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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
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訪れる異変

 時は二十分前に遡る。


 一人の老人が、木々の覆い茂る敷地の前に佇んでいた。

 だが、その森には薄い光の膜の様な囲いが施されており、それは広大な範囲へと及んでいる。少なくとも、ぐるりと一周してみたところで綻びなど見つからないだろう。それに加え、これをじっくりと眺めていると強度もかなりあるように思えてくる。

 押し通ることは難しい、と老人は推察する。

 しかし、


「ヒヒ。ワシをそこいらの凡骨と一緒にしてもらっては困る」


 老人はそう言うと、骨ばった手のひらを膜へと伸ばし、そこに押し付けた。

 すると、そこから波のようなうねりが周りへと広がり始め、それまでピンと張り詰めていた膜が徐々にたわみみ始める。

 そして、数秒と経たずに、膜の一部分が溶け落ちるようにして崩壊。大人数人が並んで通れるほどに巨大な穴がぽっかりと開いていた。


 それと同時に、老人の足元にあった影が全方位へ五メートルほど拡大。さらに、そこから何かが地に手を着き、ぞろぞろと這い出してくる。それは――


「さて……では行くか。不出来な魔獣たちよ」


 魔獣・タイプα。そしてそれが続々と現れ始めている。

 老人は黒い波の中、ただただ凶悪な笑みをより一層深めていた。



「はぁ……退屈ねえ……」


 天埜春美は机に頬杖を着いたまま、憂鬱そうな表情でそのようなことを呟いた。


 現在地は戦修学園の魔動機用の格納庫、その隅に設置されている休憩スペース兼ブリーフィングルームで、巨大なモニターと並ぶ椅子、その後方には丸机がいくつか設置されているという、どこかちぐはぐな部屋だ。

 とにかくにも、ここは仮にもブリーフィングルームなのである。

 しかし、そうは言ってもこの部屋が使われる目的はもっぱら魔動科の学生たちの授業後の休憩のためであり、また、今回春美がしていることもある意味休憩だ。


「そろそろ飽きてきたね。ここ一週間、御陰市はなんの音沙汰もなしで、なのに一日中ここで待機だし」


 と、春美の向かい側にある席に座っている佐上薫は続いた。

 彼女たちの周りの席には、二人と同様にこの学園の防衛部隊として残留を命じられた学生たちが十人ばかし待機しており、各々が暇つぶしのために本を読んだり、真面目な者は携帯端末を必死に操作して世界の情報を少しでも集めようとしていたりする。

 それらを一瞥した後、春美は頬杖をやめ、背中を椅子へと預けた。


「みんなは無事かしら……」


「それは敏也君や大河君が所属する十班のことかい? それとも、この学園みんなのことかい?」


「……ちょっと、薫。意地の悪い笑みを浮かべないで下さる? もちろん『みんな』のことよ」


「はいはい、お優しい会長様だよ、春美は」


 薫のその呆れたような言い回しに春美はむっとしたものの、突くと藪蛇になると思ったのか特には触れず、肩を落とすことに留めていた。

 そして、


「……で、あなたは無事だと思う?」


「さてね……」


 春美から問われた薫は肩を上下させた後、背を逸らし、


「まず、日本中に散り散りとなっている全校生徒のことだけど……少なくとも関東地方やその周辺に居ない子たちは大丈夫なんじゃないかな。ほら、日本で魔獣が大量発生してるのはそこら辺だし」


「それってつまり、ほとんどの子たちが危ない目に遭ってる……ってことよね?」


 戦修学園以外にも魔術師や魔動機乗りを育成する機関はいくつかあるが、ここが担当しているのはもっぱら関東地方周辺だ。

 つまり、ほとんどの生徒が危険地帯に駐留しているということになり、もしかしたら今この時、命の危機に晒されているかもしれない。


「そうなるね」


「……やるせないわ」


「どうして?」


 わざと惚けた調子で薫がそう問うと、春美が非難がましい視線を彼女へと送った。


「言わなくてもわかってるでしょうに。……気に食わないのよ。若い世代を躊躇なく死地に追いやれる大人というものが」


「まあ今回ばかりは仕方ない気もするけどね。どこも人手が足りないし、魔術科も魔動科も見習いだとは言ってもタイプα程度ならそこそこ相手取れる。ま、それを知ってるお偉いさんがたが、あたしらを安全地帯に置いておくなんていうお優しい発想に至るはずがないよ」


