魔力無限になるか、死ぬか
コンコン。
「こんにちはー」
森の入口に建つ小さな山小屋。その扉を、今日も誰かが叩いている。
「……」
しかし、中から返事はない。
もう一度。
コンコンコン。
「大魔法使い様ー! いらっしゃいますよねー!」
「……うるさい」
ベッドに寝転んだ少年——ノア・ミラーは、顔を上げることすらせず、呟いた。
部屋の壁という壁は、本棚で埋め尽くされている。
物語。図鑑。歴史書。魔術書。論文。禁術に関する研究書。種類を問わず本がある。
少年の手元にあるのも、分厚い魔導書だった。
(この魔法は威力を倍にするのか……ということは、炎魔法と組み合わせると……)
ノアは夢中でページをめくる。
読むことで知識が増え、魔法の扱いも上手くなる。魔力も減らないノアは、その組み合わせで最強魔法使いになっているのだが……
本人は、そんなことは気にも留めていない。
そんな彼が呪いを受けたのも、図書館だった。ノアはそこで、ある呪いの書を開いてしまった。
『魔力無限になるか、死ぬか』
本にはそう記されており……ノアは生き残ったのだ。
それ以来、ノアの魔力が尽きることはない。
「ノア、誰か来てるわよ」
部屋の隅に置かれた金魚鉢から声がする。
「知ってる」
「じゃあ出なさいよ」
「嫌だよ」
「なんでよ!」
「本読んでるから」
「いつもそれじゃない!」
水面から一匹の金魚が顔を出す。
名前はエレナ。
ノアとは幼い頃からの付き合いである。
「ほら、ちゃんと話を聞いてあげなさいよ。何か大事な用事かもしれないでしょ?」
「大事な用事なら手紙を置いて帰ればいい」
「あなた、手紙すら読まないじゃない!」
「そのうち読むよ」
「絶対読まないでしょ!」
そのときだった。
ドンドンドンッ!
「大魔法使い様!」
「ノア・ミラー殿!」
「どうか話を聞いてください!」
外から大きな声が響く。ノアは眉をひそめた。
「最近、多いな……」
「そりゃあ、そうでしょうね」
エレナがため息をつく。
「あなた、ドラゴンを何匹倒したと思ってるのよ」
「さぁ……数えてないよ」
ノアは読んでいたページに、近くにあった手紙を挟んだ。
「少しだけ話を聞いてくる」
「それがいいわ」
扉を開ける。そこには、王家の紋章を身につけた男が立っていた。
「ノア殿!」
「……また?」
「まただ」
男は疲れ切った顔で答えた。
「頼む、助けてくれ!」
「……一応、聞くよ」
「ドラゴンだ」
「何匹?」
「数十匹」
「多いね」
「王都の近くに巣を作った。卵もある。数日以内には孵化すると思われる」
男は頭を抱えている。
「騎士団は?」
「住民の避難で手一杯だ」
「他の魔法使いは?」
「集めているが、ドラゴンの群れに対抗できる者はいない」
「そう?」
「ノア殿にしか、頼めないのだ!」
「……」
ノアは扉を閉めようとした。
「待て待て待て!」
「僕は読書の途中なんだけど」
「頼む!」
「嫌だよ」
「国家の危機なんだ!」
「そうなんだぁ……」
「少しは危機感を持ってくれ!」
男が再び頭を抱える。
ノアの顔には、面倒くさいとはっきり見てとれる。
「うーん……」
そのとき、男の後ろに控えていた従者が一歩前へ出た。
「ノア様」
「なに?」
「こちらを」
従者が両手に抱えていた箱を開く。
中にあったのは、一冊の本だった。古びた黒い革表紙。表面には、見たこともない魔法文字が刻まれている。
「我が国に三冊しか存在しないと言われている、古代魔導書です」
ノアの目が変わった。
「それ! 読んでいいの?」
「今回の依頼を引き受けていただけるのであれば——」
「行くよ」
「え?」
ノアはもう外へ出る準備を始めていた。
「ドラゴン退治でしょ?」
「あ、ああ……」
「早く行こう」
その様子を見ていたエレナが、金魚鉢の中で呆れた顔をする。
「ほんっと、分かりやすいんだから……」
こうして、世界最強と呼ばれる大魔法使い、ノア・ミラーは、たった一冊の魔導書を読むために、王都へ向かうことになった。
◇
ノアは空へ飛び立った。
目的は、一冊の未知の魔導書。
「どんな本なのか、楽しみだな〜」
ノアは笑みを浮かべる。
ノアにとってドラゴンの群れの討伐は、本を読むための寄り道に過ぎなかった。
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