ドラゴンより、本が大事
王都の城壁の一部は崩れ、市場には商品が並んだまま。人の姿はほとんどない。
「みんな避難したんだな」
ノアは呟いた。
「お帰りなさいませ、ルーカス王子!」
騎士たちが一斉に敬礼した。
ルーカスは軽く頷く。
「避難状況は?」
「完了しております」
敬礼した騎士たちが、さっと城の重厚な門を開ける。
「ノア殿、一度城にて報告だけしたい。しばし城内でお待ちいただいても宜しいか?」
「うん。相変わらず手続きだの何だのって面倒くさいよね」
「悪いな」
ルーカス王子は従者を連れ、足早に城内へと入っていった。
「ノア様、こちらへ」
残された従者に促されるまま、ノアは歩みを進める。
「あれが大魔法使いノア様か!」
「あの少年がか?」
「でも王子が直々にお連れしたのだから……」
周囲から噂する声が聞こえる中、応接室へと通された。城に残っているのは、城や街を守る最低限の騎士団くらいのようだった。
「ねぇ、ドラゴンの様子、見て来てもいい?」
応接室に通されてから五分と経たぬうちに、ノアは立ち上がった。
「しかし、ルーカス様がもうすぐお戻りになりますので……」
「でも、ルーカスがいてもいなくても、ドラゴンを倒すことに変わりはないでしょ?」
「えっと……いや、それはそうですが」
「早く倒して、本もらわなきゃ!」
「え……?」
従者は目を丸くした。
この少年は、本当にそれだけのために来たらしい。
そして、ノアは窓を開け放つと、空へと飛び立っていった。
「……行ってしまわれた」
従者は呆然と、遠ざかる背中を見送ることしかできなかった。
◇
森の上空。ノアは高度を下げた。
ドラゴンに気づかれないよう、木々の間を低く飛ぶ。
「……いた」
森の奥。
巨大なドラゴンが群れを成していた。その数、数十。
さらに地面には、いくつもの卵がある。
(これ、孵化したら大変だ……)
ノアは地面へ降りた。左手を地面につける。
次の瞬間。
——森が凍った。
地面から巨大な氷の壁が伸び、木々を包み、ドラゴンたちの身体を一瞬で凍結させていく。
咆哮すら上げる暇がない。
「……!」
後から追いついたルーカスと騎士たちは、言葉を失っていた。
「ノア殿……?」
「凍らせただけ」
「……だけ?」
ルーカスの声が震える。ノアは凍りついたドラゴンの群れを見つめる。
「このままだと後片付けが面倒だね」
「後片付け!?」
「うん」
ノアは再び左手を地面につけた。
「少し下がって」
「何を——?」
「熱くなるから」
「全員、退避!」
ルーカスが叫ぶ。騎士たちが一斉に森の外へ走る。
「ルーカスも」
「私はここにいる!」
「……じゃあ、これ」
ノアが手をかざす。ルーカスの身体を透明な防御壁が包み込んだ。
「これで大丈夫」
「……おお! ありがとう」
次の瞬間。
炎が噴き上がった。
凍ったドラゴンたちは一瞬で灰になり、氷すら残らず消えていく。
そして、何事もなかったかのように、森が静かになった。
「……」
ルーカスは呆然としていた。
「終わったよ」
「すごい……」
「いや……」
ルーカスの目が輝く。
「氷結魔法でドラゴンの動きを完全に止めて、そのあと炎を放ったのか……!」
「うん」
「相反する性質の魔法を、あれほどの規模で同時に扱うなんて……!」
「さっき読んでた本に載ってて。使ってみた」
「本に載っていたからといって、できることではない! ノア殿、今の魔法の理屈をもっと詳しく——」
「それより」
ノアが手を差し出す。
「本」
「……」
「約束したよね?」
「ああ」
ルーカスは苦笑した。
◇
城へ戻ったノアは、すぐに魔導書を開いた。
豪華な応接室。巨大なソファ。そして、その上で体育座りになって本を読む少年。
そこへルーカスが入ってきた。
「ノア殿、少しいいか?」
「……」
「ノア殿?」
返事がない。ルーカスが顔を覗き込む。
「……」
ノアは本から目を離さない。
「本当にすごい集中力だな……」
しばらく待ってから、ルーカスが口を開く。
「ノア殿。城に住む気はないか?」
「嫌だ」
即答だった。
「まだ最後まで言っていないぞ?」
「城に住むのは嫌」
「なぜだ?」
「人が多いから」
「しかし、城には珍しい書物が——」
「……」
ノアの目が初めて本から離れた。
「どんな本?」
「興味があるのか?」
「少し」
「なら城に住んでは——」
「でも嫌」
「そこは変わらないのか……」
ルーカスが肩を落とした。その日、王都は救われた。
そして翌朝、一つの噂が広がり始めていた。
——リウム国には、とてつもない大魔法使いがいる。
その名は。
ノア・ミラー。
その頃の本人はというと——
「……この魔導書、面白いな」
まだ城の応接室で、本を読んでいた。
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