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8話 本当の自由を手に

「いよいよだ」


今日から環境が変わる。


コツコツ貯めたお金を使う日がきた。

『私』自身で稼いだお金だ。


Yおばちゃんのおかげで貯められた。


「ありがとう…」


もうお金に頼らず1人で生活ができる。



やっと……

自立というスタート地点に立てる日がきた。


喜びを噛みしめながら

貯めたお金で切符を買い電車に乗る。


『私』は心を躍らせていた。

なんだかくすぐったい気分になる。




職場はアパートからほど遠くない。

電車に乗れば30分くらいで着く。


待ち望んでいた初出勤。


「大好きな洋服に囲まれて仕事ができる」


電車の窓から見える景色が特別に感じた。


一駅一駅と、職場に近くなるたび


『私』は緊張しながらも

ワクワクする気持ちを隠せないでいた。



……

…………


職場に着きロッカーをあける。


白の開襟シャツに黒のキュロットスカート。

その上から少し濃いめの青い制服に袖を通す。



学生のときの制服とは違い

気が引き締まる思いだった。


なんだか少し

大人の仲間入りになれた気がした。


……


店内には洋服がズラッと並んでいる。



ウィッグを被った何体ものマネキンが


春の装いに似合うアクセサリーを飾り

流行りの洋服を鮮やかに身にまとっている。



見るものすべてが新鮮で

『私』は目をキラキラさせていた。


福井にいた頃は

ほとんどお姉さんたちのお古を着ていたから…



真新しい洋服が輝いて見えた。

その光景が『私』の心を刺激する。


「好きな洋服を着てお洒落をしたい」


このとき、そんな願望が生まれた。


……

……………


「いつかお店を出せたらいいな」


まだ働き出してもいないのに

将来に対して漠然とした夢をも描いていた。



「ここで一生懸命働こう」


『私』自身のために

Yおばちゃんのために


そして本当の自由を手に入れるために。


『私』はここで

下積み経験をしていくことになる。


その先に

試練が待っているとも知らずに…





開店10分前。


女性の声と共にみんなが集まる。


いわゆる朝礼ってやつだ。

社会人になって初めての経験をする。



「ドキドキ」


流石に緊張してきた。


初めて見る人たちに

人見知りセンサーが敏感になる。


同じ制服を着た女性が数人並ぶ。


その中で

今日から働く新人は『私』以外に3人いる。


左胸にある名札を見れば一目瞭然だった。

今日から一緒に働く仲間……



「あ、まただ」



『私』は高校生の頃を思い出す。


3人の友達……




社会人では同期というのだろう。



「3」という数字に縁があるのか

『私』の周りにはまた3人の存在がいる。


同じスタート地点からの……




仕事をしながらも

「仲良くできたらいいな」


そんな甘いことを思っていた。



……

……………


朝礼の号令をかけた女性は店長だった。


スラっとしていていかにも仕事ができる感じ。


ストライプのシャツにタイトスカート。

先の尖った白色のパンプスを履いている。



「わぁ……」


思わず声が出そうになる。


少し緩めにパーマがかったショートヘアも

何だかとても素敵でカッコよく見えてしまう。



まさに大人の女性って感じで


まだ未熟な『私』には

店長の存在が眩しく大きく見えた。



一瞬、目の前に風が吹いたような

何とも言えない空気に包まれる感じだった。


『私』は店長に対して憧れを抱く。


「この人に仕事で認められたい」


それが目標の1つになっていた。


……………


朝礼がそろそろ終わろうとしていたとき


『私』を含めた新人4人は

店長に促され自己紹介をすることになった。


各々の名前を言い軽く挨拶をする。



そしてそのあとは

先輩方の後ろにつき持ち場へと向かった。



ここでは

販売員のような表舞台ではなく裏方の仕事。


商品の入荷、検品

在庫管理や洋服の手直しなどをする。


正直、『私』はミシンが得意ではない。


学生時代に使ったきりだ。


本当は販売員として働きたかったけど

