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双天の共鳴者  作者: 月山
第三章「シンフォニック・アソシエイション」
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同位体

 天埜春美は学園の格納庫である機体を見上げていた。

 その機体は、成瀬紫苑の搭乗機・レガリアtype-S。全身の装甲を青紫に塗装され、各所の一部分を白に塗られたその機体は、格納庫のハンガーに固定された状態で静かに佇んでいる。

 しかし、何やら以前とは形が違うように見えるのは春美の気のせいではないはずだ。


「ふぅん、肩に追加装甲ねぇ?」


 今の紫苑機には、右肩から手首辺りまでを覆うようにして薄い追加装甲が伸びている。どうやらその装甲は幾つもの幅の狭い装甲板で構成され、それぞれが独立して稼働するようになっているらしく、右肩に設置されたハードポイントで可動範囲を制御するらしい。

 そして追加装甲に隠れて見え辛いが、どうやら右手にはハンドガンが握られているようだ。


「左肩には追加はなくて……バックパック右に小型レールキャノン、左手にガンブレイド」


 右肩の後ろから顔を覗かせているのは小型のレールキャノン。従来の物より小型であるため取り回しに優れる一方、魔動機の強靭な対魔装甲を抜くには若干威力不足だったため、取り立てて騒がれる事はなかった武装だ。


 左手にあるガンブレイドは、残念ながら春美には見た覚えが無かった。少なくとも、魔動機の装備の資料には載っていないはずだ。

 となると、これは紫苑の相棒である大河が自作したものなのだろう。その証拠に造りは少し雑だし、銃身下部に付いているブレイドは研磨されているのだろうが、それでも傷が目立つ。


「……で、バックパック左には対魔剣一本、ね」


 おまけとばかりに付けられているのは、普段は紫苑機の腰に備え付けられている対魔剣SCSシリーズ、つまりは量産品の剣。いつものように腰に二本付けていないのは、右肩から伸びている追加装甲の動きを阻害しないためだろうか。それとも、単純に機体の運動性を重視したか。


 機体の動きを阻害するほどに大きな追加装甲=盾。それに反して取り回しに優れる小型レールキャノンとガンブレイド。恐らくは手持ち火器が破損した際の予備兵装である対魔剣。

 総じて、攻める装備ではなく、耐える装備。

 つまり、


「市街地戦……もしくは持久戦を想定してる? ――大河」


「忍び寄ってたのに気付くの早過ぎだよ、姉さん」


 春美が栗色のウェーブがかった髪を靡かせながら背後を振り返ると、そこには私服姿の天埜大河の姿があった。どうやら連日の疲労は抜けているらしく、目の下で存在感を増し続けていた隈は綺麗に消えている。

 春美は肩を竦めながら再び紫苑機を見上げた。


「あなたって気配を消すことができてないから誰だってわかるわよ。バレバレね」


「気配なんてものを感じ取れる魔動科生は姉さんくらいだと思うよ?」


 そう呆れたように苦笑しながら大河は春美の隣まで歩むと、共に紫苑機を見上げた。


「どう? 姉さん。これ、僕の自信作なんだ。ついさっきまで武装のマッチングをしてたから火器を持ったままなんだけど」


「ガラクタ弄りにしては良い出来だとは思うけれど、機体コンセプトは?」


「コンセプトか。ん~……紫苑は機体を度々壊すし、この前は仕方なかったとはいえコアまで壊してきたからね。それを鑑みて、前から少しずつ組み上げていた特殊装備を付けてみたんだ。――ずばり、近接射撃戦を想定してる。暫定的な名称はガン・ウェポンズ」


「だからハンドガンとガンブレイドなわけね」


 春美が武装に目を遣りながら言うと、大河はこくりと頷いた。


「うん。紫苑は近接戦闘の方が好きというか、得意みたいだからね。……演習でもさ、紫苑ってば牽制射撃し終わったら射撃兵装を投げ捨てて剣を抜き放つ子だからさ、今回は意地でも射撃戦をしてもらおうと射撃兵装で固めてみたんだ。右肩の装甲も近接戦闘では邪魔になるだろうから、無理にはしようとしないはずだよ」


