5話 ほどけていく感覚
東京での一人暮らしで尚更
『私』は甘えかたがわからなくなっていた。
毎日が目まぐるしかったのもある。
とにかく1人で頑張るという気持ちだったから。
……
いつの頃からか
「友達と『私』は違う」
劣等感のような思いを感じていた。
両親がいない『私』
両親がそばにいる友達
「まただ…」
親戚の家にいた頃に感じた気持ち。
羨ましさと寂しさゆえに卑屈になり
『私』は仲良かった3人と
勝手に心の距離をとっていった。
もし友達に…
両親の話しをしていたら
聞いてもらっていたとしたら
少しは気持ちが楽だったのかもしれない。
でもそんなことは言えないでいた。
言ったところで
この気持ちが理解されることはないだろうと…
そう静かに悟るしかなかった。
「甘えられる人が周りにいない」
改めてそう実感する。
いろんなことを考えて疲れて
そんな時に
Yおばちゃんからの電話で心が救われた。
『私』からのSOSを感じてくれたことに
心が
思いが
胸に響いた。
ずっと…
「1人で頑張らなきゃ」
そう頑なに思ってきたから。
でも違うってことに気づかされた。
誰にも頼らず生きるってことは無理なのだと。
辛い時は素直に弱音を吐いてもいいんだ。
一つ一つ経験を重ねていくと
考えや思いが変わっていくものなんだな…
「Yおばちゃん……」
支えてくれる大きな存在。
たった一人でもいてくれると心強い。
ギューっと締めつけられるような
張りつめていた心がほどけていくようだった。
これからは素直に甘えてみようと思った。
どうしても耐え切れなくなったときだけ…
「たまに電話するくらいならいいよね」
父と母の写真立てに話しかける。
なんだか2人が小さくうなづいたように見えた。
きっと気のせいかもしれないけど
その時は『私』にとってそう見えたんだ。
……
「もう1人じゃない」
『私』は1人じゃないんだ。
その思いが気持ちを強くしていった。
「また前向きに毎日を頑張っていこう」
そんな矢先のことだった……
学校からの帰り道。
今日は真っすぐアパートに帰るだけだった。
なんだか頭がぼーっとする。
体が熱くてダルい。
歩きながら異変に気づく。
張りつめていた糸が切れたのか
今までの無理が祟ったのか体調を崩してしまう。
ずっと『私』自身が頼りだったから
Yおばちゃんの言葉で緊張が解けたのもある。
安堵感とでも言うのだろうか…
心が緩んでしまったのかもしれない。
「とにかくまず熱を測ろう」
部屋に着き、押し入れを開く。
上下に分かれた押し入れの
下の奥には木の箱を置いていた。
そう、、救急箱だ。
水銀体温計、赤チン、風邪薬、解熱剤…
必要なものがいろいろ入っていた。
熱がでたときのために水枕もその横にある。
もし病気やケガをしてしまったときにと
1番最初にYおばちゃんが用意してくれていた。
救急箱という『木の箱』に温かみを感じる。
「ありがたい…」
弱っているときに知る優しさは
普段のときよりもっともっと特別に感じた。
……
熱は微熱だった。
測り終わった水銀体温計。
軽くふったあと、そっとテーブルに置いた。
熱を下げるため解熱剤を飲む。
水枕には氷と水を入れ
金属のクリップで閉じタオルで巻く。
ヒンヤリとした水枕を頭部にあて少し横になる。
寝返りのたび氷が移動する音と触感。
火照った顔と体に
とても心地よく気持ち良かった。
その時、フッと母の言葉が浮かんだ…
「頭ではなく、うなじを冷やすのよ」
熱がでたときに
いつもそう言っていたのを思い出す。
「あ、、うなじを冷やさなきゃ」
『私』は母の言葉を意識した。
きっと目が覚めるころには
熱が下がっているだろうと…
そう思いながら眠りについた。
あれから何時間寝ていたのだろう…
目が覚め時計に目をやった。
それほど時間は経っていない。
長く眠っていたような感じだったのに…
「あれ?」
さっきよりも体が熱い気がする。
体温を測ると更に上がっていた。
