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双天の共鳴者  作者: 月山
第三章「シンフォニック・アソシエイション」
97/126

一夜が明けて


 ニーナは一人歩いていた。降り注ぐ月光を頼りに暗闇の中を進む。

 碌に舗装されていないうえに街灯すらもない道を歩き、破壊、もしくは修復途中で放置されているようにも見える風景を横目に、進んでいく。

 周囲には薄暗い森林、視界の果てには闇色に染まった山。鼓膜を揺さぶるのは自分の足音と虫が鳴く声、そして時折夜風にたなびく木々のざわめき。


 しばらく歩き続けた末に辿り着いたのは寂れたビル。

 敷地内には乱雑に乗り捨てられたトラックが止まり、荷台の扉が開いているせいで空の荷台を晒したままでいる。地面にはアスファルトが罅割れて存在しているが、なぜかほとんどが剥げてしまっている。隙間からは雑草や小さな草花が芽を出し、懸命に自己を主張していた。

 それらを尻目に奥へと歩いて行く。

 途中で気配を感じ、ビルの三階あたりにちらりと目を向けて見ると、そこにはシートを被って姿を隠した人間が匍匐状態でいて、こちらを憎々しげに睨んでいた。その手には同じくシートで銃身のほとんどを隠されたスナイパーライフルが握られ、その首を覗かせていた。


(警戒……ううん、必要ないか)


 攻撃してくる気配は一向にない。それなら気にする必要はない。そもそも一応ではあるものの今は仲間なのだ。『マスティマ』のメンバーを不用意に刺激するのは避けた方がいい。

 ニーナは意識を前方へと戻し、ビルの中へと入っていった。

 入るな否や左右より銃口が頭に突き付けられる。が、ニーナの姿を認識するや、銃口を向けて来ていた男二人は「チッ」と舌打ちして銃口を引いた。

 その対応に馬鹿馬鹿しいと感慨を抱きながらも、ニーナは奥へと進んでいった。


 どうやらこのビルの一階フロアは広めかつ天井が高めに設計されているらしい。かなりスペースが広く、まだまだ身体の小さいニーナからすれば余計に広く見える。

 そんな広々とした、言い換えれば閑散とした一階フロアの中には数十人の男たち、それに加えて人数は少ないものの女性も混じり、みな揃って銃器の手入れをしていた。その内の数人は仮眠でも取っているのか、毛布に包まって動かない。

 コツ、コツ、と厚底の靴裏で控えめな足音を鳴らしながら進むと、銃器の手入れをしていた人々がちらりと視線を向けて、すぐさま興味を失くしたように手入れに戻った。


 そうした冷たい対応を受けつつもニーナは階段に辿り着き、上のフロアへと昇っていった。

 二階、三階、四階、そして外から見てもほとんど壁面が完成していなかった五階フロアに足を掛けた。

 ニーナの眼に映ったのは後姿。聖職者のような扮装をした、金髪の男の姿だった。

 その背に近付いて行き、二メートルという距離で止まる。


「ただいま」


 ニーナがそう挨拶すると、金髪の男が東の空へと目を向けたまま、返事をした。


「おかえりなさい、ニーナ。こちらの準備はほぼ済みました。そちらで収穫はありましたか?」


 顔も向けて来ず、粘っこい声音で問われたニーナは、背の高い彼の肩より向こうに見える夜の景色を見詰めた。


「ここで報告しても?」


「構いません。『マスティマ』の連中は所詮は微魔力保持者(ルーザー)。どれだけ銃器で自分を大きく見せようとも彼らはわたしに従うしかなく、わたしたちの真意を知ったところで逆らえない。それに、ここと上下のフロアに人の気配はありません。安心して報告なさい」


