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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
72/126

それぞれの終わり

 御陰市近隣の街。

 第十班が担当していた市街地では、幾たびも爆発が引き起こっている。その色は、黒。

 マサルが振るう剣とレーヴェが唸らせる黒剣がぶつかり合う度に、そのせいで炸裂した黒炎とそれを防ぐマサルの障壁と呪符が反発し、被害を拡大させているのだ。


 とその時、弾け飛んだ家屋の破片と爆風の中からマサルが後ろに大きく跳躍しながら姿を現し、その手に持っていた呪符三枚を爆風へ向け、投擲した。


「風呪招来」


 その宣告の瞬間、呪符に込められていた魔力が風へと変換され、さらには、生み出された風が爆炎を掻き混ぜ、より大きな破壊へと変化させた。

 黒炎と赤炎を混ぜ込んだ業火が、内部に居る存在を焼き尽くさんとする。

 だが、


「しゃらくせえッ!」


 声が聴こえたかと思うと、大気を唸らせながら爆風が斬り裂かれ、霧散し、家屋が吹き飛んだ跡地に健在のレーヴェが姿を見せた。

 が、


「術式、展開。奴を貫け」


 追撃とばかりに、道路に着地していたマサルは水の術式を自身の周りに展開した。

 魔方陣計十二個から十二本の水流が生み出され、マサルが剣の先端でターゲットを指定すると、即座にレーヴェへと襲い掛かった。

 その様はまさしく獲物を襲う蛇であり、生き物のように身をくねらせながら殺到。


「その程度! 吸収するまでもねえ!」


 しかし、レーヴェは自身へと迫るその光景を見ても欠片も狼狽せず、それどころか、その口角を心底愉しそうに歪めている。

 その左腕が上空へと翳され、


「狩れ――『グレイプニル』」


 瞬間、左手のひらの上方に展開された黒い魔方陣から、夥しい数の鎖が発射された。それは先端が鋭利な刃物のようになっており、明らかに敵を拘束するためのものではない。


「ちっ、さっきのヤツか。こいつはいったいいくつ――」


 その鎖たちは金属音を奏でながら空中を舞い踊り、主に迫っていた水流へと向かっていく。そして、正面、側面、あらゆる方向から水流へと突き刺さり、その体躯を散らさせていった。

 後に残ったのは、舞い散る水滴だけ。

 とそう思われたが、水流を囮とし、その陰に隠れつつ肉体強化で大地を駆け、敵に接近していたマサルが剣を振りかぶり、レーヴェに斬りかかろうとしていた――が、


「ハッハァ! お見通しなんだよ!」


 その動きを読んでいたレーヴェは右方から飛来した斬撃を黒剣で受け止めた。金属の衝突による火花と鈍い音が鳴り響く。


「おいどうしたァ? もう限界か? もっと楽しませてくれ――よッ!」


 その時までは刃同士で拮抗していたが、レーヴェが放った蹴りを左腕で受けたマサルが派手に吹っ飛んでいく。


「ちっ」


 舌打ちをした後、マサルは空中で体制を立て直すと、近くまで迫っていた家屋の屋根の端を左手で強引に掴み、屋根を引き裂きながら勢いを殺した。

 そして、


「――注意散漫だな」


「な――」


 見れば、レーヴェの右足には呪符が二枚張られている。恐らく、蹴られた際に貼り付けておいたのだろう。


「水呪、風呪、招来」


 紡がれた言葉の後、二枚の呪符から水と風が生み出され――と思われた瞬間、生み出された水が凍りつき、まるで巨大な氷柱の様な状態になった。極め付きに、その氷柱はレーヴェの右足の悉くを刺し貫いている。

