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史上最恐の男と呼ばれるまで※改変前  作者: 鯨鮫 鮪
第1章
18/18

淫魔の見せる幻覚


 



 「く、ぁああ!ひ、ぐぅ、ぁぁぁあああ!!」


 1本、また1本

 次々に投げられるナイフがフラウの身体に突き刺さっていく

 刺さる度に大きな悲鳴をあげるフラウの体には無数のナイフがまるで生えたかのようだ

 突き刺さる皮膚の隙間からダクダクと血が流れ出る


 先程刺された二の腕の他、腹、脚、胸、そしてまた反対の腕

 身体中を埋め尽くすかのように、狙いを定めては投げを繰り返していた


 「…どう?これ俺がさっき礫に貫かれた時を再現してやってんだけど、似てるか?身体の中に異物が入って、皮膚がヒリヒリ痛んで次第に熱をもって…傷口のまわりに液体が流れる感触…ねぇ、どう?」


 「知ら、ない!ぁぁぁあ、ゥッウ、つぅ、礫に、貫かれた事なんか、ないっ!」


 喋りかけるアザゼルの手は止まらず、ナイフを身体へと投げ続けながら苦痛に顔を歪めるフラウに問いかける


 快感、とでも言えばいいのだろうか

 苦痛に歪む少女を目の前にして多少なりとも恍惚な表情を浮かべた


 「フフハ、ハハッ、ねぇよなぁ?お前はやる側だもんなぁ?だから俺がお前に人の痛みがわかるように再現してやってんだよ、ハハッ、ハハハハ!!!」


 そう言って愉快そうに笑うアザゼルはナイフを投げ刺すことを止めない


 フラウの白い髪も肌も“赤”に変わって行く


 ほぼ全身が赤に染め上げられたのではないだろうか?というほど無数のナイフが刺さるフラウの身体からは大量の出血が見られる

 刺さる度に大きくなっていた悲鳴は次第に力を無くしていった


 「く、ぁぁっ、ふ、なん、で…また、ここで…死ぬの…や、ゃぁ…せっかく、精霊になっ、たのに…みん、なを…助け、て…認めて、もらう、の…に…」


 全身に感じる苦痛で倒れ込むフラウの目は虚ろで生気を感じない

 しかし表情とは裏腹に、その声は今にも泣きそうなほど弱々しく、それでいて悲しそうだった

 倒れ込んだまま仰向けになったフラウが吹き荒れる吹雪の先を見る


 “暗く淀んだ空”がそこにはあった


 その空を見上げたフラウの目尻から顳かみにかけて一筋の涙が伝う


 ーーーーグチャッ


 その直後、アザゼルの手に握られていた最後の1本となったナイフがフラウの喉元に突き刺さった


 「…仮にもフラウ、お前は女の子だからな、これぐらいにしておいてやるよ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハーーー」


