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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
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闇御津羽

 敏也たちがグラウンド外周部に着き、目にしたもの。

 それは、八メートル強はあろうかという深緑よりも暗い色の巨人の姿だった。

 しかも、その巨人は両腕に長大で武骨な四連ガトリングガンを装着しており、さらには両肩やバックパック両側面、前・側腰部、脚部に大型ミサイルポッドを内蔵、または引っ提げている。

 そして、それが今まさにフルオープンされたところだった。


 大型コンテナから雨のように小型ミサイルが撃ち出され、それがグラウンドの向こう側にある森林型の演習場から現れてきた魔獣・タイプαたちへと降り注いだ。

 轟音と閃光が現れ、次いで猛風が吹き抜けていく。


「な、なんだありゃ!?」


 敏也は目を剥いてそう言う。すると、大河が苦々しげな声を出した。


《……第二世代専用強化ユニット『闇御津羽くらみつは』だよ。元は水中潜航用に製造されたんだけど、思ったように戦果が上げられなくて、初期製造分だけで廃棄が決まったんだ。それを物好きが拾って地上用にしたってわけ》


「……で、直した後、噂の地下格納庫で保管してたってわけか。さすが政府直属の教育機関だな。金持ち~」


 格納庫前のアスファルトには稼働して開く仕掛けが施してあると聞く。つまりは、普段学生たちが使う地上の格納庫ではなく、地下にある広大な格納庫内にあれを格納していたということだろう。

 それを聴き終ったエリーネは頭痛に堪えるように自身の頭を支え、首を振る。


「誰があれを操っているのか、大体想像は付きますが……」


「なんで?」


「だって、あんな規格外の兵装の所持を許可できるのも、してもらえるのも、この学園には一人ずつしかいないじゃないですか」


 エリーネからの指摘に敏也は「ん?」と首を傾げた後、「ああ……」と思い付いたかのように背筋を伸ばした。


「所持する許可出したのが博士で、乗ってるのは春美さんかー。なるほど、派手好きなあの人らしいな」


《身内としては頭が痛いよ。なに、あのパワフルさ。一応は女性なんだから、こういうときは護ってあげたくなるような可憐さを見せても良いと思うんだけど……》


 そう言う大河が乗っている機体の視線は――至近まで接近してきた魔獣たちに対し、この瞬間にガトリングガンを棒術さながらに振り回しながらそれを吹き飛ばした巨人へと向いていた。

 べしゃり、と立て続けに地面に激突し、潰れながら絶命した魔獣たちを目にした敏也たちは戦慄の表情でその光景を眺めている。


「うっへぇ、ガトリングって近接武器だっけ? 何考えてんだ、あの人……」


「剣や盾を投擲するのが良い、とか言っていたあなたがそれを言うんですか?」


「フィクションと現実とではさすがに違うから……あんな使い方してたら整備班泣くぞ、おい」


 敏也はエリーネからの批難にそうぼやくと、視線を周囲へと配った。

 どうやらグラウンドを任されているのはあの巨人――闇御津羽だけで、他の機体たちはグラウンドの隣にある魔動機の格納庫付近で陣形を組み、火線を集中して魔獣の到来を阻んでいるようだ。

 恐らく、あれだけの火力があれば一機でもしばらくは持ち堪えられると踏んでの采配だろう。それは正しい見立てだったと言える。そして、戦力が格納庫付近に集中しているのは、魔動機乗りたちの本陣たる格納庫を死守するためだ。


 そこで視線を闇御津羽へと戻す。

 頭部のセンサーを発光させ、次々と現れてくる魔獣たちを睨み据えた闇御津羽は、腰を落としながらガトリングを構え、いつでも発砲できる状態で佇んでいる。

 と、その時、


《そこに居るのはもしかして大河? それに、敏也君とエリーネちゃんね?》


 インカムを介して通信が届いた。その声を敏也たちが聴き間違えるはずなどなく、二人と一機は周囲の安全を確認しながら闇御津羽へと近付き、


「どーも、春美さん。さっきのスイングはホームラン級かホールインワン級の華麗さだったと思いますよ」


《あら、ありがとう。薫を泣かせるのを覚悟して振った甲斐があったというものだわ》


「春美会長、前を見てください、前を。魔獣の群れがまた迫っていますよ」


《もうっ、エリーネちゃんは真面目ねえ。……よっ……と》


 カチリ、という音がインカムを通して届き、次の瞬間には闇御津羽が一斉射を開始していた。思わぬタイミングで発生した騒音に敏也とエリーネは、顔を顰めながらインカムをしていないほうの耳を塞ぐ。

