芽吹き
「やあ、ドクター・ミハエル。ご機嫌如何かな?」
《突然国際電話がかかってきたと思ったら君か、リンカ。いいのかい? 君には常に監視が付いていると聞くが。そもそもこの通話は傍受されているのでは?》
どうやら電話口の相手は老人のようで、声がいくらかしゃがれている。
「傍受については心配ない。すでに対策済みさ。それと君の言うとおり、確かに監視は居るよ? ――わたしの足もとにね」
見れば、楠瀬燐火の足元には黒服の男三人が口をだらしなく広げ、意識を失っていた。恐らくは水準以上の実力を持った魔術師たちなのだろうが、この周囲には戦闘の痕跡など全くなく、そのことから呆気なく無力化されたことが伺える。
場所は、病院の外れにある備蓄庫の前。人通りはまったくと言っていいほどない。
燐火の言葉を聴いたミハエルは、呆れたように吐息を零した。
《まったく……恐ろしい女性だよ、君は。四神とかいう、君の国のお偉いさんを怒らせるつもりかい?》
「フッ、どちらかと言えば、わたしのほうが怒り心頭なのだがね。なにせ、大切な被検体たちを彼らの手のひらの上で踊らされてしまったのだから」
《……? ……なるほど。四神は過去の実験と似た状態――人の感情の渦の中に二人を置こうと思ったわけだな》
「察しが良くて助かるよ、ミハエル。……滑稽なことだ。彼らとアレは存在の定義こそ似ているが、他は全くと言っていいほどに別物だ。見当違いも甚だしい。たとえ同じ環境に置こうとも、引き起こされるのは悲劇の再現だけだというのに」
燐火は言い終わると、唇を堅く噛み締めた。その雰囲気を感じたのか、ミハエルは努めて軽い調子で話題を変える。
《まあ四神の件に関しては追々対策を練るとしよう。それよりも、君の体調はどうなんだい?》
「と言うと?」
《いや、今回の一件で『暴れた』と聴いたのでね。ようやく全快したのかと……》
「問題ないさ。生きているのがその証拠さ」
電話口の向こうで《ふむ……》と思案する音が聴こえ、
《ならいいのだが》
「それよりもだ。完成は近付いているかね?」
そう訊くと、ミハエルが幾分か声音に笑みを塗した。
《ああ、予定通り基礎骨格は組み上げた。後は武装と……君が送ってくれたフレーム案、あれと照らし合わせながら調整と変更を加えていけば、近いうちに完成するだろう》
ミハエルは、それと、と区切り、
《資料に添付されていた独特なGキャンセラーと……新システム用に最適化した魔動コアも組み込む予定だ。……ま、うまく機能してくれなければ搭乗者を殺してしまうかもしれないがね。向こうで組み上げている船のほうも間近らしい》
「そうか」
《あとだね、過光子ライフルに関して何だが……君の送ってくれた資料のおかげで動力源の問題が解決したよ。わたしの試作品と合わせて改良し、さっそく動力炉の組み上げに掛かっている。完成次第、内部構造に組み込んで、機体フレームと一緒に『向こう』へ送る予定だ》
「ほお、それは何よりだ。淀んだ気分がいくらか晴れたよ、クク」
《ああ、それは良かった。……ただね》
「なんだい?」
言い淀んだミハエルに対し、燐火は疑念を示す。と、
《八月初旬にはこの国を発って、輸送機で直行したいところなんだが……生憎、そうすると間に幾らか面倒な国を挟まねばならなくなるのでね。それが懸念事項なんだ。迂回路を取って行こうにも、そうした場合の補給線がどこにもない。道中に居る同士たちは、それほどには有力者ではないからね》
「……ユーラシア経済連合と、他の敵対国か」
現在、ユーラシア大陸のほとんどを占めているのは『ユーラシア経済連合』だ。かつてその大陸を分割していた国たちの一部が離反・結集し、経済体系をほぼ一辺化した後、それぞれが自治区と改名。それによって他国に対する絶対的な戦力を手にしたのだ。
しかしその後、各国との交流はほとんどが断絶し、今、彼の連合国内がどのような状態にあるのか定かではない。
他にもミハエルが所属する国は敵対状態にある国が多い。そういった国々を避けて行くとなると、大きく蛇行した航路を取らなければならない。どこかで補給を受けなければ燃料が足りなくなるのは自明というものだ。
過去の大戦――三十年前の魔術大戦が生み出した結果、その一つがこれである。
そのような地域を飛ぶのは危険極まりない。無論、ミハエルは政府側から打診して、現在は融和状態にあるユーラシア経済連合に飛行の許可を貰うのだろうが、そこは元敵対国である。下手に刺激するとどのような災厄を齎すかわかったものではなかった。
そもそも、何かを運んでいる、という事実を周囲に知られるのは極力控えなければならない。
今は、まだ。
「ならば……」
と、燐火はしばしの黙考の後、提案する。
「ミハエル、まずはここ――日本を目指したまえ。安全な航路を取ったとしても、燃料はギリギリ持つはずだ」
《日本を? そこは仮にも独立国を名乗っている場所だろう? 明確な支援関係にあるドイツ共和国と比べると、わたしたちに肩入れするのは問題があるのでは……? 政府も黙ってはいまい》
