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魔力無制限の大魔法使いは、静かに読書したいだけ  作者: 紙絵。
第一章 大魔法使いと金魚

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大魔法使いの買い出し

 山小屋の中には、本をめくる音だけが響いていた。


 パラ……パラ……パラ……


 水槽の中では、金魚のエレナが気持ちよさそうに眠っている。

 どうやら、ノアが整えた快適すぎる水槽が気に入ったらしい。

 今日は小言も飛んでこない。ノアにとっては、最高の環境だった。

 外は朝から分厚い雲に覆われている。窓の向こうでは、雨が静かに降り続いていた。

 

 薄暗い空。

 濡れた森。

 そして誰も来ない山小屋。

 

(……邪魔が入らないって最高だな)

 

 ノアはベッドに寝転がったまま、本を読み続けていた。読み終えた本を、ベッドの隅へ重ねる。


 次は何を読もう。

(エレナの呪いの解き方も調べなきゃなぁ……)


 そんなことを考えながら、ゴロゴロと寝返りを打つ。至福の時間だった。


 ——グゥ。


「……」


 ノアのお腹が鳴った。

(お腹すいた……)

 仕方なくベッドから起き上がり、食べ物を探して棚を開ける。


「……」


 何もない。もう一つ開ける。


「……」


 やっぱり何もない。

(そういえば、しばらく買い出しに行ってなかったな……)


 ノアは肩を落とした。

 そして窓の外を見る。ザーザーと雨が降っている。


「はぁ……」


 盛大なため息。


「出たくないよぉ……」


 ノアは半泣きになりながらローブを手に取った。


「……ん」


 その声でエレナが目を覚ます。


「おはよう、ノア……」

「おはよう」

「今日はよく寝ちゃったわ……」


 エレナは眠そうに目をこする。そして、ノアの姿を見て目を見開いた。


「ノア!」

「なに?」

「まさか……」


 エレナはノアの服装をじっと見る。


「パジャマで出かける気!?」

「だって着替えるの面倒じゃん」

「大魔法使いが何言ってるのよ!」

「上からローブ着れば分からないでしょ」

「そういう問題じゃない!」


 ノアは自分の寝癖を触った。


「……まあ、いいか」

「よくない!」

「でもお腹空いたし……」

「はいはい! 分かったから、ちゃんと着替えて!」


 結局、ノアはエレナに押し切られた。


「……じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい!」


 ノアは重い足取りで玄関へ向かう。ドアを開ける。


 ——ザーッ!


「……」


 思った以上の土砂降りだった。


「……帰りたい」

「まだ出発してないでしょうが!」


 エレナのツッコミを背中に受けながら、ノアは小さく呪文を唱える。一瞬、身体が淡い光に包まれた。


「……よし」


 そのまま外へ出る。

 ノアの身体には一滴の雨も当たらない。

 雨粒はノアに触れる直前で弾かれて、地面に落ちていく。雨具も必要ない。

 ノアは何事もなかったように歩いていく。

(お腹すいた……)


 ◇


 街へ着くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「……パン」


 ノアの足が止まる。そのまま匂いに引っ張られるように、パン屋へ入った。


「いらっしゃいませ~」


 ふくよかな髭の店主が声をかけてくる。

 雨のせいか、店内にはノア以外の客はいなかった。


「お客さん、雨大丈夫だったかい?」


 店主がタオルを差し出す。


「ありがとう」


 ノアは軽く頭を下げた。


「でも、僕は濡れてないから大丈夫」

「え?」


 店主がノアを見る。髪も服も、まったく濡れていない。


「あれ……本当だ」


 店主が不思議そうに首を傾げる。ノアは特に説明する気もなく、パンを選び始めた。


「これと……これと……」


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 気づけばトレイの上は焼きたてのパンで山盛りになっていた。


「そんなに食べるのかい?」

「しばらく買い物に来なくて済むように」

「なるほどねぇ」


 店主は笑った。


「ありがとうございました~」


 パン屋を出たノアは、続けて肉屋、八百屋へ向かう。必要なものを次々と買い込んでいく。


「……よし」


 両手いっぱいの荷物。

(これでしばらく引きこもれる)

