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「情報では、ここにあれがいるはずだが……」
見上げているのは何かの入口。人々が行き交う場所である。
「さて……」
その人物は大柄な体躯を揺らしながら、その中へと乗り込んでいった。
◆
「……っ、いてて……」
だらしなく気絶していた敏也はようやく目を覚まし、その身を起こした。
どうやら、道を行き交う人たちは倒れている人を見ても救いの手を差し伸べようとはしなかったらしい。いたく冷たい世の中である。
敏也はなんともやるせない気持ちと表情をし、尻餅状態で花壇の向こうへと目を移すと、そこにエリーネたちの姿はなかった。
「八咫神のやつ、いきなり殴りやがって……」
後頭部を摩り、敏也はぼやく。
先ほど、敏也が花壇の陰で聞き耳を立てていると、突然八咫神奈々が飛び込んできてこちらに掴みかかり、にっこり笑顔で後頭部を殴りつけて来たのだ。
しかも、二発。二発である。
こちらが一発で意識を失わなかったと見るや否や、躊躇なく二発目である。
それはまさに、悪魔の所業であった。
「……そーっと、そーっと…………いっ。また腫れてるじゃねえか、くそっ」
小さなたんこぶとなっている部位に触れながら、毒吐く。
奈々に殴られるのはこの数日で二回目だ。一回目は先日の敏也の退院祝いの時、二回目が今回である。これはもはや、なにかしら御礼参りをするしかないかもしれない。
「はぁ……」
敏也は溜息を吐き、いつまでもこうしているのも周囲の視線的に不味いため、重い腰を上げようとした。
しかし、
「やぁ、また会ったね」
「……は?」
その声に見上げると傍に、先ほど熱烈なファーストコンタクトを終えたばかりの警官が、満面の笑みを浮かべながらこちらを見降ろしているところだった。
◆
「だーから! 誤解なんですって! 俺は何も悪いことしてないんだって!」
「悪いことした人はみんなそう言うんだよねー。さ、いつまでも逃げようとしていないで、キリキリ歩きなさい。詳しいことは署で訊くからね」
「いやだー! まだ前科持ちにはなりたくなーいっ!!」
敏也は泣き喚きながら警官に右腕を掴まれ、ズルズルと引き摺られている。
敏也は必死に両足で踏ん張ろうとしているようだが、警官の引っ張る力のほうが強いのか、靴裏と床でキュリキュリと嫌な音を奏でながら移動を続けている。
現在地はショッピングモールの出口にほど近い通路。衆人環視のど真ん中である。
道行く奥様方からは冷やかな視線。十代と見られる数人のグループはキャハキャハ笑いながら、何やら端末をこちらに向けて写真を撮っている。
ぶん殴ってやりたい衝動に敏也は駆られるが、残念ながら腕を掴まれているため身動きが取れない。ただ犬歯を剥き出しにし、手負いの獣のように威嚇して追っ払うだけである。
と、敏也がそうしていると警官が顔を向けずに呆れたような声を漏らした。
「大体ね、あんなにこそこそと物陰から身を乗り出してたんじゃ、怪しまれるってことわからなかったのかい?」
「思いましたよ、ええ。でもね、俺にはやるべきことがあったんですよ!」
「それは?」
「大切な女の子を陰から見守るという使命です」
「……ストーカー確定っと。みんなそう言うんだよねー。特にストーカー気質の人って」
「しまったー!? 言い方ミスった! 違うんです! これこそ誤解なんです!」
敏也としては凛々しい表情で決めたつもりだったのだが、何分表現方法と現状が不利過ぎたため、発言内容が些か犯罪臭くなってしまっていた。そのせいか、警官の表情が極寒ものとなってしまい、心なしか引き摺る力が強くなっているように思う。
さらには、掴んでいる腕に力が籠り、敏也の右手首を容赦なく締めつけ始めている。
「あだだ!? 痛いですって! もっと優しく連行してください!」
「黙れ、犯罪者」
「冷たい!? それに俺犯罪者じゃないし! いいかげん話訊いてください!」
