大魔法使い、南のダンジョンへ
南のダンジョンは、海のすぐそばにある洞窟だった。
近くには小さな村があり、そこから深い森を抜けた先にダンジョンの入り口がある。
危険な魔物が棲みついているため、村では立ち入りが厳しく制限されていた。
「あのー」
「ん?」
門番らしき男たちが振り返る。
「ダンジョンに入りたいんだけど」
「……君が?」
「うん」
門番は、ノアの姿を上から下まで眺めた。
どう見ても、危険なダンジョンへ向かうような冒険者には見えない。
「ダンジョンは遊ぶところじゃないぞ」
「そうだぞ。中には恐ろしい魔物がいるんだ。君みたいな子どもなら、一瞬で食べられちゃうぞ」
「でも、入りたいんだけど」
「駄目だ駄目だ。お父さんかお母さんはどうした?」
「……」
ノアは黙った。こういうことは、珍しくない。
見た目だけで子ども扱いされる。
話を聞いてもらえない。
(どうしよう)
ノアは少し考える。
(力で分からせるか……)
物騒な結論にたどり着きかけた、そのときだった。
——ドドドドドドッ!
激しい馬蹄の音が、森の向こうから響いてきた。
「ん?」
ノアが振り返る。
「ノア殿ーーー!!」
遠くから大声が飛んできた。
「追いついたぞーーー!!」
現れたのは、ルーカスと王国騎士たちだった。どうやら全速力で馬を走らせてきたらしい。
「お、おい!」
門番の一人が青ざめる。
「あの旗……王家の紋章じゃないか!?」
「なぜこんな場所に王族の騎士団が!?」
村の入り口が一瞬で騒然となる。
そして、その中心——
「ノア殿……!」
ルーカスが馬から降りた。
「流石に速いな……!」
肩で激しく息をしている。その後ろでは、騎士たちも同じように疲れ切っていた。
「ルーカス、すごいね」
「いやぁ、ノア殿に追いつくためならこのくらい——」
「……あ」
ノアが馬を見る。
「すごいのは馬か」
「……」
ルーカスは何も言い返せなかった。
「はぁ……はぁ……」
そんな二人を見ていた門番が、恐る恐る口を開く。
「あの……あなた様は、一体……?」
ルーカスが胸を張る。
「我は第一王子、ルーカスだ!」
「ル、ルーカス王子殿下!?」
「そしてこちらは——」
ルーカスがノアの肩に手を置く。
「大魔法使い、ノア殿だ!」
「……!」
門番たちの顔が固まった。
「大魔法使い……?」
「まさか……あの水竜を一撃で倒したという……?」
「そうだ!」
ルーカスが嬉しそうに頷く。
「これからダンジョンへ向かう。案内してもらえるか?」
「は、はい!」
門番たちは一斉に背筋を伸ばした。
「すぐにご案内いたします!」
「こちらへ!」
ノアは首を傾げる。
「……ねえ」
「何だ?」
「なんでルーカスが言ったら、一発で信じるの?」
「王子だからだ!」
「僕も一応、名誉王国直属魔法使いなんだけど」
「……」
門番たちが気まずそうに目を逸らした。
ノアは肩を落とす。するとルーカスが笑った。
「ハハハ! ノア殿も、もう少し背が伸びて大きくなれば信じてもらえるようになるのではないか?」
「それ、あと何年かかると思ってるの……」
そんな会話をしながら、ノアたちは村を抜け、森の奥へ進んでいった。
◇
森の奥深く。
木々をかき分けて進んだ先に、それはあった。蔦が絡みついた巨大な石門。
その表面には、古びた遺跡のような不思議な紋様が刻まれている。
ここに長い間、人が入っていないことは一目で分かった。
「……」
騎士たちは足を止める。空気が違う。
森の中とは思えないほど静かだった。
「……これが、南のダンジョン」
ルーカスが呟く。騎士たちは武器に手をかける。
「ノア殿、危険です」
「中に何が潜んでいるか分かりません」
「我々が先陣を——」
ノアは騎士たちの横を通り過ぎる。
「僕、ほんとに急いでるから」
「え?」
「ルーカスたちは外で待っててもいいよ?」
「待て待て!」
ルーカスが慌てて追いかける。
「ノア殿! さすがに一人で入るのは——」
「大丈夫だって」
ノアは巨大な石門へ手をかざした。
「開いて」
ギギギギギ……。
重々しい音を立てて、石門が動き始める。
「扉が……」
騎士たちが目を丸くする。
ノアが使ったのは、解除魔法だった。
長い年月をかけて施されていた封印を、あっさりと解いたのである。
ズズズズズ……。
巨大な石門が完全に開いた。
「わぁ……」
「俺、ダンジョンの中に入るの初めてだ……」
騎士たちが緊張した様子で洞窟の中を覗き込む。だが、ノアはすでに次の行動に移っていた。
石門の奥へ手をかざし、目を閉じる。
魔力が、静かに広がっていく。
洞窟の壁。
床。
天井。
無数に分岐する通路。
そこにいる生き物。
魔力の流れ。
そのすべてを、ノアは一瞬で把握していく。
「ノア殿……?」
ルーカスが覗き込む。
「うん」
ノアは目を開いた。
「だいたい分かった」
「何がです?」
「このダンジョンの中」
「……え?」
「最奥に、大きな魔物が一匹いる」
「一匹……?」
「うん」
ノアは続ける。
「他には小動物が何匹かいるけど」
「…………」
「魔法の気配も、一番奥にしかない」
ルーカスは言葉を失った。騎士たちも同じだった。
彼らがこれから命懸けで探索すると思っていたダンジョンを、ノアは入口に立っただけでほぼ把握してしまった。
「じゃ、行こう」
「危険は!?」
「大丈夫だと思うよ」
「思うよって……!」
ノアはそのまま洞窟へ入っていった。慌ててルーカスと騎士たちも後を追う。
ルーカスが周囲を見回す。ダンジョンの中は、思っていたほど暗くなかった。
洞窟の壁には古びた燭台がいくつも並んでいる。その一つ一つに、いつの間にか温かな炎が灯っていた。
「案外、中は明るいな……」
「ああ、それ?」
ノアが振り返る。
「つけておいた」
「……いつの間に!?」
「入る前」
「そんなことまでできるのか……」
「暗いと本が読めないから」
「今、本を読む必要はないでしょう!?」
「そうだけど」
ノアは首を傾げる。
「暗いより明るいほうがいいじゃん」
「……」
ルーカスは思った。やはりこの男にとって、ダンジョン攻略も日常生活の延長なのだ。
そのときだった。
——ズン。
遠くから、低い地響きが響いた。
騎士たちが息を呑む。
「今の音は……?」
ノアも足を止める。そして、ダンジョンの最奥へ視線を向けた。
「ノア殿?」
「動いたみたい」
「何がです!?」
「さっき言ってた、大きな魔物」
「……」
「さぁ、早く鉱石を見つけて帰らないと」
マイペースな大魔法使いは、歩みを進めるのであった。
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