12話 権力というもの
「トップは凄い」
『私』は純粋に思っていた。
"言葉の力"ってやつだ。
店長の一言で
人が動き、環境まで変えてしまう。
『私』は販売員として働くことになった。
同期の皆も周りも状況を受け入れ順応する。
『私』は権力というものに惹かれていく。
今までにない感覚だった。
上から見る景色はどんな感じなのか
店長という立場に興味が湧き始めていた。
「いつかお店を出せたらいいな」
漠然と描いていた夢を
実現させたいと思うようになっていく。
大好きな洋服に囲まれて
周りから頼られる店長になりたいと
『私』は強い願望を抱くようになる。
憧れの店長に近づくためにも
新たな経験を積むことで
夢への1歩になるかもしれない。
今……
予期せぬ出来事が重なって
今後は販売員として仕事をしていく。
でももしかしたら
「これは神様のお導きなのかも」
そう考えたりもした。
…………
まずは店長に
認められることが『私』の目標の1つだ。
販売員としての仕事で結果をだそうと意気込む。
今までとは確実に違う仕事内容。
ミシンではなく人間を相手にする仕事だ。
接客をしながら販売に繋げなければならない。
本来望んでいた仕事なのに…
いざとなると
現場に立つのが少し怖く感じてしまう。
まだ始まってもいないのに。
人との関りが上手くない『私』は
「お客様とちゃんと話せるだろうか」
そんなことを考えていた。
…………
そしていざ表舞台に立つ。
販売員としての仕事をする時がきた。
販売意欲を促しながら
お客様の対応はできるのか…
初めてで不安だらけだ。
でもそんな気持ちとは裏腹に
『私』自身が『私』をいい意味で裏切る。
身なりをしっかり整えたあと
販売員としての自覚を持って挑む。
……
その前に一言だけ
店長からアドバイスをもらっていた。
仕事は盗むものよ、と。
でもそれ以上のことは教えてはくれなかった。
「一体どういう意味なのだろう」
理解できないまま店内に立つ。
『私』はその言葉が気になりながらも
見慣れた洋服が並ぶのを見て
改めて新鮮な気持ちになっていた。
「やっぱり大好きだ」
洋服への愛を再確認する。
…………
「あ、そろそろ時間だ」
オープンと同時にお客様が入店する。
洋服を買い求める姿に心が躍った。
「いらっしゃいませ」
ドキドキしながら先輩のあとに続く。
「いらっしゃいませー」
緊張で少し声が裏返ってしまう。
その時、先輩に小声で注意される。
語尾を伸ばさないで、と。
「あ、はい!」
『私』は素直に謝り言い直す。
そう……
裏方の仕事のときから
気づけばそばにいる”あの先輩”だ。
今では『私』の中で
頼りになる存在へと変わっていた。
先輩は店長の右腕と言っても過言ではない。
周りも認めているのが空気でわかっていた。
……
『私』は注意されたこの日をキッカケに
先輩が接客する姿を真似しようと試みる。
笑顔や会釈の角度、話しかけ方
どんな時にどんな対応をするのか
とにかく見て覚えようとしていた。
「そういえば……」
誰かを真似しようなんて
今までそんな発想はまったくなかった。
ミシンのように技術的なものは
真似したくても簡単にはできないけど…
「接客だったらイケるかも!?」
『私』の心はいい意味でざわついた。
「早く慣れていこう」
先輩みたく自信がもてるよう
『私』は『私』なりに学んでいく。
このお店に買いに来るお客様は
男性より女性のほうが圧倒的に多い。
『私』も女性だ。
だからわかることもある。
きっと洋服を選ぶにしても
体型を気にして悩む人はいるはずだ。
気に入ったものを買いたいのに
自分には無理だと諦めてしまうことがある。
でも着こなし次第で体型をカバーできる。
「その人にあったアドバイスができたら…」
まだ販売員になって間もないながらも
『私』はお客様の立場になって考えてみた。
せっかく足を運んでもらえたなら
満足して買ってもらいたいと思った。
きっと先輩方から見れば
まだ不慣れな接客をしているだろう。
でも真剣に販売員としての『私』と向き合う。
そして知らなかった一面が顔を出す。
…………
日に日に経験を重ねていくうちに
意外にも”接客”という仕事が向いていたのだ。
お客様の相談にのるのが
段々と嬉しく思えてきたのと同時に
納得して買って帰る姿に喜びさえ感じていた。
販売員として表舞台に立った今
仕事としての自信も自然についていく。
達成感とでも言うのだろう。
「楽しい!」
心からそう思えた。
笑顔で仕事ができる幸せを嚙みしめる。
『私』には何が向いているのか…
わかった瞬間だと言っても過言ではない。
求めていた答えが
見つかったような気がしていた。
何をやるにも最初は不安で怖いけど
やっぱりやってみないとわからないものだ。
そう誰かが教えてくれたわけでもなく
『私』は肌で感じ取っていくようになる。
ただ接客は
決して楽な仕事ではないということも知った。
相手は人間だから
お客様によっては対応を変えたりもする。
先輩の姿を見て学んだからこそ
接客の仕方は1つだけではないと気づけた。
「あっ…そういうことか」
『私』はフッと店長の言葉を思い出す。
あの時……
仕事は盗むものよ、と言った意味を
ようやく理解することができたかもしれない。
店長からのたった一言のアドバイスは
あとになって『私』の胸に響いたのだった。
仕事はしばらく順調に続いていた。
販売員として板についてきたのを実感する。
先輩のおかげもあり
背中を見て学べたことに感謝していた。
”笑顔で接客する大切さ”
アドバイスを聞いて
ちゃんと心掛けていたのもあってか
お客様からのクレームもなく
楽しく仕事ができる喜びを感じていた。
大好きな洋服にも囲まれて
1日1日がとても充実している。
まるで日の目を見てるような
なんともいえない清々しい気持ちだ。
ひっそりと生きてるような『私』に
こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
嬉しいことに
店の売り上げにも貢献できている。
「やっと役に立てたかも」
高揚感とでも言うのだろうか…
今まで自信がなかった『私』は
鼻高々に誰かに自慢したい気分になる。
人の為に何か出来るって
幸せなことなのだと感じた。
…………
この時は不思議と
すべてが思い通りに進んでいく。
でもなぜだろう……
色々あった裏方の仕事の時より
何の障害もないことに少し怖いと感じる。
慣れない状況に
心のどこかで見えない何かに怯えていた。
今まで生きてきて
スムーズに事が運ぶことが少なかった故に
また何かが起きる前触れかもと危惧する。
過去の足跡が”今”を邪魔しにくるような…
順調なときほど
油断してはいけないような気がしていた。
理屈ではない直感というものなのだろう。
……
「でも今はこの波に乗らなきゃ」
あれこれ考えこむのをやめて
『私』は気持ちを切り替えることにした。
目標の1つでもある
”店長に認めてもらうこと”を意識する。
もちろん仕事というカタチで。
その為にも
チャンスをこの手にしなければと……
「もっと目に見える結果を出したい!」
そう思った『私』は
あることを試してみようと思いつく。
1日に何着売れるか?
勝手にノルマを課すことにしたのだ。
数字にも興味が湧く。
先輩をも追い越す勢いで
「他の誰よりも洋服を売りたい」
”欲”というものが出始める。
1番になりたい気持ちが
『私』のなかでいっそう強くなっていく。
店長に認めてもらえるその日まで…
その瞬間が来ることを
今か今かと待ち望むようになる。
「お客様にもっと声をかけていこう」
『私』は積極的に接客をしようと思った。
後にこの行動が
『私』自身の足を引っ張るとは知らずに…




