3話 気づいてしまった感情
幾度と月日が流れていった頃
『私』は、ある感情に気づく。
ずっと変わらず優しいYおばちゃん。
Y君たちやお姉さんたちには母親の顔をする。
それが嫌でたまらなくなっていた。
本当の親子だし
普通の光景なのはわかっていた。
前からわかっていたはずなのに…
その眼差しを
『私』だけに向けて欲しくなった。
この感情は「独占欲」なのだろう。
「やきもち」とは違う感情だ。
特に同じ小学生のY君たち…
年が近いのもあったからなのか
羨ましく妬ましい気持ちが芽生えていた。
みんなの頭を撫でるYおばちゃんの手。
『私』に対してとはちがう。
愛情と同情…
敏感に感じとってしまう。
Yおばちゃんの愛情を独占するなんて
絶対無理なことだとわかっていたけど
『私だけ』に向けて欲しかった。
Yおばちゃんの存在が
前よりもさらに大きくなっていたのだ。
気づいてしまった感情。
認めたくはなかったこの感情。
…………
「あぁ、やっぱりずっとは続かない」
同じ気持ちでいるなんて無理なんだ。
時の経過と共に
人の心は変わっていくものだと…
自分を通して知ることになる。
みんなに対して負の感情を抱く。
色んな気持ちが混ざり合う。
『私』の奥にあるこの感情は何!?
怒り?
悲しみ?
寂しさ?
妬み?
それとも孤独感?
今までになかった感情が顔をだす。
日に日に抑えきれなくなってきている。
誰にも言えない。
Yおばちゃんにも言えないこの気持ち。
「耐えなきゃ」
涙がこみあげてくる。
でもみんなの前では我慢した。
1人になれる場所を探す。
「トイレなら……」
どうしようもなく
悲しくなったとき
こらえきれなくなったとき
『私』は声を殺し泣いた。
この感情が涙と一緒に流れてしまえばいい。
すべてキレイになくなればいい…
不思議と泣いたあとは
スーッと気持ちが落ち着いた。
胸のつかえがとれたような
喉の奥につまっていたものがとれたような…
『感情のリセット』
……
でもこの場所に長くは閉じこもれなかった。
他を探そう。
「どこか1人になれる場所を見つけなきゃ」
人前では泣いてはいけない、泣きたくない。
また母の言葉を思い出す。
「あ、食事の時間なら部屋には誰もいない」
『私』以外、早く居間に全員集まるし
部屋ならみんなの目を気にしなくてすむ。
ここなら思いきり1人で泣ける。
ここなら誰にも見つからない。
泣き声が漏れないよう
クチに布団を押し当てて
ひっそりと…
泣いた。
部屋の中にある押し入れは
『私』の心を保つための居場所になった。
………
………………
まさか泣いてるだなんて誰も知らない。
涙は耐え切れないときだけ。
たまにだからみんなにはバレないでいた。
………
ひとしきり泣いたあと遅れて居間に行く。
そして今日もまた…
見たくない光景が目に入ってくる。
眩しいほどの家族団らん。
これでもかってくらいに…
人の笑顔がこんなにも
妬ましく感じるとは思ってもみなかった。
この家に来たころは
そんな風に思うことはなかったのに…
みんなの笑顔に囲まれて
どこか安心感さえ覚えたはずなのに…
でも見るたび感じてしまう
何とも言えない嫌な感情。
『私』という人間がひどく醜く思えた。
……
………
もう、、心が壊れてしまいそうだ。
やっぱりこの家には居場所がない。
いや、最初からなかった。
そう納得せずにはいられなかった。
「溶け込めるように努力しよう…」
そう
言い聞かせていただけだったのかもしれない。
あの日……
両親が殺されたあのときから
『私』の存在も消えたかのように
今いてもいなくても変わらない……
まるで透明人間のようだ。
以前より
もっと孤独を感じるようになっていた。
本当の家族の輪の中に入れるわけがない。
卑屈になっていく『私』
「誰か助けて……」
そんな心とは裏腹に
みんなが優しい笑顔を向けてくる。
「やめて……」
そんな顔して見ないで。
胸のずっと奥に罪悪感みたいなものを覚える。
ずしっとくる感覚。
「なんでよ……」
『私』はこんな気持ちでいるのに。
「どうしていいかわからないじゃんか…」
心の中で泣き笑いした。
辛い。
……
素直に気持ちを言えたらどんなに楽だろう。
でも言えない。
そんなこと言っちゃいけない。
もし言ってしまったら
Yおばちゃんや、みんなは?