 傷口から血が吹き荒び、氷柱の表面を朱に染めていく。


「ぐぅあぁぁぁ!」


 だが、それでは終わらない。まだ、敵を無力化していない。


「術式、展開。大地よ、奴を捉えろ」


 続けざまに冷たく言い放たれた言葉。それによって生み出されたのは土の術式であり、それが家屋の上にいるマサルの手から離れ、大地へと降り立った瞬間。

 レーヴェのいた場所が三メートルほど陥没した。そして、彼はそこに落ちていく。が、突き落とされたレーヴェは左足一本で器用に着地し、遥か上にいるマサルを睨む。


「っ、この程度でオレを――」


「さらばだ」


 話を聞かず、マサルは次なる行動へと移った。いや、これは彼ではなく――


「オッケイ、準備万端! ――潰して、ゴーレム!」


 遥か彼方で戦線をたった一人で維持しているはずの奈々の声が聴こえたかと思うと、レーヴェの落ちた穴を見降ろすような状態でゴーレムが顕現していた。

 その身体を構成しているのは壊れた家屋の破片、家具、家電、果てには自動車のようなものまで含まれている。


「やれ! 八咫神!」


「おっしゃー!」


 直後、街一つを揺るがすほどの衝撃が生まれ、周囲の家屋が凄まじい揺れによって軋んだ。窓ガラスが吹き飛び、壁に罅が入ったところまである。

 強烈な揺れが去った後、周囲を確認してみると、先ほどまでレーヴェが居た穴は、巨人の拳によって埋め立てられていた。


「ほっほっほ、どーよ。わたしの実力は。参ったか!」


 マサルの横に降り立った奈々は、得意げな様子で胸を張っている。


 が、それよりも注視すべきなのは、奈々が肩を貸すようにして支えている人物――成瀬紫苑がここに居ることだ。その頬には浅い切傷があり、そこから血が流れていることから魔獣と生身で交戦したのだろうか。

 訝しんだマサルは、レーヴェの動きを警戒するために横目で彼女に視線を送り、


「紫苑、機体はどうした?」


「……無茶をして機能が死んだ。もちろんあの新型は撃退したけれど。だから、不時着した後に群がってきた魔獣相手に、ハンドガンで応戦してた。……十匹は倒したよ?」


「……でたらめだな、お前は」


 魔動科は魔術が使えないにも拘わらず、身体能力が高い魔獣相手に生身で戦うなど、正気の沙汰ではない。が、成瀬紫苑は素の身体能力がなまじ高いため、それを可能にしてしまったのだろう。

 と、そこで奈々が呆れたような顔で溜息を吐き、


「そりゃもうビックリしたよぉ。ゴーレムを魔獣にけしかけて戦ってたら、突然空からしおちゃんの機体が落っこちてくるし、不時着現場に助けに行ったらハンドガン片手に魔獣の顔をソバット風味で蹴り飛ばしてるし……目を疑ったね、あたしゃあ」


「……そうか。それはともかく、紫苑の救助と協力には感謝するが、お前がこちらに来たということは……」


「あい、やっぱ一人じゃ、あんな数相手にすんのは無理でした。今頃魔獣がうじゃうじゃこの地区に入り込んでるだろうねぇ……」


 その申し訳なさそうに紡がれた言葉にマサルは大して意識を向けず、その黒い瞳はレーヴェがまだ息衝いているであろう穴へと向いている。


「そうか。……まあいい。住民は皆、数日前からシェルターの中だからな。――つまり」


「後は邪魔者を倒すだけ、って?」


 奈々がそう言うと、三人は揃って下方にある穴を見た。

 ゴーレムが埋め立てた穴からは、黒炎が噴き上げ始めていた。そして、その下から声が響いて来る。


「――大した餓鬼だな。ここまでやるとは思ってなかったぜ」


「……」


「残念だ。本当に、残念だ」


「……何を言っている?」


「時間切れだ。――悪いが、ここいらで退散させてもらうぜ」


 その言葉にマサルはより一層瞳を冷たくする。


「逃がすと思うか?」


「逃がす逃がさないの話じゃねえ。――もう逃げた」


「なにっ?」


「! ゴーレム!」


 マサルが目を剥く中、同様に驚いていた奈々が咄嗟に命を飛ばし、ゴーレムに巨腕を上げさせた。岩片を伴いながら拳が持ち上がり、その下が露わになる。


「っ、やられたな」


「だねえ」


「……あれだけこちらを小馬鹿にしておいて逃げるなんて、卑怯」


 そこには、レーヴェの姿はなかった。代わりに、穴のさらに下を穿つように空洞が広がっており、そして、それは横へと伸びているようで、おそらくは下水道へと繋がっているのだろう。まんまと逃げられていた。

