2話 冷めやらぬ感情のまま
悪夢のような現実から数日…
『私』を見つめる視線。
腫れ物に触るかのような…
「かわいそうな子」
みんなの声が聞こえてくるほどに突き刺さる。
まだあの悪夢のような現実を引きずりながら
福井県にある親戚の家にやってきた。
知らない土地に来てまだ右も左もわからない。
落ち着かないしどこかソワソワしていた。
…………
『私』を引き取ってくれたのはオババちゃん。
父の、母にあたる人だ。
そのオババちゃんの息子夫婦が
TおじちゃんとYおばちゃん。
「これからはここがお家よ」
そう言って
Yおばちゃんは迎い入れてくれた。
TおじちゃんとYおばちゃんには子供が6人いた。
『私』よりまだ幼い年下のN君とTちゃん。
Y君とHちゃんは年が近かった。
4人とも同じ小学生。
少し年の離れた
中学生のEお姉さんと高校生のMお姉さんもいる。
全員と挨拶を交わす。
『私』以外はみんな笑顔で
ニコニコしながら接してくれた。
「うまくやっていけるかな…」
小さな輪の中でポツリ心の中で呟く。
なんだか少し不安だった。
大家族の中に1人ポツンと浮いた感じ。
色を持たない人間のようだった。
弟と妹は感情の確立がまだ出来ていない。
きっとこの環境に自然に慣れていくだろう。
『私』は…
環境がガラっと変わることに抵抗を覚えた。
今まで別々に暮らしてきたから
急に家族のようになんて振る舞えない。
仲良くできるのかもわからない。
いくら親戚とはいえ
ここでは「よその子」だから…
血がつながっていたとしても
血がつながっていないとしても
『私』は家族ではない。
確実にわかっていることだ。
「あぁ…もうここは親戚の家なんだ」
みんなの顔を見ては少しうつむき
また見てはうつむいた。
父と母と過ごした家を思い出しながら…
我が家とはちがう匂い。
壁に飾ってある絵も置物も
知らないものばかりだった。
薄い色から濃い色まで茶系で統一された家具。
居間は家族みんなが集まる場所。
一家だんらんの象徴でもある「ちゃぶ台」が
眩しく見える。
Yおばちゃんに家の中を案内されながら
『私』は東京で過ごした我が家と比べていた。
畳の匂い…
それだけはどことなく同じだった。
ふすまをあけた瞬間、鼻に残る草の香り。
少し気持ちが落ち着く。
でもどこか悲しくて
懐かしいような懐かしくないような
そんな感覚だった。
……
更に家の奥へ進んでいくと
嗅いだことのある匂いがしてきた。
フワッと心が癒される。
それでいてとても安心する匂い。
和室に置かれた仏壇にお線香が焚かれていた。
そこにはオジジちゃんの写真が飾られている。
『私』の祖父だ。
亡くなっていたのは知っていた。
『私』はYおばちゃんに促され
一緒にお線香をあげ手を合わす。
「オジジちゃん…」
心の中で
我が家で起きた出来事を…
父と母の悲しい最期を伝えた。
ふと目をやると穴のあいた障子に気づく。
たった一つ大きくあいた穴。
その瞬間、父を思い出した。
厳格だった父に叱られた記憶がよみがえる。
「きっと誰かが破っちゃったんだろうな」
過去の『私』と重なった。
もう今は叱ってくれる人はいない。
一瞬、寂しさが押し寄せた。
…………
スーッ。
ふすまを開ける音。
「さぁ、ここがお部屋よ」
Yおばちゃんの声に反応する。
「あ、、はい」
部屋の中を見渡すと少し散らかっていた。
無造作に置かれたお人形や
ゼンマイ仕掛けのおもちゃ。
みんなが一緒に過ごしているんだとわかる。
Eお姉さんとMお姉さんは別の部屋のようだ。
…
ここは親戚きょうだいの部屋。
ギュッと唇をかみしめる。
「今日からここが『私』の部屋なんだ」と…
…………
「少し休んだら居間にいらっしゃい」
Yおばちゃんはそう言って部屋を出ていった。
気を遣ってくれたのだろう。
優しい言葉に甘え
申し訳なさそうに部屋の隅に座った。
ボーッと天井を見上げる。
