表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
63/126

帰路への出立

「それが……お前らの目的かぁッ!」


 敏也が端末を堅く握り締め、血染めのレーヴェを睨みながら声を張り上げる。

 今この時も、学園に残った部隊が――春美たちが危険に晒されているかもしれない。いや、十中八九危機に瀕しているだろう。そう考えると、敏也の心中は瞬時に煮え繰り返った。絶対に許せなかった。

 このような事態を、悲劇を飽くことなく繰り返すキメラという組織に怒りを覚えた。

 ギシリ、と軋む音が聴こえた。


「ハッ……オレたちが……何の意味もなくこんな、街を襲うとでも? 陽動に決まっ……てんだろ、バカが。……浅はかだな、ガキども。……ま、テメエらの政……府は、察してたんだろうが……っ……な」


「ちっ、老人たちの策略か。――知っていることを洗いざらい吐け、レーヴェよ。何のために学園を襲う。あそこには貴様らテロリストが求めるような物など何もないはずだ」


「本当に……そう、思うのか? あぁ?」


「……」


「神堂寺くん?」


 レーヴェからの問いに沈黙を返したマサルを訝しんだエリーネは、隣に居る怒り心頭の敏也の肩辺りを必死に押さえながら、マサルの名前を呼んだ。

 すると、マサルはそうでないことを祈るかのように首を振り、


「学園には、魔具がいくつか保管されていたはずだ」


「それは……日本の戦没者たちのですよね?」


「ああ、そうだ。彼らが死の間際に使用制限を解き、後世に託した武器だ」


 魔具は製作者しか使用できない――それは絶対的な摂理だ。どれだけ精巧で強大な力を宿した魔具であろうと、製作者本人が『放棄』を命じなければ他の誰も使うことができない。

 そんなものをわざわざ大規模テロを起こしてまで奪う理由など皆目見当もつかないが、それ以外に学園を襲う理由など見当たらない。


 マサルは、レーヴェを突き刺している三鈷剣とは別の剣を彼の首元に押し付け、


「――それが狙いか、レーヴェ」


 目尻を吊り上げながらそう確認を取った。対してレーヴェは身体の中心を刺し貫かれているという激痛に顔を顰めながらも、どこか愉快さを表情に塗していた。


「へっ、教えるかよ、バーカ」


 言うと同時に挑発するように舌を出す。


「……なんでだ」


 それを見た敏也は言葉を漏らす。か細いながらも有りっ丈の感情が込められている声音だ。

 彼は呟くと顔を伏せた上、何かを堪えるように、抑え込むように歯を食い縛っている。だが、それでも沸々と揺らぐ場所から漏れ出してしまった言葉だった。


「なんで……っ」


(どうしてそんなに)


「大神くん?」


 エリーネが敏也の異変に気付き、彼の表情を伺おうと覗きこむ。

 炎刀を握る手に力が籠る。腕が揺れ、刀が揺れ、ガシャリと音が鳴った。


「お前らは……ッ!」


(何度も何度も)


 敏也は面を上げた――が、その表情は憎しみに染まりきっている。それ以上はないとまで思えるほどにある分だけの激情を顔に滲ませているその表情は、彼の心のタガが外れているということを如実に示している。


 炎刀の刀身から火の粉が舞い始める。それが刀身の周りを螺旋状に回り始め、収束していく。炎はアスファルトを穿ち、周囲にある家屋の塀を薙ぎ倒している。


「まさか……炎刀は大神くんの感情に反応して……?」


 エリーネが迸り始めた熱波に堪えながら驚愕の表情で一つの想定に辿り着いた瞬間、


「――なんでそんな簡単に人を壊せるんだァッ!!」


 激越した声が放たれた。それとともに、敏也の身体が猛風を伴いながら駆け出す。「大神くん!」とエリーネが風に揺られながら静止の声を掛ける。だが、止まらない。


 赦せなかった。また塵を払うように人の命が喪われていくことが。

 見過ごせなかった。自分に近しい人間が死の危機に瀕しているという現実が。


(壊す。壊す壊す壊す)


 奪う者を、奪う事象全てを今ここで、跡形もなく消し飛ばす。


「敏也! 迂闊に近付くな! お前の役目は俺がこいつを――レーヴェを抑えきれなくなった場合の補助のはずだ!」


 確かに、それがもしもに備え、事前に打ち合わせをしていた内容だった。

 ――敏也とマサルがカバーし合いながら接近、もしくは中距離戦闘を続け、隙があり次第どちらかがレーヴェにダメージを負わせ、動きを止める。そうした場合、片方と残ったメンバーは離れた地点で待機し、不測の事態に備える。

