オーバー・モード
《死ね! 小娘!》
《――撃たせない!》
御陰市より車で十数分ほど離れた距離にある街。
その街の上空では雌雄を決し合う敵味方の魔動機たちに混じり、アナスタシアがアイギス中心部に展開された砲塔を紫苑機に向け、プラズマを今にも放たんとしていた。
だが、紫苑機はその発射までの僅かな時間に接近を試みている。
(……エネルギー収束時間――この内に切り込めればっ!)
魔動機を繰る紫苑にはそのような狙いがあった。
が、
《遅い!》
《くぅっ!?》
辿り着く前にエネルギー収束が終わり、プラズマ砲が発射された。
いかに強度の高い対魔装甲といえ、これほどの収束エネルギーを喰らえば……。
だが、紫苑は攻撃の予兆を視界に捉えた瞬間、咄嗟に操縦桿を傾け、自機に回避運動を取らせることでなんとかその攻撃を躱すと、そのまま敵に肉迫した。
《はあぁぁぁぁッ!!》
裂帛の気合いと共に、紫苑機が両手の対魔剣を閃かせる。
それに対してアナスタシアは、至近距離まで近づかれる前にアイギス側面からアンカーを発射し、その接近を阻もうとした。――その数は今までのように四ではない。その倍、八本となっている。
推進装置付きのアンカー八本が空中で蛇のようにうねりながら紫苑機に迫る。
《……小賢しい!》
だがその程度では、今の紫苑に対しては時間稼ぎにしかならない。
紫苑が鬱陶しそうに叫びながら、自機の刃でアンカーの先端、ワイヤー部分、その悉くを切り裂いていく。そして、その暴虐の最中に横合いから飛び込んで来たアンカーに対し、後方へと飛び退きながら斬撃を見舞う。
斬り裂かれたアンカーの破片がパラパラと散っていく。
(……敵アンカーの残りはおそらく四本)
と、その時、
《っ!》
モニター端に煌めく何かが見えた瞬間、紫苑は即座にペダルを踏み込み、スラスターを一斉噴射させ、自機を急上昇させた。
直後、光の柱が先ほどまで紫苑機が居た場所を轟音とスパークを生み出しながら過ぎ去っていく。
そして、体制を立て直していた紫苑機へと、敵からの通信が届いた。
《フンっ、相変わらず反応速度だけは一級品だな。――しかし、私のアナスタシアと違い、貴様の機体は弱い。弱すぎる》
《……やってみなければわからない!》
その言葉とともに、バックパック右側面に残っているガトリング砲が起動する。それが間髪入れずに弾丸を雨のようにアナスタシアへ向け放ち始めた。
だが、
《――その程度か?》
長い一斉射の末、着弾による金属音が去った後そこに残っていたのは、砲塔を収納したアイギスを構えた体制のままで、空に悠然と佇むアナスタシアだった。
《……くっ、無駄に硬い盾》
忌々しげに紫苑がぼやく。すると、敵パイロットがそれを嗤うかのように言う。
《ククク、碌に武器を与えてもらえん正規軍ほど哀れなものはないな。いや、まだ貴様の声は幼いことだし、学生か? どちらにしても、哀れであることに変わりはないが……》
《……》
《まったくもって健気なことだな。どうせ貴様らは全員死ぬことになるというのに、それでも足掻くとは、みっともないとは思わないのか》
《――黙れ》
と、敵パイロットの声を紫苑の低い声が遮った。それには、怒りが満ち満ちている。
《なに?》
《……私のこの機体は、私の相棒が改良してくれた物。……馬鹿にすることは絶対に許さない。誰であろうと許さない!》
《ハハハ! なにが許さない、だ。それが、アイギスの防御能力を突破できない貴様が吠えることか?》
だが、紫苑はその耳障りな挑発に怒り狂うような真似はせず、その心に静かな怒りと闘志を燃え上がらせるのみ。
《――前に言ったはず》
《?》
《私たちを、あまり舐めない方がいい、と》
その言葉を発した直後、紫苑機が左手に持っていた対魔剣を右腰部に装着した。さらにバックパックとガトリングを連結していたアタッチメントが炸裂ボルトによって切り離され、追加装備一式が市街地へと落ちていく。