どんな気持ちになるだろう…
きっと困ってしまうにちがいない。
張りつめた糸がプツっと切れそうでも
まだ少しだけ理性というものが残っていた。
衣食住はもちろん
こんなに優しくしてもらってるのに…
いろいろ面倒もみてくれて
仲良くしてくれているのに
言えるわけがない。
…………
あの悲劇から育ててもらってるんだから。
一緒に仲良く遊んでくれているんだから。
きっと……
『私』を苦しめるこの感情は
この先ずっと成仏することはないのだと。
……
もう
誰にも言わず
誰にも知られず
心のずっとずっと奥に封印することにしよう。
そう決めた。
「わかってもらいたい」
そう思うからきっと苦しむんだ。
期待なんてしなければいい。
最初からしなければ良かったんだ。
「楽になるにはどうすればいいのか?」
『私』は感情の殺しかたを覚えていった…
言葉にできない気持ちを抱えながら
時間は前へ前へと、どんどん進んでいく…
淡いピンク色の花びら
緑色に生い茂る木々
地面に散り落ちる木の葉
そして…
一面に広がる真っ白な景色。
春夏秋冬。
狂いのない季節を繰り返し
気づけばもう3年の月日が経っていた。
……
…………
『私』は中学生になる。
憧れのセーラー服を着て学校へ通い始めた。
新しい友達と
一緒に遊ぶことが多くなっていった。
以前より
親戚の家にいる時間が減ったことで
ほんのちょっと自由になれた気がした。
この頃やっと…
自然に笑えるようになっていた気がする。
それでもやっぱり「楽しい」だけではない。
嫌なことや悲しく思うことはあった。
まだまだ子供だったから
やっぱり泣きたいときは我慢せず泣いた。
たった1人のときに…。
部屋が変わっても
押し入れの中だけは
変わらず『私』の居場所だった。
…
…………
あのとき、、、
Yおばちゃんたちに
本音を言わないで良かった。
もし言っていたら
きっと後悔していたかもしれない。
感情のままにならなくて良かったと
時間が経ってからわかることもある。
心のずっとずっと奥のほう…
あの感情は封印したまんま。
…………
『私』は中学生になったのをキッカケに
少しづつ少しづつ変わっていこうとしていた。
小さな抵抗をするかのように…
「強く生きなきゃ」
そう奮い立たせる。
「1人でも生きていけるようになりたい」
『私』の中に起きた変化だった。
…
……
自立しよう。
1人で生活するために。
「中学を卒業したらここを離れよう」
そう決心した。
ただ、問題はお金だ。
図々しいお願いだとわかっていながら
『私』はYおばちゃんに相談することにした。
2人きりになれる時間を見つけ
神妙な顔で胸の中の思いを伝える。
「……なので、この家を出ようと思いま」
話しを言い切る前に
途中でYおばちゃんが遮ってきた。
「ダメです」
力強い言葉で言われたのは初めてだった。
顔は少し怒っているような感じ。
そのあと優しい口調でこう言った。
「お金がどうこうではないのよ」と。
そのとき初めて
Yおばちゃんの気持ちを知ることになる。
血がつながっていなくても
本当の子供のように思って育てている、と…
思いもよらぬ嬉しい言葉だった。
せめて『私』が高校を卒業するまでは
この手で絶対に育てると決めていたみたいだ。
『私』がこの家に来た日から
そう自分に誓っていたのだと……
…………
決心が鈍る。
涙がこぼれそうになる。
でも必死にこらえた。
……
少しの間があいたあと
Yおばちゃんは言った……
あきらめとも言えようか
少し悲しそうな顔をしながら
中学を卒業しても
気持ちが変わらないのなら尊重するわ、と。
その言葉の裏には
金銭面も援助するという意味だった。
Yおばちゃんは『私』を引き取ったときに
いつかはここを離れるとわかっていたのだ。
『私』ですら、まだ考えていなかったことを…
……
会話の最後に
Yおばちゃんは『私』の肩を優しく撫でながら
辛かったらいつでも帰ってきなさい
と、優しく微笑んで言ってくれたのだ。
「ありがとう、Yおばちゃん…」
『私』は申し訳ない気持ちのまま伝える。
この時
感謝の気持ちと貫きたい気持ちが
心の中でユラユラと交互に揺れていた。
…
…………
……………………
そして、、、
また季節は巡る。
……
…………………
春の訪れと共に…
その日はやってきた。
決断する「時」が来た。