 レーヴェの持つ吸収能力と魔剣・フェンリルの破壊力、その他の不確定要素を加味して考慮すると、どうしてもバックアップに回る人員は必要不可欠だった。

 だが、それがなんだ。


 敏也は駆けながら声を張り上げる。


「離れるのはお前だ! マサル! レーヴェは何か策を持ってるッ!」


「なにっ?」


「っ! チィッ……!」


 敏也からの言葉にマサルが驚き、横に佇むレーヴェを見た刹那、


「来いッ、『グレイプニル』!」


 レーヴェの眼前に黒い靄が出現。そして、そこから鋭利な尖端を持った鎖がマサルへ向け投射され――


「――たけろ、『灰神』!!」


 鎖が発射される寸前に敏也は刀身の先を二人へと向けており、さらに、刀身からは一直線に走る熱線が放射されていた。

 奔る熱線は両者のちょうどあいだをすり抜けていく。

 しかもそれは、今にもマサルへと突き刺されようとしていた鎖の尖端を横合いから焼き尽くし、消し飛ばし、その後に続く部位すらも消し続けていた。


 その間に、マサルは後方へと跳び距離を離す。

 一方レーヴェは――その身に突き刺されていた三鈷剣が独りでにズブズブと抜け掛けているところだった。しかも剣が抜け落ちると、傷口はもう塞がり掛けていた。


「ふぅー、しっかし、これはおちょくるにしても演出過剰だった……なッ!」


 と、そこで金属音が鳴る。

 その理由は明白で、最大加速して突っ込んできた敏也の炎刀と、レーヴェが持つフェンリルが激突したからだった。

 レーヴェは浮かべていた笑みを深め、激昂している敏也へと語りかける。


「坊主、さっきはなんでオレの魔具の展開に気付けた? 限界まで魔力は先鋭化してたはずなんだがな」


「黙れ、このイカレ野郎がぁッ!」


 敏也の激情に応えるように、刀身から迸っていた炎たちが沸き立つ。表面積を肥大化させ、フェンリルごとレーヴェを呑み込もうとする。

 しかし、


「吸い尽くせ」


 再びレーヴェの左手が変色。それとともに炎たちはそこへと吸い込まれ始め、あっというまに消え失せていた。


「敏也!」


「大神くん!」


 その事態を不味く思ったのか、マサルとエリーネが術式を展開し、火球や水球を放ち、どうにかレーヴェの動きを妨害しようとする。


「へっ、その程度でオレを倒せるつもりかァッ?」


 だが、レーヴェはその攻撃たち対し、周囲に障壁をいくつも張り巡らせ到達を阻む。火球たちは力及ばず、障壁によって余所へと弾かれていった。

 その障壁は、エリーネの張る障壁のように全方位を覆うものではないが、それでも十分な防御範囲を持っている。


「くそっ、これでは近付くこともできん」


「そんな……大神くん」


 愕然とするエリーネの視線の先では、敏也とレーヴェが鍔迫り合いを続けている。


「終わりだな、坊主」


「……」


「この餓鬼を喰い尽くせ、『ヨルムンガルド』ォ!」


 黒の右手がぼこぼこと奇怪に動き、その眼に見えない効力が敏也へと伸びた。

 が、


「……なに?」


 何も起こらない。敏也は吸い込まれず、ましてや炎刀すら吸い込めず、相も変わらず鍔迫り合いは続いている。


「解析は完璧だったはず……」


 レーヴェが目の前の現実を理解できないとでも言いたげに呟いた時、


「一度くらいくたばりやがれ、不死身の化物が!」


 敏也が高速で放った回し蹴りが、惚けていたレーヴェの横っ面を蹴り抜いた。



 加減なしで蹴り飛ばされたレーヴェは、自身が展開していた障壁群を跳ね飛ばし、さらには家屋を突き破りながら姿を消した。

 だが、この程度で死ぬほどレーヴェはやわではない事は明白。

 敏也はレーヴェを蹴り飛ばした後、急に脱力したかのように両膝を地に着き、何かを振り払うように頭を掻き毟っていた。


「くそくそっ、くそっ! 鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しいっ! なんなんだあいつはッ!」


