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双天の共鳴者  作者: 月山
第三章「シンフォニック・アソシエイション」
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兆候2


「と、とにかく!」


 気を取り直した敏也は立ち上がり、クリスを真剣な眼差しで見詰めた。それに応えるようにクリスも居住まいを正し、その空色の瞳で敏也を見据えた。


「俺がほんとに聞きたいのはこっからなんだよ。ふざけんのはなしでいこう、な?」


「先にふざけ始めたのはあなたでは?」


 クリスが苦笑して指摘すると、敏也はバツが悪そうに頭を掻いた。


「いや……ほらさ。正直言うと……美人な人と面と向かって話をすんのは……なんつーの? ……恥ずかしいから。……だから時々ふざけないと何も言えなくなっちゃいそうだなー、と」


「あら、随分素直になりましたわね、敏也さん。昨日までのあなたならこういう時は適当にはぐらかしていたでしょうに」


「それは……相手がクリスだからってのもあるよ。なんだかさ、クリスなら信用できるって、お前――あなたなら裏切らないって、そう感じたんだ」


 この感覚は、胸の内の歯車から齎されたものだった。

 温水が沁み入って来るように、朝のまどろみの中にいるように、そんな優しい感触が歯車型の術式から齎され、クリスに対する信頼感を生み出していた。

 敏也がそう言うと、クリスが気持ち朗らかに笑み、首を振った。


「『お前』で結構ですわ。年上でも年下でも、畏まられるのは本音を言いますと好きではありませんの。それにエリーの『お・と・も・だ・ち』に距離を取られるのはどこか寂しく感じますし、今更ですわ」


 なんでわざわざお友達の部分を強調した、と敏也は文句を付けたくなったが堪え、顔を顰めるに留める。


「その話はもう置いとこう、俺の名誉のためにも。……俺が聞きたいのはさ、エリーネと親父さんがなんであそこまで『互いに拒絶し合ってるのか』ってことなんだ」


「……エリーから何も聞かなかったのかしら? それともあの子が何も話そうとしませんでしたか?」


 クリスは質問に敢えて答えず、訝しげにそう訊いて来る。


「いや、聞いたよ。多分、あの口ぶりから察するに、あの二人ってエリーネがこっちに来るまでずっと冷戦状態だったんだろ?」


「ええ」


 返事をしたクリスは肩を落としていた。表情もどこか陰鬱さを醸している。

 エリーネとあの父親の板挟み、もしくは橋渡し役に何年もなっていたであろうクリスの心労は思い憚れるものではないとは思いつつも、敏也は同情せずにはいられなかった。


あいつエリーネ、怒るとマジでこえーし話聞かねえからなぁ……)


 それだけエリーネは一度臍を曲げると中々許してくれない性分であり、意地っ張りだということを敏也は知っている。そしてあのエリーネの父親である彼が、万が一にもわかりやすく娘に愛情表現をするような親切な性格をしているとは思えなかったのだ。

 似た物親子。あの二人はきっと素直に感情を吐露できない面倒な性格を揃ってしているに違いない。そのせいで面倒なほどにすれ違い続けている。敏也は少なくともそう睨んでいた。


 暗くなった表情のままクリスは面を上げ、敏也に弱々しい頬笑みを向けた。


「もしかすると、今回のお話はエリーネの言い分とわたくしの言い分、それらに食い違いがないかという擦り合わせと見ていいのかしら?」


 すると、敏也は重々しく頷いた。


「うん。……もちろんこんなことするのは失礼だとは思ってる。でも、これは大切な人エリーネの今後に関わってくる転換期だから、万に一つも間違うわけにはいかないんだ。これはそのために俺が取れる最善の安全策。批判したければ好きなだけしてくれていいよ」


 そう言う敏也の表情は全く詫びれてなく、むしろ堂々としたものだ。

 敏也がそう言ったのは、自身の行いが紛れも無く他者に対して無礼なものだと自覚しているからだ。

 つまりは敏也が今していることはエリーネの発言もクリスの発言も、果てにはエリーネの父親の発言も、その全てが『現段階では信用できない』と公言したも同然なのだ。それがどれだけ他人からすれば怒りが湧く行いか、正直に話している側からすると屈辱的な態度か、敏也が想像できていないはずがない。

 それをわかっていながらやっている。これはそういう失礼を承知でする行為と手段だ。

 だが構わない。どれだけ批難されようとも耐え忍ぶ。血の涙を呑んで堪えて見せる。


 ――そうすることでエリーネが前を向けるなら。


「そうですか」


「……怒らないんだな」


 クリスは敏也が拍子抜けしてしまうほどに簡単に納得してしまっていた。それどころか楽しそうに口元を綻ばせ始めてもいる。何が彼女を楽しませているのだろうか。


「いいえ、もちろん怒っていますわ。そうですわね、具体的には……『失礼な坊やですわね。顔が変形するぐらいに殴り続けて差し上げようかしら』とまでは思いましたわよ?」


「思いましたわよ? じゃねーよ。さり気なく俺を命の危機に晒してんじゃねえよ」


「でも、あなたがそうした失礼な真似をしているのはあの子のため。わたくしたちの最愛の娘のため。そして、そもそもこのような事態に陥ってしまったのはわたくしと我が夫――ヴィクトールの罪。ならば、事態の解決に奔走してくれているあなたの行いを批判などできるはずがありませんわ。ましてや、どの口でそのような卑劣な真似ができるというのかしら」


「無視か、無視なのかっ? 都合が悪くなると無視して話進めんのか!」


 と、敏也は表面上ギャーギャーと喚いているが、きちんと話の要点は聞きとっていた。


(あのクソやろ――昼間の男の名前はヴィクトールで、二人がエリーネに何かした、もしくは何もしてあげられなかったってのは確定かな……?)


