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双天の共鳴者  作者: 月山
第三章「シンフォニック・アソシエイション」
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その名はマキナ


「そもそも『御柱計画』とは何か、それをあなたは知っていて?」


「さっきお前が言った『魔術師同士の魔力同調実験』じゃねえのか? 俺たちは『魔力の同調による双方への影響を観測するのが目的』だってことしか知らされてないぞ」


「ええ、それは間違いではありません。ですが、それだけではないのです。むしろ『それ』は最終目標を果たすための一手段に過ぎない」


「あれが一手段……」


 魔力の同調は途方も無いほどに膨大な量の魔力を生み出す。

 それは圧倒的なまでで、並の魔術師の保有する最大魔力量を凌駕する。まるで魔力と魔力が強烈な化学反応を起こしたかのように爆発的に増加するのだ。

 もちろん二人で総魔力量を共有するというデメリットが生じるし、さらには同調用の術式を双方の身体に埋め込まなければならないという肉体的な痛みも伴う。しかし、そんなリスクを補って余りあるほどの力を限定的にではあるが手にできるのだ。

 そんな結果も手段の一つでしかないと言う。

 となると、最終目標とやらは途轍もなく高い場所にあるものなのではないだろうか。


「そう、あの実験について未だに終了を言い渡されていないのは、真の目的を果たしていないから。そしてリンカ・クスノセがあなたたち二人に全てを話したがらないのは、今のあなたたち二人の力は斃すべき敵に到底敵わない程度のもので、きっと二人のことを心配しているからなのでしょう」


「待て。わけわかんねえよ。斃すべき敵ってなんだ? そもそもなんでクリスはあの実験のことを良く知ってるんだ。いくら諜報員だかが日本に潜り込んでるからって知り過ぎだろ。……もしかして、あれは学園主導の実験ってわけじゃないのか?」


「その点に関しては黙秘させていただきますわ」


「……」


 つまり、今の質問は答えられないものだということだろうか。最初に言ったとおり全てに答えてくれるわけではないらしい。

 敏也は唇を噛み、クリスの言葉の続きを待った。


「ですが、あなたたちの敵については教えて差し上げましょう」


 クリスはそう言うと、鋭い視線を敏也に向けた。


「敵の名はマキナ。世界を終焉へと向かわせる忌むべき輩」


「マキ……ナ?」


 マキナ。人の名前……ではないだろう。後に告げられた言葉が、マキナと呼ばれる存在が人間とは言えないような醜悪な存在であることを示している。

 そして、その名を耳にした直後から胸を襲い始めたこの不快感。思わず掻き毟るように胸を押さえるが、その感覚は欠片も治まらない。

 敏也は我慢しきれず、焦燥感に任せてクリスを問い詰めた。


「マキナってなんなんだ? この気持ち悪さはなんだっ? なんでこんなにも――」


 と、声を荒げ掛けたところで、一瞬で目の前まで移動してきたクリスが人差指を伸ばし、それで敏也の唇を優しく押さえた。


「落ち着いてくださいまし。感情を無暗に荒げてはなりません。今あなたの心を苛んでいる苛立ちはあなたのものであり、同時にそうではない。マキナからの干渉に屈してはなりません」


「マキナからの干渉……これが?」


 恥ずかしそうにクリスの指から逃れ、聞く。

 すると、クリスはからかうような笑みを浮かべた後、敏也の隣に腰を落ち着けた。


「そうですわ。残念ながらわたくしは感応波――特殊な魔力の波長を感じることはできませんが、それでも大気中の魔力の揺れは感知できます。まさに今しがた不快な感触の魔力が侵食するように沁み入ってきたのを感じましたわ。おそらく、それがあなたの胸の内に埋め込まれた術式ギアに反応、干渉し、悪感情として発露している。覚醒率はどうやらエリーよりもあなたのほうが高いようですから、余計にでしょう」


 敏也は胸を押さえ、不快感を堪えながらクリスに訊く。


「それはどこから?」


「わかりません。マキナの魔力の出所は巧妙に隠蔽されていますから。ですが、彼女は目標へ確実に届かせて来る。マキナとは最強の感応能力者。どれだけ距離を離していようと人と繋がる事ができ、どれほど強靭な精神を持っていようといとも容易く誘惑されてしまう。……弱き心をかどわかし、闇へと引き摺りこむ亡者。人の悪意の権化とも呼ぶべき悪性兵器」