 心がざわめき立つ。

 殺せ、と。

 斬れ、と。

 その血を一滴残らず搾り取ってやれ、とそう誰かが語り掛けてくる。


 脳裏で、卑しい笑みを浮かべた白い少女の姿がチラつく。


〈それが護りたい物を護るための、たった一つの――〉


「違う! そんな方法……俺は――俺は殺人鬼になりたいわけじゃないっ!」


 必死に叫ぶ。声を追い払おうとするように頭を振る。

 ただ護りたいだけだ。もう二度と大切な物を奪われたくないだけだ。そのためなら何度でも傷付こう、何度でも立ち向かおう。それだけの覚悟はある。

 だが、畜生の道にまで堕ちるつもりなどない。どんな時でも、節度と倫理は持ち続けなければならない。

 そうしなければ、『人』で在る意味がなくなってしまう。


「消えろ、俺の頭の中から出て行け! 俺は……俺はお前のようにはならないッ!!」


〈……そう、残念。……でもね、お兄ちゃん。あなたとお姉ちゃんがどれだけ頑張っても、この世を覆う黒い波は消せないよ。そしていつか、あなたたちも呑み込まれる〉


「ふざけんな! 俺たちは間違わない! 絶対に!!」


〈本気で言ってるの? 世の流れに逆らうつもり?〉


「何が世の流れだ、くそったれ! そんなもの……そんなもの俺たちが書き換えてやるッ!」


 切なる想いを有りっ丈込め、肺から喉へ、喉から口へと息を絞り出し、少女の耳障りな甘ったるい声を振り切る。

 が、完膚なきまでに拒絶されたにも拘わらず、少女が笑う気配がした。


〈ふふふ……なら辿り着いてね、その先に〉


 嗤い混じりの声が聴こえた後、それは途切れた。すると、それまで身体の内で煮え滾っていた怒りや憎しみがすーっと冷めていき、敏也の思考が鮮明化する。

 そんな彼の耳に聴こえて来たのは、マサルとエリーネの怒声だった。


「敏也! いい加減に目を覚ませッ!」


「大神くん! 早く立って……っ!」


「っ? お前ら……」


 敏也が面を上げ、前を向くと、そこには魔力障壁を正面へと二人掛かりで展開し、レーヴェの放つ黒炎に堪えているマサルとエリーネの姿があった。


「俺、何も見えて……」


 意識が飛んでいたのだろうか。それとも全ての思考回路が先ほどの問答へと注ぎ込まれていたのだろうか。

 原因はわからないが、今は立ち上がるのが先決だと判断した敏也は足裏を地に着け、腰を上げた。炎刀を握る右手に力を込める。


「悪い、ちょっとぼーっとしてて」


「言い訳は後で聴いてやる。だが今は……」


「ああ、今はあいつを止めることが――」


「違う」


「……なんでだよ?」


 敏也は確信していた答を否定され、困惑している。

 マサルは振り返らず、障壁と黒炎の衝突によって生まれ続けている暴風に黒髪を靡かせながら、口だけを動かした。


「お前たちではヤツに勝てない。それに、戦いの最中に度々惚けるような仲間は足手まといだ。――ここは俺が引き受ける。お前とエリーネ嬢は学園に戻れ」


「何言ってんだよ! そんなことできるわけないだろうがッ!」


「そう……です! 神堂寺くん、何を考えて……っ……いるんですか? 今、私たちの中でレーヴェの吸収能力に対抗できるのは、大神くんの炎刀だけで――」


 敏也に続くようにエリーネも批難の声を上げたが、マサルはまったく意に介さず、遮るように言葉を紡ぐ。


「それはどうだろうな?」


「? お前いったい……」


「エリーネ嬢、障壁を数秒任せる」


「え?」


 そう言うとマサルは翳していた両手を下げ、自身のカッターシャツを掴むと力の限り引っ張り、前のボタンを引き千切った。中に着込んでいたシャツが露わになる。

 そして――


「……ふだ?」


 シャツのボタンを引き千切った後、横へと振り抜いたマサルの右手の指の間には、計四枚の札が挟まれていた。それには奇怪な線――恐らくは何か意味のある文字なのだろう――が幾重にも刻まれていて、しかも、なにやら奇妙な魔力を放っている。