 数秒の斉射が終わった後、そこに魔獣たちの姿はなかった。あるのは立ち昇る煙と砂ぼこりのみだ。


《ごめんなさいね、突然撃っちゃって。二人とも、鼓膜は無事かしら?》


「……なんとかですけどね。撃つなら撃つって言ってくださいよ、ったく……」


《うふふ、今度から気を付けるわ♪》


「テンションたけー、この人。なんかハイになっちゃってるよ……」


「いったいどうしたんでしょうね……」


《二人が無事で嬉しいんだよ、きっと。だよね? 姉さん》


 大河が呆れ気味に確認を取る。と、春美が笑む気配が伝わる。


《あら、そこにはあなたも一応含まれているわよ? 大河》


《はぁ……そうやって僕のご機嫌を取って、後で闇御津羽の整備を手伝わせる気なんでしょ? わかってるんだからね》


《そういう穿ったものの見方は姉として不服だわ。これでもあなたのこと、心配していたのよ?》


《はいはい》


 姉弟の心温まる触れ合いを背景に、魔獣たちが再び森林型演習場のフェンスを乗り越え、または突き破り、グラウンドへと姿を現した。

 それを見た春美は闇御津羽内に収納されている自機メシア・リ・ロードのコックピットで疲れたように息を吐き、操縦桿を動かした。

 すると、メシアの制御系から命令を伝達された闇御津羽が剛腕を持ち上げ、ガトリングの銃口を敵へと向ける。


《また来たのね。これじゃあおちおち話も出来やしないわ》


「――では春美会長、ここは私に任せてください」


《エリーネちゃん?》


 エリーネの、胸を自信満々に張りながらの宣言に、春美は困惑の眼差しをモニターに向ける。が、敏也はといえば、やれやれとでも言いたげに首を振っていた。


「どうせ、あれ使うんだろ。……今度はちゃんと加減しろよ?」


「わかってます! もう『ギア』起動時のコツは掴みましたから!」


 と、憤慨しながらエリーネは手のひらを空へと向ける。

 ――直後、そこから生み出された光点が結界に触れるギリギリまで急上昇。そして拡散し、散った光たちが夥しい数の魔方陣として顕現した。

 空を埋め尽くすかのように出現した魔方陣群を見上げた三人は、どこか不安げな表情でそれを見続けている。


《これって確か、さっき向こうでタイプβを……って不味くない?》


《エリーネちゃんの『アースガルズ』……ね。でも、これって無差別攻撃じゃなかったかしら? 演習場やグラウンドごと吹き飛ばすつもり?》


 天埜姉弟の懸念に、エリーネはその身から膨大な魔力を発し、それを変換――風として撒き散らしながら、不敵な笑みを浮かべる。


「ご安心を。手綱は握りました。もはやこれは無差別攻撃ではありません。れっきとした殲滅型術式です」


 その言葉が終わると同時に、魔方陣たちが発光。そこから撃ち出された隕石とも見紛う巨大な火球たちが、グラウンドを駆けて来ていた魔獣たちに降り注ぐ。しかも、それは明らかに照準が合わされており、関係ない場所には向かわずに敵のみを狙っている。

 隕石群の衝突による衝撃波が地を駆け、敏也たちを打ち据える。グラウンドには数えきれないほどにクレーターのような爆心地が出来ており、原形を留めていない。


 エリーネはそんな中、輝く魔力障壁を前方に展開し、その爆風に悠然とした態度で臨んでいた。艶のある長い銀髪が風に乗り、爆炎が前で舞っているというのにその輝きは微塵も霞んでいない。