「話を訊こうとして逃げたのは?」
「……俺っすね」
申し開きようもなかった。完璧に詰みである。
「あー、まあそこまで悪い子じゃないってのはなんとかなくわかるけどねー。でもほら、これも仕事だから。警察は通報があったら御用しなきゃならんのよ。しょっぱいことだけどね」
「いやいや、そこをなんとか……。だって俺、そこまでどころか全然悪くないですよ? 心は純粋無垢で手垢一つ付いてないです。まさに清廉潔白です! 漂白剤の出番が今後一切ないくらいですよ? ほら見てください、この笑顔! まさに天使でしょ?」
「……口元だけニヤつかせると怪しさ爆発だねぇ。天使より悪魔が近いよ」
「え……マジですか? 眼とか笑ってない……? くそっ、うまく愛想笑いできると思ったのに……っ」
相変わらず引き摺られながら――否、先ほどよりも体勢が悪い。現在の敏也はまるで荷物のように引き摺られており、ほぼ仰向け状態だ。そんな体勢で敏也は悔しそうに歯噛みした。
敏也としては愛想笑いに関しては一家言持っているつもりだったのだ。
なにせ、敏也は十にもならない頃から事務的に接してくる大人たちに囲まれて育ったのだ。そんな人たちに精いっぱい可愛がってもらう為には子どもでも――いや、子どもだからこそ相応の対価を払わなけれならなかったのだ。
それが笑顔。子どもらしく素直で、純な笑み。
庇護欲を誘う態度。欲に裏付けされた純粋さ。
そんな矛盾。続ければ心が摩耗していく諸刃の剣。
そうすることをいつから忘れてしまったのか、敏也はもう覚えていない。大人などいらないと思うようになったのは、中学生になって周囲とのズレを意識するようになってからだ。
そして、『それ』を必要ないと思えるようになったのは、つい最近のことだと敏也は認識している。
そんな思いが滲んだためか、口元を小さく綻ばせながら敏也は言う。
「ねー、警官さん。逃がしてくれません? 俺、ホントに悪いことしてないんですよ。こそこそしてたのにも色々と事情がありまして。なんなら俺が後を付けてたやつらに連絡取りますから、確認してみてください。……繋がる保証はありませんけど」
敏也は知らぬことではあるが、エリーネたちは今丁度映画を見ている。そのため、このタイミングで電話を掛けても彼女たちは出られない。
そんなことを知らぬ敏也は一縷の望みに掛けてそう提案したのだが、警官は呆れたような眼で肩越しにこちらを見ていた。しかし、何かに思い当たったのか、視線を一瞬宙にやり、
「ん? そう言えば君が付けてたとかいう子たちと君の関係は? 訊いてなかったね」
「ああ、確かに。……そうっすね、敢えて言うなら…………マブダチかな……?」
ニヒルに口角の片方を上げ、ハードボイルドちっくな雰囲気を醸し出しながら敏也は言い切った。
しかし、いかに表情と雰囲気を変えようとも如何せん現在の体勢が体勢なため、まったくボイルドさが出ていない。フニャフニャである。
警官も同感なのか、呆れさをより一層深め、溜息を吐いていた。
「死語だよ、それ。というか、そのせいで胡散臭さ増し増しだ。少しだけ考慮してあげようかと思っていたけど、やっぱり連行するよ」
「うげっ……。真面目に言うと学友ですよ。友達って言ってもいいです。……これでどうですか?」
「駄目だね。君が何を言っても無理なものは無理なんだ。取り敢えず署に連れて行く。君が悪者でもそうでなくても、話はそれからね」
「うぇー……」
ズルズルと引き摺られながら、敏也は嘆く。
このまま連れて行かれてしまうとエリーネを護衛することができなくなってしまう。――無論、今現在彼女を見失っているではないか、というツッコミはなしにした上で、である。
そうなるとなんのためにこうして慣れぬ格好をしてまで夏日に出掛けて、警官から必死に逃げてまで街中を奔走したのかわからなくなってしまう。
せめて、署に連れて行かれる前に何か一手は興じておかねば気が済まない思いだった。