「いいや、問題ない。四神にはわたしから話を通しておくさ。『共鳴者の覚醒に必要な素材を持ってきてもらうのだ』と。そうすれば彼らも文句は言えないさ。だからこの学園の格納庫付近にでも降りたってくれれば、必要な補給を提供すると約束するよ。ここはわたしの領域だからね。政府もおいそれと手は出せまい」
《……こういうのを日本では『嘘も方便』と言うのだったか? 姑息だねぇ》
「嘘ではないさ」
《む?》
ミハエルは燐火のその物言いにどこか不穏な感触を感じ、唸った。すると、
「――君のところの孫娘、あの娘をわたしの研究所で預からせてほしい」
《なにっ?》
ミハエルが電話の向こうで目を剥くのがわかる。燐火はサプライズがうまくいったことが嬉しいのか、元から細い目をさらに細め、口元を綻ばせた。
《ど、どういうつもりだっ? あのお転婆娘を? わたしの娘夫婦すら手を焼く問題児だよ!?》
「しかし、技術者としては優秀だと聞く。まだ十六だというのに、すでに整備師と魔術実験のライセンスを持っているのだろう?」
燐火のその言葉に、ミハエルは声により一層苦渋を滲ませ、
《……あの子が天才だということは認める。彼らの覚醒の手助けをできるという可能性もあるにはあるだろう。……しかしだね、精神面が……》
「そう心配しなくても大丈夫さ。敏也たちならばきっと彼女の上っ面を見破り、その先を見据える。そして、彼女の掛け替えのない友達になってくれるよ。彼らの性格は元より――『真意』はすでに目覚めているからね」
《っ……第二段階に到達したのか……》
「ああ。気に喰わないことに、四神の横やりのせいで彼らは深く傷付いた――が、それでも彼らは歩みを止めず、互いを認め続けた。その結果、今回起こった事件は『間違った覚醒方法』だったいうのに、正しい覚醒を迎えることができた。予定よりもだいぶ早くね」
《監視カメラの映像は見させてもらったが……あれほどの戦闘で打ちのめされて尚、負の感情に支配されずに調和境界線を保ち続けたのか。……根深い想いだな》
それはきっと、眩しく輝く想い。
「……まったく、後手に回ってしまったわたしとしては、闇の中でも可能性を見せ続けてくれる彼らに頭が下がるよ……」
《リンカ……》
「だが」
消沈していた目を鋭くし、落としていた肩を上げ、正面を見据える。
その先にあるのは――青空。手の届かない、遥かな高み。
「もう四神たちに計画の邪魔立てをさせはしない。――『ブレイズ』は完成間近だ。パイロットたちも全快した。……これ以上わたしたちの道を遮るようなら、相手が四神であろうと――叩き潰す」
《……騙しているのは我々のほうだよ?》
「竜ヶ峰の鬼婆がそれに気付いていないとは思えない。恐らく、わたしたちは泳がされているのさ。共鳴者の能力がどこまで高まり続けるのか、それを見届けた後、全てを横合いから掻っ攫うためにね」
《それは……恐ろしい御仁だな》
「ああ。四神の中では、アレが一番手に負えないね。……全盛期のわたしでも五分――いや、三回戦って一回でも勝てれば良いほうだな」
《ますますもって恐ろしいよ。彼女の気が変わらないうちに計画が成就することを祈るしかないな》
「ああ。まったくだ」
幸先の悪い会話内容のせいで幾分か消沈したミハエルは、そこで気分ごと話題を切り替えるように《ところで……》と言い、
《あの届けられた資料……君が製作したものではないな。一体、誰が仕上げたものなんだい? 魔力機関の小型化案など、そう簡単に設計できるわけがない。それに、まるで何回もフレームの耐久実験を繰り返した末に完成したかのような資料だったが……》
「……さてね。一つ言えることは、養分を吸い尽くされた土壌にも、希望の芽は芽吹くということさ。そしてその存在たちは、魔に愛されている」
《……またそうやってはぐらかして……まあいい。そちらの機体も順調なようだし、この調子でいけば万事がうまくいく。……艦長候補の坊やがウチの管轄でサボっていることは目下の問題だし、キメラの今後の動きは警戒すべきだが》
「ああ、そうだね。レイナードの愚図坊やは今度わたしが殴り飛ばすとして……希望の一片が目覚める為には、共鳴者たちとは別の試練が必要となるだろう」
《希望の一片? ……まさか、搭乗者候補が見つかったのかい?》
ミハエルの問いに、燐火は口元に笑みを貼り付け、言う。
「興味深い子だよ。……彼女は」
◆
どこかの研究室。
寝台の上で頭を切り開かれた魔獣の死体。
その傍に立つ一人の老人。
ゴム手袋を施された手のひら。血で染まったそこに輝く、蒼色の石の欠片。
「……ヒヒヒ、そうか……そうなのだな。この構成変異と変遷……あの膨大な魔力……深淵を覗きこんだかのような波動と気配……この影響力……君たちは……マキナの…………クフっ、ヒヒヒヒヒ――」
静かな笑いが、いつまでもその部屋に響いていた。
◆
――そうだ。その先に、きっと幸福があるから。だから、みんなは進むんだ、進んできたんだ。どれだけ哀しくても、苦しくても、それでも歩き続けたんだ。
第二章はこれでお終いです。御一読、ありがとうございました。
第三章は近いうちに投稿します。