不器用ながらも苦手なほうを仕事に選んだ。




「働きながら慣れていけば大丈夫」


そう、何とかなると思っていた。

この時までは……





初出勤から1週間が経った頃だった。


いつもと同じ椅子に座りミシンをかける。



まだ仕事をして間もないのに

同期の3人と差が開いていくのを感じた。


一緒に働いてからわかることがある。


『私』と違って

3人はミシンが得意なのだと知った。


丁寧さもさることながら

みんな手際よく手直ししている。


『私』は平常心を保っていたが

心の中では焦りを隠せないでいた。


何とかなると思っていたけど

いざ働いてみたら思うようにいかない。




「考えが甘かった……」




取り残されるかもと、怖くなる。


社会人になってもお荷物なんて嫌だ……


役に立てないなんて嫌だ。



「足手まといにはなりたくない」



でも……


置いて行かれまいと

頑張ろうとするも空回りしてしまう。




試練は突然やってくる。



胸に期待を抱いて働きだしたのに……


ワクワクしていた気持ちが

泡のように弾けて消えていく感じがした。


まだまだこれからだって時に

『私』は挫折を味わった気分になる。




「やっぱり販売員を選べば良かったかな」


ミシンをかけていた手が止まる。


自身で決めた選択に

「後悔」という2文字が浮かんだ。




……………


その時、店長の声がした。

同期の中の女性1人に話しかけている。



『私』は耳を澄ました。




……


「あ、いいなぁ……」


仕上げるスピードが早いと褒められている。


3人の中でもダントツで

同期としても認めざるを得ない存在だった。


『私』とは歴然の差だ……




「はぁ……」


悔しい気持ちと自身の不甲斐なさに肩を落とす。


思わず深いため息がでてしまう。


たった数日で

こんなにも差がでるとは思わなかった。


楽しい職場を想像していただけに

現実とのギャップで苦しむことになる。


ただ、、、

「好きな仕事をしたいだけなのに……」




でもその思いは


あることがキッカケになり

変わったカタチで顔をだしていくことになる。





定時になり帰宅する時間がきた。

『私』は早々に帰り支度をする。


今日は特に

目に映る景色が霞んで見える。


憧れている店長が


他の同期を褒めていたことに

勝手に心を痛め落ち込んでいた。




最寄りの駅に着き、とぼとぼ歩く。


周りに人がいないことを確認すると

『私』は今日のことを思い出し涙した。


電車の中では泣けないから

ここぞとばかりに家路の途中で泣いた。



思い出せば思い出すほど


「悔しい……」


今まで

あまり意識してこなかったこの感情。


それを何と呼ぶのだろうと

ゴチャゴチャした頭の中で考える。



「最近感じるこの気持ちの正体は?」


それが何なのか知りたいと思った。


アパートに帰っても考える。

また、父と母の写真に話しかけながら…




…………


窓を開け、少し夜風にあたる。


『私』は振り返ってみた。

初めて彼女と会った初出勤の日を。


その感覚を静かに思いだす……




『私』は『私』に問いかける。


……

……………



今思えば

言葉にできないような気持ちがあった。



仲良くなりたいと思う反面

どこか違和感を感じていたのかもしれない。


嫌いとか好きとかそんな次元ではなく


理屈じゃない何かが


「彼女にだけは負けたくない」


心の奥が叫んでるかのような

そんな感じだったのかもしれないと…




目標の1つに


「いつか店長に認められたい」


その気持ちもあったからこそ尚更

悔しい気持ちが芽生えたのだと思えてきた。




『私』は『私』の心に耳を傾ける。


やっとわかってきた。


あの悔しさが何なのか……

出会った一瞬で感じたあの気持ち。


3人の中で、なぜだか一番意識していた。


『私』は……

彼女をライバル視していたのだと気づく。


まだ彼女のことをよく知らないのに……




人と競うことがなかった『私』は


この仕事を通して

新たな『私』を知っていくことになる。

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