 ただ、この状況下でそれに美しいという感慨を抱くかと問われると甚だ疑問であり。


「……相変わらずこえーな、こいつ。今度怒らせたらマジで殺されそう……」


《……こんな人を落ち込ませることができるんだから、敏也君はある意味で凄いよ》


「嬉しくない褒め言葉だな、おい」


《はいはい、怖がるのはそこまでよ、男子諸君。今の攻撃で第五波は壊滅したようだし、これで少しの間だけ話ができるわ》


 どうやらこれまでに四度の襲撃があった様子。そして、確かにグラウンドを走って来ていた魔獣たちは跡形もなく吹き飛んでおり、未だに次の魔獣が現れていないことから、僅かながら猶予があるようだった。


 エリーネは風で乱れてしまった髪を直しながら、敏也の隣へと戻ってきた。が、肝心の敏也がジトリとした視線を向けてきていることに気付き、訝しげな眼差しで彼の顔を見上げる。


「? なんですか、大神くん? 私の顔に何か付いてますか?」


「いーや、何も。ただ――」


「ただ?」


 エリーネはきょとんとして首を捻る。その仕草には凄まじく愛嬌があるが、それに敏也は堪え、指をどこかへと向けた。

 その先にあるのは――格納庫。


「ああいう派手な攻撃する時はちゃんと前もって周りに通達するようにしとけよ。ほら、向こうに居る魔動機たちがみーんなこっち見て固まってるぞ」


「うっ……」


 見れば、確かに魔動機たちが敏也たち――とりわけエリーネを見据えて居り、どこかその巨脚がじりじりと引いているように見える。

 なにせ、何の事前通告もなく突然隕石を降らせたのだ。しかも、彼らはグラウンドとは別方向から格納庫へと向かって来ていた魔獣たちの相手をしながらである。――急に背後、もしくは横合い十メートルほどの場所に隕石が降ってくれば、驚きもする。

 トラウマものの恐怖体験間違いなしである。


 エリーネは反省しているのか、しゅんと肩を落としながら項垂れた。


「……気を付けます」


「ん。……まあ、お前のおかげで大分助かったのは事実だけど。……ありがとな」


「っ……はいっ!」


 敏也からのぶっきらぼうなフォローに、エリーネはパァッと顔を明らめる。

 と、そこで春美が苦笑を零し、二人に割って入る。


《そろそろいいかしら、二人とも。現状を伝えたいのだけれど……》


「あ……そうでしたね。春美会長、今この学園はどういった状況下にあるんですか?」


 エリーネからの問いに、春美は声音を落ちつけながら話し始めた。


《簡単に言うと、襲撃者は一名らしいわ。そいつの現在位置は不明で捜索中。魔動科は私の指揮下でこの近辺で防衛。魔術科は……虎雅あきとの指揮下で大多数が校舎の防衛、彼自身は生成術式の破壊に向かったわ》


