15話 仕事も恋愛も
呉服店で働きだした『私』は
Yおばちゃんの顔をつぶさないよう
とにかく笑顔を絶やさないように働いた。
ここは以前の職場とは違い家族で経営している。
着物を着た女将さんがトップで
家族は旦那様と息子さんが1人。
あとは数人の女性が働いていた。
見た感じ年上の方ばかりで
20代は『私』だけしかいなかった。
早くこの環境に慣れるよう
足を引っ張らないよう仕事をしていく。
でも……
……
…………
結果的に、、、
呉服店での仕事は半年しか続かなかった。
と、言うより
辞めざるを得ない状況になる。
『私』は仕事も恋愛も同時に失うことに…
女将さんの1人息子と、、
彼と恋愛に発展しまったことが原因だった。
反対された理由が
あまりにも悲しかったことを覚えている。
…………
それは、、
『私』が呉服店に来て2ヵ月が経った頃。
彼からよく食事に誘われることが多くなり
数回の時間を重ねて何度目かで告白された。
女将さんの1人息子だから
断ることはできないと思っていたけれど
彼と一緒にいると楽しくて
『私』もいつの間にか好きになっていった。
惹かれ合ってから自然と交際が始まり
まだ付き合って間もない1ヵ月くらいのこと…
夏だったこともあり
海の見える場所へと一泊することになった。
旅行は『私』の休みに合わせて行くことに。
今は付き合っていることを
女将さんたちに知られてはいけない。
彼から、まだ内緒にしていてと言われる。
「なんだか秘密の恋愛みたい」
ちょっとしたスリルのような
ドキドキ感を『私』は感じていた。
そう、ただ純粋に思っていたんだ。
…………
そして当日を迎える。
最初で最後の、、
彼との一泊旅行へと……
早朝、彼は迎えに来てくれた。
「わぁ…」
あまりにも凄くて思わず声が出る。
車に疎い『私』でも高級車だとわかる。
この時はまだ、宿泊場所を知らない。
彼にすべて任せてと言われていたから。
『私』はウキウキしながら
助手席に乗り込もうとしたが…
彼が降りてきてドアを開けてくれた。
「なんだかお姫様になった気分」
そんな扱いをされたことが嬉しかった。
目的地に着くまでのドライブ。
車中での2人の会話を楽しみながら…
その時間が
『私』にとって幸せで特別な空間だった。
…………
だんだんと海が見えてくる。
視界には綺麗な青が広がっていく。
車を走らせること数時間。
着いた先は
神奈川県にある葉山という場所だった。
「ん!?ここは?」
旅館ではないようだ。
どうしたってお家のように見える。
この時、『私』は初めて知った。
2人で泊まる場所は彼の別荘なのだと。
そう、、彼は正真正銘のお金持ち。
お坊ちゃまだった。
そういえば……
彼のことをまだ深くは知らずにいた。
彼が今まで黙っていたのには理由があった。
過去に、、
お金目当ての女性が多かったから
付き合うときに言うのをやめたと言う。
ちゃんと心を見てそばにいてくれる人を
彼は本気でそう思い交際相手を探していた。
その先の結婚も視野に入れて……
そして知らなかったことが明かされる。
彼は『私』を知っていた。
呉服店で働く前から先に『私』の存在を。
Yおばちゃんの知り合いというのは
女将ではなく1人息子の彼だったのだ。
人手が足りないわけではなかった。
それはあくまでも理由づけに過ぎない。
『私』はこの時に気づく。
彼の結婚相手に相応しい女性を
Yおばちゃんが『私』をと勧めたのだ。
福井で見たあの綺麗な着物は
彼と結婚が決まった時に着てほしいと
Yおばちゃんが望んでいたことだった。
そう、彼がすべてを打ち明けてきた。
「そんな風に思ってくれてたなんて…」
嬉しいけど複雑な気持ちになる。
騙されたようで少し悲しくも思った。
でも、、、
『私』は彼を…
彼のことを自然と好きになったのは事実だ。
目に見えない感情が芽生えたのは
Yおばちゃんたちの意図ではない。
それに、、
『私』の人間性を知ってくれた上で
Yおばちゃんは今回の話をしてくれたんだ。
なぜか不思議と、、
Yおばちゃんの思惑通りに
事が運んでいるような気がする。
『私』の人生は
Yおばちゃんの手のひらの中に!?
