王子としての仕事
城内を歩く、黒いローブの男。
念入りに周囲を見回し、人がいないことを確認してから部屋へ滑り込み、後ろ手でドアを閉める。
「ふぅ」
安堵や息を吐いた、そのときだった。
「ちょっと大臣! デグス大臣!」
「しぃーーっ!」
慌てて人差し指を口元にあてる。
声の主は、部屋の隅に置かれた大きな水槽だった。
「ラン! 静かにしろ! 今、例の魔法使いが来てるんだ。見つかったら大変だ!」
「そ、そうなの!?」
水槽の中の金魚が話し出す。
この金魚——ランは、ノアがサリア王国へ送り返した刺客である。
「しかも、国王も第二王子も、奴の肩を持っている」
「……もう謝ってさ、この身体元に戻してもらうのってダメかしら?」
ランは、大きな水槽で左右に泳いでいる。見た所、快適な環境のようだ。
「そんな都合のいい話……」
コンコン——
ノックの音が響き渡る。
「……誰だ?」
ぼそりと呟く大臣。ローブを着てはいるものの、デグス自身は魔法が得意なわけではない。
「デグス大臣、ワーナー殿下がお呼びです」
外から従者の声がする。
「今行く! ……ラン、静かにしているのだぞ!」
「わかってるわよ」
大臣はそそくさと部屋から出て行った。
◇
ワーナー殿下は中庭で大臣を待っていた。大臣が現れると、いつもの懐っこい笑顔で笑う。
「やあやぁデグス大臣! 実はお願いがあってな!」
「はい。なんでしょう?」
嫌な予感がする。
「はじめまして、リウム国第一王子のルーカスです。お目にかかれて嬉しいです。大臣!」
ワーナーの後ろから現れた一人の青年。それは、まさかの隣国の王子である。
「な、な、な! ゴホンッ。ルーカス殿下、こちらこそお目にかかれて光栄です」
頑張って表情筋を保ち、笑顔を取り繕う。
(なぜ、ルーカス殿下がここに? 私にお願い?)
優雅なティータイムでありながら、大臣は全く食欲が湧かなかった。
紅茶をすこしだけ飲むと、ルーカス殿下が口を開いた。
「実は……私の友人がサリア王国で探し物をしていましてね。それを大臣にも探してほしいんです」
「はぁ。それは一体……?」
なんの話か、さっぱり見えてこない。
「古い本なんですが……もし見つけていただけたら、リウム国にしかない珍しい鉱石を差し上げます」
「鉱石……?」
ルーカスは王子らしい顔で微笑む。
爽やかな笑顔は、何を考えているのか探らせない凄みがあった。
「大臣、最近飼い始めた珍しい魚がいましたよね? 世話をするのも、そろそろ大変ではないですか?」
ワーナー殿下のその言葉で、大臣は、はっとした。
「さぁ、よかったらこのお菓子もどうぞ! リウム国の名産の果物が入っております」
「あ、ありがとうございます……しかし、すみません急に予定を思い出しまして! 失礼致します!」
「そうですか残念ですが、お忙しいのでは仕方ない」
ルーカス殿下は、さほど残念に思っていない様子である。
「探し物の件、宜しく頼んだぞ!」
「はいっ!」
最後にワーナー殿下に釘を刺され、大臣は足早に城へと戻った。
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