そして、右手に残った対魔剣を両手で持ち、機体側面に構える。背部大型スラスター二基のフィンがそれぞれ左右へ最大展開され、擬似的な短い翼のような造形となる。
《……今この時なら、ここに護るべき対象はいない。そして、この空域で最も厄介な存在はお前。なら、お前さえ倒せたなら障害は消える》
それを見た敵パイロットの顔が訝しげに歪む。
《どういうつもりだ? たかが剣一本でワタシに勝てるとでも?》
ヴラドからの言葉に応えず、紫苑はコックピット内で目を瞑っていた。そして、
《……ごめんなさい、大河。また――この子を壊す》
その双眸がゆっくりと開かれる。
《これから先、お前は『私たち』を傷付けることはできない》
《? それはどう――》
《魔動コア、リミット・オーバー。駆けて、type-S――オーバー・モード》
――音声入力確認。シオン・ナルセ本人と認識。
――ニュートライズ・ザ・システム。
――モード・シフト……ディバイン・ウェポン。
淡々と紡がれた声。
モニター上に映し出された文字の羅列。
その後に生まれたのは、アナスタシアの背後にいつの間にか移動していた紫苑機の姿だった。
《なにっ?》
一拍遅れて鳴り始めたアラートによって紫苑機の接近に気付いた敵パイロットが、咄嗟にアナスタシアに背後を振り返らせる。
だが、
《……遅い!》
《ぐがっ!?》
ツインカメラが獣の目のように鋭く光った後、横薙ぎの一撃。
ただそれだけのはずだが、アイギスで受け止めたアナスタシアはスラスターを限界まで噴かしていたにも拘らず、その身体を大きく後方へと跳ね飛ばされていた。
刹那、モニター上から再び紫苑機の姿が消える。
ゆえに、モニターではなくレーダーを見て位置を確かめようとする。
しかし、
《な、なんだ、このスピードは……》
レーダーで捕捉した紫苑機の位置が……絶えず数瞬で移り変わっている。四方八方へ、上下左右へ、あらゆる方向の垣根なく、空を駆け巡っている。
再度、背後より紫苑機による斬撃が煌めく。
それになんとか反応した敵パイロットは機体を操作し、再びアイギスでその攻撃を受け止める。が、その上方から振り下ろされた一撃は、アナスタシアの高度を大きく下降させた。
凄まじい揺れが機体を襲う。
《ッ!! ……なんだっ、このパワーは……っ?》
敵パイロットが困惑した様子で呟く。
だが、そうしている間にも蜃気楼のように霞む紫苑機が空中を駆け回り、強襲の準備を整えている。
《――なんだ! その機体はァァァ!?》
自棄になったかのように叫びながら、アナスタシアの左腰部に装着されていた対魔剣を右手で引き抜く。そしてアイギスを左腕で構えながら右手を振り被り――
《……どこを見ているの?》
その声の持ち主――紫苑が居る場所を捉え、ヴラドが反応した時には、すでにアナスタシアの右足が膝から切断されていた。そして、切り落とされた右足はバチバチとスパークを散らし、小規模な爆発を起こしながら墜ちていく。
ヴラドは、その右足の行く末を見据えながら驚愕に目を剥いていた。
《バカな! 今、目の前にいたはずでは……》
《……言ったはず。もうあなたは、私たちを傷付けるはできないと》
通信機からノイズ混じりの紫苑の声は届くが、モニター上にその姿はどこにもない。
《くそっ》
《ヴラド様!》
と、その時、上官の危機を察したのか、一体の黄色のレガリアがスラスターを噴かせながら飛来した。
《化物め!》
部下がバックパックの右側から対魔剣を取り、右手に持って振り被る。
そして、いつのまにか数十メートル離れた地点に現れ、こちらの動きを滞空して眺めている紫苑機へ果敢に斬りかかるも――
《……邪魔》
紫苑機が一瞬でその眼前に移動し、レガリアの右腕を肘辺りから斬り落とした。
が、
《逃がさないぞ!》
レガリアの搭乗者は右腕を斬り落とされた直後、紫苑機の右腕部を左手で掴み、その動きを妨害し始めた。思惑通りになって嬉しいのか、搭乗者は口元の笑みを深めながら声を張り上げる。