そんなことを思ったりした。
……
そして彼はひとしきり話したあと
自然な流れでプロポーズをしてきた。
…
……
『私』は急に力が抜けた感覚になる。
突っ走ってきたここまでの人生を振り返った。
誰かに寄り掛かるのもいいかもしれないと…
頭の片隅に
”結婚”という二文字の言葉が初めて浮かぶ。
今まで意識したことがなかった。
仕事することしか考えていなかったから……
”独り”に慣れすぎていたんだ。
でもこの時は
結婚するのもいいかなって思えた『私』がいた。
「家族かぁ……」
フッと、憧れだった店長を思い出す。
店を持つ夢が、、、
フワっとどこかへ消えた瞬間だった。
『私』にとって
優先順位が仕事より恋愛になっていた。
……
…………
彼に「イエス」と返事をしよう。
その前に過去の出来事を話す決心をした。
両親がいない『私』を
受け入れてくれるか不安だったから。
どんな環境でどんな生き方をしてきたのか
ありのままをちゃんと知ってもらおうと……
もし本当のことを言ったら
プロポーズを取り消されるかもしれない。
そう覚悟を持ちながら『私』は話し始めた。
…
……
でも彼はすべてを知っていた。
Yおばちゃんから聞いていたのだ。
フワっと心が軽くなる。
「知ってて受け入れてくれたの?」
『私』は嬉しかった。
ただただ凄く嬉しかったのを覚えている。
……
彼は泣いてる『私』を
優しく抱きよせ全てを包んでくれた。
大好きな人と
ずっと一緒にいれる喜びを嚙み締める。
その夜…
お互いの気持ちが高まり
結婚へと強く意識が向いた瞬間だった。
叶わぬこととは知らずに……
一泊旅行を終えたあと
『私』たちは結婚の意思を伝えることにした。
女将さんと旦那様より先に
Yおばちゃんに電話で報告することに。
まるで『私』と彼が
そうなるのをわかっていたかのように
受話器の向こうでYおばちゃんは微笑んでいた。
本当のことを言えなくてごめんなさい…
そう『私』に謝りつつ、嬉し涙ながらに。
その時に言われた言葉がある…
女性にとって結婚することが、
子供を持つことが幸せなのよ、と。
……
Yおばちゃんの言葉は重みがある。
本当にそう思えてきてならなかった。
結婚はタイミングだとも教えてくれた。
もう20代半ばという年齢もあって
『私』を心配してくれていたのがわかった。
……
あれからずっと
親代わりをしてくれているYおばちゃん。
まだ女将さんと旦那様の許しを得る前に
あの綺麗な着物が『私』の元に届いてしまう…
その中には手紙が。
門出を祝う言葉が書かれていた。
結婚が決まったらその着物を着て
彼と福井に…晴れ姿を見せに来てとも…
思わず想像しながら微笑んでしまう。
この時は純粋に実現になると思っていた。
……
…………
そして数日後
彼からの提案として
女将さんと旦那様と食事をすることになった。
『私』は従業員という立場で…
コミュニケーションの一環として席に座る。
4人だけしかいない個室に声が響く。
楽しく会話が弾んでいく中
遂に彼が『私』とのことを話し始めた。
結婚を前提に交際していることを
女将さんと旦那様に伝えてくれた。
2人は驚いた顔をする。
まったく気づかれてはいなかった。
その瞬間、女将さんの顔色が変わる。
彼にとって結婚相手に相応しいかどうか
生い立ちなど色々と質問攻めをされることに。
学歴や家庭環境…
『私』は聞かれたことを答えていく。
そして両親がいないことも…
正直に殺されてしまったと話す。
すると、女将さんは憐れむような表情をした。
それはお気の毒に…と。
でも…
少し間があったあと
強烈な言葉を『私』に言い放った。