 しかも、空中で治安維持部隊や軍と交戦していたテロ組織所属のレガリアたちも、なにやら示し合わせていたかのように海上の方へ向け、飛び去っていくところだった。

 味方が射撃によって敵を追撃する様を見上げた後、奈々はマサルの方を見、


「どうする? あの男を追撃する?」


「いや、下水道のような狭い場所であの黒炎を使われると面倒だ。今は、魔獣の掃討に向かうとしよう」


「了解」


 それが、レーヴェとの戦いの顛末だった。



 関東地方のある山脈。その裾にある緑の丘。

 そこでは、沼のような魔獣生成術式が仄暗い光りを放ちながら稼働を続けている。その周りには護衛としての魔獣・タイプαが控えており、不測の事態に備えていた。


「計画の進捗状況は……今日が期日のはず……」


 その傍にいる男が一人、端末を堅く握り込み、それを睨みつけながら呟いた。

 反政府組織キメラの構成員の一人。

 魔獣・タイプα及びβを生み出す本命たる術式を任されていた彼は、ここに辿り着いてからの二週間、僅かな食糧と飲料水のみで命を繋ぎ、任務を果たし続けていた。が、さすがに疲労のためか、その頬は痩せこけ、目の下には濃い隈がある。


 計画に関しての続報は――ない。

 彼自身は預かり知らぬところではあるが、生成術式を任された人員は基本的に使い捨てであり、ここまで計画が進行したとなると、もはや最新情報を流す必要を持たれていないのだ。


「くっ……回収部隊はいつ……」


 そして、苛立たしげに唇を噛み締めた時。

 丘の下で何かが動いた。


「?」


 訝しんだ男が目を向ける。

 男の疲れ眼に映ったのは、白銀の槍を携えた目つきの鋭い男が一人、ズボンに仕舞い込まずにいるシャツの裾を風に煽られながら、悠々と丘を登って来るところだった。

 ただ、その行軍は余りにも無謀だ。彼の接近に気付いたタイプαたちが首を擡げ、喉を唸らせ、今にも飛びだそうとしているというのに、その男は未だに歩き続けている。


「日本の軍属か? 馬鹿が。ひき肉になりやがれ」


 男のその言葉を引き金にしたというわけではないのだろうが、この瞬間に魔獣たちが一斉に走り出し、近付いた個体から順に槍の男に飛び掛かり始めた。

 魔獣の爪は鋭利だ。牙も同様であり、一度掴みかかられてしまえばズタズタに引き裂かれてしまうだろう。

 だが、


「『止まれ』」


 槍の男が遠雷のように低い声でそう命じると、魔獣たちが金縛りにあったかのように停止。しかも、飛びかかっていた個体は空中に縫い止められたかのように停止し、まったく身体を動かせないでいる。鳴き声を出そうにも、声が出せないようだ。


「な、なんだ……?」


 男が慄き、生成術式の方へと一歩下がる。

 それを見た槍の男――鬼術部隊第一師団隊長・断神たちがみ善十郎が、動きの止まった魔獣たちの中を直進しながら、前方で恐れ慄いている男を冷たい眼差しで一瞥した。


「馬鹿は貴様らだ。考えなしに魔力を増大させ、術式を動かすとは。おかげでこの鬱陶しい対視覚用の結界も意味を失くした。……他の生成術式の所にもわたしの部下が向かっている。そう時を置かずに潰されるだろう」


