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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
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影の悪鬼


 その異様な気配を放つ老人を見た敏也は、刀を持った右手を前へと突き出しながら声を出す。


「お前が侵入者だな」


「クヒッ、そうだとも、少年。このワシこそが侵入者。――しかし、そう身構えることはあるまいて。ワシが目的を果たす間、大人しくそこで指を咥えて見ているのなら、君たちを悪いようにはしない。少々身体の中を弄らせてもらうだけだ」


「ふざけたこと言いやがって! お前みたいなおかしなヤツの好きなようにさせるか! このクソジジイ!」


 腹が立った。まるで自分たちを実験動物であるかのように言う目の前の敵が、腸が煮え繰り返るほどに気に喰わなかった。


(敵……敵だ。こいつは間違いなく、倒すべき敵だ!)


 その激情に呼応するようにして炎刀が白熱。刀身から熾烈な炎が生まれ、それが螺旋を描くように舞い始める。

 その光景を目にした老人は、恐れを抱くこともなく、杖を床に着いたまま、ただ悠然と佇んでいる。


「なるほど。それがアイギスを一刀のもとに切り裂いた刀か。確かに妙な魔力反応だ。……魔力波形に歪み……いや、何かが引っ掛かっているという感じか……その状態でここまでとは……」


「まさかあの老人は……魔力を解析して……?」


 エリーネが驚きに目を剥く。が、すぐに冷静さを取り戻した。

 この侵入者は学園の結界の一部を破壊し、内部に入り込んできたのだ。ならば、この程度の芸当、出来て当然だ。事ここに至って驚くほどのことではない。


 それよりも、気になることがあった。


「あなたは、私たちのことを知っているようですね?」


「いかにも。ワシが雇った部下たちが君たちの世話になったそうで、その者らから話は聞いた。なんにせよ、その節の事は感謝しているよ。君たちのおかげでアナスタシアのデータが取れ、そしてなにより、君たちという融合個体の存在を知ることが出来た」


「融合個体?」


「そうだとも。魔力融合を果たした個体を過去、科学者たちはそう呼んだのだよ。……まあ、被検体のほとんどは実験中に息絶えたがね」


「……」


 自分たちの関わっている実験が危険であることは知っていたが、だとしても、似た実験における被検体が全て死に絶えていたということは初耳だった。


 敏也は顔を老人に向けたまま、小声でエリーネへ向け、


「俺たちの実験がそれとは違うものだってこと、黙ってたほうがいいよな?」


「ええ。今は話を合わせて時間稼ぎを」


 敏也たちの関わっている実験は、魔力融合を目的としたものではない。実験の全容――それを二人は知らないが、少なくとも実験終了が言い渡されていない現状では、魔力融合のみを到達目標とした実験でないことはわかる。


 なんにしても、ここは迂闊に相手を刺激せずに、少しでも話を長引かせて教員たちが駆け付けるまでの時間を稼ぐべきだ。――老人の向こう側で封印された剣と反発しあっている影のことは気になるが、今はどうすることもできないため、頭から振り払う。

 敏也は一息吐くと、猛っていた炎刀の炎を鎮め、刀を降ろした。


「で、その実験のことを知ってるあんたは、何が目的でここに入り込んだ? ここにある魔具が欲しいのか?」


「ふむ……さかしいな、少年たちよ。ワシを話に乗せて、少しでも情報を引き出そうというのか? それとも――応援が駆け付けるまでの時間稼ぎかな?」


 したり顔で言いのけた老人に対し、敏也たちは諦観したように肩を落とした。


(バレてる……か。そりゃそうだよな)


 向こうにいる老人は、自分たちとは文字通り年期が違う。それこそ、積み上げてきた経験に大きく差がある。そこには無論、他者とのせめぎ合い、騙し合いという事柄も多分に含まれ、敏也たちのような若造が謀ろうには無理があったのだ。


 核心を突けたことが愉快なのか、老人は下卑た笑みを深め、


「ヒヒ、まあいい。乗ってやろうではないか。解呪が終わるまで暇なことだしね。――君の言う通り、魔具が欲しいのだよ」


「何の目的で?」


「さて、なんだろうか。君たち程度の塵に話したところで遮りようはないだろうが、話す義理などもっとない。質問を変えるべきだと思うね」


「……だったら、あんたの名前は?」


「クレイン。ワシの素上を調べたいのなら好きなようにしたまえ。なんなら、ここで全て話してやってもいい。減るものでもないからね」


「……反政府運動を始めた理由は? そうする前は一体何をしていたんですか?」


「愉しいからさ、実験がね。しかし、国に所属していては何かと制約がかかる。それが気に喰わなかっただけだ。最後に携わっていた仕事は……魔動機の改修実験だね。あれは愉しかったよ」