 それを聴いたニーナは肩を一度竦め、一応の確認のために神経を集中して気配を探った。

 だが、ニーナの鋭敏な感覚に引っ掛かる物はない。どうやら金髪の男、オーギュストの言葉通り、この階の周りに人は居ないらしい。


「確かにそうみたい。……収穫はあった。感応能力者と思われる人物約一名と接触に成功。もう一名の方は反応が付いたり消えたりで安定しなかったから見つけられなかった」


「そうですか。予定とは違いますがまあ良しとしましょう。それで、あなたの感想は?」


 問われたニーナの脳裏に蘇ったのは、まだまだ能力者としては未熟な少年の姿。しかし、ほとほと未熟者だというのに蔑視はできない。

 なぜか彼の発する気配に親しみを覚えていたあの時の自分が理解できない。

 そうした戸惑いを義務感で塗り潰し、ニーナは言った。


「接触に成功した少年はもう少しで完全に目覚める。そのために必要な心的ショックは今度の襲撃で賄えるはずだよ」


「そうではありません。……いえ、それも重要ですが、今わたしが聴きたいのは、その少年とやらが我らと同様にマキナの使徒となるかどうかという一点のみです」


「それは……」


 返事に詰まったニーナの頭蓋の中を記憶が駆け巡る。

 それはニーナの記憶ではなく、突然異常に力を発揮し始めた少年のせいで記憶の流入が引き起こされ、僅かではあるが相互に互いの過去を垣間見たことで得た情報だ。


 ――一つは大火の中で泣き叫び続ける少年の姿。

 ――一つは大火の中でも叫び続ける少年の姿。


 それらは似ているようでまったく違う。

 前者は今よりもずっと幼く、弱い彼だ。世界と現状を嘆くことしかできず、助けを請うことしかできない脆弱な存在。

 後者は今の少年にほど近く、自身を取り巻く炎を恐れてはいるものの、その眼は輝きを失わない。そして、その背で誰かを護っているようにも見える。


 ただ、そこで記憶の映像は終わる。彼が誰を護っているのか見える前に映像が途切れてしまう。

 ニーナが感応波を制御し、少々のお礼も込めて彼の感応波制御中枢を鎮静化させたため、これ以上の情報を得ることができなかったのだ。

 それは正直なところ失策だったとは思う。が、そのまま放置していたら彼が壊れる危険もあったし、なにより中枢が暴走したのは自分(ニーナ)という影響のせいなのだ。

 ゆえに、ニーナは後悔していなかった。あれは最善だったと確信している。


「彼は……まだわからない。たしかにマキナと同調できる因子は持ってる。むしろ、彼の中の因子は欠けてはいるけれど負の感情がほとんどだもの。……でも……」


「……ふぅむ? いつもはっきり物を言うニーナが言い淀むとは、なにか懸念事項でもありましたか?」


 オーギュストが肩越しにこちらを振り返る。心配そうな声で、しかし、表情は心底愉しそうにして訊いて来る。


「うん。彼は……なんて言うんだろう……完全ではない? って感じがする。『何か』……違う……正確には……『誰か』が足りないって感覚」


「誰か、ですか。確かに妙な感覚ですね。ふむ……同じ街に二人も覚醒前の能力者がいて、さらには不自然な感触の少年。通常ならばそうそう同じ場所に覚醒前の人物が会すること自体ないはずですが……」


「うん、引き合うはずがない。わたしたちが互いに引き合うのはだいたいは覚醒してからのはずだもの。でもあたしは彼に引き寄せられた。……完全に覚醒していないはずなのに、まるで磁石に吸い寄せられたみたいに彼を見つけた」


 ニーナがそう言うと、オーギュストは堪え切れなくなったようにニンマリと口元を歪め、前を向く。そして忍び笑いを漏らした。


「んふふふふ、良いですね。まるで乙女の思い描く陳腐な運命のようではありませんか。……んふ、ふふふ。そう……我らが出会うのは必然。(マキナ)の思し召しというものでしょうか。まさか我が神の命とはいえ、このような高揚した気分の中で使命を果たせるとはなんという僥倖か……!」


「そう、それだよ。あたしが留守にしてる間に交信が来たんでしょ? 彼女の気配が少しだけしたし。マキナはなんて?」


 と、ニーナが訊くと、オーギュストは両手を広げ、明け方前の夜空へと目を向けていた。


「変わりません。『御陰みかげ市、二人の感応能力者、接触』――それだけです。感応波が断片的なことからも、やはりまだ彼女は目覚め切っていないようです。まだまだ魔力が足りない、ひずみも足りない」


