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魔力無制限の大魔法使いは、静かに読書したいだけ  作者: 紙絵。
第一章 大魔法使いと金魚

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その呪いは、少し違う

 エレナは努めて冷静に対応する。

 

「……あなた、何者?」

「あら、冷静ね。悲鳴を上げたら、すぐ殺そうと思ったのに」


 背中に冷たい汗が流れる。この女は、本気でそう言っている。


「『呪いの本』の場所って知ってる? あ、嘘ついたら呼吸とか汗で分かるからね」

「……呪いの本」

「その本を手に入れたいの。どこにあるか教えてくれるかしら?」

(魔力無制限の呪い……そりゃあ、喉から手が出るほど欲しいわ)


 エレナは、入り口近くの本棚を指差す。その間も、喉元には冷たいナイフが当てられたままだ。恐怖を感じながらも、エレナは震える声で伝えた。


「……あそこ。上の方に、鍵がかかってる魔導書がある……」

「ありがとう。素直な子は好きよ」


 女は、ナイフを素早くエレナの首筋にサッと滑らせた。


「え……」


 突然のことに驚き、よろけたエレナは膝をつく。

(今、私、切られた……!?)


 女は足音も立てずに本棚の前に進むと、例の魔導書を取り出した。


「これね」


 エレナは恐る恐る自分の首に手を当てる。ふと強い視線を感じて、ノアが寝ているはずのベッドへ目を向けると……。

(ノア、起きてる……? っていうか、笑ってる……?)


 女は魔法を詠唱する。フワッと風が吹いた。すると、カチャッと音がして本の鍵が開いた。


「依頼主に渡す前に、私もそんな呪い、いただきたいわ……」


 女はニヤッと笑うと本を開く。そこに書かれた文章が、無意識に女の目へと飛び込んできた。


——汝、その身を水底の泡となるべし。この頁を開きし者に、水流の導きとして、黄金の魚を授けん。


「……黄金の、魚……?」


 次の瞬間、本から光が溢れ出てくる。女は小さく縮みはじめ、手は魚のヒレに、体には赤い鱗が……。

 あっという間に、女は拳ほどの大きさの金魚になったのだった。


「……!!!」


 金魚は、地面でピチピチと必死に跳ねている。


「エレナ、さすがだね」

「ノア!」

 

 いつの間にかエレナの隣に、ニヤッと笑うノアが佇んでいた。白虎もまた、のそのそと起き上がってエレナのそばに寄り添う。


「エレナにとって『呪い』っていえば、金魚になる呪いだもんね」

「そりゃあそうよ。それ以外にあるの!?」


 エレナはかわいく首を傾げている。魔力無制限についてだと、まったくピンとこなかったようだ。


「あの女の目的が知りたくて、ちょっと泳がせてみたんだ。まさか『魔力無制限の呪い』の本を狙ってたなんてね」

「え、狙いはそっち!? ノア、あの人の正体気づいてたの!?」

「まぁね……」


 あの女は、助け出された時にノアを「大魔法使い様」と呼んだ。その時点でノアは、女が自分を狙う『刺客』だと確信していたのだ。

 初対面の者はノアの見た目から「子ども」と判断することの方が多く、いきなり大魔法使いだと見抜けるはずがない。つまり、あの女は最初からノアの存在を知っており、山小屋に入り込むためにひと芝居打ったのだ。


「私、ナイフ向けられたのよ! 分かってたなら早く助けてよ!」


 頬を膨らますエレナ。

 

「でも、怪我しなかったでしょ?」

「え? うん、まあ」


 確かに、切られたはずの首筋には傷一つついていない。

 

「防御魔法かけといたから。バレないように、すっごく薄くしといた!」

「へ? そんなのいつ……?」

「二人を山小屋へ運んだ時」

 

 魔法で二人を山小屋へ運んでいるとき、女が気を失ったフリをしていることも、服の下にナイフを隠し持っていることもノアは見抜いていた。

 その時点で、ノアは心の中で呪文を詠唱し、エレナに防御魔法を付与しておいたのだ。ちなみに、物理攻撃も魔法攻撃も防げる強力な防御である。


 御者の男の怪我は本物だった。おそらく、あの女によるものだろう。


「ねえ、この人どうするの?」

「ふん。依頼主にそのまま送り返してあげようかな」


 ノアは地面で苦しそうにしている金魚に向けて手を広げ、一瞬で作り出した水の塊を放つ。水の塊の中に浮かぶ金魚は、元気がない。


「あの人、大丈夫かな……」

「エレナを殺そうとした刺客に、同情なんていらないよ」


 ノアは氷のように冷淡な瞳で金魚を見つめている。エレナは、普段の呑気なノアからは想像もつかない冷徹な表情に、少し戸惑った。足元では聖獣であるはずの白虎すらも、ノアの威圧感にブルブルと震えている。


「さぁ、依頼主は誰だ?」


 ノアが質問の後に指を鳴らす。すると、金魚から声が聞こえはじめた。


「なによ! どうして私、魚になってるの!? 魔力無制限の呪いの書は!?」

「質問に答えないと、水から出す」


 ノアが静かに金魚へ伝える。

 

「っ……! サリア国の大臣が依頼主よ」

「ふーーん。分かった。サリア国ならそこまで遠くないね」

 

 ノアは金魚へ手を向け、短く呪文を詠唱する。金魚を包む水の塊の周りに、複雑な魔法陣が浮かび上がった。ぼんやり魔法陣が光りはじめる。

 

「行け」

 

 冷ややかなその声とともに、水の塊と金魚は一瞬で消えた。


「消えた……」

「ガウ……」


 エレナと白虎は呆然と立ち尽くす。ノアはあくびをして目を擦った。辺りは薄暗く、窓から月明かりが入ってくる。さっきまでとは別世界のように静かだ。

 

「ふぁああ。白虎、もっかい寝よ——」

「ノア! あの人はどこに行ったの?」

「サリア国の城だよ。空間移動させた。ちゃんと水の塊も崩れないように、防御魔法つけてるし、金魚も話せるようにしといた。おまけに『金魚になる呪いの本』も一緒に送っといた。だから大丈夫!」

「……ノアってすごいのね」

「ガウガウ……」


 エレナと白虎はまじまじとノアを見る。そんなにたくさんの魔法を、一度に、しかも物凄い早さで行うというのは、どういうことなのか……?

 理解が追いつかないエレナは、考えるのをやめたのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。


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★ふつう→3

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