「なにっ?」


「わからないか? ――もう終わりだと言っているんだ」


 善十郎はそう言うと、歩きながら槍を翻らせ、


「そこをどけ。抵抗しないのであれば生け捕りにしてやる。先に術式は破壊させてもらうがな」


「ふざけるな! 我々がどれほどこの時を待ち望んでいたか、貴様らに――」


「『黙れ』」


 一言そう命じると、男の心臓が跳ね、声が出なくなった。喉を押さえ、急な異変に気が動転する。口はパクパクと動くが、肝心の声が出てこない。

 すぐそこまで迫ってきている善十郎の身からは、怪しげにたゆたう魔力が放出されている。


「喚くな。わたしは今機嫌が悪い。上の無理難題のせいで碌に身動きがとれず、鬼甲部隊も動けない――そんな駒の少ない状況下でこの一週間、貴様ら愚図のために山々を駆け回っていたのだ。……もううんざりだ。上も、貴様らも、邪魔な物全てが目障りだ」


「……」


 それが政府のお膝元にいるやつの言うことか、と男は思っているが、声が出ない。

 目つきだけで批難し、手のひらに術式を展開。火炎が逆巻き、男の腕をガントレットのような形で覆う。


 しかし、善十郎はその光景に目を細めるだけだ。その身から殺気が迸り、男の精神を打ち据える。が、この男とてそれなりに戦闘経験を積んでいるのだ。この程度では怯みはしても、全面降伏など有り得ない。


 と、その時。

 ズン、と音がし、何かが背後の術式から這い出して来ていた。


「それがタイプβか」


 善十郎の呟き通り、それは魔獣・タイプβ。八メートルを超す黒い体毛を宿した巨体が今この時、魔方陣から上半身を外界へと乗り出させたところだった。

 タイプβの戦闘能力は、一介の魔術師などでは太刀打ちできないほどだ。

 男はその良いタイミングでの生成完了に内心で歓喜し、吊り上げた口元を善十郎へと向けた。

 しかし、


「『砕け散れ』」


 善十郎は冷たく一言言い放った。

 すると、パリン、と堅いものが砕けたかのような音がしたかと思った次の瞬間には、タイプβの上半身が粉々に砕け散り、その身を散らしていた。血などなく、肉片もなく、サラサラとした粒子になり、風に乗って消えていく。


 今のは何だ。ただ一言発しただけで、魔獣が消し飛んだ。

 有り得ない。

 男はその想定もできなかった事態に呆然と佇むことしかできない。


「噂のタイプβ、どれほどのものかと思ったが……弱いな。まるでこちらの力に抵抗できないとは……。この程度に対応できない魔術師や魔動機乗りばかりかと思うと、頭が痛くなってくる……」


 その声は、男の背後から聴こえた。男が呆然として生成術式と向かい合っている間に、善十郎がすぐ傍まで近付いていたのだ。


「……!」


 得体の知れない力、そしてそれを操る善十郎への恐怖に身を竦ませた男は、炎を纏わせた腕を叩き付ける。

 だが、善十郎はその動きに容易く対応し、槍の穂先の側面で受け止める。


「どうやら抵抗するつもりのようだな。――では……『消えろ』」


 言い終わった瞬間に、男は周囲で停止していた魔獣たちが粉となって散っていく様を視界に捉え、そして、自身の身体が端から順に消えていく感覚を薄れゆく意識の中で感じていた。



