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7話 夢みごこち

ホッとする空気に包まれながら

『私』はお線香の煙を見つめていた。



静かにそっと

優しくユラユラ揺れている。


天井へと真っすぐだったり

かと思えば横になったりと


自由に向きを変えながら

あの世とこの世をつなぐかのような


細く白い煙……


ボーっと見ていると

頭の中がからっぽになる感じだ。


その瞬間は


誰にも邪魔されず

嫌なことも思い出さず

余計なことに敏感にならず


心が浄化されるようで落ち着く。



何も考えないでいられる無の時間。


現実感が薄れるような

見ているだけで夢みごこちだった。


「ずっとこの時を感じられたらいいのに…」


少し現実逃避のような思いに駆られる。




……

…………


しばらくしてお線香は燃え尽きた。


消えるまでずっと見続けたあと

『私』は現実に戻り思いを巡らせる。



ため息混じりに「フゥ」と息を吐く。


思い出という思い出は作れないまま

気づけば高校生活もあと残りわずか……


きっとこのまま

心に残る思い出はないのだろうと


半ばもうあきらめていた。



少しの寂しさを感じながら

フッと将来のことを考える。


「卒業したら何をしよう」


そう思った瞬間、不安になった。


焦りというものがこみあげる。


まだ先のことはハッキリと決めていない。



…………


「ん?」


ふと、


さっきまで見ていたお線香が

瞬間的にパッと脳裏に浮かんできた。



段々と短くなっていった、そのさまが

あっと言う間に過ぎる毎日のように思えた。



『私』の


寿命のような

人生のような


なぜだかそんな風に重なって見える。




だったら……


いつか消えてなくなるのなら



「やりたいことを仕事にして生きたい」




『私』は迷うことなく自然と

進学ではなく働くことを選んでいた。




「卒業するまでに仕事を決めなければ…」


まだほんのりと

お線香の香りが立ち込める部屋の中で


これからの『生き方』を考えていった。





今はまだ

Yおばちゃんからの仕送りが頼りだった。



負担をかけぬよう始めたバイトは

どんなに稼いだとしてもスズメの涙ほど。


わかっていたことだとしても


Yおばちゃんから送ってもらうお金以上に

稼げるはずもなく申し訳ない気持ちでいた。




結局まだなんのチカラにもなれていない。


高校生の『私』は

出来ることに限界があると生活を通して知る。




「『私』はお荷物そのものだ……」


若さだけでは乗り越えられない現実に

十代ゆえの無力さを深く深く感じていた。




でも……


そんな中でも

稼いだお金は使わずちゃんと貯えていた。


タンス預金ならぬ押し入れ預金だ。



薄紫色の無地の風呂敷に

大事に包んで奥にしまっている。


少しずつコツコツ貯めて

卒業したら使う予定のお金……



本当の意味で


自立というスタート地点に立つために

『私』自身で稼いだお金で走り出そうと…



高校での3年間は

Yおばちゃんに頼りきりだけど


学生とはちがって

卒業すれば仕事だけに集中できる。



今よりも多く稼げるようになるはずだ。



半人前から一人前になれれば

「ちゃんと1人で生活ができる」


そう思ってやまなかった。




とにかく


Yおばちゃんに恩返しする意味でも

ちゃんとした仕事に就かなければと


気持ちが先走る。




……

………


『私』は考えた。

やりたい仕事は何なのかを……




でも


いざ考え込むとそう簡単には浮かばない。


頭の中はグルグルまわっていた。



漠然とした中

ノートにいたずら書きをする。



HBの鉛筆で


クルクルと円を描いたり

その中を黒く塗りつぶしたり

小さな花丸マークを何個も描いたり


そうやってイライラを紛らわしていた。




…………


「あっ」


その時だった。


ぐちゃぐちゃないたずら書きが

フッと花柄のワンピースを連想させた。


いつの頃からか

洋服に興味を持っていたことを思い出す。


やりたいことが見つかった瞬間だった。



「ファション関係の仕事かぁ…」


『私』は想像しながら胸を弾ませていた。





学校では、、

クラスの中で進路の話が飛び交う。


大学へ行こうとしてる子

