師弟誕生
休憩用のバカ話です。本編からやや外れています。
暗闇に沈む早朝の港に金の音が響き渡った。乗客に船への乗り込みを知らせる為の合図だ。鐘の音に合わせて港の人々がそれまで以上に慌ただしく動き出す。
「それでは、行きましょうか」
船着き場の酒場で暖を取っていた優男が促すと周囲にいた七人が席を立った。
いずれも休んでいた為に乱れた服を直した上で、体が冷えぬよう分厚い外套に身を包む。
「暫くは暖炉とはおさらばか……」
「一刻程度のお別れですよ。船に入れば大部屋に暖炉があります」
暖炉を名残惜しげに見つめる男を優男が慰める。
男の言葉は、軟弱と言われそうな言動だが周囲に責める者はいない。男の言葉は、周囲の心の声を代弁していたからだ。
外に出ると冷え切った風が一行を襲う。温まった体から一気に熱を奪い、背筋を凍らせる。
「う~寒ぃ、息が吐いた先から凍りやがる」
夜期の港ほど寒さを感じる場所は無い。
唯でさえ夜期という事で寒いのに、海から吹き抜ける風が海の冷たい水気を含み襲い掛かるのだからたまったモノじゃない。
こんな中で出港するなと言いたいが、この風が港町アリスティアに富を与えたことを考えると文句も言えない。
夜期の間、吹き続ける風の御蔭で、船足が格段に速くなり日期では、六~七日掛かる航路を半分の三日にすることができるのだ。
航海日数の短縮で通常よりも人や品を安く運べるだけでなく、船足が早い御蔭で海賊被害にも遭い難いという特典までつくのだ。商人達が目を付けるのは当然のことと言える。
それが分かっているからこそ港で、風を悪く言う人間はいない。それどころか自然の恵みとして崇められているくらいだ。
「あの本当に宜しかったんですか?船代を出して頂いて……」
「もちろんですよ。こちらからお願いしたのですから当然の処置です。それよりもフードをして頂けると助かります。港には貴方を見知った方もいると思うので」
「あ、ごめんなさい」
にこりと微笑む優男の言葉を聞いて、銀髪の少女が慌ててフードを被る。
少女がフードを被るのを確認してから、優男はぐるりと周囲を確認した。
「どうやら何事も無く出発できそうですね」
周囲に守備兵の姿が無いことを確認するとホッと一息付いた。
ここにいる面子の大半は、昨日の酒場で守備隊相手に乱闘をやらかしたので見つかると非常にまずい。財布を巻き上げているので、ばれると無事の出港は難しくなるだろうことは容易に想像が付いた。
「財布も巻き上げているからな。見つかると面倒だ。レクティ嬢ちゃんと兄ちゃんは、特に気を付けてくれよ」
「財布を直接巻き上げたのは、貴方達の筈ですが」
「嬢ちゃん達の尻尾と耳は特徴的過ぎるんだよ。オレ達は、その他大勢だ。惚ければ大抵は誤魔化せる」
レクティが不満を口にするが、リーダーの男の一言によって一蹴される。
「守備隊と喧嘩した上に、財布巻き上げたんですか!?」
「注目を浴びる。声は抑えるべきだ偽主」
ギョッと目を見開き、狼狽する黒髪の若者をヴィテスが窘める。
「だって聞いてないよ!」
「この世には避けては通れぬ不条理と言うものが存在するのだ」
「おお、良い事言った。その通りだ。アレは避けて通れなかった。だから問題ない」
僅かに声を落として噛みつく若者に、ヴィテスが真理を説くと周りが同調する。
「ここの守備隊は、逆恨みする上に執念深いことで有名なんですよ。もしばれて勘違いされたらどうするんですか!」
「おお、そりゃあ気の毒に……。因みにアンタが身代わりやってる奴も騒ぎの中心にいたから安心しろ」
「最悪じゃないですか!なにやらかしてんですか!?」
笑いながら宥める声に、黒髪の若者が顔色を真っ青にさせる。
レーヴェの代役として雇われた男は、遊ぶ金欲しさに話に食い付いた若者だ。裕福な商家の三男坊らしいが、金の管理が厳しく遊ぶ金が思うように手に入らないらしい。
たった三日の船旅に付き合うだけで、銀貨一枚の報酬を手に入れられる仕事と聞いて飛びついたのだ。
「三日で、銀貨一枚の美味しい仕事だろ。少しぐらい我慢しろよ」
「割りに合いませんよ。お金を返しますからやめさせて貰います」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。今、お前さんに抜けられたら仕事失敗だ。そうなったら詫びを入れねぇといけなくなる。お前さんに、その金用意できんのか?」
「……でも、問題があるなら先に……」