「でも、あなたのことだからいつでもパージできるようにしてあるんでしょう? 対魔剣も一本だけ付けてあげてることだし?」


 春美がからかうような笑みを浮かべて大河を見る。

 すると、大河は参ったとばかりに両手を上げ、大仰に降参の意を示して見せた。


「まあね。どんな理由があれ、デッドウェイトになる可能性のある武装を切り離せないように設計するだなんて、製作者としての理に反するよ。……と言っても、僕は整備師志望なんだけど……」


「そうは言っても、先のことなんてわからないわよ。もしかしたら、あなたは製作者になって偉大なことを成すかもしれない」


「ないない」


「あらそう。じゃあ……もしかしたら野良犬のように野垂れ死ぬかもしれない♪」


「……やっぱり偉大なほうで頼むよ、姉さん」


「それでよろしい。人が褒めてるんだから素直に受け取りなさい、大河」


 大河が弱々しい笑みで控えめに頼むと、春美は肩に乗った髪を掃いつつ胸を張ってふんっと鼻を鳴らした。

 天埜大河は少々押しというか、勢いが足りない。こういう時は、敏也のように多少なりともおどけてくれたほうが褒める方は気恥かしさが無くて良いのだ。

 だが、こうして謙虚なところが大河の美点であることを春美は知っているため、無理には矯正しようとは思っていなかった。単純に、謙虚さが仇と成って彼が損をすることがないようにと、姉としてほんの少しだけお節介を時々焼いているだけなのだ。


 そうした面倒で煩わしく、でも嫌ではない想いを心から掃い除けると、春美は隣にいる弟へと目を向けた。


「ところでこの追加装備、真新しいように見えて実際はやたらとボロボロなのだけれど、これはやっぱり……?」


 問うような視線を向けると、大河は沈痛な面持ちで肩を大きく下降させた。


「……うん。紫苑が今まで壊してきた練習機とか、type-Sの装甲だとかをちょろまかして造ったんだ。右肩の部分は特にそれ」


「やっぱり……」


 天埜兄弟は揃って肩を落とし、はぁ、と盛大な溜息を吐いた。


 成瀬紫苑は、頻繁に機体を壊す。

 以前、敏也との模擬戦の際には右手首を破損させていたが、それはかなりましな部類で、普段は急制動を頻繁に掛けることで装甲を摩耗させたり、対魔剣を破損させてしまったことで格闘戦に移行したりで腕部装甲や脚部装甲を凹ませたりと、その破壊には余念がない。

 ちなみに、レガリアtype-Sの腕部にまるで標準装備のように追加されていたアームガードは、そんな紫苑の行動を鑑み、大河が苦肉の策として付け加えた悪足掻きだったりする。


 そのため、紫苑が魔動科の教員に提出する毎月の請求書の額は、実戦形式の演習で必ず弾薬を撃ち尽くしてくる天埜春美に次いで二位。この学園で二番目に、学園の潤沢な予算を食い潰そうとしているとんでもない人物だったりする。

 魔動科の教員たちはこの二名のことを心底恐れていたりするのだが、それはそれである。


「ま、まあ紫苑に何事もないのが一番だし?」


「そ、そうね。そう思うことにしておくわ」


 と、二人はなんとか心を持ち直すと、落としていた肩を元に戻した。

 そんな時、春美はまだ大事なことを聞いていなかったことに気付く。


「そう言えば大河、どうして急にこんな装備を? 戦闘なんてしばらくはないでしょうし、休みは長い。急ぐ事はなかったんじゃないかしら?」


 そう訊くと、大河は首を振り、穏やかな表情で応えた。


「友達のためだからね」










 足音は近付く。

 その場所へ向けて、同位体おなじものへ手を伸ばすため、一歩ずつ、着実に進んでいる。











「あー……酷い目に遭った……」


 敏也はそう嘆きながら、街角の公園のベンチに背を預け、空を仰いでいた。

 額には大粒の汗が滲み、ワックスで固めていた髪は街中を走りまわったせいかボサボサになっている。ビシッと張っていたシャツは警官との熱い掴み合いのせいかよれよれで、エリーネたちの尾行を開始した時の凛々しさはどこにもない。その上、伊達眼鏡はどこかに落してしまったらしく、所在不明だった。


