大魔法使いは王国直属になりたくない
ノアは歩くのが好きだ。
景色を眺めながら、のんびり歩く。途中で気になる本を読んだり、珍しい植物を見つけたりするのも悪くない。
——だが、今日はそんな悠長なことをしている場合ではなかった。
「ノア、早くしてね!」
頭の中で、エレナの声が響く。
昨夜からずっと調べ続け、ようやく見つけた。エレナの呪いを解くために必要な、青く光る鉱石。それが南のダンジョンにある。
(早く取りに行かないと、エレナにまた怒られる……)
ノアは山小屋を出ると、すぐに飛行魔法を発動させた。
——ズドンッ!
空気を置き去りにする勢いで、城へ向かって飛んでいく。
ノアの飛行魔法は、普通の魔法使いが使うものとは別格だった。
速い。
とにかく速い。景色が一瞬で後ろへ流れていく。
「着いたぁ」
ほんのわずかな時間で、ノアは王都の城門前に降り立った。
(ふぅー。急ぐと汗かくから嫌なんだよなぁ)
目の前には、王国の象徴ともいえる巨大な城。
その門を守っていた衛兵が、突然目の前に現れたノアを見て大きく飛び退く。
「な、何者だ!?」
「どうも」
「いつの間に現れた! 怪しい奴——!」
「これ」
ノアは胸元からペンダントを取り出した。そこには、こう刻まれている。
——『名誉王国直属魔法使い』
衛兵の顔が固まった。
「……え?」
「これ見せれば入っていいって言われてるから」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
衛兵は慌ててペンダントを確認する。間違いない。
この称号を持つ者は、王国にただ一人。
そして、その名を知らない者は王都にはほとんどいない。
「ま、まさか……」
衛兵が恐る恐る顔を上げる。
「あなた様は……もしや、大魔法使い様……?」
「ノアだよ」
「……!」
衛兵の目が輝いた。
「失礼いたしました! かねてよりお名前は伺っております! 自分、大ファンでして!」
「そうなの」
「あのドラゴンの群れを一瞬で——! それにしても、こんなにお若いとは……!」
その声を聞きつけ、近くの騎士たちまで集まってきた。
「何だ?」
「大魔法使い様が来たらしいぞ」
「あのノア様が?」
「本物か?」
ざわざわ。ざわざわ。
ノアは小さく肩を縮めた。
(うぅ……)
注目されるのは嫌いだ。
褒められるのも嫌いではないが、それ以上に——
(こっち見ないでほしい……)
そこでノアは、ふと思いついた。
「あ、そうだ」
目を閉じ、小さく詠唱する。
次の瞬間——
パッ。
ノアの姿が消えた。
「……え?」
「き、消えた!?」
「大魔法使い様はどこへ!?」
周囲が一気に騒然となる。
(これでよし!)
余計にざわつかせている自覚がないノアは、透明になる魔法を使い姿を消した。
これは本来、古代魔法に分類される高度な術であり、膨大な魔力を消費するくせに制限時間はわずか五分という、非常にコスパの悪い魔法である。
そんな伝説級の魔法を「人に見られたくない」というくだらない理由だけであっさり使ってしまうのがノアなのである。
「ノア様! お待たせしました! ルーカス殿下がすぐにお会いになると……」
城の中へ走っていった衛兵が戻ってくる。
「……あれ?」
ノアがいない。
「ノア様?」
「ここだよ」
「うわぁ!?」
突然、目の前にノアが現れた。
「教えてくれてありがとう。じゃあ入るね」
「は、はい……」
唖然とする衛兵を置き去りにして、ノアは城の中へ入っていった。
◇
「ノア殿!」
執務室に入ると、ルーカスが嬉しそうに立ち上がった。
「貴方が城へ来るとは珍しい! 本日は一体どのようなご用で?」
「南のダンジョンに行きたいんだ」
「南のダンジョン?」
「うん。だから許可して」
「……!」
ルーカスの目が輝く。
「ついにノア殿も、ダンジョン攻略へ乗り出す気になったのですか!?」
「違うよ」
「違う!?」
「エレナの呪いを解くために、青く光る鉱石が必要なんだ」
「青く光る鉱石?」
「調べたら、南のダンジョンにあるみたい」
「なるほど……」
ルーカスは顎に手を当てて考える。
「初めて聞く鉱石ですな。どのような性質を持つのでしょう?」
「知らない」
「知らないのですか!?」
「だから取りに行くんだよ」
「なるほど!」
なぜか納得したルーカス。
そして——
「では、私も同行しましょう!」
「え?」
「ノア殿のダンジョン探索! ぜひともこの目で見届けたい!」
「いや、別に来なくていいよ」
「なぜです!?」
「僕、急いでるから」
「急いでいる?」
「エレナが待ってるから」
ノアにとっては、それが何より重要だ。
「殿下、公務が残っております」
側に控えていた秘書が、すかさず冷ややかな声をかける。
「堅いことを言うな! ノア殿がダンジョンへ行くのだぞ!? 私も絶対に付いていく!」
「……まったく、困った王子ですね」
ノアの懸念通り、ダンジョンへはルーカスと護衛の騎士たちを伴って向かうことになってしまった。
「僕、急いでるから先に行ってるけどいい?」
遅くなって帰宅し、エレナにこれ以上怒られるのは絶対に避けたいノアである。
「ああ、構わないぞ! 我らも急ぎ後を追う——」
「じゃ、後でね!」
言い終わるや否や、ノアは飛行魔法を発動させて窓から飛び立ち、瞬く間に雲の彼方へと消え去った。
「まずい! 早すぎる! これでは我々が到着した頃には、すでにダンジョン攻略が終わっているかもしれん! 皆、急ぐぞ!」
「「「はっ!」」」
ルーカスと騎士たちは大急ぎで馬に飛び乗り、爆走してノアの後を追うのだった。
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