薬は効いていないようだ……
なんだか急に怖くなる。
1人でいることが
すごく心細くて泣きそうになる。
「苦しい…」
熱が上がるだけで
こんなにも辛いとは思わなかった。
幼いときとは違う感覚。
ホームシックのような気持ちに駆られる。
あの頃は母が…
そしてYおばちゃんが…
治るまでずっと看病してくれた。
洗面器に入った氷水にタオルを浸して
おでこの上にのせてくれた。
熱でぬるくなったタオルも水枕も
何度も何度も取り替えにきてくれた。
安心感があった……
いつもどんな時も
見守ってくれていた大きな存在。
でも今はとなりにいない。
誰もそばにいないからなのか
1人だから何倍もの不安を感じる。
軽い微熱なら
なんとか乗り切れそうだと思ったのに…
「下がらなかったらどうしよう」
治るかもわからない。
「まさかこのまま……」
心弱く後ろ向きなことばかり考える。
平常心を保てなくなっていく。
Yおばちゃんに電話しようかと悩む。
でもやっぱりいざって時にできない。
頼りたいのに…
甘えたいのに……
『私』の中の何かが邪魔をしてしまう。
こんな時くらい電話すればいいのに…
簡単なことでしょ?
心に問いかけてみてもわからない。
「どうして素直になれないんだろう」
ただ…
何かが邪魔をしていることだけは確かだった。
…………
「早く熱を下げないと…」
熱さえ下がれば大丈夫だ。
そのために出来る限りのことをしなきゃ。
『私』は、ぬるくなった水枕を見つめた。
新しく氷と水を入れ替える。
とにかく冷やして
冷やして冷やしてまた寝ることにした。
「大丈夫、きっと大丈夫」
熱が下がるよう、そう言い聞かせた。
何度も何度も…
……
……………
……………………
でも
翌日になっても熱が下がることはなかった。
辛いって言葉しか出てこない。
もう何もしたくない。
熱のせいで辛さは増していくばかり…
原因不明の熱に
ただただ怯えるだけだった。
1人暮らしで体調を崩すことは
精神も肉体も破壊するものだと
そう思わざるを得なかった。
ぼんやりする意識の中
幼い頃の記憶を思い出す。
「そういえば…」
発熱したときは
おしりに坐薬を入れて熱を下げていた。
苦しそうな『私』を見て
熱がでるといつも母がそうしてくれた。
そのおかげで
スーッと楽になったのを覚えている。
「お母さん…」
……
でも今は
解熱剤を飲んでも下がる気配はない。
「どうしよう」
まだ薬は効かない。
辛いながらも今日どうするべきかを考える。
……
…………
……………………
決めた。
迷った末『私』は休むことを選んだ。
学校もバイトも。
無理をして周りに迷惑をかけるより
1人でもがくほうがマシだと思った。
心配されて気を遣われることが嫌だった。
父親譲りの性格がこんな時にもでてしまう。
布団からゆっくり起きあがると
『私』は学校とバイト先に連絡した。
その時
また1つ、気づかされることになる。
「あぁ…そうだ」
胸がキュっとなる。
今までは母やYおばちゃんが
電話をしてくれていたんだなって…
小さい頃に見えていなかったものが
辛さと向き合うことで見えるようになる。
ぼんやりする意識の中…
家族のあたたかさを改めてかみしめた。
たとえ家族じゃなかったとしても……
「血のつながりだけがすべてではない」
そう考えるようになっていた。
母もYおばちゃんも
何かあれば何でもしてくれる存在。
当たり前のようにそばにいてくれた。
……
「でもそれは当たり前なんかじゃない」
元気でいるときには気づけないことだった。
近くにいすぎたからわからなかっただけで…
1人暮らしをしなければ
きっとそんなことも知らないでいた。
熱で頭がどうにかなったのか
それとも心が求めていたのか
なぜだか鮮明に
赤く染まった父と母を思い出す。
あの悲惨な光景を……
『私』は両親の写真立てを胸に抱えた。
「お父さん、お母さん……」
そう呟きながらまた眠りにつく。




