大魔法使いと最奥の魔物
ダンジョン内を進むと、分かれ道が現れた。立ち止まり、どの道を選ぶか悩むのが探索の常識なのだが……。
「ノア殿! その道でいいのか!?」
立ち止まって唸っていたルーカスが声をかけるが、ノアは立ち止まる素振りすら見せず、そのままの速度で歩き続ける。
「さっき探知したからさ。この道が一番の近道なんだよ。あ、でもトラップがないのは右の道だよ」
不意にノアがピョンと跳び上がると、直前までノアの足があった場所へ、壁から大量の弓矢が飛んできた。
「うわぁぁあ!?」
騎士たちが悲鳴をあげる。
「殿下! 我らはノア殿の仰る通り、右の安全な道へ行きましょう!?」
「トラップのある道なんて、自力で避けられる自信がありません!」
騎士たちが必死の表情でルーカスへ懇願する。
「うぐっ……我はノア殿の活躍を見届けたいのだが……」
しばし思案するルーカスだったが、
「いや、ついて行くぞ! 王国直属の騎士団ともあろう者が、弱気でどうする!」
「うへぇ……」
ずんずん進むノアの後ろを、騎士たちが恐る恐るついて行くという、何とも奇妙な構図が出来上がった。
「ルーカス、姿勢低くして」
ノアが呟いた次の瞬間、ルーカスの頭があった位置を拳大の岩が高速でかすめ飛んだ。間一髪である。
「……っ!」
さすがのルーカスも顔を青くした。
だがノアの指示は常に完璧で、誰一人として怪我をする者はいなかった。
「ここ踏むと陥没するよ」
「壁触ると閉じ込められるよ」
「一列で進んでね」
ノアの的確な指示のもと、ダンジョンとは思えないほどの速度で最奥まで辿り着いた一行。そこには、羽の生えた不気味な魔物の石像が左右にそれぞれ鎮座し、巨大な石扉が固く閉ざされていた。
「ここに魔物がいるね」
「……!」
ノアの言葉に、誰もが固唾を呑んで緊張を高める。
「どんな魔物だろう? 楽しみだな〜」
ノア一人だけがご機嫌で、石像たちへ向けて両手をかざす。
バサッ……!
途端に石像の羽が開き、重厚な扉が静かに開放されていく。
ノアがそのまま足を踏み入れると、ルーカスと騎士団も慌てて後に続いた。
扉の奥——薄暗い闇の中に、凄まじい密度の気配が蠢いている。
(な、なんだ……この身がすくむような重苦しい空気は……!?)
ルーカスと騎士団は、圧迫感のあまり一歩も動けなくなった。
ノアは目の前の闇から目を逸らさないまま、背後のルーカスたちに向けて手をかざす。周りに淡い光が煌めき、すぐに消えた。
「……ノア殿?」
ルーカスが尋ねると、
「強力な防御結界だよ。絶対にそこから動かないでね」
「し、しかし! 我ら騎士団は魔物と戦うノア殿を援護するために参ったので……!」
「そ、そうだぞノア殿! 我らも共に戦う!」
ルーカスが鼻息荒く主張し、騎士たちも何とか闘志を奮い立たせようとする。
「いいから。その結界から出たら死ぬよ」
ノアの瞳が、一瞬光りスッと細くなった。
「ヒィッ!?」
大魔法使いの静かな一言の威力を前に、誰も動こうとする者はいなくなった。
扉が完全に開ききると同時に、ダンジョン全体を揺らす凄まじい咆哮が響き渡る。
「グオォォオ!!」
ノアが片手を一振りし、部屋の壁にある燭台へ一斉に火を灯した。
浮かび上がったのは、体長二メートルを超える、神々しくも恐ろしい真っ白い虎の魔物だった。
「……白虎だ……」
ルーカスは開いた口が塞がらない。
(あの伝承にある伝説の聖獣が、このダンジョンに……!?)
壁一面には、炎の明かりを反射して美しく輝く結晶があった。『青く光る鉱石』である。
「よかったぁ。本当にあった」
(これでエレナに怒られないで済む〜)
安堵するノアへ、白い影が疾風のごとく襲いかかる。
ノアはふわりと身を屈め、白虎の爪を難なくやり過ごした。すると白虎は天井を見上げ、激しく咆哮する。
ドーーン!!
頭上から直撃する凄まじい落雷。
だが、ノアの設置した防御結界に弾かれ、ルーカスと騎士たちは無事だった。
「ひいいぃ!」「これ、直撃したら即死だぞ……!?」
騎士たちが恐怖に震える中、誰かが叫んだ。
「ノア様は!?」「無事か!?」「あ! 奥にいる!」
指さす先では、ノアは何事もなかったかのように立っている。その手には、青い鉱石が握られていた。
(いつの間に壁から削り取ったのだ……!?)
ルーカスは頭を捻った。よく見ると、ノアの頭上には光の傘のようなものが見える。どうやら、あれで落雷を防いだらしい。
「これだけあれば足りるかな……。どうせだし、もう少し持って帰って特徴でも調べようかな」
一人でブツブツ呟きながら手をかざすと、そっと鉱石が壁から剥がれ落ちる。ノアはそれらを持参した布袋へせっせと詰め込んだ。
「これでよし!」
白虎もあまりのマイペースさに圧倒されたのか呆然としていたが、気を取り直して再びノアへ向き直る。そして突然激しい威圧を放った。途方もない、禍々しい魔力の奔流。
「な、なんだこの圧迫感は……!」「身動きをとるのがやっとだ……!」
王族の加護を持つルーカスも、訓練された騎士たちも、あまりの重圧に歯を食いしばる。
ノアは白虎へ視線を向けると、ニヤリと口角を上げた。そして、己の魔力を放出する。
——ドン、と世界が重くなった。
そこにいた全員が、指一つ動かせず、声すら出せなくなった。白虎のような禍々しさはない。ただただ、圧倒的な「圧倒的すぎる魔力の質量」なのだ。白虎の放っていた魔力など、ノアの威圧によって一瞬で綺麗に吹き飛ばされてしまった。
「僕の勝ちだね」
ノアはそっと白虎へ手を差し出した。
「僕と来るかい?」
ノアの問いかけに、白虎は静かに首を垂れ、その場に膝を折った。白虎の足元に巨大な魔法陣が出現し、眩い光が全体を包み込む。ルーカスたちは目を丸くしてその光景を見つめる。
光が収まると、白虎はゆっくりと立ち上がり、ノアの元へと歩み寄る。
「あ! 危ない!」「ノア殿、逃げて——」「……あれ?」
白虎はノアの頬を大きな舌でデロリと舐めると、甘えるようにゴロゴロと体を擦り付け始めた。まるで巨大な子猫である。
「あはは、よしよし」
ノアも嬉しそうに白虎の頭をなでなでした。
「ノア殿、これは一体……!?」
ルーカスが耐えかねて声を上げる。
「ああ、魔獣と契約したんだよ。これで白虎は僕の仲間だね」
「えええ!? 魔獣との契約など、おとぎ話でしか聞かないぞ!?」
ルーカスは再び開いた口が塞がらなくなった。
「あ、防御結界解除するね。もう安全だから」
ノアが手をかざすと、結界がすっと消え去った。
「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか……」「また雷が落ちてきたら終わりだぞ……」
怯える騎士たちをよそに、ノアはすっかり懐いた白虎の毛並みを満悦顔で撫で続けるのだった。
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