「ちょっと待ってくれ! 頭が混乱して……マキナがあの感応能力者? それでいて兵器? なんなんだ……マキナって人間なのか? それとも機械なのか? どっちなんだよ!」


 一度に情報を与えられ過ぎたことで敏也は尚更苛立ちを募らせていた。マキナからの干渉とやらも手伝ってか、それはより一層の苛立ちとなって発露する。

 しかし、感情の吐露を受けたクリスは佇まいを乱さず、敏也の頬にそっと手を伸ばし、優しく撫で付けた。触れた部分から柔らかな体温が伝わり、あの夜と同じように猛った敏也の心を鎮めて行く。

 クリスは慈しむような笑みを浮かべている。


「どちらでもあるのです。……彼女は人の手によって造られた兵器にんげん。人の身でありながら神なる頂きに到達するための愚行。思い上がった科学者たちが触れてしまったパンドラの一端。……その結果は、ある兵器の名称としてこの世に爪痕を残している」


 その時、直感が囁く。


「……第一世代魔動機、イカロス」


「そう、世間では第一世代とされているイカロス。その名の由来はのお伽話そのもの。神に近付き過ぎた者はその翼を焼かれ、地に墜とされる。第一世代に付けられたイカロスと言う名は、失敗した自分たちに対する皮肉以外の何物でもない」


「……本当の意味での最初の魔動機は……そんな目的のために造られたってのか? 魔術師を殺すためじゃなくて? 神様なんてものに近付くために造られた玩具がんぐだってのかっ?」


「ええ」


 クリスは頷き、敏也の頬から手を離すと、御陰市の夜景へと目を移した。


「事の起こりは三十年程前の魔術大戦後。休戦協定を結んだ各国は、驚異的な戦闘能力を持ってして戦場を掻き乱した魔術師を最大限に有効活用できるよう研究を始めたのです。……当然ですわよね? 魔術師はそこらの兵器と違って弾薬も燃料も要りませんし、休息を取れば魔力は回復する。それに加え個体によっては街一つを吹き飛ばすほどの魔術を使える。これほど燃費と使い勝手の良い武器はないでしょう?」


「……確かにな」


 授業でも幾度か聞いたことだ。

 ――過去の大戦で魔術師は幾度となく艦隊や地上部隊を薙ぎ払い、戦線を膠着状態に置いたという。魔動機が現れてからは迂闊に前へ出られなくなったためそうなることは減ったが、それでも何度かは互いの陣営に多大な被害を与えあい、どちらも撤退を余儀なくされたことがあったのだそうだ。

 そのような圧倒的な力、利用せずに居られるほど世界は優しくなどない。


「各国は世界のとある場所に集い、研究を開始した。初めは魔力機関を開発――これは大型だったことで取り回しに難がありましたが、今は拠点防衛用の結界発生装置、もしくは旗艦の主力武装として使われていますわね」


 学園を護っている結界を発生させているのもそれだ。しかし、まさかあれにそのような忌むべき開発の経緯があったとは思いにもよらなかった。


「そして……次に開発されたのがコードネーム・マキナ。捨て子の少年少女を拾い、その中で魔術適正がある子に対し薬物投与、精神操作、戦闘訓練を施し、最大限の過酷にその身を置かせることで十歳にもならない一人の少女……後にマキナと呼ばれることになる子どもに魔力覚醒を促し、大人にも引けを取らない戦闘能力を持たせ、しかも感応能力までをも発現させた。……まあ、感応能力が目覚めたのは偶発的なものだったそうですが」


「そんな非人道的なことを何十年も前の政府たちはやってたってのか?」


「ええ。そうらしいですわ」


「……誰も止めなかったのか」


「もしかしたら止めようと思った方も居たのかもしれません。ですが、その実験はほとんどの国々が参加していた一大プロジェクトだったのです。これが成功すれば人は更なる高みへと到達できる――そのような狂気的とも言える野心に皆が囚われていたのでしょう。そんな空気の中、静止の声を叫べる人が居るはずもありませんわ」


