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愛しきスープ

久々のレーヴェ&ローゼリアのパートです!

 街の高台の上には、港から出航する船の光を見送る一組の男女の姿があった。

 二人の耳には、互いの関係を示す耳飾り(オーアリング)が淡い光を放っている。

 夜期(ナハト)の高台は、街の夜景を一望でき恋人達の逢瀬を交わすには絶好の場所だが、二人にはそれらの気配は微塵も存在していないかった。

 お互いに適度な距離感を保ったまま、遠ざかる船の光を見送るのみだ。


「無事出港。これからどうするの?」


 船の光が闇の中に消えて行くことを確認したローゼリアがレーヴェに問いかける。


「なにもしない。待機だ」

「そう……」


 答えに対し、なんの感想も抱かず相槌を返すローゼリア。


「何もないなら自由行動でいい?」

「『待機だ』と言っただろ、見張りもあるし昨日は動きっぱなしだったからな。体を休めた方がいい」


 現状で打つべき手は全て打った。必要な手札も程なく揃えられるだろう。後は相手の動きに合わせて動けばいい。それまでは身体を休め、溜まった疲れを少しでも取ることが重要だ。レーヴェは、そう考えていた。


「私はそんなに疲れてない」

「なら、オレが休むから見張りを頼む」

「……婚約者に対する優しさが無い」

「優しくして欲しくて婚約したのか。それはすまなかった」


 不貞腐れるローゼリアの頭を笑いながら撫でるレーヴェ。

 サラサラとした髪の感触が、手から伝わり病みつきになりそうだった。

 しかし、撫でられる側からしてみればそれで喜ぶかと聞かれれば違う。されるがままになるには我慢ならない為、ローゼリアは抵抗の言葉を口にする。


「私が頭を撫でてられて喜ぶと思う」

「これはオレの自己満足だ。何となく撫でたいから撫でただけだ」

「優しさは?」

「欠片もないな」


 口にした不満も敢え無くレーヴェに一蹴されてしまう。それに気分を損ねたローゼリアは、まずます不満を募らせる。


 レーヴェの目からもそれは見て取れたが、撫でる手を止めて機嫌取りに走る様子は見せない。ワシャワシャと手を動かしながら、ひたすらに成り行きに任せる。


(さて、どうするかな。疲れを取りたいが、あの何もない所じゃ疲れも取れん。この際、別の場所で休んだ方がいいんだが……)


 考えに耽りだんまりを決め込むレーヴェだが、ほっとかれるローゼリアは当然面白くない。伸ばされた腕を払いのけることはしないが、歩き出すことで抵抗を示す。

 手から離れた感触を追うように、レーヴェも歩き始める。


 物思いに耽りながらもしっかりと自分の後をついてくるレーヴェを横目で確認するとローゼリアは、先ほどの意趣返しをしたくなった。

 さり気なく足を速めたり、歩幅を変化させたりしてレーヴェが歩きにくくなるように調整を施す。


 しっかりと注意を払って歩いていれば大したこと無い変化だが、考え事をしながら歩いているレーヴェにとっては、大きな障害となった。

 ローゼリアが奇妙な歩調を取る度に、前を歩くローゼリアとの距離感が崩れ歩幅の調整を余儀なくされる。一回や二回なら兎も角、数十回にも及べば流石のレーヴェも気になり、思考を中断する。


「その妙な歩きは何だ」

「対追跡歩行者用、混乱歩き」


 問いかけに対し、要点だけをまとめて簡潔に答えるローゼリア。


「それはつまりあれか。オレへの嫌がらせなのか?」

「もちろん」


 ローゼリアは、即答した。嫌がらせをしたことへの罪悪感は、彼女には無い。

 開き直ったとも言えるあからさまな応答に、眉を顰めるレーヴェ。


「婚約者への気遣いはないのか?」

「優しさが先」


 そう答えられると先に袖にした側としては、ぐうの音も出ない。一筋縄で行かない婚約者への対応に頭を抱える。

 素直に負けを認めるのも癪なので、別の立場からの切り崩しを狙う。


「雇い主への気遣いはないのか?」

「して欲しいの?」


 向き直って、さも意外そうにコテリと首を傾げるローゼリア。その仕草がヤケに様になっていて、レーヴェの悔しさを倍増させる。


「朝食代を節約するぐらいの気遣いは欲しいな」

「……それは無理。食事は妥協しないって決めたから。それは、昨日ヒルベルトが言ったこと」

「君に遠慮なしに食事されたら、あっと言う間に財布が空になる。最終的には、君を雇えなくなるかもな」

「ん、そうならないように頑張って」


 節制を要求したのに、何故か応援が返って来た。


「まて、何故そこで『頑張って』になる」

「雇用者が店の為に、頑張るのは当然のことでしょ?」

「確かに、その通りなんだが……」

「じゃあ、終わり」


 話の流れとしてはおかしいのに、何故か会話が成立してしまった。その上、一方的に話を打ち切られてしまった。

 上手くはぐらかされた気がしたレーヴェだったが、続く言葉が見つからないので黙っていることにした。


「それで何を考えてたの?」

「体を休めようにも堅い床の上だと疲れも取れないと思ってな。その上、残っていた薪も使い切ったから暖も取れないと来た。なにか良い解決策がないか考えていた」

「宿を取れないの?船も出たばかりだし、何処の宿も部屋に空きがあるはず」

「まあ、それが一番なのは間違いない」


 もちろん宿を取ることは検討していた。体を効率良く休めるのであれば一番の方法だ。しかし、それをするには今拘束している見張りの男が足枷となっている。休んでいる間に逃げられでもしたら目も当てられない。


