13話 勘違い
次の日、『私』は行動に起こす。
受け身のような接客スタイルを封印し
こちらから積極的にお客様に声をかける。
あくまでも自然にと、意識しながら…
そう、、、
あくまでも自然にと………
…………
「いらっしゃいませ」
販売員たちの声が響く。
開店と同時にお客様が数人入ってくる。
『私』はその瞬間を
ハンターのように見逃さなかった。
まるで何かに取り憑かれたような…
頭の中は
売り上げたい気持ちでいっぱいだった。
「誰よりもたくさん洋服を売るぞ」
そう意気込んでいた。
…………
午前中はなかなかの出だしだった。
積極的な接客をしたことで
結果、売り上げに貢献することができた。
とは言え、、
そこまでの人数ではなかったが
買ってもらえたことで自信につながる。
「よし!勝負は午後からだ」
『私』に課したノルマを達成する為
やたらと”数字”を意識するようになる。
………
…………
お昼休憩が終わり店内に入ると
鏡の前で洋服を手に取っているお客様がいた。
『私』は午前中の勢いで
また積極的な接客をするため近づく。
どうやら白と黒の色違いで迷っているらしい。
「どちらの色もお似合いですよ」
そう枕詞を置きながら話しかけた。
背中を押すことで
お客様の購買意欲を高めようと働きかける。
『私』は2着とも購入してもらえるよう
それぞれの色の魅力を伝えおすすめした。
頷きながら聞いてくれているお客様。
「あと一押しだ」
そう思った『私』は半ば強引に接客を続ける。
結果、2着とも買われていった。
「ありがとうございました」
そう言いながらお客様のお帰りを見送る。
「少しくらい強引でも大丈夫なんだ」
変に自信がついたことで
この接客の仕方を取り入れることにした。
…………
このとき『私』は
勘違いしていることに気づかず
販売員として大事なことを忘れかけていた…
売り上げに繋がって喜んでいた『私』は
また次の日も取り入れた接客をしていく。
少し強引というスタイルで。
「昨日が大丈夫なら今日もきっと…」
「今日が大丈夫なら明日もきっと…」
順調に接客ができる日が続くと思っていた。
…………
でもその思いはすぐ砕け散ることになる。
何事もなくスムーズに
接客できた日はたった1日だけだった。
半ば強引な接客の仕方が通じない。
それは閉店間際のこと…
珍しく男性のお客様が入店された時だった。
見た目は40代くらい。
ネクタイをしっかりと締め
ビシッとしたスーツ姿の男性だ。
『私』はいつものように接客しに近づく。
「どのような洋服をお探しですか?」
なんだか少し近寄りがたい空気がある…
それでも売り上げに繋げるために
積極的に話しかけようとしていた。
「あ、、」
男性の左手の薬指には指輪が…
『私』は思わず
「奥様へのプレゼントですか?」
そう言うと、男性は怪訝そうな顔をする。
今までにはいないタイプのお客様だ。
こんな露骨に顔にでるなんて…
心なしか緊張してしまう。
でも『私』は接客を続けようとした。
「ん?」
なぜだろう、、、
男性の表情が曇っていくのを感じる。
……
このとき
他の販売員に見られているような気がした。
『私』は、この空気を
なんとか断ち切ろうとまた男性に話しかける。
「決まるまで一緒にお探ししますよ」
…………
裏目にでた瞬間だった。
よかれと思って発した言葉が
男性の気持ちを逆なでした結果になる。
何の感情も見えない無表情の顔。
男性は『私』を見たあと
無言のままスッと帰ってしまったのだ…
「あっ…」
去っていく後ろ姿を悲しげに見つめる。
…………
販売員になって初めての経験だった。
今までやってきたことが
音を立てて崩れたような感じ。
気持ちが落ち自信を失いそうになる。
なぜあの言葉で気分を害してしまったのか…
『私』にはまったくわからなかった。
…………
もう閉店時間は過ぎていた。
他にお客様はいなく
接客した男性が最後のお客様だった。
1日の終わりがこんなカタチで終わるとは…
「はぁ…」
ため息がもれる。