「それを用意するのがわたしたちの使命」


「そう! 世界を終焉へと導く御方――マキナを復活させること、それこそが我らアルケー、ひいてはマキナの使徒としての至上の喜びなのですよ、ニーナ」


「……そうだね、ちゃんとわかってるよ……お父様」


 狂気的な笑みを浮かべて、世界に顔を覗かせ始めた太陽をその身に受けつつ振り返ってきたオーギュストに対し、ニーナは視線を斜めに伏せながらそうとだけやっと返すのだった。





























 七月十五日。午前九時過ぎ。


「いだだだ……」


 敏也は自室で目を覚ますな否や、身体を抱くようにしてベッドの上で丸まった。


「やっぱ昨日無理し過ぎたか……」


 警察官との追いかけっこinビル街に始まり、エリーネの父、ヴィクトール・フリートハイムとの短いながらも全力戦闘をこなし、それでいて全く反動を受けずに済むはずがなかった。

 今敏也の身体を襲っている筋肉痛及び、骨が軋むような不快感は間違いなく昨日の戦闘の反動だ。肉体の許容限界を越えたレベルで強化を掛けたことによるリバウンドである。

 試しに仰向けに寝転がり、右手を天井に伸ばしてみる。


「……痛い」


 肩から二の腕、肘を通り、手首から指先まで駆け巡った違和感が神経を通って脳へ。そこで痛烈な感覚と認識され現出し、敏也は顔を顰めて手を降ろした。

 止むを得ない状況だったとはいえ、毎度毎度このような苦痛を味わうのは甚だ不本意だ。それゆえ、敏也は今後は慎重に立ちまわることを内心で決意した。

 もっとも、それが生かされるかどうかは彼を取り巻く状況次第である。


「このまま寝てたいけど、そういうわけにもいかないしなぁ……」


 全身に激痛が走っている現状、このまま寝ていたほうが肉体的にも精神的にも随分と楽なはずだ。しかし、残念ながら敏也はこれから予定があるのだった。とは言っても正確にはある用事をセッティングできるかどうかといった曖昧な状況なのだが。

 ほとほと面倒なことだ。だが、それは巡り巡って彼女の為になる。きっとそうだ。

 それだけで傷めた身体に鞭を打ってでも立ち上がる価値はあるはずだ。

 これから待ち受けているであろう過酷。それに打ち勝つためには少しでも前に進んでおく必要がある。不明瞭なタイムリミットが来る前に少しでも強くなっていなければならない。

 逃げてはいけない。逃げても事態は好転などしないのだから。


「うぁー」


 心底だるそうな声を出しながら、敏也は転がるようにしてベッドから出た。

 それから適当にシャワーを浴びて寝汗を流し、身嗜みを整え、食器棚に袋ごと乱雑に突っ込んでいた食パン最後の一枚を焼いて食べ、財布と端末を引っ掴んでから敏也は部屋を出た。

 そして迎え入れてくれる熱気。むわっとした空気が全身を優しく包み込んでくれ、有難迷惑な安らぎを与えてくれる。額に走り始めた汗が目に入り、ほとほと鬱陶しい。


「うぜぇ……くそ暑い…………夏とか消え去れ」


 手の甲で汗を拭う。

 とは言ったものの、夏という季節が無くなると、女性の神器の一つたる水着をお披露目してくださる機会が極端に減ってしまう。プールで着てもらえばいいじゃない、と思う人も居るかもしれないが、それはどこか違う。夏場の海で見る水着と夏場のプールで見る水着は微妙に魅力が違うのだ。主に浜の照り返しの日差しによる補正のことだが。

 そう考えると夏に消えてもらうとある意味困る。やはりほんの少しだけお休みになっていだたくだけに留めてもらったほうがいいだろう。


「あと十℃くらい下がってくんないかな。それなら結構良い感じなんだけど……」


 そう言いつつ、敏也は一端部屋の中に引っ込み、洗面所の棚に積んであったタオルを手にとって再び外へ。扉を鍵で施錠し、通路を進んでエレベーターへ向かう。

 着いて見れば、どうやらエレベーターは一階に止まっているらしい。

 ボタンを押してエレベーターを呼ぶ。


「うまくいくと良いんだけどな」


 待っている間、敏也はずっとエレベーターの現在位置のデジタル表示を見詰めていた。









 エレベーターで一階エントランスまで降り、電子ロック付きのドアを通って外へ出る。

 外には男子寮の管理人さんがこの炎天下の中、掃き掃除をしていた。いくらそれが仕事に近い事とはいえ、頭が上がらない思いだ。軽く会釈をして挨拶し、敏也は南へと進路を取る。

