神速の戦女神
《ああもう! キリがないわねっ! ――いいかげん、鬱陶しいのよ!!》
《姉さん、疲れてきたのはわかるけど、もっとしっかり狙って撃ってよ。こっちまで巻き込まれそう……》
《わかってるわよ!》
弟である大河からの文句もさして関せず、モニターで蠢く黒へとうんざりとした視線を送りながら、春美が操縦桿を繰る。
すると、強化ユニット・闇御津羽が砲撃体制に移行し、その全身に配置された火器を解放した。
バックパック両側面、両肩、胸部、前・側腰部、両脚部それぞれに内蔵、あるいは設置されたミサイルポッドたちが絶えず火を噴き始める。両手のマニュピレーターそれぞれで保持している四連ガトリング二丁が回転を始める。
そして極め付きに、それまで温存していた、背に配置しているエネルギー式自動砲塔三基が起動し、グラウンドに佇む自機の背後に見える校舎へ向け駆けていく魔獣たちの姿を捕捉。そして迎撃を開始した。
その直後、特大の爆風が巻き起こり、極大の爆音が鳴り響き、地を大きく振動させる。
ただでさえ先ほどエリーネが放った最大術式によって、まるで夜空に浮かぶ月面が縮小されてこの場に顕現したかのようにクレーターが発生していたグラウンドが、雨のように降り注ぐ銃弾・弾頭によってさらに大きく穿たれていく。
と、銃撃の間隙、強化ユニット頭部に向け、弾幕の中で生き残った魔獣一体がその鋭利な爪を閃かせ――
ダンッ、という音が聴こえたかと思うと、いまにも到達しようとしていた魔獣は、その身から肉と血を撒き散らしながら大地へと叩きつけられていた。
《……相変わらず良い腕ね、薫。それとも、そっちは数が少なくて楽なのかしら?》
《いや? そんなことは――っと、ないよ。これでも精一杯の援護さ》
通信機を介して薫の声が届く。
見れば、春美と薫、そして大河の機体を囲むように回り込んできた魔獣たちに対し、薫は自機の左手に握らせたマシンガンで銃撃戦を行いながらその進行を阻んでいる。
つまり、先ほどの援護射撃は、その乱戦の中で右手に無用の長物として抱えられているスナイパーライフルを用い、僅かな時間の内に行われたということだ。
相棒のその頼もしい働きに春美は仄かに笑みを零しながら、
《ふふ、あまり無茶をしないでね。前みたいなことはごめんよ?》
《……わかってる。もう迂闊に前に出たりはしないよ。『援護役はどんな時でも前衛を信じるべきだわ!』――だろう?》
《……昔のことよ、それは》
通信機越しに照れ臭そうに言いつつ、自機『メシア・リ・ロード』と連動した強化ユニット――『闇御津羽』を使役する。
再び第三演習場から飛び出してきた数十の魔獣に対し、超火力による制圧射撃を行う。
だがそれでも敵の数が圧倒的に多いため、どうしても討ち漏らしが出てきてしまう。
放熱のために銃身を冷却している隙に、数メートル近くまでその内の一体が近寄り――
《ざーん念♪》
グシュ、と肉を割く音が聴こえたかと思うと、強化ユニットがその右手に持っているガトリングの砲身を突き立て、大地ごと魔獣を串刺しにしていた。
そして持ち上げた右腕を乱暴に振るい、その死体を群れに向かい投げ捨てる。
《こういう使い方をするものではないとは思うけれど……仕方ないわよね》
《……整備班の身にもなってほしいな。それを掃除するのは、大概あたしたちだよ?》
《あら、ごめんなさい。だってこのユニット、近距離用の武装がないものだから♪》
《……元々その強化ユニットは海中用装備だし、そもそも海中での近接戦闘は想定されてないからね。そりゃ、近接用の武器はないさ。……だからってね――》
《ああ、はいはい、わかったから。お説教は後にしてくださらない? ――またおかわりが来たわ》
《そもそも君は普段から弾薬を使い過ぎなんだ。どうして単体の哨戒任務ですら弾薬を使い尽してくるのさ。……学園側に提出する請求書の額を見たとき、毎度毎度あたしたちがどんな顔をしているか――》