「……せめてあのカード持ってりゃ良かったんだろうけど、燃えカスになったしなぁ……」


 博士に以前貰った黒いカード――玄崎総司の話では鬼術・鬼甲部隊の部隊証とされるカードだが、それはクレインとの戦いの際、敏也が自身の身体を焼いたことで諸共消し炭となってしまっていた。

 あれさえあれば警官を追い払えたのだろうが、無い物はどうしようもなかった。

 カードを焼失したことを知った時の博士といったら、呆れを通り越して頭痛を引き起こしていたらしい。


『敏也、いくら君が馬鹿でも、こんなことを遣らかすとは思わなかったよ……』


 との有難い御言葉まで戴いてしまっていた。しかも、面会が許されてから即、である。

 代わりは近いうちに用意してくれるとのことだったが、それまでは碌に炎刀を持ち歩くことすらできなくなっているのが現状だった。もっとも、肝心の炎刀はエリーネに没収されているし、現在は研究所で再解析に掛けられているため、どのみち持ち歩くことはできないのだが。


 ともかく、なんとか警官から逃げ切ることには成功したが、高かった一張羅を台無しにされるという悲劇に見舞われたのである。払った代償は予想以上に大きかった。


「ちくしょう、あんのわからず屋めっ。無実だって言っても聞きやしねえ。あれのことはこれからホモ野郎と呼ぶ事にしよう、うん、そうしよう。あのしつこさはまともじゃないね!」


 彼は警官として当然のことをしただけなのだが、悪いことをしていない敏也としては黙って捕まる気にはなれなかったのだ。擦れ違いとは悲しいものである。

 敏也は、本人が聴いたら烈火のごとく怒りだしそうで、かつ、速攻で手錠を嵌められそうなことを言って溜飲を下げると、万が一に備えて持ち歩いていたタオルで汗を拭った。

 敏也の座っているベンチは丁度この時間帯は木の影に入るらしく、見上げると突き抜けるような青空と一緒に、緑樹の葉とその隙間から零れる日光が目に映った。

 拭う手をそのまま木漏れ日を遮るように翳し、


「平和……」


 あの一週間の騒動が嘘のような現状。

 周りでは走り回る子どもたち――まだ教育機関は復旧していないところが多いため、単純に休みなのだろう。走りまわるその姿は無邪気で、心の荒んだ部分が和らいでいくのがわかる。


「そういや、シュンとレンも退院したんだっけか……」


 敏也が入院している間に、シュンとレンは退院したのだそうだ。丁度その頃、敏也は面会謝絶だったため、奇しくも退院を祝う事ができなかった。連絡先も訊いていないため、電話を掛けることすらできない。


 しかし、悲観はしていない。寂しくも思っていない。それは彼らがどうでもいいということではなく、ましてや、嫌いだからというわけでもない。

 心の虚で、熱く滾る何かがある。それが、敏也の心を照らして確信を齎している。


「きっとまた、いつか逢えるさ」


 そう呟き、口元に笑みを浮かべた。


「うん、きっと逢えるよ」


「あ?」


 突如、耳に届いた声に敏也は驚き、見上げる体勢のまま視線を横へとやった。


 いつの間にか、敏也の隣に一人の少女が座っていた。

 その小さな体躯から、年齢は十にも満たないのだろう。腰まである髪は色素が薄く、灰色を少しだけ黒くしたかのようなものだ。服は夏場用にアレンジされたゴスロリのようで袖はなく、丈も短い。しかし、それでも見ている側にとっては暑苦しく感じる服装だった。


 寂しい身の上で声を掛けてもらった事は有難いと敏也は思っているが、同時に些か心苦しくも思っていた。表情が引き攣っているのがよくわかる。


「あのさ、独り身である俺の独り言に答えてくれたことには感謝するよ? けどな、このままお前が隣に居ると非常にまずいことになりそうな気がするんだが……」


 主に敏也に被害を齎す冤罪という名の事案であるが、少女にとってはどうでもいいことらしい。その冷たく細められた視線が敏也を向き、口元が動く。


「あなたからは温かさを感じる。あのかたとは違う」


「は? 温かさ? ……そりゃ夏だからな、そこら中あったかいだろ。つーか暑い。影の中なのにあちーぞ、こら。太陽はちょっと休んでいいと思う」


 燦々と照りつけて来る太陽を睨みつけながら言う――と、あんだとコラ、とでも言いたげにギラっと日光が降り注ぎ、敏也を断罪した。ぎゃあ、と目を押さえながら敏也は屈みこむ。