 魔術科男子寮の南側には魔術科女子寮がある。

 敏也はエリーネに合うため、そちらへと向かっていた。が、残念ながら彼が帰宅したのは深夜零時を回った頃合い。エリーネに事前に会う約束を取り付けることは叶わなかった。

 もちろん目を覚ました後に一度連絡を取ろうとは思っていた。しかし、どうだろうか。


 自分とエリーネはそれほど気を遣い合わなければならないほどに浅い関係なのだろうか?


 そのような疑問が敏也の脳に浮かんできて、今回は連絡なしで会いに行ってみるのもいいんじゃないだろうか、という好奇心を生み出してしまっていた。

 そのため、こうして何のオファーもなしにエリーネの部屋を目指しているのである。


「ん?」


 と、エリーネの部屋に着いた際の言い訳もとい、都合の良い理由をでっち上げようとしていた敏也の目に、何やら奇妙な光景が飛び込んできた。

 女子寮のエントランス前に停められた配達サービスの車両トラック、その脇で伝票を持って申し訳なさそうにへこへこしている社員。その社員の目の前で困ったように考え込んでいる私服姿のエリーネの姿。その隣に同じく困ったように腕組して唸っている奈々の姿があったのだ。


「なーにやってんだ? お前ら」


 この焼けるような日差しの中なにちんたらと……馬鹿なんだろうか、と心の内で思っている敏也が元気のない声音でそう声を掛けると、三名は揃ってこちらに目を向けて来た。


「あ……おはようございますっ、大神くん」


「おっす、敏ちん。相変わらず冴えない顔してんなぁ」


「ちわっス」


 エリーネは、午前中のまだ少しだけ柔らかめの日差しに照らされた優しい笑顔で挨拶。

 奈々は頭の斜め上辺りでハンドサインをしながらさらりと酷いことを言って来ていた。

 最後は配達のお兄さんだ。この学園の寮に配達に来てくれるのはこの人か年配のおばちゃんなため、それに加えどちらも人柄が良いこともあり、大体の生徒と顔見知りだったりする。

 敏也は同世代ばかりではないためか、小さく会釈をした。


「ども。……で、どうしたんだ? なんか困ってる風だったけど」


 敏也がそう訊くと、エリーネが言いにくそうに口を開いた。


「いえ……それがですね……その……大神くんは覚えていますか? 交易都市で私が買ったテディちゃんのことを」


「テ……ああ、テディさんのことか」


「テ、テディ『さん』?」


 微妙な敬称の違いにエリーネは首を傾げるものの、気を取り直して話を続けた。


「まあそれは置いておきましょう。それでですね、そのテディさんがようやく今日届いたのですが……」


 第三交易都市でテロ事件が起きてから早二ヶ月。

 テロ後、交易都市からの物品の搬入・搬出は一時的に禁止されていた。その理由は破壊された建築物及びそれに属する金品・物品を不特定多数の人間が秘密裏に回収し、己の利益の為に売り捌く事態が懸念されたからだ。

 そうした事態を防ぐため、一時的に規制が施されることになったのである。

 交易都市から出る荷物はほとんどなく、建物の修復のための資材を積んだトラックや船は厳しく検査され、そのせいで資材が届くのが遅れ、復興が滞る時期もあったのだそうだ。

 そんな状態もようやく解除されそうになった時にあの魔獣騒動が起きた。そのせいでさらに荷物の搬出は遅れ、今になってようやくエリーネの荷物はここに届いたということだろう。

 しかし、ここで疑問が生まれる。


(それならもっと喜ぶはずだよな)


