9話 ライバルの存在で
「おはようございます」
朝の挨拶からまた今日が始まる。
いつものように淡々と仕事をこなしていく。
『私』は気持ちを入れ替えていた。
仕事は洋服の手直しだけじゃない。
他にもやることはたくさんあるのだと…
そう気づくことができた。
商品の検品や在庫管理だって立派な仕事だ。
ミシンを使うことで
仕事に差がついてしまうのなら
それ以外の何かで差をつければいい。
それにどんなカタチだとしても
洋服に触れられることに喜びを感じている。
そんな大事なことを忘れそうになるなんて…
苦手なことに意識が向きすぎて
他に何ができるかを考えようとしなかった。
……
ライバル視した彼女のおかげかもしれない。
「負けたくない」
その思いが『私』を再びやる気にさせた。
落ち込んでいたのが嘘だったかのように
前向きになる姿勢が早いのだと自身で知った。
”ザワザワ”する形ないものに
耳を傾けなければきっと知らずにいただろう。
『私』は
ライバルの存在で心を突き動かされた。
競争心というものが芽生え始める。
本人にも誰にも知られないように
心の中でひっそりと闘志を燃やす。
「『私』にもこんな感情があったんだ」
と……
張り合いを感じるようになっていった。
……………
…………………………
彼女は相変わらず
すべてにおいて1番仕事ができる。
店長からも先輩からも評価が高い。
そのうえ愛想も良いので可愛がられている。
2ヶ月近く経った頃には
職場での存在感がまるで違っていた。
『私』はライバル視する彼女に
少し妬ましい気持ちを持ち始める。
「でもこれが実力というものなのだろう」
悲しいが納得せずを得なかった。
ただ、、、先輩や店長はまだ知らない。
そんな彼女の裏の顔を……
同期の中では
仕事ができるできないの順位がついていた。
そう、マウンティングってやつだ。
同期4人の中で『私』は4番目…
必然的に輪の中から外された感じだった。
暗黙の了解とでも言うのだろう。
ミシンを上手く使いこなせてない人間は
「価値がない」というくらいの扱いだった。
誰が言ったか言わないかなんて関係ない。
同期のなかだけの空気がそう語っていた。
『私』に向ける視線が冷たい。
彼女から距離を置かれていくのを感じた。
他の同期2人も態度がよそよそしくなる。
いつの間にか彼女は
4人の中でイニシアチブを握っていた。
『私』はこの中で孤立していく。
……
福井にいた時の、あの感覚がよみがえる。
「孤独」というものをまた味わう。
そして段々と端っこに追いやられていく。
1日のなかで
ミシンに触ることが少なくなっていった。
職場にいて仕事がない状態のような
働いていてそれが辛いことなのだと感じる。
耐える日々が続く……
この状況にやはり胸は痛む。
でも、、、
『私』は『私』なりに出来る仕事をする。
必然的に検品や在庫管理をすることが増えた。
最悪の状況の中これだけは好都合だと思った。
「ここをしっかりやって差をつけたい」
負けず嫌いがでる。
時に闘争心は突き動かす力になる。
「他にもやれることはやろう」
とにかく誰よりも動こうと意識した。
同期に対しても先輩に対しても
何か先回りして仕事に繋げられたらと…
「ただ目の前の仕事を一生懸命やるだけだ」
……………
そんな毎日が続いたある日のこと。
『私』にとって嬉しい出来事が起きる。
いつも通り仕事をしていたら
憧れでもある店長から声をかけられ
初めてお褒めの言葉をいただけたのだ。
それだけではない。
先輩方や業者さんからも
評判がいいとのことだった。
『私』は嬉しさのあまり有頂天になる。
仕事ぶりを見てもらえたことに
とてつもない喜びを感じていた。
認めてもらえたような気がして
もっともっと仕事を頑張ろうと思った。
ただ……
このことをキッカケに
彼女からの風当たりが強くなっていく。
……
……………
次の日、出勤すると空気が変わっていた。
いつものような
チクチクっとするような空気ではない。
かといって穏やかというわけでもなく