「あの、警官さん。せめて一通だけメール打っといていいですか?」
宛先はもちろん八咫神と紫苑にだ。
彼女たちにこちらの状況を伝えておけば、別行動でエリーネの警護に付いている自分が居なくなったとしても、そうなった場合の適切な陣形に切り替えてくれると踏んでの事である。
別に、助けを呼ぶためにそうするわけではないのである。
すると、警官は益々呆れたように溜息を吐き、帽子のつばに手をやった。
「仕方ないなあ……。いいよ、一通だけ送るといい。ただし、署に着いたら諸々の事情を洗い浚い吐くこと。いいね?」
「うぇ~い」
と、やる気のない返事をして、敏也は端末を取り出して文字を打ち込み始めた。
(ま、隙を見て逃げ出すんですけどね)
残念ながら、敏也には大人しく御縄に付くつもりは毛頭なかった。
それはもちろん、こんなちょっとしたことでも学園に連絡が行けば、またしても槇ちゃん先生からのお説教+愛ある罰則を受けなければならなくなるからである。
それに、少ない可能性ではあるが、正体がバレずに逃げ出せさえすれば魔術科全学年から敏也を特定するのは難しい。なにせ、三学年で三百人を優に越す人数である。
確かに、実戦レベルの魔術を扱える人間となると数はかなり絞り込まれる。そうすると、この近辺では御陰市の治安維持部隊か学園に在籍している未成年くらいまで絞り込まれてしまうだろう。
だが、そこから先はどうだろうか。
現状を確認すると、学園に残留している生徒は半数以下となっている。それは各々が故郷に帰ったり、束の間の休暇に旅行に行ったりと、それぞれが留守としている場合が多いからだ。
しかし、だからといってその残った半数以下の生徒の中から、未だ名を明かしておらず格好も普段と違う大神敏也を探し、『こいつで間違いない』とそう提唱でき、また、立証できるだろうか。
もちろん可能だ。街中の監視カメラや目撃証言など、そういったものを加味すればまず間違いなく特定されてしまうだろう。周囲の目とは、そう簡単に欺けるものではないのだ。
だがしかし、それは同時に、ある意味では不可能なのだ。
なぜなら、
(あと何日かであのカードが戻ってくるからな。そうなったらなんとかできるだろ)
現在は持ち合わせていない黒のカード。この国の長からの赦しを得ている証明証である。それさえあれば、こんな小さないざこざでやきもきすることなく、すぐさま解決できるのだ。
そのカードさえあれば、超法規的な措置を取ってももらうことも可能だ。無論、敏也たちに貸し与えられたカードはランクが最低なため、その措置に限界はあるが。
そして、運悪く部隊証が返ってこずとも、最悪の場合は研究所に居る博士――学園の理事長も兼任している楠瀬燐火に泣き付けばなんとかしてくれるだろう。
つまり、この警官との諍いに関しては、敏也は推定時間まで逃げ切れば勝ちであり、いよいよどうしようもなくなったときの策もある常勝の戦いなのだ。
(悪く思わないでくれよ、警官さん。俺はここで捕まるわけにはいかないんだ)
そんなことを考えながら、敏也は『我、警官に拘束。機を見て脱出を図る。貴君らの武運を祈る』と少々投げ遣りかつふざけた文面を打ち終え、それを奈々と紫苑へと送信した。
と、そうして敏也がポケットに端末を仕舞い込んでほっと一息吐き、二人がショッピングモールのエントランスゲートを出た時である。
なにやら、途轍もなく大きい――ほぼ仰向けで引き摺られている敏也からすれば尚更大きく感じられる大柄な男が、敏也たちとすれ違った。
否、その男はすれ違う寸前に敏也の姿を横目で捉え、一瞬の内にその眼孔が憎々しげに歪んでいた。サングラスの下にあるであろう目がギラつき、その歩みが止まった。
男は振り返らずに、言葉を発した。
「……貴様、オオガミトシヤだな?」
「え?」
「ん、なんだい? 君の知り合い?」
男の呼び掛けと敏也が発した音を訝しんだ警官が歩みを止め、振り返る。