 善十郎が槍で一突きすると、生成術式は呆気なく砕け散った。どうやら外部からの圧力に相当弱いらしい。護衛を付けていたのがその証拠だ。


「さて……」


 善十郎がようやく一息吐き、肩を回した時に、その通信は入ってきた。

 端末から着信音が鳴り響く。彼はうんざりした調子で応答のコマンドを取った。


「なんだ?」


《やっほー》


「……和葉か?」


《残念! 優葉のほうだよー!》


「……どちらでもいい。さっさと用件を話せ」


 この通話相手は同僚であり、部下でもある双子――蒼井和葉、蒼井優葉の両名なのだろう。通話口からはもう一人の笑い声も聴こえてくるため、間違いない。

 善十郎の諦観交じりの声音に勘付いたのか、電話の向こうの相手はどこか不機嫌そうな雰囲気になる。


《えー、冷たいなー、善十郎は。せっかくこっちの術式も破壊できそうなのにぃ》


《これじゃー壊す気が失せちゃうなー》


「さっさと壊せ。減給されたいのか?」


《ちょ、わかったってば、もー》


《すぐカッカするんだからー。――じゃあ、西の空を見ててねー?》


「西?」


 善十郎がどこか嫌な予感を伴いながらそちらへ目を向けると、


《たーまやー!!》


 二人分の声が端末から届き、そして、西の空へと極大の火柱が立ち昇り始めた。それはまるで、空へと伸びていく火の道である。

 善十郎は絶句。次いで、頭痛に堪えるように頭を抱える。


「……」


 山で火を使うな、や、もっと威力を落とせ、など、善十郎としては文句が多々あるのだが、それを毎回言っても聞かないのがこの双子なため、彼は渋めた顔のまま口を噤んだ。

 電話口の相手は、どうやらうまくいったのが嬉しいらしく、声音がご満悦だ。


《いやー、どうだった!? 善十郎。かーなり盛大に逝ったと思うんだけど!》


《周りの魔獣ごとボーンッだもんね! この一週間の鬱憤全てを込めた怒りの一撃さぁ!》


「……貴様ら、いい加減に魔力融合を気安く使うのは止せ。無駄に被害が増える。山火事にでもなったらどうするつもりだ。……それに、下級魔術を魔力量で強引に肥大化させるのも止めろ。暴発したら手が付けられん」


 と、善十郎が言うと、和葉と優葉は苦笑したようだ。


《いやだってさぁ……わたしたちに似た力を持った子たちが、この前これくらいのこと遣って退けたらしいじゃん?》


《だったら『わたしたちもこれくらいはできるんだぞ!』ってのを先輩として魅せ付けておきたいなー、と》


「肝心の二名がここには居ないだろう……」


《おお、そうだった!》


 二人分の納得声に善十郎は益々頭を抱える。

 が、その脳裏では件の二名についての考えが巡っていた。


「大神敏也とエリーネ・フリートハイム。……楠瀬燐火、貴様がやつらを使い目指す高みとは何だ……?」


 その問いの答がわかるのは、まだ先の事だ。



 相変わらず博士とクレインは激突を続けている。

 雷光が瞬き、疾駆してきていた影を塗り潰す。迸った雷撃を影たちが呑み込んでいく。


「クヒッ、しつこいガキだな、楠瀬燐火。いいかげん、ワシを逃がしてくれてもいいのではないか?」


「逃がすものか。ここで貴様を逃がせば、後々どれほどの災厄となるかわからん。ここで叩き潰させてもらう」


「ヒヒッ、そうは言うが、どうやら長いブランクを挟んでいたようだな? 全盛期の話と比べると、どうにも動きが鈍いのがわかる。『神速』の名が泣くな」


「ちっ」


 舌打ち一つで苛立ちを吐き出す。

 と、その時、クレインが一礼した。


「しかし、そろそろお暇させていただくとするよ。――これも手に入った事だしね」


「それはっ」


 クレインの手には、足元の影からズルズルと引き摺りだされるように出て来た幅広な剣が握られていた。いつのまにか解呪が終わっていたのだろうか。

 博士はそれを見た瞬間目を剥いた。


「魔剣・アスカロン。――そうか、それが貴様の目的だったわけだな」


「クヒッ、その通りだ。厳密に言うと、今回の計画は世界中で保管されている魔具の回収が目的だ。まあ正確には、それらが含有する神格生物の因子、この剣に限って言えば『竜の因子』が欲しいだけなのだが」


「……私の友人の物に汚い手で触れるなど……っ」


 博士の相貌が先ほどよりも凄絶に歪む。怒りを体躯に沁み渡らせ、今にも飛び出しそうな雰囲気を放っている。

 だが、そうはできない。

 周囲を見れば、博士とその後方にいる敏也とエリーネを囲むような形で幾千もの影の魔手たちが持ち上がり始めている。このまま突撃すれば魔剣を奪い返せるかもしれない。しかし、そうすれば後ろの二人が殺されてしまう。だから、博士は動けずにいた。