 マサルはそれを持ったまま、左手に三鈷剣を生成。生成が終わると同時に数メートル上方へと跳躍し、その勢いのまま前方に居るレーヴェへと迫る。


 その無謀な特攻を見た敏也とエリーネは目を剥いていた。レーヴェは愉しそうに口元を歪め、黒炎をエリーネの障壁へと放射し続けながら上方へと左手を向ける。


「マサル!」


 が、


火呪ひじゅ招来」


 落下するマサルが唱えつつ札の一枚を投擲。

 それがまるで風を無視するように一直線にレーヴェの左手の近くまで迫った瞬間、札が燃え盛るようにして消滅し、代わりに塗り付けるかのような動きで炎へと転じた。


 札がどんな手品でそうなったのか、それは敏也とエリーネにはわからなかった。もちろんレーヴェにもだ。だが、だとしても、レーヴェの吸収能力の前には意味がない。

 先ほどまでマサルが積極的に使用していた水流はすでに解析されている。つまり、マサルの魔力構成は把握されているということだ。なれば、どのような術式を使用したとしても、よほど強大な威力でなければレーヴェにダメージを与えることはできない。

 そう、誰もが思っていた。

 しかし、


「っ!? ――ぐぉああぁあぁぁぁっぁぁッ!」


 札が転じた炎は吸収されず、それどころかレーヴェの変色した左手ごと彼の身体を包み込み、劫火をもってしてその体躯を焼いていた。

 事態が呑み込めず、黒炎の放射を中断してしまったレーヴェではあったが、すぐに意識を現実に戻し、


「ウオァァァ!」


 叫びながら黒剣を振り回し、炎をはらう。そして、その身と一体と成っている魔具・ウロボロスを最大で稼働させ、瞬時に傷を再生させる。

 だが、


「ここだ」


 着地し、急接近していたマサルが両手で三鈷剣を突き入れる。

 心臓を狙った一撃だが、レーヴェはそれを黒剣で弾きあげるようにして回避。マサルの両手が剣を持ったまま跳ね上がる。


「……」


「ゲームオーバーだ! クソ餓鬼!」


 直後、剣を弾かれた反動で身動きが取れないマサルの顔へと左手を伸ばし、


土呪どじゅ招来」


 その言葉とほぼ同時に、いつの間にか地に貼り付けられていた札が転化――土と成り、それが猛烈な勢いで伸びることでレーヴェの左手首辺りに巻き付いた。


「な……んだ、こりゃあ?」


 金属のように硬化した土の枷によってレーヴェは身動きが取れなくなっている。が、引き千切るのが困難と判断したレーヴェは即座に黒炎でそれを焼き払う。

 自由になった彼は黒炎の残滓の舞う中、マサルへと目を向けるが、


「風呪招来」


 身を屈めながら至近距離まで接近したマサルの右手が、掌底突きの形で突き込まれてくる。しかも、その手のひらには札が二枚クロスさせる形で存在している。

 それを知覚できても対抗策が間に合わず、レーヴェは掌底突きを腹に受けた。


「ぐぅお!?」


 打撃の直後に札が暴風へと転化。しかも二枚ということは単純に威力が二倍ということであり、発生した風はレーヴェの大柄な体躯を紙のように吹き飛ばし、道路の随分先へと彼の身体を乱暴に運んでいた。


 それを見届けたマサルが、右手に三鈷剣を、左手の人差し指と中指で懐のあるホルダーから新たに札を――呪符を挟み、それを遥か向こうに着地したレーヴェに向け、言う。


「敏也、エリーネ嬢、早く行け。――大河、聴こえるか?」


 そう問うと、インカムから大河の音声が届く。


《なに? マサル君。言っとくけど、さっきみたいな援護はもうきついよ。こっちも……っ……結構忙しいんだから!》


 爆音混じり呻き混じりということは、あちらもかなり切迫した状況のようだ。

 それも無理はない。なにせ、大河は魔動機を操縦し、魔術師である奈々と協力しながら周囲一帯へと侵入してくる魔獣を押し止めているのだから。いくら軍が大半を引き受けてくれているとは言っても、魔獣の数は圧倒的だ。

