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双天の共鳴者  作者: 月山
第三章「シンフォニック・アソシエイション」
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突然の来訪Ⅰ


「槇ちゃんの鬼……っ」


 敏也はそんなことを涙目でぼやきながら、暮れなずんだ夕日の中、寮へ向けて歩いていた。

 今、丁度学生玄関から出てきたところである。カッ、と道端にあった小石を蹴り、苛立ちを表現する。


「んだよ、『あなたが自ら重症を負ったことでわたしの評価は駄々下がりですよ~どういうつもりなんですか~?』って。それが頑張った生徒への言葉かってのっ!」


 マサルからの電話の後、職員室に辿り着いた敏也を出迎えたのは、二年一組の担任・槇ちゃん先生だった。が、敏也の姿を見た途端、クワッと鬼のような表情になり、肩に掴みかかってきたのだ。


 師曰く、自爆に近いことを受け持ちの生徒である敏也がやらかしたことで、槇ちゃん先生の指導能力だとか、戦術指南だとか、そこら辺が問題視されたのだとか。もちろん敏也たちが置かれていた状況とうも加味されていたのだが、それでもあーだこーだ言われたらしい。

 そのせいで敏也は槇ちゃん先生から二時間近く愛あるお説教を喰らい、尚且つ、罰として職員室の清掃活動を一時間近く命じられ、それに服していた。そして、つい今しがたようやく解放されたのである。


「くそっ、いつか絶対復讐してやるっ。……黒板消しアタックとかどうだろ」


 などと、復讐案を思い浮かべながら歩いていると、学園の正門が目に留まった。同時に歩みも止まる。

 いや、正確には正門ではなく――


「……なんだぁ? あれ。なんか挙動不審なやつが……」


 正門前では、門の傍に配置されてある警備員の詰所の窓口辺りでうろうろしている人影がある。しかも、その背格好は……。


「長い……銀髪……ポニーテール? さっきと服違うけど、あれってエリーネ……だよな」


 あまりにも距離がある上、夕日に照らされているためか顔立ちなどがはっきりしないため、両目の視力を強化しながら目を凝らすと、その人影はエリーネのように見える。しかし、服装も髪型も先ほどまでとは明らかに違う。これはいったいどういうことなのだろうか。


「検査が終わって着替えて来た? でも、だとしてもなんで正門前でぴょこぴょこ動きまわってんだ? 旅行鞄付きだし」


 可愛い動きで仕草だが、なにゆえあのような真似を仕出かしているのか、敏也には理解できなかった。もしや、検査の結果が最悪で発狂したのでは――と敏也は一瞬思うが、その際は発狂する前に泣き着いて来るだろうし、それはないと切り捨てる。

 だとすると、あれは別人なのだろうか。


「銀髪だし、今は夏休みだし、そんでエリーネじゃないとすると……、あいつの家族……って線が妥当かなぁ?」


 首を傾げながら、そう思う。

 そして、ふんっと気合を入れる。


「……一応挨拶しといたほうがいいのかなっ」


 ご家族に取り入ってエリーネとの仲を進展――と言うほど画策しているわけではないが、ああして困っている姿を見てしまった以上、友人の御家族を見捨てるのはどうかと思えたのだ。


 とにかく、敏也は脚を動かし始めた。

 寮への道と正門への道、校舎への道と三叉路になっている場所を正門側へと通り過ぎ、件の人物の元へ向かう。

 ようやく近くまで来ると、窓口を覗き込んでいるその人物が、なにやらぶつぶつと呟く声が聴こえてきた。


「う~ん、こんな時に守衛さんがいらっしゃらないだなんて……これでは結界を通ることができませんわ。寄り道したのが仇となりましたか。……こうなったら強行突破させていただこうかしら……」


「駄目ですよ!」


「っ?」


 その物騒な物言いに仰天した敏也は思わずその背に大声を掛けていた。

 その怒号に驚いた女性は身を竦ませながら背後を振り返り、小動物のように怯えながらこちらへと目を向けた。


 敏也の目に映ったその女性の容姿は――


(へそが眩――じゃなくて、綺麗なスカイブルーの目……やっぱりエリーネの家族……お姉さんかな?)


