金魚の呪いを解く方法
ノアは、本を読んでいた。……いつも通りに見える。
しかし今日は少し違った。
目の前には大量の本が積み上がっている。
魔術書。
呪術書。
古代魔法の研究書。
呪いに関する専門書。
ノアはそれらを一冊ずつ読み進めていた。
目的はただ一つ。エレナの呪いを解くためだ。
きっかけは、昨夜のことだった。
◇
「エレナ、夕飯だよ」
ノアは小さくちぎったパンを、水槽の中へ落とした。
「……」
エレナは水の中を漂いながら、パンを見つめる。
「美味しい?」
「……」
「今日のパン、パン屋さんがおまけしてくれたんだ」
「……もう嫌」
「え?」
「水に濡れて、ふにゃふにゃになったパンばっかり!」
「でも、ちゃんと食べられるよ?」
「そういう問題じゃないの!」
エレナが水槽の中をぐるぐる泳ぎ始める。
「私……」
声が震える。
「焼きたてのサクサクしたパンが食べたいいいい!」
「金魚が焼きたてのパンを食べたら、大火傷しちゃうよ?」
「分かってるわよ!」
ノアは本気で心配しているらしい。
「だから——」
エレナは水槽の中で涙を浮かべた。
「いい加減、この呪いを解いてよー!」
バシャバシャバシャッ!
大量の水しぶきがノアへ飛んだ。
「……」
ノアの顔がびしょ濡れになる。
「……分かった」
「本当!?」
「うん」
ノアは静かに頷いた。
「ちゃんと調べる」
◇
そして現在。
ノアは呪いについて、一晩中調べていた。
ページをめくる。
また一冊。
さらに一冊。
そして——
「……あった」
ノアの指が、古い魔術書の一文で止まった。
呪いを解除するために必要なのは——
「青く光る鉱石」
それを粉末状にして使用する。
さらに特殊な魔法陣を組み、指定された呪文を唱える必要があるらしい。
魔法陣も、呪文も、ノアなら問題ない。
必要な知識は、すでに頭の中に入っている。
あとは材料だけだった。
「エレナ」
「なに?」
「必要な材料が分かったよ」
「本当!?」
水槽のエレナが勢いよくノアの前まで泳いでくる。
「これがあれば、呪いを解ける」
「……!」
エレナの目が輝いた。
「本当に!? 私、人間に戻れるの!?」
エレナは嬉しそうに水槽の中をぐるぐる泳ぎ回る。
「それで、その鉱石はどこにあるの?」
「リウム国の南にあるダンジョン」
「……」
エレナの動きが止まった。
「……ダンジョン?」
「うん」
ノアは何でもないことのように答える。
南のダンジョン。そこは恐ろしい魔物が巣食う危険地帯。
足を踏み入れた者は二度と戻ってこない——
そんな噂まである場所だった。
「……大丈夫なの?」
「うん」
「本当に?」
「全然」
エレナは心配そうにノアを見る。
「一人で行くの?」
「うん。……でも」
ノアが困ったような顔をする。
「そのダンジョンに入るには、国の許可が必要なんだ」
「ああ……」
「だからルーカスにお願いしに行かないといけなくて……」
「うん」
「……ついて来たら嫌だな」
「そこなの!?」
エレナが思わず叫んだ。
ノアにとっては、魔物がいるダンジョンより王子の方が面倒らしい。
「だってルーカス、すぐ魔法の話をするし……」
「あなたのファンなんだから仕方ないでしょう」
「静かにしてくれればいいのに」
「王子様にそれを求めるのもどうかと思うわ」
「……」
ノアは黙り込んだ。
やがて、窓の外を見る。空が明るくなってきていた。
「……もう朝か」
ノアは大きなあくびをした。
「ずっと調べてたの?」
「うん」
「寝てないの?」
「まだ」
「ノア……」
エレナが少し心配そうにする。
「ちょっとだけ寝る」
「え?」
「街の鐘が鳴ったら起きるから」
ノアはベッドへ向かう。
「もし僕が起きなかったら、起こしてね」
「分かった!」
エレナは胸を張った。
「任せて!」
「じゃあ、おやすみ……」
ノアはベッドへ倒れ込んだ。
「……すぅ」
一瞬で寝息を立て始めた。
◇
ゴーン。
ゴーン。
街の鐘が遠くから響く。
「……」
山小屋は静かだった。
「……すぅ」
「……すぅ」
ノアも。エレナも。
二人とも気持ちよさそうに眠っていた。
ゴーン。
ゴーン。
それでも起きない。
やがて——
「……ん」
エレナが目を覚ました。
窓から差し込む光が、さっきよりずっと明るい。
「……」
エレナが外を見る。太陽は、すっかり高い位置まで昇っていた。
「……お昼!?」
エレナが水槽の中を大慌てで泳ぎ回る。
「ノア! 起きて!」
「……ん」
「起きてってば!」
「……おはよう」
「おはようじゃないわよ!」
ノアが眠そうに目をこする。
「もうお昼よ!」
「……」
ノアは窓の外を見る。
「本当だ」
「早く行かないと!」
「でも、今日はもう遅いし……」
「ダメ!」
「明日でも……」
「ダメ!」
「……」
エレナが水槽の中からノアを睨みつける。
「一刻も早く呪いを解くんでしょう?」
「……うん」
「だったら、早く準備して!」
「はい……」
ノアは渋々ベッドから起き上がった。
「……ルーカスに会わないといけないのかぁ」
「そこを嫌がらない!」
「だって面倒なんだもん……」
「私が人間に戻るためでしょ!」
「……分かったよ」
ノアは大きく伸びをする。
「じゃあ、行ってくる」
「うん!」
エレナは嬉しそうに泳ぎ回った。
こうして——
大魔法使いによる、金魚を人間に戻すためのダンジョン探索が始まった。
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