「お父さん…お母さん…」
思いがまたこみ上げてくる。
『私』は持っているリュックの中から
おもむろに写真を取り出した。
和装姿の父と母。
椅子に座っている母の横に
寄り添うように立っている父。
とても着物が似合っている。
大事な大事なたった1枚の写真。
そっと畳の上に置いた。
「おはよう」から始まる朝。
起きると朝食が用意されている。
あたたかい味噌汁と茶碗に盛られた白いご飯。
みんなで手を合わせ「いただきます」と言う。
当たり前だった風景。
今日から親戚家族と囲む食卓。
これからはみんなと…
一緒に暮らしていくんだ。
……
「おかわり!」
大きな声が居間に響く。
Y君がカラになった茶碗を差し出すと
Yおばちゃんが受け取りながら『私』に言った。
「おかわりしたいときは遠慮せず言ってね」と。
でもやっぱり言えずにいた。
図々しいって思われるのが嫌だった。
「ここの子」ではないから。
その思いが『私』を縛っていた。
子供だって環境が変われば気を遣う。
そんな『私』をわかっているかのように
茶碗に一口くらいのご飯になったとき
Yおばちゃんはご飯をよそってくれた。
気にかけてもらえてるのがわかる。
「嬉しい」
素直な気持ちだった。
少しづつだけど心がほぐれていくのがわかる。
Yおばちゃんは面倒見がよくとても優しい人だ。
『私』は、その優しさに応えるように
お手伝いを率先してやっていくことにした。
この家から追い出されないよう
みんなにとって『邪魔者』にならぬよう
「役立たずと思われないようにしなきゃ」
いつからかそういう気持ちも芽生えていった。
今はここにしがみつくしかないんだと。
先が見えない不安を抱えながら
この場所に溶け込もうと努力した。
『私』なりに頑張ろうと
その時はそう思っていた…
一緒に暮らし始めてしばらく経った頃だった。
変わらず優しい眼差しのYおばちゃん。
いつも笑って話しかけてくれる。
悲しんでる『私』を
包んでくれるかのようだった。
実の子供ではないのに…
『私』を受け入れてくれたのが嬉しかった。
本当に嬉しかった。
Yおばちゃんから向けられる優しさに
「甘えてもいいのかな?」
「やっぱり甘えてはいけないのかな?」
そんなことを思いながら……
少し、母の姿を重ね合わせていた。
同じ小学生のみんなも
年の離れたM姉さんとE姉さんも
突然やってきた『私』に嫌な顔もせず
ずっと変わらず仲良くしてくれている。
早くこの家に慣れるようにと
手を引っ張ってくれる感じだった。
話しかけるのがあまり得意ではなかったから
救われる思いだった。
だけど…
みんなの優しさを感じれば感じるほど
胸がひどく痛むようになっていた。
応えようとすればするほど
辛さを感じるようにもなっていた。
その痛み
その辛さ
どこから来るのかわかっていた。
やっぱり思い出すのは父と母ばかりで
本当にそばにいてほしい人は両親だったから。
求めている以外のことなど必要としていなかった。
その頃は誰よりも親の愛情が欲しかったから…
本当ならまだ注がれていたであろう『愛情』
1人、歯痒さを感じていた。
みんなの優しさ
笑顔…
感じるほどに矛盾が生じる。
どんどん意固地になっていく…
素直に頼ったり感情をだすことができず
うまく笑うこともできないでいた。
あ…
最初から笑えてはいなかったっけ。
『私』は本当に溶け込めているのだろうか?
この場所に、みんなの中に……
少しづつ…
少しづつ……
窮屈になっていく感覚を覚えた。
一緒にいればいるほど我慢することが増えていく。
いや、我慢することを覚えていったんだ。
本当の
"きょうだい"ではないから……
「親を殺されたかわいそうな子」
だからみんなは
優しくしてくれてるのかもしれない。
そんなことを思ったりもした。
何とも言えない孤独の波が押し寄せる。
『私』は寂しさでいっぱいになった。




