協力と要請
船が無事出港を終えた頃、ロプスは店の執務室で守備隊の一人と対面していた。
守備隊への要請書を出そうとした折に、守備隊長からの言付けを預かった兵士の男が訪ねて来たのだ。
部隊長をしているとのことだが、貧弱な形をしていて見るからに弱そうだ。ロプスは、守備隊への評価が正しいことを再認識し、深く溜め息を付いた。
「そちらの要件を聞こう」
「昨日、起こった酒場での騒動はお耳に?」
「宿無し相手に喧嘩をして守備隊がこっ酷くやられたらしいな」
「はは、それは勘違いですよ。遅れを取ったのは一部の者だけですよ。最終的には圧倒して、騒ぎを起こした連中は独房に放り込みました」
ロプスの言葉を聞いた男は、顔を顰めると事実とは異なる言葉を口にした。守備隊が乱闘騒ぎを起こした上に、叩きのめされたとあっては面子が丸潰れになるからだ。
「それが事実なのであれば実に喜ばしいな」
愛想のいい笑いを浮かべながら、内心で嘲るロプス。
当然のことだがロプスは、男の言葉が嘘であることを知っている。大人数だったにも関わらず町人や放浪者達に叩きのめされ、財布を巻き上げられた情けない事実は把握していた。
「勝ったのであれば問題あるまい。煮るなり焼くなり好きなようにすればよかろう」
ロプスは、既に目の前の男がここへ何故やって来たのかを察していた。大方、騒ぎを起こした連中を探す為の手掛かりが欲しいのだろう。
「それが一部の者がどさくさに紛れて財布を盗まれていたようで、乱闘を起こした放浪者達を追っている状態です」
「おかしな話だな。騒ぎを起こした連中は、独房の中なのだろう?盗まれたとしても、直ぐに取り返えせるはずだ」
「どうやら乱闘の最中に逃げ出したようで、現在捜索中です。情報に聡い、商人の方なら何か知っているかもしれないとのことで、守備隊長の命令で聞き込みを行っています」
予想通り過ぎて、何の感想も抱くことができない。敢えて言うなら「無能」の二文字が脳裏を過っただけだった。
街の治安を司る守備隊が、泥を塗りつけた相手を見つけ出せない体たらく。その上、商人に泣きつくと言う見っとも無い真似を平然と行う馬鹿は、「使えない」を通り越して「無能」と言わざる負えない。
本来なら鼻で笑って追い返すところだが、これから頼みごともする身としては少しでも恩を売って置きたい。
ロプスは、仕方なく手を貸すことにした。
「残念だが、こちらには相手の情報がないな。それらしい奴を見つけたら知らせるから相手の特徴を教えろ」
「分かりました。探しているのは四人組みで、内三人は黒髪。残りは銀髪と珍しい取り合わせです。男女比は、男二人と女二人との報告を受けてます」
「女は二人とも黒髪か?」
だとしたら直ぐに目星が付くだろう。この街に、黒髪の女は多く無い。船乗りが集まり易い場所や住民の記録を洗えばあっと言う間に所在が分かる筈だ。
手間を掛けずに恩を売れることを期待したが、それはあっけなく裏切られる。
「女の方は、黒髪と銀髪です。」
「だとしたらそう簡単に見つからんぞ」
首を横に振り言葉を否定する男に、落胆するロプス。
それだけの情報で、どうやって目星を付けると言うのか。その情報で目当ての人物を見付けられているのであれば、抱えている問題もとっくに解決している。
「いえ、それが四人組の内二人は獣人とのことです。それも黒髪なのでかなり珍しいかと」
「なに?」
その言葉にロプスは昨日手放した二人の奴隷の姿を思い浮かべた。貿易で栄える港町とはいえ、偶然に黒髪の獣人が二人も見つかるかと聞かれれば答えは否だ。
「もしかして全員、歳は二十前後か?」
「はい、そのように報告を受けています」
「女の方の風体はどうだ。容姿の美醜は?」
「連れの女は、どちらも美しい容姿をしていると聞いてます」
ロプスは、確信した。守備隊が探している人物が、昨日取引をしたベノワ=フォン=リベルテを名乗る貴族の男だという事を。
黒髪の獣人を二人連れていて、見目麗しい銀髪の女を侍らした黒髪の男が、他に居る訳が無かった。
(安酒を出す酒場で守備隊相手に乱闘騒ぎだと……。あの男、貴族ではないのか?)
