黒に包まれたのだ


 「な、なに!?なんで、どうして!」


 生成した巨大な氷柱はフラウの動揺と共鳴するかのようにグラグラと揺れ始め、挙句の果てには消滅してしまった

 翳していた両手を降ろし、当たりを見回す

 しかし、本当に首は動いているのか、それすらわからない程に周りは黒く、暗く。


 だが、数秒した後にその景色はすぐに色をつけた


 暗闇が一瞬にして映像を変える

 ハッとして周りを見渡せば、そこは轟々と吹き荒れる吹雪の中だった


 「……なん、で、ここ、って」


 見開いた目に映るのは、吹き荒れる吹雪とあたり1面に引き詰められた雪

 これは彼女が精霊になる前、つまり人間として生きていた頃最後に見た景色だった


 足元が雪に埋まって冷たく、痛く、頬を切るように吹雪が通り過ぎていく

 ゴォゴォと風の音しか響かない孤独な雪山

 それを目の当たりにしたフラウの身体がカタカタと小刻みに震える、雪の寒さからではない、恐怖からだ


 「いやだ、なんで、やだやだやだ怖い、怖い、なんで私…こんな所に、魔物は?村は…?ない、何処にもない…どうし、て…」


 カタカタと震える肩を必死に腕で掴み抑える

 辺りを見回して立ち竦むフラウが当然、ハッとした


 「くる、くるくるくるくる!魔物が、逃げなきゃ、逃げなきゃ殺される、ここは危険なの、ダメなのよ、逃げ…うそ、脚が、凍って動けない…?」


 逃げ出そうと一歩踏み出そうとした時だ

 びくとも動かない脚に違和感を覚えると、足元に目をやった

 そこには足首までしっかりと凍り付いて地面と一体化して、まるで銅像のようになっている自らの脚があった


 「やだ、これ、知ってる…脚が凍って、動けなくて、あっちから影が出てきて、魔物が現れて……食い殺、される…なんで、こんな…やだ、嫌だ嫌だ嫌だ!もうあんなに怖い目には合いたくないの!アザゼルは!!淫魔は!!どこ!どこなの!?村人を助けなきゃ、はやくしなきゃ!じゃないと私が消滅して無くなってしまう!その前に、はやくはやくはやく!!こんな所に居ちゃダメなのよぉお!くそっ、くそっ、くそっ、なんで、なんで魔法が使えないの!?」


 叫び散らすフラウの動揺は尋常なものではない

 何度も何度も凍り付いた脚に向かって手を翳すが、一向に氷柱も礫も出ては来ない


 苛立ちと焦りで呼吸が荒くなる

 “あっちから”といった方向と足元を交互に見ながら何度も何度も、破壊を試みる

 終いには素手で氷を割ろうと、拳をぶつけ始めた

 しかし、氷を素手で叩いて割るのは並大抵な事ではない

 見る見るうちに手の甲から血が流れていく

 フラウの手から出た血が足元の氷をも赤く色付ける


 「くそ、くそ、くそ!!…あ、あ、あ、ぁぁぁぁあ!!」


 暴言を吐きながら打ち付け続けていたフラウが顔を上げると、魔物が来ると言っていた方向から影が近づいてくるのが見えてきた

 激しく吹き荒れる吹雪で視界が悪く、ハッキリとしないが彼女にだけは、クッキリと見えるのだろう


 青ざめる顔は恐怖に染まる

 膝が震え、力が抜けたと同時に後ろへと尻餅をついた

 影が近づいてくる方向から目が離せない、見たくない、目をそらしたいのに、身体がいうことをきかない


 「ハァ、ハァ、ハァ、ハ」


 呼吸が荒い、過呼吸寸前だろう

 大きく肩を揺らしながら呼吸する


 ーーーしかし、見えてきたのは想像と違うものだった


 そう、目の前の影がどんどん近付いてきてはっきりと姿を現したのだ

 その人物、それはアザゼルだった

 相変わらず、ニタニタとした笑みを浮かべているが手には懐に忍ばせていたナイフが握られている


 「ハァ、ハ、へ、ぁ?なんで、お前がーーーぐっ、がぁああぁぁああ!!?」


 目の前までやってきたアザゼルを見たフラウが目をぱちくりさせ、疑問の表情を浮かべた直後悲痛な叫び声をあげた


 手に持っていたナイフをフラウの二の腕へ投げ刺したのだ

 二の腕からは見る見るうちに血が流れ、掌にはヌルヌルとした感触まで伝わってくる


 「やぁぁっと、お前の可愛い声が聞けたよ、ハハ、ハハハハ!」


 見事に刺さった事、初めて聞けたフラウの悲鳴、に満足そうな表情をしながら高らかに笑うと、着ていたマントをバッと広げる

 一面にはフラウの二の腕に突き刺さっているものと同様のナイフが敷き詰められていた


 「なん、で!お前がぁあ!」


 二の腕に突き刺さったナイフを反対の手で引き抜くと、ナイフを投げ捨て、アザゼルに向けて掌を翳す

 しかしどういうわけか氷柱も出てこなければ、礫一つ出現しない


 「なんで、?なんでよ!なんで魔法が使えないの!出ろ出ろ出ろ、出ろよぉおおお!」


 何度も何度も力強く翳すが、それは虚しく手をばたつかせているようにしか見えない

 そんな間抜けとも思えるフラウの表情は怒りに満ち溢れていて目は血走っている


 「あぁー、うるせぇなぁ、魔法?ってのか?が出ねぇのも俺が何故ここにいるのかもぜーんぶ教えてやらなぁぁい、だってお前」


 ーーーー今から死ぬし



 そう言ってアザゼルはマントの内側に手を差し込み、ナイフを1本ずつ取り出してはフラウの身体へと投げ刺していく。

 それは正しく形状の違うダーツのように


 的は、フラウだ


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