「……そんなのって」


 敏也は拳を握り込み、俯く。その耳にクリスの声が届く。


「最強の魔術師を生み出す事に成功した科学者たちは次なる実験に移った。それこそが魔動機の始まり。世界で初めて生み出された魔動機だった」


「イカロスが造られたってことか?」


「いいえ、違いますわ」


 敏也が顔を上げながら訊くと、クリスは即座に首を振った。


「造られたのは第一世代イカロスではない機械の鎧。製造プラン名『デウス・エクス・マキナ』。機械仕掛けの神に因んで名付けられた人造の神。遥かな天上を侵し、その手を届かせるための神威兵装。――その名は『XM-01マキナ』。世界初の魔動機であり、そして全ての魔動機の原型プロトタイプですわ」


 おっかない単語が続くせいで混乱が増すが、それでも疑問は正常に湧いて来る。

 クリスの言う『マキナ』のナンバーは01。

 そして『イカロス』のナンバーも……。


「でもそれっておかしくないか? たしか『イカロス』のナンバーも01のはずだ。いくらプロトタイプだからって……いや、待てよ。そもそもイカロスはACM。マキナはXM……? どういうことだ……? どうして俺たちが斃すべき敵が何十年も前に造られた兵器なんだ……それに魔動機マキナ少女マキナにどんな関係がある……?」


 敏也が疑念に顔を歪めて呟くと、クリスが重々しく頷いた。


「ええ、それもそのはず。――マキナ以降に造られた魔動機たちは、根本的にその存在理由が異なるのです」


「存在理由?」


 嫌な感じだ。背筋が冷たくなってくるような不安を覚える。


「――第一世代イカロス、第二世代メシア、第三世代レガリア。そして恐らくはユーラシア経済連合の第二世代魔動機ヴァローナも。それら全てはひとえに、機神マキナを殺すために造り出された神滅の剣なのです」


「はぁ?」


 敏也はどうにも堪え切れず、口から疑問の息を漏らしつつ首を振る。


「どういうことだよ。わけわかんねえ。それにそもそもさ、なんで何十年も前に造られた兵器に対してそこまで怯えてる? なんでこんな大層な計画まで立ててるんだ? そんなのもうとっくに廃棄されて……」


 そこで、敏也はクリスが僅かに消沈した様子でこちらを見ていることに気が付いた。

 その視線はまるで否定そのもので。

 否定してほしいのは希望それではない。この恐ろしい想定のほうだ。

 敏也は唾を呑みこみ、恐る恐る訊いた。


「……されてないのか?」


「ええ」


 クリスは敏也の淡い期待も空しく、否定せずに肯定を示した。


「正確には廃棄できなかったと言うのが正しいですわ。――完成したマキナはある日、突如として暴走を始めたそうなのです。悪意に染まりきった醜悪な感応波を放ち、研究所にいた人間たちの意識を蝕んだ。それによって狂った研究員たちは互いに殺し合い、貪り合い、死に絶えた」


「……」


「ですが、それでも悪意に染まりきらなかった者たちも中にはいた。数十人居た科学者の内、たった数人となった彼らはこれ以上被害を出さぬため、そして世界にその事実を知られぬために、予め不測の事態に備えて用意していた永久凍結機構を作動させ、マキナを地底深くの天然の牢獄へと沈め、封印したのです。……機神の動力源となっていた少女とともに」


「……おい、冗談だろ?」


 ぞわっと悪寒が走る。

 今、途轍もなくおぞましい言葉を聴いた気がした。冗談だと思いたい、聞き間違いだと思いたい。そんなことあるはずがない。

 それほどまでにこの世界は――


「いいえ、事実です。辛い現実から目を逸らすのはお止めなさい、敏也さん。機神マキナは魔術師を動力源とし稼働する機械兵器なのです。しかも、機体各部に精製度の高い対魔素材を使っているため魔術師と極めて高い親和性を誇り、まるで向き合わせた鏡同士の間を光が乱反射するかのように動力源の魔力を増幅させる」


 それは、まるで同調時の自分たちのようだ。


「そしてその少女と機神は今もまだ、世界のうろで眠りに着いたまま生き続けている」


「……つまり」


 ギシリ、と胸の内の歯車と心臓が不安によって軋んだ。


「――そう。あなたとエリーに課せられた使命とは、いつか必ず復活するであろう悪性兵器マキナを、今度こそこの世から葬り去ることですわ」





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