型破りな商談相手のことを思いロプスは頭を抱えた。
もし貴族でないとすれば、とんでもない大損をした事になる。負の印象を好転させ気分よく帰らし、自身も心躍る交渉ができたこともあり満足する取引だった。
その取引が、眼前の男の知らせによって鈍底まで叩き落とされたのだ。例えるなら、大事な高級品を泥の中に浸けてしまったような最悪な気分になった。
「どうなさいました?もしや心当たりがおありで?」
「…………」
返す言葉に迷うロプスに、まるで助け船を出すかのように室内に扉を叩く音が響く。
「今は来客中だ。要件があるなら、その場で言え」
「旦那様宛に、ベノワ=フォン=リベルテ様から文が届いております」
「何!?」
使用人の言葉に驚いたロプスは、応対中にも関わらず部屋の外へ出て使用人に向き直った。
「ものはどこだ?」
「こ、こちらになります」
突然のことに驚く使用人の腕から奪うようにして取り上げると、荒々しい手つきで紐を解き、文に目を通した。
暫くするとロプスは、自分がとんでもない思い違いをしていたことに気付き、己の察しの悪さを呪った。
ロプスは、守備隊が無能の吹き溜まりであること忘れていたのだ。
ベノワから届いた文には、ロプスへの礼と酒場での乱闘騒ぎの事のあらましが書かれていた。ロプス個人への簡単な挨拶と面倒を避けるため予定を繰り上げて早朝の船便で街を発つことも綴られており、書き手の有能振りが垣間見れる文だった。
(喧嘩をする相手すら選べんとは……、無能を通り越して愚か者だな。)
ただでさえ低い守備隊の評価が、底値を割り込んで更に落ちて行く。
届けられた文の内容が真実であることは明白だった。何しろ守備隊は、其処かしこで同じような騒ぎを立て続けに起こして住民の反感を買っているからだ。
むしろ、これだけ材料が揃っていて信じない方がおかしい。男の言葉を受けて一瞬でも素性を疑った自らの愚かさを恥じた。
「港の出港者記録に、ベノワ=フォン=リベルテの名前があるか調べろ。まだ出港していないようなら見送りしなければならん」
「かしこまりました」
指示を出し使用人を送り出すとロプスは、部屋の中へと戻った。男が不満気の顔を向けるが、ロプスは詫びも入れる様子も見せず腰を下ろした。
「何か緊急の用件でも?」
足早に去って行った使用人と慌てて部屋を出て行ったロプスの行動に不審な点を感じとった男が訪ねる。
「少し込み入ってるだけだ。それよりお前達が探している人物に、心当たりがある」
「本当ですか!?一体どこに!?」
思いがけないロプスの言葉に、男は浮足立つ。
「話は最後まで聞け。取引相手に良く似た風貌の人間がいたというだけだ。どこに居るのかはわからん」
「…………」
期待からは懸け離れた結果を耳にした男は、肩を落とし椅子に深く座り込む。
「だが、当てが無い訳でもない。少し時間を貰えれば、目的の人物がどこにいるのか調べることもできる」
「それは朗報です!ある程度時間が掛かってもいいので、是非お願いしたい」
「いいだろう。その件は、こちらに任せて貰おう」
協力を口にしたロプスだったが、協力する気は欠片もない。出港者名簿を確認して、名簿に名前があれば事実を伝え、名簿に名前がなければまだ街に留まっている可能性が高い為、注意喚起の知らせを走らせ恩を売るつもりだった。
守備隊には、形だけ協力を伝えるだけで恩を売ることができる。頭の悪い守備隊長へのご機嫌取りは、それで十分だ。
そもそも顧客の情報を商人であるロプスが軽々しくばらす筈がないのだ。ましてや相手は貴族だ。もし何かの拍子にロプスの口から情報が漏れたと知れたら、どんな報復行為が行われるか分かったものではない。
ただの金食い虫の機嫌を取るのに、そんな危険な橋を渡るつもりは毛頭なかった。
「早速、詰所へ戻り隊長に報告をします」
「待て、こちらからも守備隊に頼みがある」
「どのような用件でしょうか?」
「頼む内容は、守備隊の職務に沿った真っ当なモノだ。盗まれた商品の回収と犯人捜しを頼みたい。詳細は、この中に書かれている」
男が警戒の色を見せるが、意に介さずロプスは淡々とした口調で告げる。
そして、机の上に置かれた封書を男に差し出す。
「盗品と犯人の捜索ならば、我らの領分です。必ず力になれると思います」
封書を受け取った男は、ワザとらしく語尾を曖昧な表現にした。
分かりやすく言えばつけ届けを要求しているのだ。
(無能の分際で、金の要求だけはしっかりしおって…………)
腹立たしく思いながらも、ある程度の金を掴ませることは決めていた。
「それはなによりだ。こちらも安心して事に当たれると言うものだ。寄付は、いつものように、用意させたから後で持っていけ」
「分かりました。ご協力感謝します」
席を立つ男を見送るとロプスは、椅子に深くもたれ掛かった。
連日の奴隷市の仕切りと貴族との交渉に加え、徹夜で権利書の持ち主の捜索。更には、守備隊への根回し。顔には疲労の色が濃く出ていた。
体が休息を必要としているのは、明白だった。ロプス自身もそれを自覚しており、集中力を欠いているのが分かった。
(……喉が渇いたな……)
喉を潤すため使用人を呼び出し、水を持って来させる。
なみなみと杯に注がれた水を一気に煽るとロプスは自室に入り、寝台の上に倒れ込んだ。
それだけで、ロプスの意識は微睡みに沈んでいく。微睡みの中で、なんとか寝台に潜り込むとそのまま深い眠りについた。
ロプスが再び目を開けた時、事態は一気に動き出すことになる。