敏也と警官の目に映っているのは、大柄な男の背中。その体躯は筋骨隆々で冗談のように鍛え上げられており、一昔前に流行ったアロハシャツを着込んでいるくせに、そのはち切れんばかりの筋肉が自己主張していて、目を疑いたくなる。
オールバックに整えられた銀髪が、控えめに風に靡く。
そして、今この時ゆっくりと肩越しにこちらへと視線を向けた男の眼が、なにやら凄まじく威圧感を放っている。サングラスを掛けているというのに、その眼差しには隠しきれない敵意が宿っている。
その凄まじい敵意の眼光はサングラス程度では軽減できるものではなく、感じる者に生唾を呑みこませ、さらには冷や汗をかかせるには十分な圧迫感を持っていた。
それを感じ取れる敏也と警官は、この突然降って湧いた危機に揃って慄いている。
「……君、何か恨まれるようなことした?」
「……堅気の相手には何にもしてないはずなんすけどね」
そう言って、はは、と敏也が引き攣った笑いを零した瞬間、
「オオガミッ……トシヤァッ!」
男の姿が細長く見えた――否、超加速して真っ直ぐこちらに突っ込んできたため、身体が細くなっているように錯覚しているだけだ。
「って、おいおいお――」
「逃げろっ、坊や!」
敏也が次に認識したのは、宙に舞う自分の身体。そして青空からビル群、言うなれば魔天楼へと移り変わっていく風景。
どうやら、身体が回転しながら上方へと打ち上げられているらしい。だが身体のどこにも痛みは感じないため、先ほどの男にぶつかられたというわけではないようだ。
ということは恐らくではあるが、警官が握っていた敏也の右腕を強引に振るい、遠心力を利用して空へと放り投げたのだろう。
乱回転する視界の中、近付いて来るのはエントランスゲートから少し離れた場所にある背があまり高くないビルの屋上、その端。
「っと! 危ねぇ」
そこになんとか掴まると、敏也はビルの壁面に足を着き、なんとか止まることに成功した。
そのまま恐る恐る元居た場所を見やると、
「急になんだよ……」
見えたのは、先ほどまで敏也が居た場所で熾烈な攻防を繰り広げる警官と男の姿。
拮抗する拳と拳。身体を支えている足がタイルを踏み割る。
「っ!」
と、そうしているのも束の間、警官が急にぶつかり合っていた拳を引き、同時に衝撃を受け流すように身体を捻る。それによって振り抜かれた男の拳を背で受け流すようにして身体を流し、そのまま右肘を男の腹へと叩き込もうとする。
「フッ」
だが、男は嘲笑するとその姿を一瞬で消していた。
警官の顔が驚愕に歪み、右肘は空を切る。
そして、次の瞬間には警官の上方に男の姿が出現。そのまま身体を縦に回転させ、繰り出すのは高速で狙い打つ踵落とし。
「ぐ……っ!」
「ほぅ……」
そのような圧倒的な暴虐、避けるのが定石だ。しかし、警官は腕を頭上にクロスさせることでその踵落としを受け止め、耐えていた。むしろ、耐えられなかったのは地面の方だ。
タイルが先ほどよりも大きくひび割れ、離れた地点にすらも亀裂が走る。
「ハッ!」
意気を込め、警官は腕で男の足を弾く。そのせいで男の身体は数メートル先へと弾かれた。
警官の勇ましさに男が口元に笑みを浮かべ、着地した――その時。
「ここだ!」
警官が両手を前へ突き出し、自身の前方に魔方陣を展開。そこから迸った幾筋もの火線が、蛇のように身をくねらせ、宙を駆けながら男に迫る。
しかし、
「小細工を」
男はそれらを鬱陶しそうに片手の指先で引き裂いた。
まるで火が熱くないかのように、紙を千切るようにして火を掻き消したのである。しかも火に触れたにもかかわらず、男の手にはなんの外傷も発生していない。
「素手でとは……っ。先ほどの重い一撃といい、さぞ高名な魔術師なのでしょう」
「邪魔だ、どけ。貴様に用はない」
警官からの声に短く応え、男は敏也の方を見上げた。
しかし、男が何らかのアクションを起こす前に、急加速した警官が男の背後に回り込んでいた。
「残念ながら本官は市民の味方――」
苛烈な加速を足で強引に制御し、急制動のせいで地を足裏で摩擦。その右手が手刀の形に整えられ、左肩辺りまで振り被られる。