 ノアは満足そうに頷いた。

 ただし。

(……ちょっと重いな)

 目を閉じる。短い呪文を唱える。

 荷物が淡く光った。

 次の瞬間。

 さっきまで両手いっぱいだった荷物が、まるで羽のように軽くなる。


「これでいいや」


 ノアは片手で荷物を持ち上げた。そしてもう片方の手で、焼きたてのパンを取り出す。


「いただきます」


 ぱくっ。


「……おいしい」


 幸せそうな顔でパンを頬張りながら、ノアは帰路についた。

 ——その途中。


「……ん?」


 人だかりができている。

(なんだろう)

 ノアが近づくと、原因が分かった。

 川だった。

 雨で増水した川が、今にも古い木橋を呑み込もうとしている。橋の上には誰もいない。

 周囲の人々も、どうしたものかと困り果てている。


「この雨じゃ、橋が流されるぞ!」

「向こう岸へ渡れない!」

「どうするんだ……!」


 ノアは川を見る。橋を見る。

 そして——

 パンを見る。


 ぱくっ。

 ノアは橋へ向かって歩き出した。


「おい、そこの少年!」


 近くにいた老人が慌てて声をかける。


「その橋は危険じゃ! いつ流されるか分からん!」

「でも、この橋を渡らないと帰れない」

「だめじゃ!」

「……」


 ノアは困ったように橋を見る。


「じゃあ、流されないようにするよ」

「……は?」


 ノアはパンを咥えたまま、橋へ手をかざした。

 数秒。

 淡い光が橋を包む。


 古びた木材が光の中で形を変えていく。

 軋んでいた橋は、頑丈な石へ。

 細かった橋は、幅広い大橋へ。

 崩れかけていた土台は、川底へ深く固定されていく。


 光が消えた。

 そこにあったのは——

 何十年使っても壊れそうにない、立派な石橋だった。


「…………」


 人々が言葉を失う。

 ノアは満足そうに頷いた。


「これなら大丈夫」

「いやいやいや!」


 老人が叫ぶ。


「何をしたんじゃ!?」

「橋を直した」

「直したって……!」


 老人が石橋を見る。どう見ても「直した」という規模ではない。

 しかしノアは気にしない。

 ふと、川へ目を向ける。

(……川も危ないな)

 ノアは手を伸ばした。増水した川の水が、ゆっくりと浮かび上がる。


「……え?」


 水が上がる。

 さらに上がる。

 やがて、巨大な水の塊が空中へ浮かんだ。

 まるで空に、もう一つの川ができたかのようだった。


「な、なんだあれ……」

「水が……浮いてる?」

「嘘だろ……」


 人々が空を見上げる。

 ノアは空中に浮かんだ水の量を確認する。


「……このくらいかな」


 そして、指を軽く鳴らした。


 ゴォッ!!


 巨大な水塊を炎が包み込む。

 薄暗かった空が、一瞬だけ昼間のように明るくなる。


「うわぁ……!」


 人々が息を呑む。

 炎に包まれた水は、瞬く間に蒸発していく。やがて大量の水が消え、川は本来の水量へ戻った。

 ノアは川を確認する。


「これなら、しばらく大丈夫かな」


 そして何事もなかったかのように、袋からパンを取り出す。


 ぱくっ。


「……やっぱり焼きたてはおいしい」


 人々は誰一人、声を出せなかった。


「じゃあ、通っていいよね?」


 返事を待つことなく、ノアは石橋を渡っていった。

 その手には大量の買い物袋。口には焼きたてのパン。

 ノアにとっては、ただの買い出しだった。


 ◇


 街では一つの噂が駆け巡っていた。


「ねえ、あのパン屋知ってる?」

「大魔法使いが買ってた店だろ?」

「ああ!」

「あそこのパン、すごく美味しいらしいぞ」

「じゃあ行ってみよう!」


 翌日。

 パン屋の前には、長い行列ができていた。


「……なんでこんなに客がいるんだ?」


 髭の店主は、呆然としながら行列を眺めていた。


 本人はそんなこととは知らずに、山小屋でパンを食べながら満足顔で本を読んでいた。

読んでいただき、ありがとうございます。


★おもしろい!→5

★ふつう→3

★まぁまぁ→1


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