就職しようと考えてる子


夢を語っている子もいる。


みんな自分の進む道を決めようとしていた。




…………


一方で


親が希望する道を

言われるがまま進もうとしている子もいる。


…………


なんだか少し気の毒に思えた。

『私』は選ぶことができたから。



でも……


今、父と母がいたらどうだっただろう。


この大学へ行きなさいとか

あの会社に入りなさいとか


進学か就職か決められてしまうのかな……




『私』は働くことを選んだけど



両親の言葉次第では

逆の道を歩いていたかもしれない。


そしたらきっと


この先で出会う人も

進む道によって変わっていくはずだ……


そんなことを思ったりした。




……

…………


クラスメイトの声。


ざわざわする中

『私』は周りを横目にしながら


早く卒業したい気持ちが

強くなっているのを感じていた。



偶然描いたあのいたずら書き……


やりたいことにつながったことで

働けることへの期待に胸を膨らましていた。


大好きな洋服に囲まれながら

仕事ができる日々が待っている。


そう思うだけで幸せな気分だった。


高校生活に楽しさを見いだせないぶん

選んだこの道に自信を持とうとしていた。



…………


もしかしたら今よりもっと


大変なことが待っているかもしれない。

大好きな洋服が大嫌いになるかもしれない。


たとえ思うようにいかない日々だとしても


『私』が選んだ道の先へと

歩みを止めずに進んでいこう。


そうやってまた一つ

大人への階段を登っていく。


……

…………

………………




……

…………


……………………


そして桜の季節がやってきた。


淡いピンクの花びらは


何度見ても切なく

『私』を不安と期待でいっぱいにさせた。


短いような長いような

あっという間の3年間……


思い出という思い出はないけれど


いざ卒業するとなったら

心なしかほんの少し寂しい気もした。


……


「この景色ともお別れだ」



思い出に浸るように

ゆっくりと校舎を見渡す。


もう2度と戻ることのない場所。



ただ……

この瞬間だけは


「しっかりと目に焼き付けておこう」


学生時代の『私』はここで終わるのだから。



……


風に舞う花びらが

スローモーションのように見える。


そんな中


『私』の周りでは

ほとんどの子たちが写真を撮っていた。


泣いている子

笑っている子


別れを惜しむように抱き合っている。


「いいなぁ…」



『私』は小さな笑みを浮かべながら

その光景を羨ましそうにただ見ていた。





……

その時だった。


ポンポンと、誰かが『私』の肩を叩く。


「え?」


思いがけない状況に声がでる。


後ろを振り返ると仲の良かった友達がいた。


一年生の時に初めてできた友達。




あの時…

『私』から距離を置いた3人だった。


クラス替えのあとも話すことはなく


両親がいないことで

卑屈になって勝手に離れていったのに…


その3人が話しかけてきてくれた。



……

嬉しかった。



一緒に写真を撮ろうと

声をかけられてただただ嬉しかった。



『私』はきっと卒業式で泣くことはない。

そう思っていたのに……


視界がぼやける。


瞬きをした瞬間

涙がポロポロとこぼれ落ちた。


そんな『私』を見て3人も一緒に泣いた…



言葉がなくても分かり合えたような空気感。


とても居心地が良く心がフワフワした。


優しく叩かれた肩が温かい……


色んな思いがこみ上げる。




……


桜の木の下。


少し横向きになりながら

『私』たち4人は同じポーズをとった。


ピースをするわけでもなく

ただシンプルに立ったままで……


「最後に楽しい思い出ができた」


卒業式という今日の日に


心に残る思い出ができたことで

はじめて名残惜しい気持ちになる。


まるで春の雪解けのように

暖かい風が吹くような感じだった。




「さようなら」

「ありがとう」


本当にお別れだ……




……………


後日、出来上がった写真の裏には


『東京 〇〇高校の校舎』


そう書き残した。




『私』は……


思い出を胸に新たなスタートを切る。

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