 そんな敏也を見る少女の目は、相も変わらず冷たい。


「あたしが言っているのはそういうことじゃない。同位体ならわかるはずだよ?」


「同位体? なにそれ。難しい言葉わかんない」


「……あなたは本当に高校生?」


「一応高校生。……って、なんでわかったんだよ、こえーよ。つーかさ、お前物怖じしないのな。歳上に対してその態度はすげーと思うぞ」


「ありがとう。褒められるのは滅多にないから嬉しいよ」


「……褒めてねえよ、皮肉だよ」


 屈んだままがっくりと肩を落とすと、敏也は地面を見詰めた。


(なんかまた面倒なやつに絡まれたなぁ)


 波乱の予感である。しかも、結果的に碌でもない方向に転がっていきそうな感じが凄まじくする予感である。敏也としては、即刻ここを立ち去りたい気分だった。


 そのようなことを考えながら顔を上げ、隣の少女を見ると、少女の目は公園の一画でアイスクリームを売っているお姉さんへと向いていた。そして、少女は時折チラチラとこちらへ視線を向けて来る。その視線に淡い期待が込められているように思えるのは気のせいだろうか。


「……買わねえから」


「……買わないと大声出す。悪戯されたと泣く」


「どれが食べたいっ? 三段で買ってやるぞ!」


 それは強烈な脅し文句だった。有無を言わせず男を従わせる魔法の言葉だった。

 敏也は颯爽と立ち上がり、朗らかに笑いながら少女をアイスクリーム屋さんのほうへと誘っているが、頬は怒りで引き攣っているし、額には青筋が浮かんでいる。


(親見つけたら文句言ってやる。お宅はどんな教育していらっしゃるざますの! って)


 そうしてアイスクリーム屋さんの前に着くと、少女はそれまでの冷たい視線を引っ込め、ケースに引っ付くと、年相応の無邪気な笑みを浮かべてアイスたちを眺めていた。

 無感情を装っていても、所詮はまだ子どもといったところだろうか。


「……ガキ」


「あたしはれっきとしたレディです。謝罪と訂正を要求します。謝らないと警察に垂れこみます。――公園に息が荒くて汗びっしょりのお兄さんがいる、と」


「さっきまで名誉を賭けた鬼ごっこしてたせいだよ! そんな言い方したら子どもに興奮してる変態だと思われるじゃねえか! やめろよ!」


「なら謝罪を」


「ごめんなさいでした」


 アイスから目を離さずの脅迫に敏也はあっさりと屈した。頭を垂れ、要求通り謝罪をした。自身の立場の弱さがなんとも哀しく思える。


「世界って哀しいなぁ……世知辛過ぎ……」


「お姉さん、これとこれ、あとこれをお願いします」


「はーい」


 敏也の嘆きを無視し、少女はお姉さんにてきぱきと注文していた。しかも、子どもらしい邪気の無い笑みのおまけ付きである。先ほどまで敏也を脅していたとは思えない振舞いである。

 少女が頼んだものはバニラとストロベリーとチョコチップの三段。

 けっ、と敏也がいじけていると、店員のお姉さんがにこやかな笑みを敏也に向けた。


「お兄さんはどうする?」


「……あー、じゃあバニラと抹茶を」


「はいはい」


「……本当は三段のチョコとクッキー、バニラを頼みたいのにあたしの手前大人ぶりたいがために二段で抹茶とバニラを頼む――でも、それが的外れな背伸びだと気付かないあなたは心底滑稽です。笑えます、高校生さん」


「ほんとウザい! なにこの子! 親の顔が見てみたいわ!」


 ギャーギャーとヒステリーに騒ぎ続ける敏也と、それを冷たく見上げる少女。そんな二人を店員のお姉さんはさっさと作業を進めながら苦笑しつつ眺めていた。




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