「生成術式って……魔獣のっすか?」


《ええ、それ以外に考えられないでしょう? あれほどの数の魔獣が次から次へと現れるのは。……どこか、恐らくは敵が侵入してきた場所に設置してるんでしょうね》


《まさか単独で破壊に向かったの? あきとさんは? いくらなんでも無茶でしょ》


《心配ないわよ。従者の彼も付いてるんだから。それよりも心配なのは――》


《心配なのは?》


 と、そこで春美は言い淀むように黙り込んだ。訝しんだ大河が促すと、声を絞り出すようにして春美は言う。


《心配なのは、彼がきちんと役目を果たしてくれるかどうかよ》



 森。

 教員たちが決死で応戦している森林型の演習場のさらに奥。学園と研究所を覆っている結界の端により近い部分に、彼はいた。


「つまらないな、本当に」


 そう呟いた彼の周りには、ズタズタに引き裂かれ、臓物を引き摺り出され、果てには細切れにされた魔獣たちの死体が転がっていた。

 木の根に、枝に、葉に、肉片と血痕による赤の装飾が施され、見るだけで吐き気を催すほどに不気味な光景だ。


 虎雅あきと。

 短く切りそろえた金髪が風に揺れている。学園の制服には返り血が付き、白い部分はほとんど残っていない。

 その様は、まるで狩りを終えた獣のようだ。

 そして、力無く垂らされたその指からは彼のものではない血が垂れ、滴り落ち、今もその足元を汚している。


「では、そろそろ生成術式を破壊なされますか?」


 と、あきとの背後から声が聴こえた。

 そこには、木の陰からゆっくりと姿を現した眼鏡の男がいた。


「……一宮。仮にも従者であるお前が、主である僕の後ろに隠れるとはどういうことだ」


 あきとは肩越しに背後を睨む。

 その男は『一宮』と呼ばれる少年。代々『四神』である四家に従者を輩出してきた一族の一員であり、その実力事態は折り紙付きである。

 しかし、この『一宮』に関しては性格に難があり、あきとの頭を悩ませる原因の一つとなっていた。


「いえいえ、他意は御座いませんよ? ただ、虎雅家の次代の跡取りたるあなたに、わたくし程度の力添えなど必要ないかと存じまして」


 薄ら寒い笑みを浮かべ、そう言う。

 そこに辛辣な思いの類を感じたのか、あきとは目つきをより鋭くし、


「……ふん、一宮の質も落ちたものだな。これではお前たちの出資者である家々も落胆するだろう」


「それはご心配なく。わたくし以外の従者たちは優秀です。わたくし一人の悪評など、彼らの活躍の前には霞みにもなりませんよ」


「……」


 あきとはまったく悪びれない一宮に呆れたのか、軽く唸る。そして、頭をゆっくり二・三度振ると、視線を森の先へと向け直した。


 そこには、黒く発光する沼地のような場所がある。

 しかし、それは沼地ではない。それこそが魔獣を生成する術式であり、今もその深淵から魔獣が這い出そうとしてきている。急ぎ破壊しなければ、またもや大群と成って人を襲うことだろう。

 だが、


「生成術式はまだ破壊しない」


「ほう……それはなぜでございますか?」


 そう一宮が聴くと、あきとは学園の校舎がある方角へと視線を向け、


「さっきから感じるこの魔力……異質で、いびつで、そしてなによりも巨大だ。恐らくは、御柱計画の被検体たちが戻ってきたんだろう」


「大神敏也とエリーネ・フリートハイム……ですか。……もしやあなたは、彼らを試すおつもりですか?」


「試す? 馬鹿を言うな」


 その口元を歪ませ、絶対的な強者の笑みを浮かべる。ゆらゆらと不可視の魔力が周囲を漂い、それが大地に幾重にも亀裂を生む。


「試練などではない。これは、乗り越えて当たり前の事象だ。この程度の危機を乗り越えられない駒などに用はないさ」


「そのお言葉には、魔力を受け継がなかった天埜姉弟も同じだと、そういった意味も含まれているのでしょうか?」


 などと一宮が訊く。

 すると、あきとは虚を突かれたかのように目つきを緩め、その後、困ったように笑みを浮かべた。


「……彼らは別さ。彼らは僕の同胞であり、家族なのだから。そこら辺の有象無象とは別格だ。そして、彼らの実力は僕とて把握している。この程度の危機など、彼女の前では塵同然さ」


「……そうでございますか」


「侵入者のこととて、何が目的であろうと構わない。何を奪うつもりなのだろうと、問題視する必要はないさ」


「と、言いますと?」


「九条の姫が破滅の未来を『視て』いない。つまり、此度の諍いはこの国が滅ぶような事象へは発展しないということだ。となると、僕が手を下すまでもないさ」


「……左様でございますか」


 言い終わると、あきとは木の幹に背を預け、そのまま目を瞑った。

 きっと、魔獣がこちらに向かってきた時は応戦するが、こっちを無視して学園のほうへと向かうのであれば見過ごすつもりなのだろう。

 そして、その目論見はうまくいく。

 なぜなら、先ほどから魔獣たちが急に校舎がある方角へと気を取られ始めているからだ。あきとが暴れている最中も、魔獣たちは余所見をすることが多かった。

 なにか、向こうにやつらの注意を引き付けるものがあるのだろうか。


「なんにせよ……」


 その声は小さく。


「こうして近くで観察していると、杉崎家の跡取り息子と姉様が、四神と袂を分かった気持ちがわかる気がするな」


 一宮のその呟きは、あきとの耳には届いていなかった。


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