『私』は肩を落としながら
閉店業務に取り掛かろうとしていた。
その時、、
一部始終見ていた先輩から声をかけられる。
「きっと叱られるんだろうな」
……
案の定、今回はいつもよりきつく叱られた。
一方的に話しかけるところや強引さ。
買わせようとしつこい接客をしていると…
「確かに…」
『私』は反省しながら黙って聞いていた。
先輩の言っていることがあまりにも
その通り過ぎて何も返す言葉がなかった。
自身で上手くいったやり方に
少し酔っていたのかもしれない…
……
更に先輩は言った。
数字を意識しているから
さっきみたいな結末になるのだと。
売り上げに繋げることは大事だけど
お客様の気持ちを無視してはダメよと…
思わずハッとする。
……
すべて見抜かれていたのだ。
『私』は大事なことを思い出す。
販売員になれた頃は
お客様の立場になって考えていたのに…と。
きっと先輩はずっと見ていたのだろう。
本来の接客が違う方向に向かっていく姿を。
「すみません……」
尊敬の意も込めて心から素直に謝った。
”初心忘れるべからず”
この時、初めてこの言葉を知る。
勘違いしていた『私』に
叱りながら気づきを与えてくれた。
そして、、
想像さえもしない
知らなかった事実を先輩から伝えられる。
さきほど接客した男性は
社長なのだと初めて聞かされた。
「……。」
驚きのあまり『私』は目が丸くなる。
……
「えーーーーっ!!!」
動揺を隠せず大きな声が出てしまう。
あの男性はお客様ではなく社長!?
知った瞬間、血の気が引く思いだった。
あんな接客をしてしまったことに
とんでもない後悔の波が押し寄せる。
でも今更どうすることもできない。
……
この時『私』は知った。
憧れの店長に試されていたのだと。
先輩曰く
店長は入社して6ヵ月目の販売員を
抜き打ちでテストするとのことだった。
中だるみが起きやすい時期を狙って。
どんな言葉で接客をしているのかを
販売員として問題ないか判断するために。
でもまだ販売員としては
半年も働いていないのに
『私』が該当してしまったのはなぜ?
少し疑問に思いながらも
改めて気が引き締まった思いだった。
今日、社長が仮の姿で来ることを
先輩はもちろん周りも知っていたらしい。
「だから皆に見られていたのか」
あの視線は勘違いではなかった。
きっと先輩方も試されてきたのだろう。
……
『私』の接客姿勢の判断は
最終的に社長がくだすことになるらしい。
「きっと評価は最悪だろうな」
今後どんな扱いをされるのか不安になる。
「きっとダメな烙印を押されたに違いない…」
そう思い、さらに落ち込む。
『私』は思い切って先輩に聞いてみた。
社長からの評価が悪いとどうなるのかと…
……
…………
「え?・・・」
聞いて愕然とする。
『私』ではなく
店長の評価が落ちてしまうとは……
そんなこと思ってもみなかった。
なぜ頑張ろうとすると
空回りばかりするんだろう……
尊敬する人に…
まさか店長に迷惑をかけてしまうなんて…
「なぜこうなるんだろう」
…………
暗くなった『私』に先輩は
何がダメだったか具体的に指摘してくれた。
基本、お客様に対して
プライベートな事は聞かない。
頼まれてもいないのに一緒に探さない。
社長が無言で帰られた理由も教えてくれた。
「そっか…そうだったのか」
言われたことで納得する。
洋服は自由に自分で選びたいものだ。
逆の立場だったら確かにそうだなと思った。
それなのに『私』は……
社長が気分を害されたのも今はわかる。
……
もし普段通りの接客をしていたら
こんな結果にはなっていなかったのに…
売り上げたい気持ちが
社長に伝わってしまったのかもしれない。
「欲をかいてはいけないんだな」
社長の静かなる教えが
ズシンと胸の奥に突き刺さる。
…………
『私』は今回の教えを胸に
初心に戻って接客の仕事を続けていく。
そんな中
嬉しくも悲しいことがその先に待っていた。
”何か”が、、、
少しづつ変わっていく…………