 だが、


「悪いが緊急事態だ。今すぐ敏也とエリーネ嬢をその手に抱えて学園に帰還しろ。エリーネ嬢の身の安全のためにも、常人に耐えられる程度のスピードでな」


《へ? 何言ってるのさ! いくら学園が襲われたからって今ここを離れたら、こっちの侵攻を阻む人が奈々さん一人に――》


「細かいことに構うな。お前が抜けた穴は八咫神が一人で埋める。ヤツならばそれが可能だ。――できるな、八咫神?」


 抑揚なく発せられた確認の言葉には、どこか信頼のようなものが感じられた。

 ゆえに、八咫神奈々は通信に応えるものの、その声に苦笑した気配を感じさせ、そしてどこか柔らかさも滲ませる。


《……仕方ないねぇ……マサルの頼みなんて珍しいし、いっちょやりますかっ!》


「頼んではいない。これは命令だ」


《へいへい。んじゃ、それに従いますよ、お代官様》


 そして、


《敏ちん、エリーをちゃーんと護ってあげてねぇ》


 そう言い終わると、通信が途切れた。恐らく、大河と分担して担っていた戦線を一人で維持することに専念し始めたからだろう。

 と、インカムから手を離しながら敏也が戸惑いを顔に浮かべ、マサルの背を見、


「おい、マサル。お前、レーヴェを一人で相手取る気か? だとしたら無謀だ」


 魔道犯罪者・レーヴェに対し、懸念しなければいけない事項は三つ。

 一つ――その左手が持つ、魔術に限らず物体をも吸収する術式ないし能力。

 二つ――黒剣から放たれる炎は、対魔装甲すら破壊する威力を誇ること。

 三つ――敵の未知なる能力。

 しかし、


「案ずるな、敏也よ」


 遮るように言い、僅かに敏也とエリーネを振り返る。


「俺は、このようなところで死にはしない」


 その不敵な笑みを零した面差しは、己に対する絶対の自信を滲ませたものだった。

 そんな三人の様を遠くから愉快げに見据えていたレーヴェが口元を歪ませると、


「クク、話は終わったか? で、てめえがオレの相手ってことでいいんだよなァ!?」


「ああ、――来い」


「良い顔だ。死にたがりの糞ガキが。その鬱陶しい紙切れごと引き裂いて――」


 口を動かしていたレーヴェの目前に、いつのまにか投擲されていた呪符が迫っていた。

 そして、


「火呪招来」


 人差指と中指を揃えた状態で突き出す構えを取ったマサルが呪文を紡いだ直後、呪符が爆散した。

 突如炸裂した火炎によってレーヴェの姿は瞬く間に呑み込まれ、視認することができない。だが、あれほど好戦的な男が飛び出してこないところを見ると、いくらかダメージを負ったのは確実だろう。


「今だ。行け、二人ともっ。大河のところまで走るのだ!」


 その声は、その表情は、何の混じり気もない真剣そのものだった。

 今ここにいるのは、学園で行われる訓練を馬鹿にしていた神堂寺マサルではない。いつものように冷静に、慎重に物事を進めようとするマサルではない。

 決死。

 本気の本気。

 今、自分たちの目の前に居るのは、己の持てる力全てを使い、仲間の為に敵を足止めしようとしている一人の戦友だった。


 なれば、それを無視してここで我儘を貫き、戦い続けることは正しいことだろうか。


(ここで戦い続けて、またさっきみたいに意識が飛んだら……)


