報告書と新婚夫婦
——翌日。
エレナは、少し危ない目に遭い反省していた。あの貴族の屋敷について調べるのは、少し日を置いた方がいいだろう。
と言いつつ……あの貴族の名前はチェック済みだ。
白虎はノアのベッドでスヤスヤ眠っている。昨日、たくさん走って疲れたようである。
ノアは、服屋でもらった魔導書をルンルンで読んでいた。いつの間に修復したのか、ボロボロだった魔導書は小綺麗になっている。
『開け、バラ』
家のドアがガチャッと音を立てる。途端、ノアが机に突っ伏し、本を頭に乗せた。
「ノア殿——!」
部屋の中に朗らかな大声が響き渡る。ルーカス王子と、その従者である。
ルーカスは山小屋へ辿り着く呪文をちゃっかり覚えていたらしい。ノアはダンジョンの報告書をすっかり忘れていたのだが。
「はぁ……」
大きなため息をつくノア。
(まだこれ、半分しか読んでいないのにぃ)
「こんにちは、殿下」
「お、おおう! エレナ殿……」
ノアだったら、しばらく無視していただろうに。エレナは、そんな非礼なことはしないのであった。
「ノア! 殿下がお忙しい中、直々にお越しになったのよ! ほら、早く来て!」
「勝手に来たんじゃんか……」
「ノア!」
「はいはい」
腰が重いノアだが、エレナの言うことは聞いてしまうのである。
白虎は耳だけ向けて、目は瞑ったままである。よく分かっている魔獣である。
「報告書だよね」
「う、うむ!」
「ノア様、こちらに目を通していただき、確認のサインをお願いいたします」
従者の差し出す資料を受け取り、名前を書くノア。しかし、その報告書に首を傾げた。
「この、白虎が出てきた場面さ、『ルーカス王子と騎士団たちも負けじと応戦、迫り来る白虎を避けながら致命傷を与え、最終的に大魔法使いのノアが——』って、僕、知らないんだけど……?」
「うっ……そうなのだが、王子と騎士団がただ守られていたというのも、少々体裁が悪いというか……」
ゴニョゴニョと言い訳をするルーカス。すかさず従者が鞄から本を取り出す。
「ノア様、こちらを……」
差し出された本は小さめである。一見、どこにでもありそうな本だが……
「これは、もしかして『聖樹の十王』の八巻……!?」
「ご察しの通りでございます」
従者が深々と頭を下げる。ノアは恭しく本を受け取ると、そっとページを捲る。
「全十巻とありながら、どうしても見つからなかった伝説級の本の初版本! 一体どこで……!?」
「企業秘密です。その代わり、今回の報告書には目を瞑っていただきたく……」
「もちろん!!」
ノアは興奮で目を見開き、食い気味に即答した。報告書が事実と多少違ったところで、ノアにはさして興味はない。
「相変わらずね……」
エレナが呆れた顔でため息をつく。
「こちらの事情でお見苦しいところをお見せしました。これはダンジョン攻略の公式な褒美とは別ですので……では、殿下、帰りますよ」
「もう!?」
「新婚の家に長居するものではありません。お邪魔いたしました」
従者はルーカスを力任せに引きずっていく。細身に見えて、なかなかの筋力である。
「し、新婚っ!?」
エレナは顔を真っ赤にして狼狽えている。反して、ノアは本に夢中で聞いていない。
「ノア殿! エレナ嬢とは一体どういう関係で……!?」
「殿下! 無粋なことを聞くものではありません! そもそも、殿下もそろそろ婚約者をしっかり決めていただかないと……」
お説教の声と共に、やかましい二人がいなくなり、山小屋は静かになった。エレナは何だかいたたまれず、ノアに話しかける。
「新婚だなんて、とんだ勘違いだわ! ね、ねぇ? ノア?」
「……ん? 新婚? 誰が?」
「あなたと私よ! もおっ!」
頬を膨らませるエレナ。
(意識しちゃって、私、バカみたいじゃない!)
「僕、エレナとなら結婚してもいいけど……」
「……へっ!?」
突然のノアの爆弾発言に、エレナは開いた口が塞がらず、固まったまま動けなくなる。ノアは澄ました顔で本を捲っている。白虎は空気と化している。
「そ、それって、どういう……」
——キャーーーッ!!
その時、エレナの声をかき消す悲鳴が聞こえた。
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