 その瞳はエリーネとそっくり同じ。そして容姿もエリーネをもう少しだけ大人っぽくした感じだ。エリーネが可愛いほうへ比重が傾いた容姿をしているとすれば、この女性の容姿は綺麗のほうへ傾いていると言える。

 服装はへそ出しパンツルック姿。青少年としては非常に目のやりどころに困る格好だ。


 と、そのようなことを敏也が考えていると、目の前の女性がはっと驚くと目を見開いた。


「婿殿!?」


「は? いきなり何を……って、日本語お上手ですね」


 突然の訳のわからない言葉に敏也は困惑するも、辛うじて思ったことを返す。

 すると、女性も自身の突拍子もない発言に気付いたのか、申し訳なさそうにはにかんだ。


「失礼いたしましたわ。まさかあなたにこのタイミングでお会いできるとは思っていませんでしたので……」


「いえ、気にしないでください。……俺のことをご存知で?」


「ええ。諜報い――ではなく、日本に滞在しているお友達にあなた様のことを伺いまして」


「……待って。今すっごく物騒な言葉が聴こえた気がしたんですけど。ていうか、俺の事知ってる『お友達』って誰ですか。名前は? どこに住んでるやつなんですか? 一般人?」


「……」


「無言で目を逸らさないでくださいよ!」


 銀髪の女性の怪し過ぎる態度に敏也は再び怒鳴ってしまっていた。しかし、件の女性は長いポニーテールの先をくるくると弄びつつ、右手に掛けている長袖の上着をよりいっそう胸に抱く。そのまま素知らぬ顔で視線を彼方へ。

 そんな不躾な態度を取られた敏也は疲れたように頭に手をやった。


「あー、まあそのことは後回しにしましょう。……あなたはもしかしてエリーネの御家族の方ですか? あいつのお姉さんだったりします?」


「――お姉さん?」


 敏也が言うや否や、視線を遥か彼方へと飛ばしていた女性がくるっと向きを変え、敏也を見据えた。その表情は、何故か歓喜に染まっている。目がキラキラとしているようにも見える。

 そして、突然敏也の右手を両手で掴むと、ブンブンと上下に振り始めた。


「そう見えるのですかっ? そう見えるのですねっ!?」


「ちょ、やめ……見えます! 見えますから! だから高速で振るのやめて! 腕が取れるぅぅ~!?」


「……あら、失礼いたしましたわ」


 敏也の叫びを受けた女性は即座に手を離した。そうするや否や、敏也は痛みのせいで目尻に涙を浮かべながら右肩を押さえた。


(腕取れるかと思った……っ)


 それだけ乱暴で粗雑なコミュニケーションだったのである。

 そんな敏也の姿を見た女性は、申し訳なさそうにしながら首を傾けた。


「申し訳ありませんわ。わたくし、どうにも気分屋なところがありまして……魔術のほうもそれに影響されていますの。気分が高揚すると無意識に肉体強化が発動してしまう体質でして……」


「……それはなんというか……不便ですね」


「ええ。……しかし、わたくしにとっては納得したくない事ではあるのですが、これはある意味便利でもあるのです。例えば……怒りによって超絶的なパワーアップを果たしたりですとか……」


「どこの漫画の登場人物ですか。正直羨ましいですよ、その体質」


 感情の昂りで能力値が上がるなど、願ったり叶ったりな力ではないか。戦場においてこれほど有用な体質もあるまい。

 敏也が羨望を交えながら言うと、女性はふっと儚げな容貌になり、その視線を逸らした。その目尻に輝く何かが生まれ、


「……ふとしたきっかけで家具や用具を壊してしまうとしても?」


「……あー、やっぱり不便ですね。ごめんなさい、軽率な発言して」


「しゅんとしたあなたも可愛らしいですわね♪」


「今の演技か! 騙しやがったなこの野郎!」


 目尻を指先で拭いながら舌を出した女性の発言に、敏也は憤慨して地団駄を踏む。

 しばらくその様を見届けた後、くすくすと笑んでいた女性が笑うのをやめ、今度こそは敏也を真剣な眼差しで見据えた。そして、敏也が怒りの矛を収めるな否や、一礼しながら言う。


「はじめまして、大神敏也さん。わたくしの名はクリスティーネ・フリートハイム。クリスとお呼びくださいまし。口調も砕いていただいて結構ですわ」


「えっと、じゃあクリス……さんで」


「クリス」


「……クリスちゃん」


「どこの宗教家ですか! ク・リ・ス!」


「えぇー……」


「ふふ♪」


「……わかったよ。クリスでいいんだろ、クリスで」


 ニッコリと笑顔で押されると異様に弱い敏也であった。


(べ、別にエリーネの笑顔と似てたからほだされたわけじゃないし!)


