本>御者>刺客
翌朝、御者の男も元気になった。起きた時は、多少……いや、かなりパニックになっていたが。
「わっ!! な、なんだこのトラ!?」
「ガーウ!」
御者はベッドの上で飛び起きると、目の前で毛づくろいをしていた白虎を見て必死にあとずさった。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「あ! 気がつきました? おはようございます。頭痛くないですか?」
「……あの、ここは?」
御者はエレナを見て、少し安心したようだ。彼が冷静になったところで、エレナは状況を説明した。
御者もこの森に来た経緯を話す。
「俺は王都の入り口でお客を乗せて、言われるがままこの森に来たんです——」
——「ここで止めてくれるかしら?」
客の女に声をかけられ、御者の男は馬車を止めた。
(こんな山の中で降りるのか? 何もないじゃないか……)
女は馬車を降り、俺に向かって魔法を使った。突風に煽られて馬車は横転。俺も投げ出されて、慌てて起きあがろうとしたら、女に大きな石を頭にぶつけられて——
「——助けていただき、本当にありがとうございました。この山小屋はあなたの家ですか?」
「私……というか、向こうで本を読んでる人が、この家の主人です」
エレナが苦笑いで説明する。
「ん……? 子ども?」
ノアは御者のことなど見向きもせず、服屋でもらった魔導書の続きを、貪るように読んでいた。
「古代の魔導書で、今では使われてない術式が書かれていて面白いんだ。もう我慢できないから、読み終わるまで邪魔しないでね」
と言い捨てて。
◇
一方、サリア王国の王城の大広間では……突如として現れた『金魚』に、大臣たちは大混乱していた。
見たこともない鮮やかな赤い鱗を持つ魚が、宙に浮かぶ大きな水の球体の中に浮いている。
「ちょっと! 私よ、大臣! あの魔法使い、次会ったら、絶対私が仕留めてやるーー!」
「魚が話している……」
金魚が話すというあり得ない光景に、皆、動揺を隠しきれない。しかし、必死に叫ぶ刺客の女の声は、魔法を検証する者たちの興奮した議論にかき消されていく。
「この水は……一体どんな原理で浮いているのだ?」
「この水を維持しているのは、極めて強固な多重防御魔法だ……!」
「なぜ話せる? そもそも、なぜ水の中で声が届くのだ!? どういう構造なんだ!?」
王国のお抱え魔法使いたちが総出で集まり、水の球体を隅々まで検証するが、その術式の高度さには半分も理解が追いつかない。
「……こんな途方もないことができる魔法使いに、我々は刺客など送ってしまったのか……無謀にもほどがあったな」
大臣は青ざめた顔で深々と首を垂れ、国王へ事の顛末を報告した。
報告を聞いた国王は、お腹を抱えて笑い声を上げた。
「だから今どき、刺客などという陰湿な真似はやめておけと言ったのだ! 凄まじい手練れではないか。会ってみたいものだな。機会があれば、我が国へ国賓として招くとしよう!」
国王は自慢の髭を撫でながら、楽しそうに笑い声を上げるのだった。
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