 アザゼルの笑い声が耳をさす

 ヒューヒューと聞こえる喉元で呼吸をするが、うまく酸素が肺へと運ばれてくれない

 喉元から漏れ出す酸素で、溢れ出る血がコポコポと泡立つ

 しかし、最早音だけでしか状況を判断出来ない

 出血多量によって既に感覚は鈍り、意識は朦朧としている状態だ

 ピクリとも身体は動かない、悲鳴も出ない


 朦朧とした視界が、目を閉じているわけでもないのに次第に真っ暗になっていく

 真っ暗闇の世界に閉じ込められたフラウの脳裏には



『 私ね、私ね、伝説の勇者になるの!そんでね、村の人達をマモノから守るんだぁ!そしたら皆、かあ様の事イジメない?』



 そう言って無邪気に微笑む、人間であった頃のフラウの姿が映し出されていた


 今のように白い髪ではなく真っ黒な黒髪に茶色の瞳

 背丈は変わらないが、無邪気に笑いながら胸を張る姿は“将来の夢を語る子供”そのものだ


 そんな無邪気な子供の自分を撫でてくれる暖かくて、大きな手が頭を、髪を伝う


 真っ暗闇で、死を確信したフラウの動く事の無い口から、ヒューヒューとなる喉から、声が発せられた

 それはあまりにか細く小さいものだが、確かに



 ーーーーかあ様…私、守れなかったよ



 と呟いていて、それと同時に脳裏に浮かんだ映像はプツリと途切れるかのように、消えた







 *********




 「ハハハハ、ハハハハハハハハ!!」


 「もう、五月蝿いのよ!精霊はもう息絶えていましてよ!?いつまで笑っているのかしら!」


 笑い続けるアザゼルの元にケルベロスに跨りながらサッキュバスが近付いてくると軽く睨みつけた


 あたりは相変わらず風がふけば砂埃がたつほど荒れていて、空は青空が広がり、遠くにはサッキュバスが惨殺した村人の死体も転がりっ放しといった惨状だ

 あたりには地面に残る血痕が多く見られた


 そしてアザゼルの前に倒れる氷の精霊フラウは既に肉袋と化し、ピクリとも動かない


 「ハハハハ、ハァ、あ?なんだ、終わったのか?精霊ってのには再生能力とかねぇの?」


 「基本的にはないと聞いていますわ、だからこれで終わりですのよ、ご苦労様、アザゼル。…まぁ苦労なんてしていないでしょうけど貴方ずいぶんと楽しそうでしたし」


 笑うのを止めたアザゼルは不思議そうにフラウを見詰めるが、サッキュバスの言葉で納得したように、視線をフラウから逸らす


 「楽しくねぇよ!すっげぇ痛かったし!それに俺は割増し返しを目標に生きてんだ、なのにフラウには同等ぐらいしか返せてない、多少不満の残る結果となってしまったな」


 「貴方の完全勝利の基準がわからなくてよ…」


 サッキュバスには理解知り得ない理由で不満げな表情をして肩を落とすアザゼルに溜め息をつきながら、やれやれといった様子であしらったサッキュバスにケルベロスが声をかけた


 「なぁ、サッキュバス。お前にはさっきの精霊が見ていた世界が見えてたんだろ?オレには見えてねぇからサッパリわかんねぇ、そろそろタネ明かししてくれよ」


 そう言ったケルベロスの言葉にアザゼルもハッとして、話に加わると食い入るようにサッキュバスを見つめた


 「そうだ、そういえば急にフラウの行動がおかしくなったんだよ、あれはサッキュバスの仕業なのか?あまりにフラウが怯えて動揺するから煽り文句とかつい言っちまったけど、何が何だか全然わかんなかったんだよなー」


