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魔力無制限の大魔法使いは、静かに読書したいだけ  作者: 紙絵。
第一章 大魔法使いと金魚

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大魔法使いに図鑑を渡したい王子

(ノア殿、きっと喜ぶぞー!)


 ルーカス王子は、従者と共に森へ足を踏み入れた。

 従者は一冊の本を抱えている。


(これを渡したら、きっと喜んでくれる!)


 そう思うだけで、ルーカスの足取りは軽かった。

 ノアの住む山小屋は森の入り口近くにある。いつもなら、ここから大した時間はかからない。

 ——そのはずだった。


「……おかしいな。まだ着かんのか?」

「そうですね、殿下。もうずいぶん森の奥まで来ているというのに……」


 二人は立ち止まり、空を見上げた。

 見慣れた森のはずなのに、何故か目的地に辿り着けない。


「殿下、今日は帰りましょうか」

「……そうだな。致し方あるまい。出直そう」


 二人は肩を落とし、森の入り口へ向かって歩き始めた。

 すると——

 正面から、本を読みながら歩いてくる少年が見えた。


「……!」


 黒髪。本を片手に、周囲などまるで気にしていない。


「ノア殿!」


 ルーカスは感極まって駆け出した。

 思わずノアに抱きつこうと両腕を広げ——


 ドゴォンッ!


「ぐはっ!?」

「で、殿下ぁ!?」


 ルーカスの身体が派手に吹き飛んだ。従者が慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですか殿下!」

「ノア殿! いくら殿下がめんどくさいからって、攻撃するのはあんまりです!」

「……めんどくさい?」


 尻餅をついたルーカスが、ぽつりと呟いた。

 ノアは本から顔を上げ、ルーカスを見る。


「なんだ、ルーカスか」

「ノア殿! 今のは一体……!」

「ルーカス、僕に抱きつこうとしたでしょ?」

「うむ!」

「そういうことをすると、勝手に攻撃するようになってるんだよ」

「勝手に攻撃……!」


 その瞬間、ルーカスの目が輝いた。


「そ、それはつまり危機が迫った時に自動で発動する魔法なのか!?」

「……まあ、そうだけど」


「防御魔法に攻撃魔法まで付与しているのか!? どの程度の危険度で発動する!? 魔力消費は!? 術式は!?」

「殿下」


 従者が心配そうに声をかける。


「お怪我はありませんか?」

「それよりノア殿の魔法だ!」

「……」


 ノアは小さくため息をついた。そして本を閉じる。


「ルーカス、うるさい」

「すまん!」

「それで、何か用があって来たんじゃないの?」

「あ!」


 ルーカスは慌てて従者を見る。


「そうだった!」


 ノアが空間に手をかざした。

 すると——

 何もなかったはずの森の中に、突然、一軒の山小屋が現れた。

 周囲には色とりどりの薔薇が咲き誇り、甘い香りが漂っている。


「「……え?」」


 ルーカスと従者の声が重なった。


「ほら、とりあえず入って」

「……」


 二人は呆然としながら、山小屋へ入っていった。中に入ると、本棚、本棚、本棚。壁一面に大量の本が並んでいる。

 そして部屋の中央には、一つの金魚鉢。中で金魚が泳いでいた。


「ノア殿……」

「ん?」

「もしかして、この山小屋……」

「うん」


 ノアは何でもないことのように答えた。


「辿り着けない魔法をかけた」

「どうりで!」

「辿り着けないはずです!」


 二人は揃って肩を落とした。ノアはそんな二人を気にすることなく、本棚へ向かう。


「それで、何しに来たの?」

「あ、そうだった!」


 ルーカスは、従者から大事そうに一冊の本を受け取った。


「これだ!」


 分厚い図鑑を、ノアへ差し出す。

 ノアが受け取る。

 その横から、金魚鉢のエレナが図鑑をじっと見つめていた。


 表紙には、こう書かれている。

 『金魚の飼い方』


「この国には金魚がほとんどいなくてな!」


 ルーカスは胸を張った。


「色々な国へ使者を出して、ようやく東の国から取り寄せたのだ!」

「助かった。恩にきるよ」


 ノアはすぐにページを開いた。


「……」

「……」

「……」


 そのまま読み始めた。


「ノア殿?」

「ん?」

「嬉しくないのか?」

「嬉しいよ」

「そうか!」


 ルーカスは満面の笑みになった。


「ならば——」

「静かにして」

「……はい」


 王子が素直に黙った。

 エレナが金魚鉢の中から、そんなルーカスをじっと見ている。やがてルーカスは、ふと疑問に思った。


「そういえば、ノア殿」

「なに?」

「その金魚は……どこで手に入れたのだ?」


 ルーカスが金魚鉢を覗き込む。

 従者も興味深そうに金魚を見つめている。エレナは二人を見返した。


「これは呪いだよ」

「……え?」

「呪い」

「……」


 ルーカスの顔が引きつった。


「の、の、呪い!?」

「うん」


 ノアはそれ以上説明する気がないらしい。再び図鑑へ視線を落とした。


「……」


 ルーカスは金魚を見る。


「……」


 金魚もルーカスを見る。


「……呪い……」


 その時、従者がそっと耳打ちした。


「殿下。そろそろお時間です」

「もうか!?」


 ルーカスが驚く。


「まだ来たばかりだぞ!」

「山で迷っていた時間がありましたので……」

「……」


 ルーカスは何とも言えない顔になった。やがて、しぶしぶ出口へ向かう。しかし扉の前で、ふと振り返った。


「ノア殿!」

「ん?」

「また来たいのだが……」


 ルーカスは真剣な顔で尋ねた。


「ここへは、どうすれば辿り着けるのだ?」

「……」


 ノアは少し考えた。

 そういえば、エレナにも同じことを言われた気がする。


「んー……」


 少し考えて。


「運かな!」


 ピシャッ!


 金魚鉢から水が飛んできた。


「冷たいなぁ」


 ノアの頬から水が滴る。エレナが金魚鉢の中で頬を膨らませていた。


「……」


 ルーカスと従者は目を見張る。

(金魚が水をかけた?)

(あの大魔法使いに……攻撃を当てた?)

 しかしノアは気にした様子もない。

 

「じゃあ、森に入ったら『開けバラ』って言ってよ」

 

 ノアが言う。


「そうすれば辿り着けるようにしておくから」

「『開けバラ』……」

「うん」

「分かった!」


 ルーカスは嬉しそうに頷いた。だが、どうしても気になることがある。


「ノア殿」

「なに?」

「先ほどの金魚は……」

「うん?」

「どうしてノア殿に攻撃を当てられたのだ?」

「ああ」


 ノアは少し考えてから答えた。


「僕自身が『攻撃された』って認識しないと、オート魔法は発動しないからね」

「……なるほど」


 ルーカスは納得した。そして、ふと何かに気づく。


「ということは——」

「?」

「私の抱擁は『攻撃』認識だったということか!?」

「……」


 ルーカスが深刻そうな顔をする。


「私は、ノア殿に抱きついただけなのに……」

「ノア様、お邪魔いたしました」


 従者がルーカスをズルズルと引きずっていく。


「殿下、帰りますよ」

「待て! 私はただ親愛の情を——」

「帰ります」

「ノア殿ー!」


 扉が閉まる。静かになった山小屋。

 ノアは受け取った図鑑へ視線を落とした。


「……さて」


 エレナが金魚鉢の中で泳いでいる。


「読むか」


 こうして今日もまた、ノアの静かな読書時間が始まった。

読んでいただき、ありがとうございます。


★おもしろい!→5

★ふつう→3

★まぁまぁ→1


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