↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/15

6話 起こるすべての出来事を

翌日、熱はすっかり下がっていた。


不思議だ……


「あの熱は一体何だったんだろう」


昨日までの苦しみが嘘のようだった。


薬を飲んでも下がる気配はなかったのに…


あのまま熱が下がらなければ

病院に行くことも考えていた。


……

やっぱり疲れが溜まっていたからなのか

それともただの軽い風邪の症状だったのか


原因はわからない。


でも…


「とにかく熱が下がって良かった」


ホッと胸を撫でおろす。


大きな病気につながらなくて安心した。


部屋の空気を入れ替えるため窓をあける。

静かに吹く風が気持ち良かった。


熱との戦いが終わったことで

頭の中がとてもスッキリしている。


なんだか気分がいい。


誰にも頼らず1人で乗り越えられたことで

少し自信がついたような気にもなっていた。


今日は学校もバイトも休みだ。



どうせならこのまま


「ダラダラと横になっていよう」


すっかりぬるくなった水枕に頭をのせ

仰向けになりボーっと天井を見つめる。




……


「ん?」


布団の中に硬い感触があることに気づく。



「あ、」


父と母の写真立てだ。


そういえば…


眠りにつくとき抱えて寝たのを思い出した。




「ひょっとしたら父と母が……」


『私』は思った。


あの辛さから救ってくれたのではないかと…


熱でうなされている中

意識がなくなるまで両親を思っていた。


「助けて」


そう心の中で叫んでいたから……


空にいる父と母に


思いが

願いが


届いたのかもしれない。


なんて……


普段だったら考えもしないことを

まるで奇跡かのように結びつけていた。


理屈ではない何かが

『私』をそういう思いにさせる。


「これからも見守っていてね…」


父と母に話しかけながら

そっとテーブルの隅に写真立てを置いた。



……

…………


もしかしたら


起こるすべての出来事は

『私』にとって意味があるのかもしれない。


悪いことも良いことも……


そんなことを考えるようになっていく。





時間がゆっくり流れる静かな部屋。

さっきまで吹いていた風は止んでいた。


寝そべりながら窓の外を見つめる。


オレンジ色の空が

やけに『私』を切なくさせた。




…………


ふと、過去を振り返る。


楽しいことはいつも一瞬で

悲しいことのほうが断然多かった気がする。



幸せとか不幸せとか

まだよくわからなかった小学生時代。


ただ親の愛情を求めていた。


抱きしめられた温もりはわずかで

悲しみだけが胸の中に残るだけだった……




「もっと愛されたい」


そう思った中学生の『私』は

心の居場所がない寂しさを感じていた。




そして……


東京という満開に咲いた花の片隅に

ひっそりと咲く雑草のような1人暮らし。


まるで逃げるかのように

親戚の家を離れ更なる孤独を知る。


友達とも深い関係になれないままでいた。



でも……


戸惑い迷いながらも

選んだこの道を今歩いている。



色んな気持ちが交差していた。


まだ病み上がりだというのに……



その時、自然な感情が湧いてきた。




もう……


「素直に認めよう」


辛いときは辛いままに

悲しいときは悲しいままに


『私』は『私』を受け入れようとしていた。




…………

……………………


あの時の…


両親が殺されたときに感じた悲しみや辛さ。


その思いをしっかりと

胸に刻んで生きていこう。


目を背けたくなる出来事を

ちゃんと見つめなければ……


きっと何年経っても


ずっと忘れることなどできないこの運命を

いつか呪わずに思える日が来るようにと……



いつも何かに

抗うように息をしていた『私』を


「自身で解放してあげなきゃ」


そう思えるようになっていた。



客観的に見つめることで

『私』を救うことができるかもと……




少しずつ大人になる途中で

気持ちの変化を感じ取っていく。



……

……………


「あ、もうこんな時間」


気づけば時間を忘れるくらい