 ここに来て見張りの男を拘束したことが裏目に出ていた。

 昨日一杯、拠点を設けて自由に動けたことは大きな利点となっていたが、その分の(しわ)寄せが来ている。見張りの男の存在が、行動の幅を著しく制限していた。


 解放することも考えたが、それによって発生する危険を考えると決断を躊躇(ためら)ってしまう。

 ロプスと言う男は、非常に柔軟な思考を持ち合わせている。でなければ、昨日の交渉の席であれほど大胆なことはできない。

 今、際立った動きを見せていないのは、こちらとの交渉の余地があると考えているからだ。しかし、見張りの男が解放され、拘束されていた事実を知れば交渉の余地無しとして、守備隊を使った強引な方法でこちらに迫るだろう。


 最終的にはその形に持っていくつもりだが、現段階でそこに陥るのは避けたかった。レーヴェは、どうしても必要な手札を準備する時間が欲しかったのだ。

 事が起こった後でも手札の用意はできる。しかし、酒場の一件でレーヴェは守備隊に顔を覚えられている。守備隊が動き出すことで、動き難くなることは目に見えていた。


 見張りの男には、厳重に目隠しをしているのでレーヴェ達の風貌が発覚することはないが、解放すれば当然のように拘束されていた場所は知れる。眠らせて別の場所に移動してから解放することも考えたが、人に見られた時の危険が大きすぎるので却下した。


 ちなみにローゼリアに見張りを任せて、レーヴェが宿で休むという選択肢はない。相手の動きが早く守備隊が踏み込んできた時に、対処できない可能性が高いからだ。


「さて、どうするかな。現状維持だと疲れが取れない。解放するとオレが交渉する気がないことが向こうに知られる上に、動き難くなる。普通なら前者を取るところだが、そちらを取っても明日には同じことが起こる」

「なら腹を括ればいい」

「違いない」


 もう結論は出ていたが、その一言でレーヴェは文字通り腹を括った。


「さて、腹ごしらえした後に、さっさと行動に移るか。何が食べたい?」

「月熊のスープ」

「またスープか。他に選択肢はないのか?」

「ない」


 食べたいものと聞いてスープと良い笑顔で即答するローゼリアにレーヴェは顔を引きつらせた。昨日、飽きるほど食べたのに今日も同じ物を希望するとは、流石に予想していなかった。


「…………」


 期待する眼差しを向けるローゼリアの視線に耐えかねて、頭をグシャグシャと掻き毟るレーヴェ。

 気持ちとしては即刻却下したい。しかし、希望を聞いた手前、否定の言葉を口にしづらかった。体を温めるものにするのは賛成だが、続けて同じものは避けたい。


「分かった。なら銀貨で決めよう。表の旗の刻印が出れば希望通りスープ。裏の鳥の刻印が出たらオレの食べたい物にする」

「食べたい物って何?」

「そうだな。これと言って決めてないが、窯焼きなんかが良いな」


 提案した窯焼きは、この地方の名物となっている料理だ。

 チーズと芋を細かく刻んだ肉と合わせて焼き上げた物で、寒い日に食べるのに最適な逸品だ。店や家庭ごとに独自の工夫が加えられており、様々な物が存在している。

 レーヴェのお気に入り料理のひとつでもある。


「ん、異議なし」

「じゃあ、行くぞ」


 同意が得られたので銀貨を高く弾く。落ちて来た銀貨を上手く手に抑え込むとそのまま手を開いた。結果は、裏の鳥の刻印だ。


「表、スープに決まり」

「こら待てスープ娘。事実を都合よく歪めるんじゃない。結果は裏だ」


 歩き出そうとするローゼリアの後ろ襟を鷲掴みし、その場に(とど)める。そして、目の前に銀貨の結果を突きつける。


「……表が出ようが裏が出ようが結果は同じ。全てはスープに帰結する。」


 突きつけられた銀貨からローゼリアは、あからさまに目を逸らす。この諦めの悪さには関心するが、譲るつもりはない。


「最初からごねるつもりだったな。残念だがその理屈は通らん。さっさと店に入って窯焼きを食べるぞ」

「……愛が足りない」

「愛しても結論は変わらんぞ」


 膨れるローゼリアの言葉をあっさりと躱す。


「優しさも足りない」

「はいはい。愛も優しさも食事の後で表現してやるから、キリキリ歩け」


 ぼそりと呟くように更なる毒を吐いたが、敢え無く受け流されローゼリアは己の敗北を悟る。


「……スープ」


 寒空の下、ローゼリアの悲しげな呟きが響いた。

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