「――暴行は見過ごせない!」
そして、それが振り抜かれた。
「決まった!」
上方から見守っている敏也からすると、そう見えたのだ。
警官の放った手刀は高速で、しかも、狙った延髄にミリ単位の誤差なく向かっている。あの速度なら、例えあの男がなんらかの足掻きを試みたとしても身体のどこかにはヒットする。
しかもあれほどの速度で打ち出された手刀だ。たとえ急所から外れたとしてもかなりのダメージを与えることだろう。そうなれば警官の勝ちはぐっと近くなる。
だが次に待っていた光景は、その期待に沿うものではなかった。
「な……っ」
「良い動きだ。高位認定はされずとも、一般の魔術師としては高い位置にある」
警官の手は、いつのまにか身体ごと振り返っていた男に掴まれていた。必死に振り解こうと試みる――が、真ん中を掴まれた腕はさして動かず、振りほどく事は叶わなかった。
男の口元が、くっ、と愉しげに歪んだ。
「時間があれば鍛えてやるところだが、生憎そうしているとアレに逃げられてしまうのでな。ここで大人しくしていてもらうぞ」
そして、金属と金属のぶつかる音に近いなにかを嵌めた音がしたかと思うと、警官の手首に玩具の手錠が嵌められていた。
一瞬、警官の顔が戸惑いに染まるが、すぐに凛々しさを取り戻し、
「こんな玩具で! ふざけているのか!」
「ふざけているかどうか、試してみるがいい」
「言われずとも――――なに? 力が……?」
意気勇んで手錠を破壊しようと掴んだ警官の顔が、驚愕に染まった。
「どうしたんだ……?」
離れた場所に居る敏也としても、その事態は呑み込めていない。
あのような玩具程度、魔術師であるなら簡単に引き千切れるはずだ。それに、あの警官は魔術師としては並以上の実力を備えている。手古摺ることは有り得ないはずだった。
だが現実、警官は必死に引っ張っているが、手錠は破壊できていない。
この事態をこの場で一番理解できているのは、手錠を嵌めた張本人である大柄な男だ。
「安心しろ。それは見た目通り、封印具としてはチャチな部類だ。魔力供給なしなら数時間で外れるだろう。それまでじっとしていろ」
封印具。それは魔術師や、魔によって生み出されたモノを捕えるために生み出された拘束具である。
封印具は、基本的には旧世紀以前より用いられてきた拘束具に封呪を彫り、そこに一定の魔力を流し込むことで術者が傍に居ずとも継続的に封印術式が発動し続けるようにしたものだ。
効力の目安としては高価なもので大体一日。今の『数時間しか持たない』という発言は、つまりはあの手錠が安物、もしくは燃費の悪い欠陥品だということなのだろう。
垣間見せられた実力差によってあっさりと封印具を嵌められてしまった警官ではあったが、絶望には陥らず、その眼は闘志を潰えさせてはいない。
「そんな真似ができるとでも? たとえ魔術が使えずとも、本官には戦う理由がある!」
「意気や良し! しかし、力を伴わぬ意志など欠片も価値はない!! そもそもそれは貴様に使うために用意したものではないのだ。これ以上わたしの邪魔をするというなら問答無用で叩き潰すぞ」
男は警官に背を向け、
「貴様の敗因はただ一つ。わたしが本気を出す前に手錠を嵌めるべきだった」
そう言って突き離すと、男は再び敏也の方を見上げた。
「今行くぞ……! オオガミトシヤ……!」
「坊や! 何してる! 早く逃げろ!」
フッ、と掻き消えるようにして男の姿が消えた。それを見た警官が腹から声を出し、警告を発する。
「あ、ああ」
それを受けた敏也としても、異論は全くなかった。
ぶら下がっている状態で身体を揺らし、それによって発生させた反動で屋上に上ると、警官の方を確かめた後、後ずさりしながら退避を始めた。
「ほんとやばそうだ。あれがクリスの言ってた――」
「抹殺するッ!」
「っ!」
敏也が声に気付いた時には、天より拳が振り下ろされたところだった。