辺りはもうすっかり暗闇に包まれていた。




どうりでお腹がすくはずだ。


開けっ放しの窓を閉め晩御飯の用意をする。

今となればお米を研ぐのも手慣れたものだ。



「手際が悪かった頃が懐かしい」

鼻でクスっと笑いながら冷蔵庫をあける。


中には梅干しとたくあんしかなかった。


体調を崩してしまったことで

食料を買いに行けなかったがゆえに


おかずというおかずがない。


「せめて納豆があれば良かったのに」


東京での1人暮らしの中で

なくてはならない最高の一品だった。


「お魚も食べたいな…」


なんだか和食が恋しくなる。




「どうしよう…」


買いに行くか行くまいか迷う。

まだ閉まるまでには時間がある。


商店街に並ぶお肉屋さんや魚屋さん。

お店はアパートからだと少し距離があった。


……

…………


仕方ない。


「今日はあるもので食べよう」



病み上がりだからという理由で

買いに行くのを断念することにした。


「必要なものは明日買って帰ればいい」


そう納得させた。




…………


「そろそろ出来上がる頃だ」


白い湯気に少し心躍らせて

炊きあがったばかりのご飯をお茶碗によそう。


ホカホカした白いご飯。

その上に梅干しとたくあんをのせる。



決して美味しいとは言えないけれど

質素ながらもなぜだか美味しく感じた。


味気ない1人きりの食事。


でも……

気持ちの持ちようで味は変わるんだ。


元気で健康なときに

食べれることは幸せなんだと思った。


「病気になってわかることもあるんだな」


普通に食事にありつける

このひとときの時間に感謝した。


『私』は父と母の写真を見つめる。

なぜだか手を合わせずにはいられなかった。




今では両親に話しかけることが

当たり前のように日課になっている。


朝は「おはよう」「いってきます」

帰ってきたらすぐ「ただいま」を言う。


寝る前には「おやすみなさい」


テーブルの隅に置いてある

写真立ての中の父と母に挨拶をする。



真っすぐに『私』を見つめる

変わらぬ顔がいつもそこにあった。


もちろんご飯を食べるときも一緒だ。


学校やバイト先での出来事は

「ねぇ、聞いて…」なんて言いながら話す。



唯一、なんでも話せる存在。



嬉しいことより


辛いときや寂しいときのほうが多いけど

ただ話しかけることで気持ちが紛れていた。



ずっと黙って聞いてくれる父と母。

もちろん何も返事はこない……




……

…………


もし今も生きていたら

どんな言葉をかけてくれるのだろう。


高校生になった『私』に……


昔のように優しい言葉をくれるのかな?

それとも厳しい言葉をかけてくれるのかな?


幼い頃に叱られたことさえ

今となっては愛しく思えていた。



なんだか無性に両親の声に包まれたくなる。




……

…………


「声が聞きたい」




耳の奥に…

まだ父と母の声が残っている。


忘れることなどできるはずもなく……





叶うのであれば今すぐ声が聞きたい。


『私』を呼ぶ声……


もう無理だとわかっていても

そう思わずにはいられなかった。


「せめて夢の中でいいから……」


そっと目を閉じ心のなかで願う。




そんな思いを繰り返す日々が多くなっていた。




でも今は

悲しむだけの『私』ではなかった。



あの時……


『私』を受け入れられたことで

『私』を解放してあげたことで


あの日起こった悲劇を

現実をちゃんと見つめることができた。



たとえこの世に


カタチがなくても

声を聞くことができなくても



両親は、、

父と母は、、、


生きている。


『私』の胸の真ん中に……

この先も2人はずっとずっと生き続ける。


その思いが強くなっていく。


「お父さん、お母さん……」



いつものようにまた

写真立ての中の2人に話しかける。



『私』はおもむろにお線香を焚いた。


フワッと心が癒される。

それでいてとても安心する匂い。



懐かしい香りは


『私』という存在と一緒に

この狭い部屋を包んでいった。


まるで父と母に

抱きしめられているかのように……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。