妙な感じの優しい空気がながれていた。
明らかに違うのは
ライバル視している彼女の態度だった。
なぜだか優しい口調で挨拶される。
「え?」
少し驚きを隠せなかった。
でも、ライバル視してるとしても
距離を置かれていたぶん
心のどこかでホッとした気持ちもあった。
彼女は挨拶を交わしてきたあと
ミシンを重点的にやってほしいと言ってきた。
「突然どうして?」
……
急に態度が変わったことに
なんだか気持ちがソワソワする。
「なんだろう、この違和感…」
心なしか彼女が
クスクスっと笑ってる気がした。
とりあえず任されたのだから
「言われた通りにしよう」
『私』は彼女から頼まれた数だけ
洋服の手直しに取りかかることにした。
久しぶりにじっくりと触るミシン。
スピードは遅いけど丁寧に仕上げていく。
……
…………
「ん?」
その時だった。
なにやら視線を感じる。
他の同期の中の1人から
チラチラ見られてるような気がした。
目をやると、パッと視線をそらされる。
「気のせいかな?」
心に引っ掛かりながらも
ミシンをかける手はやめないでいた。
すべて仕上げるまで時間はかからない。
「とにかく手直しに集中しよう」
ただその間、彼女の姿はなかった。
……………
事が起きて初めて知る。
ミシンを任せたのは
『私』を貶めるためだったのだと…
頼まれていた数をすべて仕上げた時
彼女は見計らったように戻ってきた。
不思議なくらいタイミングがいい。
『私』は何も疑うことなく
手直しした洋服を彼女に渡した。
すると彼女は
ありがとうと、お礼を言ってきたのだ。
それもまた
さっきと同じように優しい口調で…
ライバル視している彼女から言われると
なんだか嬉しいような複雑な気分だった。
今日の彼女は本当に優しい。
怖いくらい『私』に優しかった。
少し気持ちよくなった『私』は
彼女の言うがままに動いてしまう。
今度は在庫の確認を頼まれ
ギッシリ書かれたメモを渡される。
……
「あれ?なんだろう今のは……」
その時
彼女と同期の中の1人が目配せをしていた。
「なんか変な感じだ…」
そう思いながらも何も言わぬまま
いつも通り慣れた場所へと向かう。
……………
しばらく経った頃だった。
在庫の確認をしていると
厳しめな先輩が声を荒らげている。
少し怪訝そうな低いトーンで
手直しが雑だと言っているのが聞こえた。
なんとなく空気を読み
『私』も一旦その場に戻る。
洋服を見た瞬間、ハッとした。
さっき『私』が仕上げたものだった。
「え?」
そんなはずはない。
ちゃんと丁寧に仕上げたはずなのに。
でも本当に雑に縫われていたのだ。
……………
「まさか!?」
この瞬間『私』は理解した。
彼女の仕業なのだと気づく。
点と点が線になったのがわかった。
彼女の優しさ…
同期の中の1人の視線……
朝の妙な感じの優しい空気………
きっとあの視線は
『私』を監視していたのかもしれない。
同期の1人は彼女とグルだった。
『私』の評価を落とす為、手を組んだのだ。
まさか彼女以外にも
標的にされるとは思ってもいなかった。
……
そして彼女は豹変する。
さっきまでの優しい態度はない。
鼻であざ笑うかのように
軽蔑するような目で『私』を見る。
そして先輩に媚びを売る言い方で
『私』が雑に仕上げていたと言ったのだ。
そんな縫い方じゃダメよと
あたかも自分は注意したと言わんばかりに…
この時
人の優しさの裏にあるものを知った。
黒く醜いものを……
……………
先輩にお叱りを受けながら
『私』は言い訳をせず
グッと悔しい気持ちを抑えていた。
「申し訳ありません……」
ひたすら先輩に謝った。
本当のことを言えずにただ我慢する。
同期は味方ではないのだと知ったからだ。
「違う」と言ったところで
ひっくり返ることなどないと悟る。
ドツボにハマるのだけは避けたい……
彼女がわざと雑に縫い直した洋服を
『私』はまた丁寧に縫い直す羽目になる。
「なんで『私』がこんな目に……」
しかし、、、
彼女からの仕打ちは
これだけでは終わらなかった。