 それこそまさしく足手まといだ。それは、仲間に大いに迷惑を掛けるし、なによりもエリーネを危険に晒す。それだけは絶対に避けなければならない。

 となると、一刻も早くここを離れた方が得策だし、なによりもレーヴェへの対抗手段を持っているマサルのウィークポイントとなることは避けるべきだ。

 もちろん学園に駐留している春美たちの安否も気になる。むしろそれこそが最も気掛かりだ。総じて、この場を去ることが敏也とエリーネにとっては最善だった。


 それらを瞬時に理解した敏也とエリーネは、それでも口元を口惜しそうに引き結び、


「死ぬなよ。――行くぞ、エリーネ!」


「はいっ。神堂寺くん……ご武運を」


 敏也とエリーネは尾を引かれる想いでその場を後にし、大河の待つ場所へ駆けて行く。



「ああ、お前たちに言われるまでもない」


 振り返らないまま穏やかな笑みで、彼らに届くほどではない声量で返事をした。

 その瞬間、煌々と燃え盛っていた爆炎の中から特大の黒炎が飛来し、マサルへと迫る。


「――この程度」


 が、マサルは着弾の瞬間に右手で魔力障壁を展開。手のひらの先に生み出されたのは二枚の壁が鋭角を模した盾。それの先端にぶつかった黒炎はマサルの左右へ弾かれた。

 弾かれた炎は掻き消えながら、道路の両脇にある家屋たちを塀ごと消し飛ばしていく。

 しかし、


「終いだ、糞ガキ」


 マサルが魔力障壁を展開した直後、いつのまにか背後に回り込んでいたレーヴェが、その身体から煙を上げながら急接近していた。

 レーヴェの持つ黒剣が水平に閃く。

 と、思われた時、


「そこは俺の領域(テリトリー)だ」


 振り返りもせずに紡がれた声を受けたレーヴェの目が、一瞬の中で地面へ向く。

 下へ下へ。自らの足元にあるアスファルトの上――


「ちぃっ!」


 呪符が五枚。繋げれば五芒星を描く形で配置されている。

 ――トラップだ。


 罠に気付いた瞬間、それを待っていたかのように呪符から呪符へ光の線が伸び、円の中に五亡星を刻まれた陣が完成した。そこから砲撃が生まれる。

 それはさながら、五つの色に彩られた光の道。


 その鮮やかな攻撃は、斬りかかろうとしていたレーヴェの胸元を的確に捉えた。


「ぐあぁぁぁぁ!!」


 胸を抉られる激痛にレーヴェが悲鳴を上げる。

 またしても、固有魔術『ヨルムンガルド』で吸収することができない特殊な攻撃だ。

 それを置いておくとしても、まさか、このような迎撃のための術式を、黒炎を防ぐあの一瞬の動きの中で準備していたというのだろうか。


「ガハッ……」


 三秒ほどの照射が終わった後、左手で胸元からの流血を抑えているレーヴェが、憎々しげにマサルを睨んだ。


「て……めえ、ただの魔術師じゃねえな。この妙な魔力構成。それに、俺の術式で吸収できないことといい……」


「さあな。俺の正体など好きに想定しろ。だが、俺はその点に関しては肯定も否定もしてやらん。……それよりどうだ、さっきの一撃は。古臭い術だが、なかなか重いだろう?」


「はっ! 蚊ほども効かねえなあ。それに、この程度はすぐ治る」


 舌を出しながら下卑た笑みを浮かべたレーヴェが左手を離すと、その下にあるはずの胸の傷はそのほとんどが消えていた。

 それを見たマサルは目を細め、


「……その再生能力、やはり厄介だな」


 先ほど与えた一撃もだが、今の攻撃がたった十数秒程度で再生するとなると、相当に傷めつけるか、それとも全身を文字通り粉々にするかしなければ、レーヴェを無力化することはできないだろう。

 レーヴェはニヤリと笑い、


「へっ、どこの出身かは知らねえが、特異な術を扱う日本の魔術師の家系なんざ限られてるだろ。意外と答は簡単かもなァ?」


「ふん、肯定も否定もしないと言ったはずだ。そして――それがなんだ? 正体がわかったのなら、貴様お得意の吸収能力とやらで俺の術全てを吸収してみるか? 俺は構わんぞ。貴様が泣いて詫びるまで、いくらでも撃ち込み続けてやる」


 それは、マサルの術をレーヴェはまだ吸収できないという事実を理解した上で発せられた、言われた側は極めて癪に障る挑発だった。

 挑発されたレーヴェは口元を凶悪に歪ませ、


「……ハハハ、――――ギャハハハハハハハハ! いい、いいぜえ! てめえはさっきの赤髪や銀髪とは違う! マジモンの傑作じゃねえか! 妙な攻撃に汎用属性にその身のこなしの上手さ。良い良い! 楽しい楽しい楽しいッ!」


「……醜い、実に醜い男だな。貴様はそんなにも命の遣り取りが楽しいのか?」


 侮蔑を込めた眼差しを向けながら、マサルが吐き捨てるように言った。

 だが、レーヴェはその言葉にますますその口角を吊り上げるばかりだ。


「ああ……ああ、楽しいぜ。楽し過ぎて頭がどうにかなっちまいそうだ。――最っ高だ。てめえは俺の全力をもって真っ二つにしてやる! お前の放つ術式も全て解析してっ、吸収してっ、俺の力にしてやる! 有難く思えよォ!」


「……そうか。お前はそうやって、魔術師たちから力を奪ってきたのだな。お前の持つ強大な魔力も、魔剣も、魔具も、全て他人から……」


「へへへ、お前で何十人目かねえ……。もうわからねえが、そんなのはどうだっていい。てめえを殺した後は、あの赤髪も、銀髪も、他のやつらも、全員を俺の一部にしてやるんだからなあ!」