 今のエリーネは、なるほど、確かに喜んではいる。微かに表情は明るいし、身体がうずうずしていることが目に見えて分かる。

 しかし、どこか困っているように陰があるのだ。

 その陰とやらが昨日の出来事のせいである可能性は否定できない。が、どうもそれではないように敏也は思っていた。


「へぇ、良かったじゃん。でもそれの何に困ってんだ?」


「…………通らないんです」


「……は?」


 言葉足らずで意味がわからず、困惑する。

 通らないとはどういうことだろうか。検閲を通らないとでも言うつもりだろうか。


(有り得る。テディさんは危険な(おとこ)……もしくは(あね)さんだからな)


 テディさんの性別設定を敏也は知らないため、今脳内ではダンディーに葉巻を噴かすサングラスの漢と、グラスを優雅に傾けてワインを呑む姐さんの姿が想像されていた。

 もちろん両者とも毛むくじゃらでファンシーな手足の長さである。とってもシュール。


「テディさんは危険な人……いや、獣だからな。そこが良いとも言えるんだが……」


「何を言ってるんですか大神くん。暑さで頭をやられたんですか?」


 敏也が腕組して満足かつ納得した風に頷くと、エリーネが半眼で呆れたように睨みつけて来ていた。どうやら大好きなテディさんを使ってふざけている敏也のことが気に入らない様子。

 不穏な空気を察した敏也は潮時であることを悟り、パッと腕を解いて流れを戻した。


「冗談だよ。……通らないって何さ?」


「……大神くん、私が交易都市で買ったテディちゃんのサイズを覚えていますか?」


「え? ……確か……二メートルはあったよな。横幅はどうだったか忘れたけど、ショーウインドウを丸々占拠してたのは覚えてる」


 あれを見た時の衝撃は今でも覚えている。

 ヌヌヌ、やら、ズズズ、などの見降ろしてくる感じの擬音が良く似合う図体のでかさ。

 もしもあのショーウインドウに他のヌイグルミが置かれていたりでもしたら、スペースの問題で間違いなく足元に敷かれているような体勢になることは必至。まさしくテディさんの下僕感に塗れることになっていただろう。テディさん一匹で置かれていて幸いである。

 それほど『1/1テディさん』は大きい。設定表記をミスしたまま製造ラインに乗せてしまったのではないかと勘繰ってしまうほどに巨大な図体をしていた。

 しかし、今それを思い出させてくるとは、エリーネは何が言いたいのだろうか。


「それだよ、敏ちん」


 と、首を傾げていた敏也に奈々が指先をビシッと突き付け、言った。


「それのせいで通らないんだよ。エレベーターも、階段も、そのどっちにも入りきらないの」


「…………はぁ?」


 敏也はまさかとも思う事態が進行していたことに驚き、また、愕然とした。

 先ほどからエリーネが言っていた『通らない』とはまさしくそのままの意味で通らなかったのだ。エレベーターの中にも入らず、階段の幅さえもオーバーし、エリーネの部屋に着くことをテディさんは拒んでいる。

 しかし、何故なのか。

 テディさんの身長は約二メートルほどだ。それなら寮の大きめのエレベーターには入れ方を工夫すれば乗るだろうし、階段も手間は掛かるだろうが折り返しの地点であれこれ回転させればまだなんとかなるはずだ。

 なのに通らないと言う。まさかそういった工夫をこの配達員の人がしていないはずがないだろうし、これは一体どういうことなのだろう。

 敏也が疑問に疑問を重ねて唸っていると、その渦巻いていた疑問を察したのか、配達員のお兄さんが笑いながら言った。


「あはは、大切なお荷物って、梱包の問題で二回り三回りはおっきくなるからねぇ。それに元が大きいから余計に、ね」


「……あー」


 納得である。

 中のぬいぐるみを傷めないため、テディさんを入れられた箱は相当に大きく、また、中に緩衝材を入れるためのスペースも用意されているはずだ。そのせいで体積は増し増しになっていることだろう。

 二メートルものサイズが二回りも大きくなれば、それはもうエレベーターには入らないだろうし、階段で運ぶこともできないはずだ。

 なんと恐ろしいぬいぐるみなのか。感服ものだ。


「やっぱテディさんはさすがだな……っ」


 敏也はまだ見ぬテディさんが治められた箱が載っているだろう荷台を見詰め、戦慄しながら汗を流すのだった。



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