 と、心中で言い訳をしながら、現実では疲れたように肩を落とした。

 そうしていると、クリスが気を取り直すように咳払いをし、


「ところで敏也さん」


 名前を呼ばれたことで、敏也は視線をクリスと合わせた。


「これから少しお時間を戴いてもよろしいかしら? 実はわたくしが来日したのはまだ秘密でして、あの子に知られる前にこちらでのエリーのことを色々と伺いたいのです」


 言い終わると、クリスはまた彼女と同じ笑顔を浮かべていた。



 日は今しがた沈み終え、御陰市は宵の闇に包まれている。繁華街ではネオンの光が輝き、束の間の明るさを見せていた。

 そんな街角の一画にあるファミリーレストラン。その一席にて。


「あのさ……本当にこんなとこでいいのか? たぶん、そこら辺を探せば高そうなレストランあると思うぞ? ……金額的に俺は何も食えないだろうけど」


 敏也が頬杖を着きながら言うと、向かいの席に座ったクリスが首を振った。


「いいえ、こちらで構いませんわ。本国ではそういった堅苦しい場所での食事ばかりですし……。ですからこういった肩の力を抜ける場所での食事も良いものです」


 言いつつ、その視線は穏やかながらも興味深さに染まり、店内の隅々へと配られている。


(……『ばかり』ねぇ。もしかして、エリーネって良いとこのお嬢様だったりするのかな?)


 そもそも留学などと言う真似ができるということは、上流家庭とまでは言わずとも、それなりに裕福な家の出ということになる。なにせ、こちらでの生活に必要な費用などを工面し、尚且つ、学園への修学費用までも負担しなければならないのだから。

 もしかしたら留学生扱いということで免除もあるのかもしれないが、その辺りに関する知識は敏也には無かった。


(そんなこと気にした事なかったな。……家柄かぁ……)


 と、なにやら敏也が憂鬱な気分に浸っていると、女性店員が席までやってきて、お冷とおしぼりを置いて行った。敏也とクリスはそれに会釈で対応する。


「さて……」


 クリスはそう言うと、メニュー表を手に取り見始めた。その視線がメニューのあっちこっちへ動き、時折「あら……」やら、「こんなものまで……」など、感嘆したように声を漏らしている。

 そこで、敏也は眉根を寄せてクリスに質問した。


「クリスってさ、日本語読めるの? 話す時はすっげー上手だけど」


「ええ、もちろんですわ」


 クリスはメニューを見続けながら答えた。


「日本に昔からの知り合いがおりまして。その方とお話する際に便利なので、以前習得しておいたのです。お――ではなくて! わたくしたちの『お父様』も普通に話せる程度には身につけておりますわよ?」


「ふーん」


 もしや、エリーネの日本語習熟が異様に早かったのは、日本語が上手な家族に囲まれて育ったからなのだろうか。もしそうであるなら、エリーネにとって幸いだったことになる。


「……『お父様』って怖い?」


「そうですわねぇ……。怖い……と言えば怖いですわね。時々、考えなしになって猪突猛進することがあるといいますか」


 エリーネとそっくりだな――と敏也は思うが、口には出さず。


「危なっかしいって意味での怖いなの?」


「いいえ、もちろん親としても怖いですわよ。家族……特に娘のこととなると形振り構おうとしませんから。たしか……幼い頃のエリーにちょっかいを掛けようとした男児に鉄拳制裁を加えようとしたことがありましたわ。『わたしの可愛い娘に手を出そうとは何様だ』と」


 それを聞いた敏也は、頬を呆れと恐怖で引き攣らせていた。


「……親馬鹿か。つーか、怖いというより危ない。危険人物過ぎない?」


「ご安心を。そんな彼にはわた――あー……それはそれは大層頼りになる完全無欠な妻が傍に付いておりますから。『お父様』が暴走した時はその方がいつも止めておりますのよ」


「へぇ。……ん? なんか言い回しが変なような……?」


「さあ! 敏也さんはどれにしますのっ? わたくしはもう決めましたわよ!」


 目の前にずいっとメニュー表を突き出された敏也は意を削がれたことで閉口し、それをしげしげと眺める。


「じゃあ……昼は肉食ったし、鮭のムニエルにしようかな。ドリンクは……アイスティーでいいや。クリスは何にするんだ?」


「わたくしはアイスコーヒーと……DXハンバーグプレート・グレートマキシマムに致しますわ」


「無駄に気合入ってる名前だな! 本体どんだけでかいんだよ! しかも微妙に意味被ってね? っていうか、余白あるくせにわざわざデラックスをDX表記すんな。別の読み方したくなるから。なに、二枚入ってるの?」


「二枚入ってますわね」


「マジかよ!」


 クリスがメニュー表を捲って見直しながらの一言に敏也は驚愕。そして、それを食すと言ったクリスに対しても驚きを隠せない。いったい、彼女のこの細身のどこにハンバーグ二枚+セット品が納まるというのだろうか。


(こいつの胃袋、宇宙だったりすんのかな?)