 その代わりに少しでも情報を引き出して見るか、と博士は思い、再び口を開く。


「竜破壊の剣などを奪ってどうするつもりだ。それは適格者と支払うべき対価が揃った時しか特効を発揮しない。通常状態ではそこらの剣と変わらないはず」


「ヒヒヒ、物は使い様と言うだろう? これにも有効な使い方があるのだよ。とっておきがね」


「とっておき?」


 博士の表情が怪訝に歪む。


 現代でも過去でも、この世界では竜の存在など確認されていない。

 そもそも、アスカロンは竜破壊の剣とは言っても、その力はあくまでも『竜を殺すだけの力』を得るものだ。他に有用な使い道など――


(いや、待て。因子? 神格生物? 剣に含有されている? ということはまさか……)


 己の持てる知識を総動員して結論を導き出す。

 この推測が正しい場合、現状よりも恐ろしい事態が訪れることになる。


「貴様、まさか、竜の因子を使って魔獣どもを強化するつもりか?」


「ふぅむ、惜しいな。半分は正解だ。しかし、残り半分は答えられていない」


「半分?」


 これ以上何を得られるというのか。こちらが知らない何かをやつは知っているというのだろうか。

 博士の脳裏で、形振り構わずこの敵を殺すべきではないか、などと物騒な選択肢が首を擡げ始める。が、それを即座に振り払う。


(二人を見捨てるわけにはいかない)


 己の背後に居る、満身創痍の敏也と心身衰弱のエリーネ。どちらも限界であることは明らかで、敏也のほうなど、あと一撃でも喰らえばどうなることか。

 ただ、少なくともここで自分が警戒しているうちはクレインは攻撃してこないはず。それは、迂闊な攻撃をすれば、その際に発生する隙に楠瀬燐火が飛び込んでくるとやつもわかっているからだ。

 クレインがこの場を安全に後にする方法は、こちらを釘づけにした状態で姿を眩ますこと。


(こんな段階で彼らを喪う訳にはいかない)


 ようやくここまで漕ぎ付けたのだ。大勢の犠牲の上にやっとここまで辿り着いたのだ。

 フェイズⅠはクリアした。現段階はフェイズⅡ。目的を果たせる日は近い。

 ここで計画を頓挫させるわけにはいかない。ここまで希望を繋いでくれた、あの子たちに報いるためにも――


「――行くがいい」


「は、博士っ? いったいなにを――」


「エリーネ、止せ。わかるだろ?」


 力無く肩を落とした状態で博士が紡いた言葉を理解できず、エリーネは声を張り上げようとした。が、敏也がそれを短く制した。その表情に疑念と焦燥を滲ませながらも冷静さを装い、軽率な行動に奔らないように自制して。


(本当に成長したものだ)


 ずっと見守ってきた子供たちが大きくなるというのは、これほどまでに心を満たすものなのか――博士はそんな感慨を抱いている。


 と、先ほどの博士の言葉を聴いたクレインは満足げに頷き、


「懸命な判断だ、楠瀬燐火。では失礼するよ」


 そう言うと同時に、クレインの足元の影が波打った――直後、クレインの足がズブズブと呑み込まれ始め、膝元辺りまで見えなくなっている。

 なんらかの術式。恐らくは、影の力を応用した移動術式なのだろう。


「そして子どもたち。君たちの力は未成熟だが、見込みがある。どうにも理解し難い部分はあるが、それは追々調べていくことにしよう」


 胸元まで呑み込まれた。


「また君たちの居る場所へお邪魔するよ。その時まで、その力を磨き、健やかに育ちたまえ。――ではね」


 言い終わると、口元が呑まれ、鼻、眼孔、額と消えていき、終いには頭頂部。そして、全てが呑み込まれた後、影のうねりは納まった。


 場を満たしているのは静寂。

 その様を睨むように見ていた博士は全てが終わった後、忌々しげに唇を噛み締め、


「思い通りになどさせるものか、咎人め。必ず……必ず貴様らを討ち祓ってみせる」


 敏也たちが聴いたことがないほど険呑とした声音で、そう呟いていた。



《っ……限界稼働時間よ!》


《了解、春美! ――大河君、パージが終わるまで一緒に前に出るよ?》


《はい、わかりました!》


 春美が強化ユニット・闇御津羽の限界稼働時間が訪れたことを告げる。モニターに映っている機体情報は、闇御津羽のデフォルメ画像の全身が真っ赤に点滅し、各部の自動パージが開始されたことを告げる文章が示されている。


