(9)
馬車の残骸とともに呑まれていく。
骨まで沁みる流水が気泡と共に全身を這っていく。
これまでに負ってきた傷がビリビリと疼き、痛くて堪らず口が開いてしまう。
次第に塩辛くなっていく水が、容赦なく喉に流れ込んだ。
この苦しみが、封じられていた記憶を更に呼び覚ました。
押し寄せるそれらに涙しながら、内側のシェナは藻掻き続ける。
身体は酷く重かった。
“近隣住民が武装連中にどんな聞き込みを受けているか、もう少し気にかけてもらわないと。その子のことを知られちゃ困るってことくらい、家の動きを見てりゃこっちも分かる。その子が“何”か、少しくらい周りにも言っておいてもらわないと。協力しようにもできないでしょ”
“さぁ、髪を隠して! それから風のことは言わないでおくの!”
風のことは言わないこと。
頭に布を巻くこと。
大きな声を出さないこと。
家族や村の人々に遠ざけられていたのは、呼び寄せてしまう風が原因だった。
だから外を出歩いてもいい時は限られ、それ以外のほとんどは家の隅で声を殺して過ごした。
異国の血を引いていないにも関わらず、そう思わせる肌の色をし、金髪であることと不可解な声質が、余計に武装団の目を惹いた。
彼らや、彼らが率いる仲間達は、風を起こす声で陣地の取り合いを始めようとした。
この力を我先に手に入れようと、金銭をもチラつかせて。
この力を求め、武装団が馬車で家にやって来ると、母が一時的に捕えられた。
その際に反射的に浮かんだのは、母の解放と引き換えに自分が故郷を離れることだった。
そうする方が、家族や周囲を楽にできるような気がした。自分がもし“使い魔”であるならば――
大好きな丘があった。
家を出てすぐのところに広がる草原が、真っ赤な朝陽に照らされ、温かい風に揺れる開放的な世界だ。
蝶や蟲が金色の光と共に舞うのを楽しめる、ほんの少しの許された時間。
清々しく喜びの声を上げ、足を躍らせたその時は、心からの救いだった。
そんな幸せに背を向けた夜、母の元から去るその足で、襲撃が自分に向き続けた。
大声を上げて馬車と兵を翻し、その反動で近くの川に転げ落ちた。
そうして流れ着いた先が、帰らぬ父がいるはずの地――先ゆく世界。
スラムであった故郷よりも栄えていたその地には、その呼び名に反して富や幸を感じられるものは無かった。
岸辺を歩いている最中、麻袋のようなものに頭から入れ込まれ、攫われた。
兵の話し声がし、ようやっと視界が開けたそこに広がるのは、崩落した元刑務所。
そこから、人生が激しく歪んでしまった。
“俺は病気だ。身体がこのままクサってく。すぐ死んじまうぜ”
“指の数が多いの。だからいらないって。でも、ここでは仕事をくれた”
“ぶえっ!きみ、しゃべるとすなぼこりが……だからうられたのかい?”
周りには、様々な事情を抱えた子どももいた。
そして小さいながらに悟った。
一刻も早く、この状況をどうにかせねばならないと。
しかし小さすぎる自分には、そんな大きすぎる目標に手をかけるのも難しく、手足と首に枷を付けられる生活が始まってしまった。
瓦礫に掴まっていた腕が力尽きると、海の中へ呆気なく沈んでいった。
記憶の数々が、虚ろな目が捉える気泡に映し出されては弾けていく。
助けるためにこの声を使う。
そう決めていたはずなのに下手ばかりを繰り返し、何も出来なかった。
出会った友達や、守ってくれた大人もいたのに、何の恩も返せないまま彼らを途中で投げ出した。
自分にできる事が何かを、また見失ってしまった。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
その他作品も含め
気が向きましたら是非