《あ……電波が…………わる…………ザーザー》
《……君、口で言ってるじゃ――》
カチリ、とスイッチを押し、通信を遮断した。無論、一時的にである。さすがにずっと遮断しておくのは戦闘状況においては不味いため、数秒後には復旧させるつもりだ。
《まったく……実弾を使うほうが稼働時間が伸びていいじゃない。光学兵器は必要な時だけで十分よ》
とは言っても、請求書云々のことについてはそれなりに悪いと思っているため、少しは自重しようと春美は思っていた。撃ち尽くす寸前で止めておこう。
そんなことを考えていると、先ほど見た増援がグラウンドの半ばまで接近していた。
《ふぅ、ゴキブリみたいに湧いてくるわね。まったく……早く発生源を潰しなさいよ、虎雅あきと。……敏也君とエリーネちゃんのことも心配だけれど、ここを離れるわけにはいかないわよね……》
春美は射撃を行いながら、周囲の様子を伺う。
このグラウンドとその近くにある格納庫はなんとしても死守しなければならない。
自分が今この持ち場を離れれば、格納庫前で奮戦している味方の十機近い魔動機が孤立することになり、その上校舎にまで侵入を許してしまうことになるかもしれないのだから。
《……歯痒いけれど、やるしかないわね》
強化ユニット『闇御津羽』の限界稼働時間まで――あと十分。
春美は彼らの無事を祈り、その指先に力を込めた。
◆
「……雷? なんで……」
聴き慣れた、それでいてどこか怒りを滲ませたあの人の声が上方から響いてきて、その直後、視界が光で埋め尽くされていた。
部屋は、おそらくは雷の落着によって発生したと思われる蒸気と粉塵によって埋め尽くされている。その視界の悪さは、ほんの数十センチ先でさえ見えないほどだ。
「エリーネ、いいかげん泣き止め。ちゃんと周り見ろ」
「ひっく、わかって……っ……ます」
ゴシゴシと眼を擦り、エリーネは面を上げた。
その時だった。
「敏也、エリーネ、生きているかね?」
その声は、前方――先ほどまでクレインが居た方角から聴こえてきた。
ただ、その声の持ち主は奴ではなく、
「はか……せ?」
「なぜ、ここに? それに……それは……?」
博士。戦修学園隣接研究所、第一研究区画に居城を構える研究者――のはずだ。
だが、いま目の前にある彼女の後ろ姿は、部屋に吹き荒れる烈波に白衣をしきりにはためかせているその姿は、学園の一研究者兼理事長と呼ぶには些か猛々し過ぎた。
その体躯には、これまでは感じられなかった膨大な魔力が溢れ返っている。
その右手はこの瞬間、それまで握っていた細長い漆黒の手を数本纏めて握り潰した。
その左手は、パキパキと骨を鳴らしながら、バチバチと帯電している。
その右足は、漆黒の魔の手たちを雷撃を纏った蹴りで根こそぎ踏み潰していた。
そしてなによりもその目が、瞳が、双眸が、普段の彼女が見せるどこか気の抜けた感触ではなく、隠しきれない殺意と憎しみに染まった壮絶な物となっている。
「君たちが生きていてくれて良かったよ。ああ……本当に。――ここから先はわたしに任せ、君たちは休んでいたまえ。それと、エリーネ」
「は……はい!」
「座学で回復魔術の基礎理論は習っただろう? できるならば、敏也の身体にある軽度の火傷を治療してやりたまえ。重度のものは君の手には余るだろうからね」
「わ、わかりました。でも、博士――」
彼女の身を案じるようにエリーネが弱々しく呼ぶ。が、
「私に心配は無用だ、エリーネ」
「?」
「――すぐに、終わらせる」
口調と表情だけは普段と変わらず。
ただ、その恐ろしい輝きを灯した目が絶えず向けられているのは言うまでもなく、クレインだ。
「クレイン・マクラードとお見受けする。確か、大戦中の米国の第二世代魔動機、その改修計画の主任だったか」
「クヒっ、いかにも。航空装備を開発し、米国での事件――あの暴走体を手掛けたのもワシだ。……そういう君は武功に名高い『戦女神』――楠瀬燐火だな」
