噂の大魔法使い
「隣国のドラゴンが一瞬で全滅したらしい」
ノアがドラゴンの群れを討伐してから、数日。その噂は、隣国にまで広がっていた。
ここはリウム国の隣国、バーム国。王宮では、最近その話題で持ちきりだった。
「一人で?」
「氷でドラゴンを封じ、その後に炎で全てを消し去ったとか」
「……化け物だな」
「我が国にも欲しい人材です」
その噂の中心にいる少年は、そんなことなど知らず。
山小屋で本を読んでいた。
◇
「ノアー!」
「……」
「ノアってば!」
「……」
「ノア!! そろそろ水かけるわよ!」
「……何?」
「外に人!」
エレナが金魚鉢から叫ぶ。ノアは本から顔を上げた。山小屋の外には、何人もの人がノアを訪ねてきていた。
「大魔法使い様!」
「ぜひ我が国へ!」
「弟子にしてください!」
「魔法を教えてください!」
「王宮から使者として参りました!」
ノアは本を閉じ、窓から外を見る。
騎士。
魔法使い。
商人。
王国の使者。
そして、なぜか冒険者までいる。
「……本が読めない」
「普通に断ればいいじゃない」
「面倒」
「もう!」
一際大きな呼び声に嫌気が差し、ノアは面倒そうに手を上げた。指先から魔力が広がる。
直後、外から悲鳴と逃げていく足音が聞こえ、あたりは静まり返る。ノアは何事もなかったかのように、魔導書へと視線を戻した。
「冷たっ」
突如、ノアの頭にポタリと水滴が落ちた。すかさず魔導書が濡れていないかを確認してからベッドを立ち上がり、金魚鉢へと向かう。
「なんだよエレナ!」
「『なんだよ』じゃないでしょ!? 外の人たちに何したのよ! いくらうるさいからって、魔法で攻撃したわけじゃないでしょうね?」
エレナと呼ばれた金魚が水面から顔を出し、お説教を始めた。ノアの魔法によって、水中からでも会話ができるようになっているのだ。
「えぇっと、家の外壁にバラを生やしたんだよ。驚いて逃げてくれないかと思って……」
ノアは頭を掻きながら、少し困った顔で金魚に言い訳する。
「それならいいけど! 王国の使者もいるんだから、手荒な真似は駄目よ!」
そう言うと、エレナはぷくーっと頬を膨らませた。
「ちょっと、もう水かけるのやめてよ? だって最近、この山小屋に来る人多くない? 読書の邪魔。……そうだ!」
ノアはニヤッと笑った。何か思いついた顔である。
「……何する気?」
じっ……と疑いの目を向けるエレナに、ノアは手を差し伸べた。
「心配ならエレナも一緒においで」
ノアが手を持ち上げると、エレナを含めた金魚鉢の水ごと、まるっと空中に浮かび上がった。
「わっわっわっ!」
「エレナ大丈夫だよ。表面は保護魔法で、絶対崩れないから」
慌てるエレナを連れてノアは外へと歩き出す。
その隣には、まるで大きな水の風船のように、エレナがふわふわとついてきた。
山小屋の外へ出て振り返ると、確かに山小屋のまわりは蔓薔薇が隙間なく生い茂っている。
「これは……このままでいいか」
呟いたノアは地面に手を当てる。
掌からあふれた白い光が広がっていき、森の景色が歪む。
「何してるの?」
「山小屋が見えなくなるようにした」
「え?」
「ここへ来ても、普通の森にしか見えない」
「それって……」
「これで静かに読書できる」
ノアは満足そうに頷いた。
「完璧」
「全然完璧じゃないわよ!」
エレナが叫ぶ。
「もし本当に、大事な用事の人が来たらどうするの!?」
「そのときは——」
ノアは少し考えた。
「頑張って探してもらう」
「他人任せすぎる!」
エレナが呆れたようにため息をつく。しかし、その直後。
「……?」
ノアが振り返った。
「どうしたの?」
「誰かいる……」
「え?」
「まぁ、いいか。本読もう」
「いいの?」
ノアはさっさと山小屋へ入って行った。
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