《ヴラド様! 今です!》
《よし、そのまま抑えておけ!》
アナスタシアのパイロット・ヴラドがその精悍な顔に感情を発露させ、機体を駆けさせる。対魔剣を構えた状態での突進。そのまま紫苑機を串刺そうという腹積もり。
しかし、
《……無駄》
言葉と同時に、紫苑機の左足が敵レガリアの胸元に添えられ――直後、凄まじい膂力で敵機を押しながら自身の右腕部を引き、瞬きの間に敵の右腕部を肩口から引き千切っていた。オイルが飛び散り、それがまるで返り血のように紫苑機の頭部へ掛かる。
パイロットはその荒唐無稽な事態に動揺を示すことしかできない。
《そ、そんなばかな》
《……消えて》
次の瞬間には、呆然と佇むレガリアの胴が真一文字に裂かれていた。直後、爆散。
次いで、紫苑機の姿が霧のように消える。
《っ! ――貴様ァァァ!》
ヴラドが部下を殺されたことで声に怒りを滲ませ、操縦桿を握りしめながら、アナスタシアに搭載されているセンサーを総動員して紫苑機の姿を捉えようとしていた。
だが、見つからない。捉えられない。移動スピードが速すぎる。
《っ!》
ヴラドは半ばヤケクソ気味にプラズマ砲を起動。砲身が瞬時に展開され、四方八方へとプラズマが飛び始めた。
だが、紫苑機には当たらない。どれだけ撃っても虚空を過ぎ去るのみ。霞みのような紫苑機の姿しかモニター上には映らない。
《何故だ! 何故お前はそれほどの加速に……Gに堪えることができるっ!?》
《……これで終わりにする》
そして、周囲を警戒するアナスタシアの遥か上方に紫苑機が姿を現した。
頭部センサーが紫苑機の姿をようやく捉える。
――虚空に佇むその姿は、凄絶。
高速で飛び回ったことによる空力加熱、それによって上昇した機体温度のせいで機体関節部および放熱ダクトからは蒸気が立ち昇り続けている。その圧倒的な熱は雨粒程度では冷却できず、機体に触れた瞬間に雨は蒸発して消えていく。
揺らめく蒸気を従えし彼の機体は、対峙せし者すべてに畏怖を与えしモノ。
赤熱した対魔剣は、この世に存在せしモノを普遍なく切り裂く退魔の兵器。
――魔動機。魔を屠りし機神。
《……行く》
《ッ!》
紫苑機が下方へ向け加速したその瞬間、敵パイロットがその顔に明確な怯えを示し――
複合防盾アイギスの裏から、おびただしい数の火の玉が飛び出した。
《……! フレアっ?》
本来ならばミサイルなどの赤外線誘導による兵器の狙いを逸らすための兵装。だが、なぜこのタイミングで? この程度の妨害など、今の自分には障害にならないというのに。
その答えは、フレアが散った後の目の前にあった。
《……逃げた?》
紫苑がモニターで見る先には、遥か彼方の水平線を目指し、スラスターを最大噴射しているアナスタシアの姿があった。
《……逃がすと――っあ》
すぐさまその後を追おうと操縦桿を握り直した紫苑が、何かに気付いたかのような声を小さく漏らした。そんな彼女の視線は、紫苑機内部の下部モニターに向けられている。
――リミット・オーバー、三……二……一……――
デジタル数字によるカウントが零になった瞬間、コックピット内部のモニターが不安定に明滅し始め、機体各部のスラスターが不規則な噴射炎を見せ始めた。
それまで機体に掛かった高圧力のため、右腕のあらゆる部位が小爆発を起こしている。
そして機体駆動音がみるみる小さくなり始め、機体高度が著しく下がっていく。
《……っ! 機能が……!》
明滅しているモニターに表示されているのは『魔動コア破損』という警告文だった。
それが、先ほどまでの異常な機体性能の対価。
魔動コアとは魔動機の心臓部。それを失った紫苑機がこれからどうなるか、そんなことはわかりきっていた。
《……くっ、なんとか……着陸するまでもって! type-S!》
紫苑はそのまま下方に見える黒が蠢く市街地へ向け、墜ちていく――




