毛皮と鍋
悲鳴は森の方から聞こえた。ノアはサッと立ち上がると、素早くドアまで飛んだ。
「え! なに!?」
「エレナはここにいて」
ノアは言い捨てると悲鳴が聞こえた方へ飛ぶ。途中で馬車が横倒しになっているのが見えた。ノアは地上へ降りた。
「キャーーッ!」
再び悲鳴が聞こえ、視線を向けると、そこには大きな熊が立っていた。叫んだ女性は、今にも熊に襲われそうだ。ノアは軽く手を振るい、熊を風の衝撃で吹き飛ばす。
「グゥオ!?」
熊は森の奥へ走って逃げて行く。ノアがそれを見送っていると、女性が涙目で駆け寄ってきた。
「大魔法使い様! あ、ありがとうございます!」
「……怪我はない?」
「はいっ! でも、少し目眩が……」
女はノアにもたれかかるように倒れた。ノアは女性を地面に寝かせ、馬車の中を確認する。御者の男が馬車の陰に倒れていた。気を失っているが、大きな怪我はなさそうであった。
(これ、放置したらダメかな……)
薄情なことを考えるノア。そこへ聞き慣れた声が聞こえた。
「ノア! ちょっと、その人たちどうしたの!?」
「エレナ、来ちゃダメって言ったのに」
「だって、気になるし……大丈夫、白虎もいるから!」
「ガーウッ!」
行動力のあるお嬢様は、白虎に乗ってやって来た。
「まだ追い払った熊が、その辺にいるかもしれないんだから、出歩かないで」
その熊のいる森に、意識のない人を放置しようと考える危ない魔法使いである。
「熊が出たの?」
「うん。大きかった。次会ったら、毛皮欲しいから仕留めようかな……」
「熊の毛皮かぁ。私、熊鍋もけっこう好き……じゃなくて、この人たち運ばないと!」
「ええ? やっぱり看病しなきゃダメ?」
「だって、放っておけないでしょ?」
エレナはさも当たり前のように、女性と御者を山小屋へ迎え入れる準備を始めた。ノアはため息をつきつつ、二人を浮かせ、山小屋へ運ぶのだった。
◇
女性はエレナのベッドに、御者はノアのベッドに寝かせる。ノアは大魔法使いだが、怪我を治すことは専門外である。
夜も更けてきたが、二人はまだ起きない。
「僕は白虎と寝るから、エレナはソファ使って……」
「わかった」
「ガウ……」
「おやすみ白虎」
白虎のフワフワに包まれ、ノアは秒で気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
一方、エレナはソファに横になったものの、色々と考えてしまって目が冴えていた。
(ノアの『結婚』発言についても詳しく聞きたいし……あの貴族のことも調べたい……はぁ、今夜はとても寝られる気がしないわ)
立ち上がり、水を飲もうとキッチンへ向かうと、人影が揺れた。
「大人しくしてもらえるかしら、お嬢さん?」
「……え?」
首筋にヒヤリと冷たい金属の感触。
(ナイフ!?)
それは熊に襲われ、エレナのベッドで寝ているはずの女だった。
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