「――なにッ?」


 敏也はクレインの発言内容に目の色を変え、睨みつけた。エリーネも、まさか、とでも言いたげな顔で老人を見ている。

 彼らのその豹変に疑念を感じた老人は首を傾げ、


「おや、どうしたね。怖い顔になっているよ。九年前の暴走体の内の一機、それを造り上げたのがワシだというのが、それほどまでに驚くことなのかね?」


 その時、ビシリ、と音がした。

 発生源に目を向けると、それは敏也――その足元の床が、炎刀から発せられた熱波によって割れた音が先ほどのものだった。

 敏也は炎を逆巻かせながら、クレインを細めた眼で鋭く睨めつけ、


「てめえが……アレを造ったのか。あの殺人兵器を……あの化け物を……! てめえが!!」


「なにを世迷言を。兵器などどれも大差なく殺人兵器では――いや待て。もしや……君は被害者か? イヒヒヒっ! それは申し訳ない! 日本での被害はワシのせいではないが、だとしても謝らせてもらうよ。――すまなかったねぇぇぇ?」


「――消し飛べ、屑が」


 身を折るようにして嗤いを堪えたクレイン。その言葉の直後には、敏也が乱雑に振り抜いた炎刀から零れた火炎が辺りに飛び散り、クレインが居た場所をも焼き尽くしていた。

 それまで薄暗かった空間を燃え続ける炎が照らし、しかし、床や壁はほとんど融解していない。この部屋の壁等も、全て対魔素材なのだろう。余程集中して炎を当て続けなければ、いくら『炎刀・灰神かいじん』の力でも破壊は容易ではない。

 そんな中、高笑いが響いていた。


「イヒヒヒヒ! 素晴らしい! なんという破壊力だ! このワシが身を隠さねばならないほどとは、恐れ入ったぞ! ――しかし、未熟!! 魔力制御が赤子のようだぞ、少年ンン!!」


「な……っ?」


 突如、燃え盛る紅蓮の中から黒い腕が十本近く飛びだしてきた。それが、敏也たちを穿たんと鋭く伸びて来る。

 が、


「障壁展開」


 エリーネが敏也の前へと飛び出し、両手を構える。すると、数瞬とせずに球状の魔力障壁が生み出され、二人を囲い込む。

 衝撃と激突した黒い腕たちは容易く弾かれ、周囲の壁の方へと過ぎ去っていく。


「ほう……これはなかなか。障壁の才を持った魔術師か。貴重だな」


 声と共に前方の火炎が吹き消されるように消え、そして、床で波打つ影の中からクレインが姿を現した。その身体はどこにも外傷がなく、敏也の攻撃が簡単に躱されていたことがわかる。

 敏也は自身の知識の中にない敵の未知なる術式に警戒を示し、だが、竦むような真似はせず、炎刀を構えながらエリーネに呼び掛ける。かたきの一人を前にして怒りは込み上げてくるが、それでも冷静だ。


「エリーネ、俺があいつを撹乱する。その隙になんとか攻撃をぶち込んでくれ」


「わかりました。……でも、危ないと思ったらすぐに下がってくださいね。決して無茶な真似はしないでください」


「ああ、わかってるよ。――じゃあ、いくぞ」


 それを皮切りに敏也は最大加速――高速でクレインの視界外に飛び出すと片足で急制動を掛け、そのまま前へと踏み出し、接近を試みた。

 しかし、


「拙い動き――赤子のようだと言ったはず!」


 クレインの足元にある黒の波が大きくなり、それが防波堤にぶつかった波のように立ち昇った。接近していた敏也を呑み込むようなタイミングである。


「ぐぁっ!」


 スピードを付け過ぎていたためか止まれず、敏也は黒の奔流に容赦なく弾かれた。身体が宙を舞い、遥か五メートルは吹き飛ばされ、床を何度も転がる。肉体強化を掛けていても消しきれないほどの衝撃だ。


「う――くそっ!」


 だが、敏也は立ち上がる。心を奮起させ、余裕の笑みで佇んでいる敵を決死に睨む。


「そぉら、次だ!」


「やば――」


「やらせません! 『ベルヴェルク』!」


 敏也への追撃が行われる寸前、エリーネの叫びが聴こえ、その手のひらには魔方陣から顔を覗かせたスナイパーライフルの砲身が顕現していた。そしてその砲身からは火を高圧縮した弾丸が、間髪入れずに発射された。