 三人の間でなにがあったのか、まだヴィクトールに話を聴くまでそれを確定することはできないだろうが、それでもクリスの話を聴くことである程度は確信を持てるはずだ。

 クリスは敏也の空っぽな批判を、まるで察しているかのように笑みで流し、頷いた。


「敏也さん、きっとエリーはこう言ったでしょう。――あの人は逃げるだけだった、と」


「ああ、言ってた。向き合ってくれなかったって」


 クリスは軽く頷き、しかし、重苦しいほどにその表情を引き締めた。


「ですが真実は……それは違うのです。彼は不器用なりに、彼なりにエリーのためにできることを探していた。あの子が泣いて帰ってきたあの日に、兼ねてから打診を受けていた計画への参加を決意してしまうほどに。たとえ売国奴と蔑まれようとも、犯罪者の汚名を着せられようとも、娘の可能性を潰さぬための方策を得るため、そのためだけに茨の道を行くことを」


「計画?」


 売国奴、犯罪者。なんとも不穏な単語だ。

 どうやらエリーネが知らないところでクリスたちはとんでもなく危ない橋を渡っていたらしい。いや、もしかしたら今も渡っている途中なのかもしれない。


(……いや)


 そこで敏也の思考は止まった。

 計画――その単語が頭に気持ち悪く引っ掛かる。そもそもなぜエリーネの可能性を潰さぬために、明らかにリスクに塗れているように聴こえる計画などへの参加が必要なのか。

 なぜ参加を即決できる?

 なぜそれでエリーネを救えると思える?

 まるで始めからそうするしか道がないと知っていたかのようではないか。


 そして、クリスは言った。


「――『御柱みはしら計画』。あなたとエリーが参加している『魔術師同士の魔力同調実験』。それこそがエリーを救う為の唯一にして、外法がいほうの手段だった」


「なっ……あれがっ?」


 それこそがエリーネを救う為の手段。

 脳裏に引っ掛かったのも納得だ。まさに自分たちが属している事象のことを話していたのだから。むしろもっと早くに気付くべきだった。いくら同盟国とはいえ、ただの留学生であるエリーネを日本主導の実験に参加などさせるはずがないではないか。

 エリーネが選ばれたのはそういった身内人事とも言える理由、もしくは何かしら他の理由があったからこその選抜だったということだ。


 だが、そうなるとわからないことが増える。

 なぜあの実験がエリーネを救う手段足り得るのか。なぜ自分などが彼女のパートナーとして選ばれたのか。

 クリスはなぜ、あの実験を外法などと称したのか。


 敏也がそんな疑問を持ってクリスに視線を向けると、違和感を覚えた。

 クリスの放つ気配が、途轍もなく重い。ただ、重い。二メートルは距離を離しているはずなのに、まるで頭頂から圧し掛かられているかのような圧迫感が体中を襲っている。

 敏也は急な異変に汗を流すも、それが彼女が威嚇するように魔力を放ち始めたからだとようやく理解した。


「あなたはもう立ち止まる事は許されませんわ。ここから先を知ればあなたたちの未来は運命さだめに縛られる。逃げる事は許されない」


「……」


「どれだけ辛くとも戦い続けなければならない。それどころか、目的を果たすまであれから逃げ切る事はできないでしょう。それは例えようも無いほどの恐怖と絶望。それがあなたたちを待ち受けているもの。――それでも……?」


「……へっ、今更だって」


 敏也は皮肉に口角を吊り上げる。それを見たクリスが僅かに目を見開く。

 そうした敏也の表情は恐怖に怯えながらも、天に唾吐く不敵さを宿していた。


「俺がもし逃げたら、エリーネは一人でそれに立ち向かうことになるんだろ? あ、もしかしたら別のやつが同調術式ギアのパートナーになんのかな。……それはもっと嫌だし」


 盛大な不満で口を尖らせた後、敏也は決意するように右手を握り込んだ。


「だから聞く。御柱計画について今話せること全てと、エリーネの親父さんがどんな選択をしたのか、それを教えてくれ」











 その普段の飄々とした感触と違う精悍な顔つきは、ようやく腹の底から覚悟を決めた男の顔だ。そして、それはクリスティーネ・フリートハイムとしては生涯で二度目となる心ときめく異性の顔だった。

 ヴィクトール・フリートハイム。

 自らの愛する夫。彼が世界の荒波の中で戦ううちに諦観に沈み、いつからか希望ではなく、絶望を拳に込めて戦うようになってから失ってしまった熱意。


 誰かの為に戦う熱情。

 絶望を打ち祓う希望。

 壁を打ち砕く心の刃。


 彼ならば、もしかすれば――


「……ええ、良いですわ。それだけの覚悟があるならば……」


 そして、クリスは笑顔を浮かべて話し始めた。


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