 それを聴いた薫はスナイパーライフルを右手から投げ捨て、背部に装着していた二本の小型対魔剣のうち一本を握り込む。大河も同様に、背部に装着していた対魔剣を機体の手に取らせる。


《頼むわね! シークエンス開始……ハッチ解放確認》


 闇御津羽の胸部装甲が左右へ割れ、稼働。その胸の中に手足を折り畳むようにして納まっていた『メシア・リ・ロード』の姿が露わとなる。


《各部連結……左腕、右腕、左脚部、右脚部、背部コネクタ――各所との同調解除確認。――行くわよぉ!》


 その瞬間、春美の機体が闇御津羽の胸の中を蹴り飛ばすようにして跳躍。そして、従来のメシアよりも増設されている各部のスラスターが点火。身を空へと躍らせ、その(かん)に両腕部に装備されている小型シールド――その先端から短刃を展開する。

 そして、


《そこよ!》


 魔獣の群れの中心へと飛びこみ、一閃――二閃。その後も鈍い光が疾駆し、掴みかかってこようとしていた魔獣たちを一撃で仕留めていく。

 血飛沫が舞い、春美の機体を汚していく。


《春美! いきなり前に出過ぎだ!》


《注意を引き付けてた僕たちより奥に飛ぶなんて、どういうことさ、姉さん!?》


 その勇ましさに頼もしさを感じつつも、無謀な特攻と認識もできるさまに二人は苦言を呈す。そして、彼女を援護するために射撃武装を乱射しながら対魔剣を閃かせ、敵を斬り倒し、彼女の元へと向かう。


 ――背中合わせとなるようになった三人、否、三機を取り囲むようにして、百以上の魔獣たちが喉を唸らせている。

 それを見てとった薫はコックピット内で苦笑を零し、


《春美、君のせいで囲まれてしまったんだけど?》


《あら? 遅かれ早かれわたしたちは囲まれていたわよ。魔獣たちは敏也君たちを追うのをやめたようだし、それに、あなたたちの弾薬も底を尽きたのでしょう?》


《……まあね》


 と、言いながら、薫の機体が左手に持っていたマシンガンを取り落とした。

 大河の機体も同じようにアサルトライフルを捨て、両手で対魔剣を握り込んでいた。


《さすがに補給も無しでこの数相手は無理があったね、姉さん、薫さん。格納庫に戻ろうにも次々とやってくるし》


《そうねぇ》


 春美は応えつつ、格納庫のほうへと目を向ける。

 そこでは、こちらよりも数が多い魔獣の群れ相手に奮闘する他の魔動機たちの姿が見えた。彼らはどうやらこちらへ救援に赴こうとしているらしく、壁のように連なっている魔獣たちを撃ち殺し続けている――が、次々と現れてくるため、一向に進めていない。

 飛行しようにも続々と飛びかかって来るため、迂闊に隙を見せれば即座に掴みかかられてしまうだろう。

 つまり、救援は見込めない。


《……口惜しいけれど、ここで終わりかしら》


《さてね? ――それよりも、さっきからあたしの機体のレーダーにはこちらに向かってくる機影が一つ映っているんだけど》


 薫の機体はスナイパーライフルを使う為にセンサー類が僅かながら強化されている。そのため、春美の機体や大河の機体よりもセンサーが鋭敏で、かつ、遠方まで届く。魔獣が放つ魔力が周囲に満ち満ちているこの状況下でも、正確な情報収集が可能だ。


《機影? どこから?》


《演習場から》


《それって――》


 春美が何かに気付いた時、それは飛来した。


《おやぁ? これは不味い状況ですねぇ。ご無事ですか? 天埜さん、佐上さん。それに……そちらは天埜君の機体ですねぇ?》


 上空に猛スピードで現れ、急制動を掛けて停止した機体。それは第二世代魔動機メシア――しかも、全くと言っていいほどに素体だ。何のチューンも施されておらず、色も銀のまま。