 敏也はそれを見た途端、床を蹴り、大きく後方へと身を離した。


 ――交易都市に置いて、数キロ離れた船を狙撃し、尚且つ跡形もなく消し飛ばした。それだけでは飽き足らず、海上を数十メートルに渡って焼き尽くした破壊の権化たる攻撃。


 ただ、ここは閉鎖空間であるためか、自分たちを巻き込まないためにその術式は幾分か加減されている。だがそれでも、喰らえば一撃で人体など消し飛ばせる弾丸だ。

 しかし、


「若いな、少女よ! 破壊力だけでは高位魔術師を倒せはせんぞぉ!」


 クレインが右手を塗り付けるような動きで自身の前面の空間を円に撫でる。すると、そこに足元から影が移動し、直径二メートルほどの円形の防御陣となった。

 火の弾丸と影が激突。

 だが、爆発が起きる前に変形した影が、火の弾丸を一息に呑み込む。直後にくぐもった爆発音が安置室中に響くが、影は一瞬の内に風船のように膨らんだだけで、爆風も衝撃も何も襲ってこない。

 エリーネの攻撃は完全に無効化されていた。


「そんな……あれを防ぐなんて……」


「強い……」


「ヒヒヒ、いくらワシが技術畑出身だとはいっても、まだまだ若い者たちに後れを取りはせんよ」


 杖を持ったまま両腕を広げ、まるで自身が全能であるかのように佇み、こちらを嘲笑うクレイン。その周囲では、影の腕たちが何十本も立ち昇り始めている。


「っ」


 それを見た敏也とエリーネは危機を察知。そしてエリーネが、


「大神くん!」


 敏也を呼び、


「ああ!」


 彼はそれに応え、俊足にて部屋を駆け、エリーネの傍に舞い戻る。すると、エリーネが自分たちの周囲を再び障壁で覆い、防御体制を取った。

 しかし、そのほんの数秒の遣り取りを見送ったクレインは、口元を愉しそうに裂きながらも、呆れたようにかぶりを振っていた。


「馬鹿の一つ覚えだね。捕食者の前で愚かにも巣に籠るなど……愚策だ!」


 次々と生まれ来る影の腕たちが放物線を描きながら光の殻に殺到。その凄まじさたるや筆舌にし難く、まるで豪雨のような勢いと量で行き交い、消滅し、また生まれ、何度も何度も殻を打ち据える。

 黒き雨が二人を襲う。


「うぁああぁ!」


「きゃあぁぁ!」


 絶え間なく続く連撃によって強烈な振動が内部を襲い、敏也とエリーネはそれに身を揺さぶられる。そして、強固さを誇っていたエリーネの障壁に僅かながら亀裂が入る。

 球状の障壁はそのまま安置室の壁に叩きつけられ――しかし、影たちはそれだけでは飽き足らず、壁へ減り込ませようとするように殴打し続ける。

 鳴り響き続ける打撃音を耳にしつつその光景を尻目に、クレインは心底愉しそうに嗤いを上げていた。


「アハハハハハハハハハ! どうだね、少年、少女よ! 所詮君たちは『井の中の蛙』というやつだよ。君たちは世界を知らぬ! ワシ程度の力に対抗できぬなど、融合個体の名折れも甚だしい。恥を知りたまえ!」


 集中砲火のような攻撃が終わり、障壁がガラスのように砕けた後に残ったのは、倒れ伏したエリーネと、彼女を庇うように覆い被さっている敏也の姿だった。

 攻撃が止む寸前、障壁を突き破ってきた数本の腕に叩きつけられた結果だった。

 だが、


「うっ…………く……そが」


「大神……くん、私を……庇って……?」


「当たり前……だろうが」


 打撲感を伴った敏也は痛む身体に鞭を打ち、身体を起こす。そのままほとんど無傷のエリーネに手を貸し、彼女を立ち上がらせた。

 その様を見据えたクレインは考えるように顎を押さえ、呟く。


「ふむ……存分に加減したつもりなのだが……その程度の肉体硬度しか持ち合わせていないのか。ますますもって残念だ。……君たちに力を与えた技術者は、いったい何を考えているのやら……」


 パチン、と指を鳴らす。と、漆黒の腕たちが再び持ち上がり始める。


「さあ、見せてくれ。君たちの本当の力を――与えられた可能性を。ワシに示してくれ」


 苦痛が滲む顔の二人は苦々しくそれを見据え、しかし、まだ諦めてはいない。敏也は痛む右肩を押さえながら炎刀を構え、


「エリーネ、俺たちの魔力残量は?」


「……約二割といったところです。もう大技を二回も使えばそれで……」


「そっか……」


 これまで連戦――御陰市の近隣都市での魔獣・タイプβとの戦闘、レーヴェとの戦い、そしてそれから学園に直行しての迎撃戦。さらに、この戦い。――それでもまだ二割も残っているというのは重畳というところ。