 と思いつつ、敏也は呼び出しボタンを押して店員さんを呼ぶと、注文内容を一つ一つゆっくりと、店員さんが入力し終えたのを確認しながら順に告げていく。そして、伝え終えて店員さんがこの場を去ったのを見ると、敏也はソファに背を預けた。

 すると、そんな敏也をクリスが微笑ましく見詰めていた。


「……なに?」


「ふふ、いいえ。店員さんに対してもきちんと気配りが出来る方なのだな、と思いまして」


「……去年、小遣い稼ぎに飲食店でバイトしてたことあるんだよ。で、そん時に横暴な客に何度か当たってさ、それからはちょっと気を付けるようにしてるんだ」


「……なるほど。他者の過ちからきちんと学んでいるということですわね。ここに来るまでわたくしの荷物を持ってくれたこともありますし……少しだけ評価が上がりましたわ」


 チラリと、テーブルの横に置いてあるキャリーバッグへと視線をやりながら言う。


「そりゃどうも。……ちなみに評価が高くなるとどんな特典が?」


 敏也はそう言いつつ色々な期待に胸を膨らませ、ついでに頬をなぜか赤く染めるながらも、お冷を口にしながらチラチラと視線をクリスに送っていた。

 クリスはというと、にっこりと笑顔を浮かべ、首を僅かながら横に傾けた。そして、悪戯っぽくウインクしながら、本当に小さく囁く。


「わたくしからの熱~い口付け……というのは?」


「――よし、頑張るよ。なにせ、俺は気配りができる男だからな!」


 お冷を置いた後、ガタッ、とテーブルを揺らしながら敏也は立ち上がった。意気揚々、自信満々、喜色満面、様々なものを綯い交ぜとした佇まいで右拳を握り込む。

 と、その右拳へクリスの瞳が釘付けになっていることに敏也は気付いた。


「あっ……ごめん。もしかして、こういう傷痕とか駄目な人だった? それなら隠すけど。知り合いから貰った手袋も持ち歩いてるし」


 敏也が申し訳なさそうに言いながら傷んだ手を隠そうとすると、クリスがゆっくりと首を振り、それを制した。


「いえ、構いませんわ。傷など見慣れていますもの。それに、傷痕を遠ざけようとする者は本当に幸せな人たち……ええ、そうですわ。そんな態度は、安全な場所からの物見、軟弱者の立ち振る舞いですもの」


 それに、とクリスは区切り、顔に穏やかな笑みを湛えた。


「その傷は、エリーを護るために付いたものなのでしょう? ならば、わたくしがそれを拒絶などしていいはずがありませんわ。むしろ感謝すべきでしょう」


「クリス……」


 敏也が言葉に迷っていると、クリスは座ったままで頭を下げた。


「心より感謝いたしております、大神敏也さん。わたくしたちの大切なエリーを命懸けで護ってくださって。この恩は、いずれ必ずお返しいたします」


「や、やめろって! 頭上げろよ。別に俺は感謝されたくてそうしたわけじゃないんだから」


 敏也が慌てて言うと、クリスは頭を上げて「いいえ」と遮った。


「あなたはそれだけわたくしたちにとって尊い行いをしてくださったのです。自惚れていないという意味ではあなたのそれは美徳ですが、こういった場合は謹んで礼を受け取るのが『出来る紳士』ですわよ?」


「……そんなこと言われても……」


 そもそも、あの行いは褒められたものではないのだ。あれは、結局のところエリーネの心を傷付けるだけに終わったものだ。それをこうも手放しで称賛されると、敏也としては堪えようのないほどに居心地が悪かった。


 敏也が内心で葛藤していると、クリスが心持ち寂しげな面持ちになり、瞳を瞑った。


「……そう。まだ割り切れませんわよね。あれからそう日は経っていないのですから」


「……」


 閉じていた目をゆっくりと開き、クリスは敏也を優しく見据えた。


「ですが、忘れないでくださいまし。物事を見据える時は、一つの視点に囚われてはなりません。多角的に、様々な方向から事象を見据えるのです。今回の場合で言えば、わたくしたちの感謝の念を汲む、という立ち振る舞いができるかどうかですわね。今後もし、意見の対立や折衝に巻き込まれた時そうすることができれば、そこで訪れる危機に際して後悔に苛まれる結果を減らせるはずですわ」


「それってかなり難しくないか? 大人だってそんなことできっこない」


「ええ、そうですわね。――ですが、だからできなくていいとでも?」


 突然細められた空色の瞳に捉えられ、敏也は思わず息を詰まらせる。

 そのまましばらく何も言えずにいると、クリスは目を平常に戻しながら口元を緩めた。


「……やはりまだ子どもですわね。でも、見込みはありますわ」


「……見込みってなんのだよ?」


「それはもちろん、良い男性になる見込みですわよ」


 それまでの会話内容に反して、急に軽い内容に話が飛んだことで、敏也は怪訝さによって眉間に皺を寄せた。

 そんな敏也を見るクリスの瞳は、変わらず優しげな色に染まっていた。


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