「おや、お会いしたことがあったかな?」
「ヒヒ、いや、一度もない。ただ、直に会ったことはないが、その姿は軍の報告書で見かけたことがある」
そこで恭しく、わざとらしく畏まった礼をしながら、
「――お初にお目にかかるよ。実に光栄だ。まさか『魔動機大戦』で日本側に生まれた英雄にこのような場所で見えようとは。魔動機大戦といえば、君たちの部隊で実験できなかったのが心残りの一つだった」
「ふふ、こちらこそ、と言わせて頂こう。なにせ、わたしたちはあんたたち科学者の研究のおかげでとんだ迷惑を被った。憎くて憎くて仕方がない。今すぐあんたの首根っこを引き千切ってやりたいくらいさ」
「ヒヒヒ、クヒヒヒ! それはそれは申し訳ないことをした。あの実験は、それはもう心底楽しかったので歯止めが効かなかったのだ。イヒヒヒヒヒ!!」
「――この下衆がッ!!」
刹那、博士が激昂を示し、その身体から雷を放ち始めた。
ヴァルキュリア・システム――それは博士こと楠瀬燐火が編み出した半自動型術式であり、感情の高ぶりに呼応した体内の術式がその都度雷を生成する魔術である。
ただ、楠瀬燐火の強さはそれだけではなく――
「ヒヒ! 寄らせはせんよ! 『デッドリー・ウェイブ』」
術名が口にされるとともに、再び影たちが蠢き始める。そして、ギュバッ、と射出音を奏でながらクレインの足元の影から数十本の腕が飛び出した。
「――散れ!」
だが、魔手が到達する前に燐火は帯電した右腕を振りかぶり、右方向へと薙ぐ。
すると、腕から迸った雷撃たちが魔手に激突し、直後には膨大なスパークを伴いながら互いに消滅した。そう、硬度の高い魔手たちをいとも容易く消し飛ばしたのだ。
敏也たちはその一つに対処するためにあれだけ苦労していたというのに。
圧倒的な魔力量と適切な対処能力、そしてなによりもその雷と肉体強化能力の融和から生み出される絶対なる破壊の一撃――それこそが楠瀬燐火の強さなのだ。
その様をクレインが焦った様子で眺めていると、燐火が姿勢を低く落としながら睨みつけ、
「――いくぞ」
「ヒッ、こりゃまずい! 『ゲノム・シャドウ』」
クレインが慌てて影の軍団を生み出す。周囲の影が波打ち、次々と人影が現れる。それに加え、再び魔手が立ち上り、軍団の後方でその身を擡げていた。
だが、それでも楠瀬燐火は止まらない。否、躊躇いはしない。
走り寄ってくる影たちそれぞれに対し、瞬時に目を向けた後――加速。
立ち尽くしていた彼女の姿が掻き消え、気配すら消える。
次の瞬間には、軍団の左側を走っていた影三体が雷光によって消し飛んでいた。燐火はこの場に姿すら見せることなく、敵を薙いだのだ。
「速いな! さすがは『神速』! ――だが、魔力で位置はわかるぞ!」
嬉々としてクレインが叫ぶ。
それと同時に、気配でなく、魔力によって燐火の位置を把握した影たちが一斉に黒々とした顔を向け、その場所を目指し、駆け出した。
だが、
「――『天景』」
居場所を見破られた直後、影たちの上方へと飛び出していた燐火が告げ――次の瞬間には、彼女の手から放たれたおびただしい数の雷撃によって、影の兵隊たちはその全てが焼き尽くされていた。
だが、クレインのその攻撃は燐火を仕留めるためのものではなく、本命の攻撃を当てる為の布石だ。
「ヒヒ! 隙ありだ! 『デッドリー・ウェイブ』」
言葉とともに途轍もない数の腕が、空中で身動きが取れない燐火へと殺到する。
しかし、
「――『天骸』」
静かに紡がれた術名とともに、燐火の身体の周囲に大小様々な術式が、まるで彼女の全てを覆い尽くさんとするかのごとく展開され――
バチッ、と短く音がしたかと思うと、その術式全てから白雷が召喚された。
全方位への無差別攻撃。
あらゆる方向から突き立たんとしていた影の腕たちは、その悉くが雷光に呑まれ、凄惨とした消し炭となった。