 天を仰ぎ見ながら、レーヴェが高らかに虐殺を宣言した。

 その眼は血走り、掛けているサングラス程度では隠しきれないほどの醜悪さが滲み出ている。


 見上げし空は黒白こくびゃく色。光は暗い雲に遮られ、地上に届くのはその内の何割なのか。

 だが、


「――不可能だ」


「……なに?」


 平坦な、それでいてどこか薄ら寒さを感じさせる声音で否定の言葉が届いた。

 発生源はマサル――そしてその表情は凍て付いている。声色も凍て付いている。だが、その両眼には隠しきれないほどに並々ならぬ怒りの念が込められていた。


「貴様は俺の仲間に手出しをすることはできない。なぜなら――」


 言葉と同時に降り抜かれた左手には、いつのまにか取り出されていた呪符が計四枚、指と指の間に一枚ずつ挟まれている。

 そして、


「貴様はここで死ぬからだ」


「へっ、やってみろよ、――糞ガキィ!」


 直後、投擲された四枚の呪符と黒剣による斬撃が激突し、膨大な光の渦が生まれた。



 後方から、恐らくはマサルとレーヴェの戦闘によって発生したと思われる光が届いた。

 そんな中、敏也は時折掴みかかろうとしてくる魔獣・タイプαを危なげなく斬り払いつつエリーネを護り続け、ようやく大河たちの元へと到達しようとしていた。


「大河、来たぞ! 頼む!」


《あーもお! わかったよ! ――奈々さん、ここは任せたよ!》


「オーライ! 万事お任せを、ってね!」


 奈々が飛び出しながら返事をしつつ、岩石を纏わせた右腕を力の限り振り回す。

 すると、走り寄ろうとしていた魔獣数匹がその剛腕によって軽々と弾き飛ばされ、さらには華麗に宙を舞い、数メートル先の道路へ落下して絶命した。


「へへ、馬じゃないけどさ、二人の逃避行を邪魔するってんなら、わたしがぶっ飛ばしちゃうよぉ?」


 剛腕の両拳を打ち付けつつ、前方より迫っている大群――二車線道路、その歩道までをも埋め尽くさんがごとき魔獣の群れを見据え、奈々が啖呵を切った。

 その間に、大河は自機を低空飛行させ、敏也たちの元へと急行していた。


《ほら、早く二人とも乗って! できるだけスピードを抑えて飛ぶから!》


「わかりました! どうかお手柔らかに」


 大河機が地面に片膝を着いた状態で差し出してきた両手それぞれに、敏也とエリーネは飛び乗る。

 それを確認した大河は機体に二人を抱えさせつつ、上空で敵魔動機と交戦中であろう紫苑へと通信を飛ばした。


《紫苑! 僕は二人を連れて学園の救援に向かうよ!》


《……わかってる。こっちはまったく問題ない。だから、二人の事は大河に任せる》


《了解!》


 そして、大河機が駆動音を鳴らしながら、人二人を抱えた状態で立ち上がった。


《さあ、準備はいい? 二人とも》


「ああ、いつでも」


「お願いします」


《よし! じゃあ、――行くよ!》


 その言葉と共に、大河機はスラスターの残光を生み出しながら宙に浮かび、学園のある方向へ向け飛び去って行った。



 紫苑は操縦桿を堅く握り込みながら思う。


(……師匠のことは心配だけど……大河、それに敏也とエリーネに任せるほかはない)


 今、目の前の敵に背を向ければ、即座に墜とされてしまうだろう。それだけで済めばまだいい。この敵が他の地区へと向かえば、どれほどの被害が出るかわからない。

 つまり、紫苑はここから離れることはできないということだった。

 増援を待とうにも、軍や治安維持部隊は、テロ組織所属のレガリア部隊や他の地区に現れた魔獣への対処で手一杯。ならば――


《……ここで、私が仕留める》


 敵魔動機の楯から発射された四本のアンカーを、自機に小刻みに微制動を掛けながら避ける。そして、アンカー全てを避けきり、それらが後方へと奔って行った直後、紫苑機がアナスタシアの下方から接近した。

 が、


《ふんっ、どこから仕掛けてこようと、貴様ではワタシに勝てはしない!》


 敵パイロットは、その程度の攻撃はお見通しだとでも言いたげに、魔動機を自ら急降下させた。凄まじいスピードでの落下だ。


《……っ!》


 紫苑はその動きを捉えると同時に急制動を掛け、自機の両腕をクロスさせる。

 衝突音と軋む音がしたかと思うと、紫苑機が構えていた右腕部にアナスタシアの右足が衝突していた。腕部装甲及び、それに重ねるように装備されているアームガードが悲鳴を上げている。