 へへ、と苦笑いを浮かべたアザゼルは頭を軽く掻きながら訳もわからず流れに乗った事に少し恥じらう

 ケルベロスとアザゼルの問いにふふんと自慢げに鼻を高くしたサッキュバスは、腹の傷が完治しているようで、ケルベロスの背から飛び降りると地上へと立つ


 そして身をかがめ地面に手をやると、砂を少しだけ手に取り立ち上がる

 手に取った砂をパラパラと地面へとまた戻すように落とすサッキュバスはニヤリと笑うと口を開いた


 「見てくださいまし、砂をこうやって落とすと風に流れて砂埃がたちますでしょう?それが彼女には吹雪に見えていましたのよ」


 「はぁ?どういうことだよ?」


 「全く、アザゼルには一から説明しないとで面倒ですわね、つまりサッキュバスの能力は夢を見せる能力、簡単に言えば幻覚を見せられるって事ですわ」


 「幻覚…?」


 聞きなれない言葉に首を傾げるアザゼルに小さく頷いたサッキュバスは砂を握っていた手をパンパンと払うと続けた


 「そう、幻覚ですわ。例えばアザゼル、貴方には今この地面には粉々のアスファルトと砂が見えますわよね?」


 そう問を投げかけたサッキュバスに対してなにを当たり前のことをと言いたいかのように「あぁ」と頷いたアザゼルに対し、

 軽く息を吸い込むと吹きかけるかのようにフゥと吐いたサッキュバスの口から、黒い靄が現れた


 「うぉっ!」


 当然のことに驚いたアザゼルが半歩ほど後ろへと後ずさりする


 その靄はアザゼルを包み込んだというわけではなく、サッキュバスの口元付近ですぐに消えてしまった


 ーーーが、その直後アザゼルの目に映っていた砂とアスファルトの破片が転がる地面が一瞬にして緑の生い茂る草原へと変化を遂げた

 転がっていた死体たちが消え、気持ちのいい暖かい風が体を包む


 「な、なっ!?」


 口をパクパクと魚のように動かすが、驚きのあまり声がうまく出て来ない


 「どうかしら?アザゼル、貴方の目には今草原が広がっているんじゃなくて?まぁ、私の目にもうっすら見えますけど、ケルベロスには見えていませんわね?」


 「あぁ、草原なんてこれっぽっちも見えねぇし、まずオレの目の前には緑すらねぇよ、きたねぇ死体しか転がってねぇし」


 サッキュバスの問いに答えたケルベロスは不満そうに視線を左右へと向ける

 その言葉を聞いたアザゼルはパクパクと開けていた口を閉じると、感心したようにサッキュバスを見つめた

 と、同時にサッキュバスがパチンと一つ拍手をすると目の前に広がっていた草原は消え、元の惨状へと変わる


 「へぇ…これが幻覚か、お前ただ爪伸ばして暴れ回るだけじゃなかったんだな」


 「なっ!失礼ですわね!これでも立派な魔王候補者ですのよ、ルシフェル様には劣りますけど…サッキュバスは淫魔ですの。夢を見せるのはそれこそ息をするかのように簡単な事、淫魔が気持ちのいい夢ばかりを見せるなんてのは都合のいい話ですわ、仮にも魔物。先ほどのフラウのように恐怖を感じる幻覚を見せるのも容易くてよ、まぁ先程のはトラウマを蘇らせただけですけど…」


 アザゼルの言葉に反論したサッキュバスが先程のフラウに見せた幻覚について説明する


 「フラウ?でしたっけ?彼女の意識下にある最も恐怖を感じた場面を再現して幻覚を見せましたの、彼女の同様が激しかったのはそのせいですわ」


 「なるほどな、様子が急におかしくなったのはそのせいか、でもなんであいつは動けなくなったり魔法が使えなくなったりしたんだ?」


 「それは簡単な事ですわ、言ってしまえば彼女自身が自らの能力に制御をかけましたのよ、彼女の蘇ったトラウマは彼女が精霊になる前、つまり人間だった頃のもの、ただの小さな村に住んでいた人間が魔法なんて使えるはずがありませんわ

 そして動けなくなったのも多分ですけど、実際の死に際の状況がそれだったんだと思いますの、身動き一つとれないようなそんな状況。出来ない、動けない、と自らの頭の片隅にあった記憶のせいですわね、気の持ちようというのは時に怖いものって事ですわ」


 淡々と返答していたサッキュバスの視線がチラリとフラウへと向けられたが、すぐに視線を戻すと「なるほどなぁ」とぼんやり何かを考えながら頷くアザゼルの姿が目に映った

 そんな彼を見つめていると、横から不満そうな声が聞こえてくる


 「しっかし、いつ見ても夢見の最中ってのはわけわかんねぇな、これ、第三者も見れるように出来ねぇのか?」


 ケルベロスが幻覚の能力についてつっつくと、サッキュバスは苦笑いを浮かべて「いやぁ、まぁ」と煮えきらない返事を繰り返した

 たぶん、それは出来ないと言いたいのだろうがハッキリ言えないのは彼女のプライドが邪魔をしているからだろう


 「そ、それより領土交渉ですわ!こんな精霊如きに時間をかけてしまいましたのよ!はやく済ませて帰らないと日が暮れて、夜の屋敷にはインキュバスとルシフェル様だけという危ない状況が完成してしまいますの!」


 思い出したかのようにパンと手を叩いたサッキュバスは精霊が倒れる逆の方向へ勢いよく身体を向ける

 目の前に広がるのは、死体、死体、死体

 自らが惨殺した死体が転がる村の広場がそこにはあった

 しかし、最早見慣れた光景のようにその場へズンズンと歩みを進めていく


 「あ、おい!サッキュバス、待てよ!」


 「答えられねぇとすぐ話を逸らしやがる…」


 置いて行かれる事に焦るアザゼルと、はぁと溜め息をつくケルベロスはサッキュバスの後へと続いた


 転がる死体を難無く踏み潰して歩くサッキュバスの脚は相変わらず血に濡れドロドロだが、そんな事はさして気にならない様子だ


 「ルシフェル様ルシフェル様ルシフェル様、このサッキュバス、ルシフェル様の貞操を必ずやお守り致しますわ……!」


 ブツブツとそう呟くサッキュバスは歩みを早めると、村の奥地へと向かう

 その姿をアザゼルは駆け足で、ケルベロスは気だるそうに追いかけていった

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