その光景を身体の後ろで手を組みながら眺めていたクレインが目を細め、
「……クヒッ、良い戦いっぷりだ、楠瀬燐火。君を素材に出来ていたなら、あの実験はもっと楽しくなっていたかもしれない」
雷撃で影を屠った後、パチパチと残光の迸る地に降り立った燐火が、その言葉を発したクレインを斜めに睨みつける。
「ふんっ、わたしには適正がなかったのだろうさ。そのおかげで犠牲にならずに済んだのは幸いだが……。――だとしても、犠牲になった者たちのためにも、この子たちのためにも、わたしは貴様らの蛮行を赦しはしない!」
「イヒヒ! まったく大層なことを言うものだ。生意気なガキめがっ。ならばワシを殺してみろ! ――楠瀬燐火ァァ!」
◆
「博士が、高位魔術師? これが……高位魔術師の戦いなのか?」
「……圧巻とは、まさにこのことなんでしょうね」
明らかに自分たちとはレベルが違う。見ているだけで冷や汗が流れてしまう。
影を巧みに操り、博士――楠瀬燐火の接近を阻むクレイン・マクラードも。
雷を使役し、縦横無尽に駆け回り、立ち塞がる影たちを文字通り薙ぎ払う博士も。
速度も、判断力も、手数も豊富。総じて傑物と呼ぶに相応しい。
その積み重ねが、経験が、蓄積された知識が、自分たち程度の魔術師ではその何もかもが及ばない。これが、大戦を生き抜いた魔術師の実力ということなのだろうか。
再び激しい攻防を始めた二者を敏也とエリーネは戦慄しながら見つめ、かつ、エリーネが張った障壁の内で傷の治療を行っていた。
敏也は床にしゃがみ込み、炎刀を傍に置き、そのままで静止している。
そしてその傍には、回復魔術の行使によって仄かに発光する両手と術式を、敏也の左腕にある火傷に向けているエリーネがいた。
「……っ、これで、私に治せるものは全て治しましたよ」
「ありがとな。少し楽になったよ」
「でも、早く病院で本格的な外科手術と回復魔術を受けなければ……」
エリーネはそこで言い淀んだが、そこから先は言わないでもわかることだった。
「大丈夫だよ。このくらいじゃ死にはしないって」
「なにを馬鹿なことを……あなたの今の身体は、そんな強がりが通るような状態ではないんですよ?」
と、そこで目を伏しながら、
「その……右手なんて……もう……」
エリーネが控えめに指摘した。敏也はそれに目を向け、否定するようにかぶりを振る。
「大丈夫だって。……一応動くには動くし、……きっと治るさ」
エリーネには見られないように身体の陰に隠しながら、焼けたことで表面のほとんどが炭化した皮が――肉が引き攣る指をギチギチと動かしつつ稼働を確かめ、敏也は言った。
だが、それは気休めだ。
(きっと……治ったとしても痕が残るだろうな)
拘束から逃れるために全力で炎刀を使用し、刀身から溢れ出た炎をその右手に伝わせ、己が身を焼いた。――容赦なく、焼いたのだ。
(うまく加減できたら良かったんだけどな……)
少々残念に思うが、そもそも自分には攻撃魔術に関する経験やセンスがほぼないのだ。
だから、いくら魔刀自体が魔力制御を補助してくれるとはいえ、その刀身から顕現する膨大な炎を、僅か二週間足らずという短い期間で完全にコントロールすることが不可能だということは、とっくにわかりきっていた。
……それでも、たとえどんな結果になろうとも、彼女を護りたかったのだ。この手で大切な人を護り通すと、そんな子供じみた願いを貫きたかったのだ。
だが、結果はどうだ。そんな身勝手な想いを押し通そうとした結果はどうだ。
博士が助けに来てくれなければ自分は死んでいた。そしておそらく、彼女すらも。護ることなどできていない。後少しで何もかもを奪われてしまうところだった。
(……俺は、まだ弱い。どうしようもないほど、弱い……ッ)
目を瞑り、唇を固く噛み締めた敏也の表情は、心からの悔しさに染まっていた。
〈黒いうねりが、歯車を浸食している〉