銀貨を取り出そうとする若者に、睨みを効かすとたちまちに動きに勢いを無した。
「そりゃあ、お前さんが先に確認しなかったのが悪い。引き受けた以上はやって貰う。それに、船が出れば後は問題ねぇんだ。後、半刻我慢するだけじゃねぇか」
「……分かりました」
「そう落ち込むなよ。向こうに着いたら女の子のおっぱいを教えてやる」
渋々と承諾する若者にリーダーの男がボソボソと耳打ちする。すると弾けるように顔を上げた。
「ほ、ほんとに?」
「おお、ほとぼりが冷めるまで向こうに滞在するからな。お近づきの印に連れてってやるよ。それでお前さんは、『大きい』のと『標準』と『小さい』のどれがいい」
期待する眼差しを向ける若者に、口元を緩める。
「お、お、『大きい』のでお願いします」
「同志か。気に入った。最高のおっぱいを紹介してやろう」
「ほ、本当ですか!?」
「男に二言はねぇ」
「師匠と呼ばせてください!」
尊敬の眼差しを向ける若者に、神妙な顔付きをして頷くリーダーの男。ここに見えざる師弟関係が生まれた。
一行が船の乗船待ちの列に到着すると若者が慎重な面持ちで口を開いた。
「ところで師匠、眼前の二つのおっぱいはどう思いますか?」
若者の視線の先では、ローゼリアの身代わりをしている少女とレクティが仲良く談笑をしていた。外套の隙間から女の象徴と言うべき部位が見え隠れしていた。
「僕は、両方ともいいおっぱいだと思うんですが……」
リーダーの男が二人に目を向けて慎重に観察をしていると、若者が勇気を持って己の考えを述べた。
「お前の言うとおりだ。だが、何故いいおっぱいなのか答えられるか?」
「そ、それは、分かりません」
「なら、オレが答えてやろう。まず、たわわなおっぱいからだ」
そう言葉を口にした瞬間、若者は雷に撃たれたような衝撃を受けた。それほどまでに的確に、眼前の双丘を表していたからだ。
この一言だけで、師匠と崇める男が己のはるか先を歩いていることが分かる。
「あのおっぱいは、一見するとただの大きいだけのおっぱいだが違う。体を動かす度に上下にゆれ大きく自己主張する豊かに実ったそれは扇情的であるが、喉元まで肌を隠す服装を身に付ける事で、淑女のそれを思わせられる」
「た、確かに。じゃあ、もうひとつのおっぱいは……」
痺れるような衝撃を受けた弟子は、教えを請おうと次を促す。
「まあ、そう焦るな。まだ肝心な部分が終わってない」
「まだ続きがあるんですか!?」
「当然だ。最初のは、最後を盛り上げる為だけの仮の名だ。まあ黙って聞いていろ。あの双丘は、見て欲しいが見て欲しくないと言う矛盾を内包した奇跡!言うなれば初夜を迎えた日に、夫の前に晒す女の下着姿!まさに新妻おっぱいと呼ぶのが良かろう」
「し、師匠……、貴方は天才だ!」
「大馬鹿野郎。オレは凡人よ。唯、普通の奴よりそれに心血を注いだだけにすぎねぇ」
称えられると師匠となった男は、得意気に鼻を啜った。
「じゃあ、次を次をお願いし――――っっっ!」
「どうし……た……」
二人の興奮は、一気に氷点下まで押し下げられた。何故なら目の前に次に評価すべき実りが鎮座していたからだ。獣の尻尾と耳を持つその実りの持ち主が、ゴミを見るような目でこちらを睨んでいるのは言うまでもない。
「『次』とは何のことでしょうか?」
「つ、次の仕事は何がいいか検討していてな」
「なるほど。随分と先の事を考えていらしてご立派ですね。私はてっきり乙女の身体についての如何わしい論議をしているのかと」
ギラついた目のそれは、狩りをする時の獣そのものだ。
師匠となった男の脳裏に、男の大事な秘部を砕かれた守備隊の躯が過る。
「ま、まさか、仕事中にそんな不謹慎な話をする筈ねぇだろ」
師匠としての仮面が剥がれ落ち、絶対絶命の危機を回避すべく否定の言葉を並べる。
その隣で、悲壮に歪んだ表情で首を縦に振る弟子の姿があった。
「そうですか。それは良かったです。ですがもし如何わしい言葉が私の耳に届くようなことがあれば、その人物はその行いを後悔することになると思います」
「ぞ、そうかい。仲間に伝えて置くよ」
「では、私はお先に乗船させて頂きます。お二人もお早めに」
そういってレクティは、橋げたを伝って船の上に移動した。
若者は、レクティの背が遠くまで行くと師匠の男に声を掛けた。
「……あれは、怖いおっぱいですね」
「ああ、怖いおっぱいだな」
出航後、二人は簀巻きにされて丸一日マストに吊るされた。