 さらに紫苑が自機に体制を立て直させる暇なくアナスタシアが動き、そのまま力の限り横っ面を蹴り飛ばされ、紫苑機は派手に吹き飛んでいく。


《……うぅっ……くぅ!》


 急激な気圧変化と苛烈な衝撃に呻きながらも操作を敢行し、自機にスラスターを力強く噴かせることで吹っ飛ぶ衝撃を殺し、滞空へと移行した。

 と、その時、紫苑機の高度に合わせるようにゆっくりと降りてきていたアナスタシア内部に居るパイロットが、通信を送ってきたようだ。


《どうした。この程度なのか、貴様は。レガリアをカスタムしているというのに、持ちえる実力はこの程度なのか?》


《……》


 魔動科二年では、成績上位。

 確かに成瀬紫苑はそうだ。極めて優秀であり、将来が有望視されている逸材なのだ。

 だがしかし、それは学園内に限ればの話である。


 シュミレーターでは負け知らず――確かにそうだ。


 一般教養および、魔動機関連の座学でも一・二・三位のどれかを常にキープ。


 魔動機による模擬戦闘で泣かせてきた男子は数知れず。


 自機および、敵機である訓練機たちを破壊してきた数は途方もなく。


 生身での戦闘訓練でも、同級生に後れを取った事は数えるほどしかない。


 だがしかし、それは実戦ではない。

 成瀬紫苑に足りないもの。それは結局、実戦で得た勘というものなのだ。

 死地において研ぎ澄まされてきた鋭敏な感覚・直感、それこそが今の紫苑に必要なものであり、それが無いという事実が、実力を発揮しきれない一因となっているのであろう。


(……うまく動きが読めない。みんなと違って、動きに定型パターンがない)


 読み切れない。否、読み負ける。

 さっきの一連の攻防とてそうだ。絶対の自信を持って放った一撃――しかし、あっさりとその動きを見切られ、手痛いカウンターを貰うことになってしまった。

 以前交戦した時のような驕りが敵パイロットからは感じられない。こうなると恐らく、前回の様に隙を突いてうまく一撃を加えるということは不可能に近いだろう。


(……今のままじゃ駄目。もっと集中して、もっと想像して)


 戦場で愚かにも目を瞑り、紫苑は心を落ち着け始めた。

 敵は恐らく歴戦の手練れ。これ以上の迂闊な動きは即、死に直結するだろう。

 ならばどうするか。


(……そう、これは敏也と戦った時の感覚に似てる。予想できない動きが、特に)


 あの時の自分は、今以上に必死に喰らい付こうとしていた。決して負けたくないと、胸を焦がすかのような闘争心を持って二本の対魔剣を振り回していた。

 戦修学園両学科二年生において、『実戦を経験した数少ない生徒に負けたくない』と。

 必死に、必死に、操縦桿を握り込み、押し、引き、ボタンを押していた。

 ただ、それは自棄になっていたというわけではなく。

 あの時は、それ以外に思考を割いていなかったのだ。敵を倒す――少なくとも、六本の刃を展開するまでは、それ以外は頭の中にはなかった。


 なれば、答は明白。自分が行うべきは思考の最適化だ。


(……考えるのは勝つことだけ。余計なことを考えては駄目。経験で劣る私が勝つためには、全身全霊でぶつかるしかない)


 頭に昇っていた血がスゥっと落ちていく。心が徐々に冷静になっていく――


《とうとう諦めたか! 小娘!》


 いよいよ痺れを切らした敵パイロットが機体を翻らせ、楯の表面を紫苑機へと向ける。すると、楯の中央部が四方へスライドし、そこに空いた穴から砲塔が顔を覗かせた。

 そして甲高い音を奏でながらエネルギーが収束し――


《消し飛べ!》


 そこから放射されたのは高密度に集束されたプラズマだった。濃い密度で押し固められたであろうはずのプラズマが大気中へと徐々に拡散しつつ、棒立ちの紫苑機に迫る。

 しかし、


《……》


 ゆっくりと目を開けた紫苑はそれを一瞥すると同時に操縦桿を傾け、さらにはペダルを限界まで踏み込むと、自機を斜め上方へと逃がした。

 攻撃目標が逃げてしまったプラズマは、何もない場所を過ぎ去っていく。


《諦めたわけではないのか? ならば真面目に戦え!》


 その言葉の尻を継ぐように再度プラズマ砲が発射される。三度、四度。五度。……。

 紫苑機は空中を駆けながら攻撃を避け、ツインアイでその発射間隔を観察している。


(……五回。これで連続発射回数はわかった。あとはタイミング次第)


 その思考を皮切りに、観察に徹していた紫苑は自機を飛ばし、敵魔動機へと突進した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