 魔獣たちの視線はそちらに向き、春美たちから興味を失っている。

 その機体は――


《槇先生? どうやらご無事だったようですね》


《ええ、お待たせしました。実技教官の方々と共同で対処に当たっていたんですが、どうにも数が多すぎましてねえ。生まれてくる魔獣の七割がたは倒していたんですが、それでもなかなか生成術式に一撃を入れられなくて……》


《メシアは突破力――火力がありませんからね》


《ええ、その通りです、佐上さん。教官の方々もなんとか近付こうとしてくれたのですが……如何せん戦力が足りず……。でも、先ほどなんとか生成術式を破壊しましたので、後はここにいる雑魚を片付ければそれで終わりです。教官の方々はわたしと別行動を取り、地下安置室に直行しました》


《これ全部を……ですか》


 大河は戦慄しながら呟く。

 見渡せば、どこもかしこも黒に染まり、そして、その所々にある紅い目が、ギョロギョロと不気味に蠢動している。その幾百の異形の手は空中に居る槇先生の魔動機へと伸ばされており、その光景はまるで亡者。不気味さに拍車を掛けている。


《できれば遠距離から始末したいなぁ……》


《おんやぁ? 情けないことを言うものではありませんよ、天埜君。――この程度の数、我々が力を合わせればどうにでもできますよ》


《……現主席と元首席の人はそうなんでしょうけど……僕は整備班志望ですし、近接戦闘は苦手なので……できれば勘定に入れないでほしいんですけど……》


《もうっ、大河、仮にもわたしの弟ならもっと覇気を持って――っと、お話はお終いね》


《だね。――動くようだ》


 それまで蠢いていた魔獣たちが一瞬停止――したと思えばざわざわと再度蠢き始め、それぞれが雄叫びを上げ始める。

 ついに雌雄を決する時がきたのだろうか。


《えっ?》


 だが、それは違った。


《魔術――術式ですねぇ?》


 魔獣たちの足元に黒い染みができ、そこに呑み込まれるようにしてその姿が消えていく。格納庫付近にいる個体も同様に、次々と姿を消していく。


《まさか……回収? なぜ……わざわざ連れて帰る必要なんて……》


 そのまま放置しておけば、さらなる打撃をこの学園に与えることができただろうに、なぜそうしないのか。魔獣は使い捨ての兵器だ。回収する必要性など皆無なのに。

 一匹……また一匹と消えていく。


《……共鳴者ハーモニクスたちの力に勘付きましたかねぇ……?》


《槇先生? 共鳴者とは?》


 呟いた槇先生に春美は問う。と、彼女は首を振る気配を漏らし、


《いえね? それについては言えないんですけど、ちょーっと気になることがありまして》


《それは?》


《……魔獣たちの頭の中に、小さな小さな石の欠片が入ってましてねぇ。注視しなければわからないほどに小さなものなんですが……天埜姉弟、あなたがたなら察しが付くかと思います》


 魔獣たちはその姿を完全に消した。格納庫付近に居た魔動機たちが片膝を付き、放熱フィンを広げて排熱を行っている姿が見える。

 それを尻目に、春美は顎に手を当てて物想いに耽り、


《……石……なるほど、そういうことですか。共鳴者とやらが何のことなのかは知りませんが、その石を回収したということは……》


《ええ。彼らからどのような影響を石が受けたのか、それを知るためでしょうねぇ》


《でも、なんであの石を魔獣の頭の中に? それに、どうして槇先生が石のことを知ってるんですか? あれは各国で機密事項扱いに――》


《ちょ、ちょっと待ちなよ、三人とも! 明らかに聞いちゃいけないような事をここで話すのはやめてもらえるかな? それと、ナチュラルにあたしを巻き込むのもやめてくれないかな? ……あたしはもう疲れたよ。取り敢えずシャワーを浴びて一日寝たいくらいにね》


 その批難に三人は、それもそうか、と納得し、息を吐いた。

 そして、


《敏也君とエリーネちゃんは無事かしら?》


 ――全身に火傷を負い、満身創痍の敏也を乗せた車が御陰市の病院に向けて走りだしたのは、それから十分後のことだった。


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