 しかしこの状況下では、それを重畳とはとても言えない。まだ、足りない。たとえ万全の状態であったとしても、この敵に勝てるかどうかわからない。


(――逃げるか)


 それも道の一つだ。

 ここで無駄死にするより、その方がよっぽどいい。元々、敏也たちでは勝てる見込みなどほとんどなかった相手なのだ。そしてこれは正規の任務でもないため、逃げたところで誰かに咎められることなどないのだから。


 思い立った敏也は小声で、


「エリーネ、俺がヤツの目を眩ます。その隙に逃げるぞ」


「……わかりました。この実力差では止むを得ません」


 エリーネは悔しそうに頷き、敏也の斜め後方へと隠れる。


「ヒヒ、相談は終わったかね? ……では、いくぞ」


 クレインは短く笑い、その手に持った杖の先が敏也たちに向けられ、


「『デッドリー・ウェイブ』」


 術名とともに、影の腕たちが矢のような速度で敏也たちに迫って来る。

 しかし、敏也はそれを目にしつつも、炎刀を対魔素材製の床に軽々と突き刺し、


「――護れ、『灰神』」


 その直後に、刀身から炎が噴出。それがまるで壁のように連なり、炎の壁と成ってクレインと敏也たちを遮る。

 刀の先を床から引き抜くと、敏也は身を翻し、


「今だ! 走るぞ!」


「はい! 行きま――」


 エリーネの声が止まった。敏也は訝しく思い、そちらを見ようとする。――が、


「っ――な?」


 振り向いた直後に、右腕が動かなくなった。否、影の腕が敏也の右腕の肘辺りを掴み、その動きを阻害していた。


「なんで――」


 見れば、影の腕たちが『炎刀・灰神』の生み出した炎の壁を容易く貫き、そのまま敏也とエリーネの身体へ次々と掴みかかっていた。エリーネが途中で言葉を止めたのは、その光景を目撃し、愕然としたからだろう。

 容赦のない拘束によって、徐々に身体の自由が奪われていく。


「嫌……離して……! ――大神くん……っ!」


「待ってろ! 今――『灰神』っ!」


 体中を雁字搦めにされたエリーネの、助けを求める弱々しい声を聴いた敏也は状況を考察する雑念を振り切り、衝動のままに炎刀を起動。炎を猛らせ、腕を動かせないでも、影の腕たちを焼き切ろうと試みる。

 しかし、


「くそっ! なんで切れない!?」


 影の腕たちは炎刀から迸る熱波に蚊ほども疲弊していない。灼熱で焼かれながらも、まるで何もないかのように敏也たちを拘束し続けている。炎刀自体の斬れ味でどうにかしようにも手首すら動かせないため、それも叶わない。


「クヒヒ、君たち程度が扱う魔術など、ワシの前では塵芥同然よ。その程度の魔力構成ならば、目にした直後に適応させてみせるぞ」


「こいつ……っ」


 つまりは、敏也とエリーネの魔力構成を完全に把握し、かつ、常に微弱に変化しているそれに影の腕を構成している自身の魔力を即座に対応させ、炎によるダメージを軽減しているということだろうか。

 先ほど、腕たちが炎の壁を突っ切ってこれたのも、そういうことだろう。


(……勝てない)


 それどころか、逃げることすらできない。

 すでに敏也とエリーネの身体は何十もの影の腕たちによって絡め取られており、炎刀を持っている右腕など、数ミリも動かすことができないほどだ。

 完全に動きを封じられてしまった。


「ヒヒ、そう怯えなくていい。君たちがどうやって魔力融合を果たしているか、それを調べるだけだ」


 クレインが杖を突きながらゆっくりと歩いて来る。


「まあ、君たちを包んでいるその膨大な魔力で一番揺らいでいる部分――そう、胸の中心辺りを抉らせてもらおうか。きっと、そこに触媒があるのだろう?」


 残り、七メートルを切った。その骨ばった左手が伸ばされる。この距離では届かないはずなのに、その手が齎すだろう恐怖と痛みだけは敏也たちに届いてしまう。


「――一体、なにをそこに埋め込んでいるのかな?」


 邪悪な笑みを浮かべた魔が、すぐ傍に近付いてきている。


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