「……現在進行形でわたしたちは結界の中にいるのだけれど」


「いざって時にはここが一番危ない。……それは君だってわかってるでしょ?」


「でも、ここが敵の目的だとは限らないでしょう? そんなアバウトな推測で学園の主席たちを温存しておくのはどうにも……」


 納得できない。

 今も血を流しながら戦っている同胞たちを尻目に、もしかしたら学園が襲われるかもしれないからと、もしもの場合があるからだと、そのような及び腰でただ終わりを待ち続けるなど堪えられない。


 成績上位陣で構成されている自分たち防衛部隊を周辺地域に散らせば、水準以上の戦力を有する軍や治安維持部隊ともある程度は連携が取れるだろうし、下級生たちを危険な目に遭わせなくて済むかもしれない。

 そう思うと、このような判断を下し、それを理事長に無理矢理承認させた人物たちのことが憎らしく思え、沸々と怒りが沸いてくる。


(変わらないわね。自分たちの目的のためならどんなものでも切り捨てられるところは)


 なんにせよ、少なくとも天埜春美は現状にまったく納得できていなかった。

 そんな春美の憤りをわかっているからか、薫は溜まった息を吐きながら頬杖を着き、


「まあ、ね。それはあくまでも可能性の話だし、もしもの時の備えにしか過ぎない。でもね、春美。過保護すぎるのもどうかと思うよ? 子どもってのはある程度は自立させてあげなきゃ一人で立てなくなっちゃうし、構い過ぎる親のことを鬱陶しく思うものだから」


「……なによ、まるでわたしが駄目な親みたいじゃない」


「そうなる可能性は大いにあるね、うん」


「どういう意味よ?」


 その評価を不本意に思った春美は口を尖らせながら訊く。

 すると、薫はそれまでの疲れたような視線を引っ込め、代わりに真剣さを帯びた眼差しと成り、彼女を見据えた。


「君の生い立ちのことを考えるとそうなっちゃうのも仕方ないのかもしれないけどさ、親ってのは、子どもを信じて見守ることも大切な役目だとあたしは思うんだよね」


「放置しろ……ってことかしら?」


「違うよ。極端だなあ、春美は」


 薫は苦笑し、首を振る。そして、


「いいかい。見守ることと放置することは似ているようで全く違う。君は馬鹿じゃないんだから、その違いくらいわかるだろう?」


「……読んで字のごとし。手を出さない事は同じで、あとは見ているか……見放されているかの違いね」


「……その悲観的な物言いには異を唱えさせてほしいけど、今は置いとこう。――つまりはそういうことだよ」


 心配で心配で胸を突き刺されるかのように辛いけれど、すぐにでも手を差し伸べて抱き締めてあげたいけれど、敢えて手を出さず、心を鬼にして子どもを見続ける。

 子どもの成長を信じて、待ち続ける。

 一度の失敗で見放すような真似はせず、何度失敗してもいつかは乗り越えてくれるとそう信じて待ち続けることが、親の役目の一つだと薫は言っている。


 薫が言わんとしていたことを理解した春美は、それでもどこか辛そうに顔を歪める。


「……でもね、薫。世の中の親はそう出来た人ばかりじゃないのよ。……だから、わたしにはそう在ることはできないわ。そもそも彼らはわたしの子どもじゃないもの。……大切なお友達で、可愛い後輩で、わたしの護るべき存在だから」


「……懐が深いところが君の美徳の一つだけど、君の許容量を越えた受け入れは破滅しか齎さないよ? そこら辺、わかってる?」


「わかってるわ。……それでもね、わたしは一度手にしたものを見捨てられないの。…………絶対に見捨てたくないの」


「君ってやつは……」


 現実に打ちのめされ、それでも進んできた春美の万感が込められたその呟きは、彼女を心配する薫にイラつきしか齎さなかった。そしてそれは、彼女の心をここまで追い込み歪めてしまった『大人』たちに対する怒りへと変換され、彼女の中で煮え滾る。

 だが、今ここでそれを吐き出しても意味はないため、薫はあくまでも春美の在り様に対する批難だけを吐き出す。


「まったく、呆れてものも言えないよ。そこまで君が強欲だとはね」


「強欲で結構よ。それでもわたしはわたしで在り続けるわ。誰が何と言おうとも、どれだけ価値がないと罵倒されようとも、……こんなわたしのことでも認めてくれる人たちのためにもね」


 そう言い放った春美の表情はそれまでとは違い、堅い決意が散りばめられている。どうやら鬱屈とした想いを一時的にではあるがふっ切ったようだ。

 それを見てとった薫は不機嫌さを顔から消し、小さく口元を綻ばせた。


「そうかい。なら、ほどほどに頑張るといいよ」


「ええ、頑張らせていただくわ」


 春美も笑みでもって応える。

 と、そこで春美は椅子に座ったまま両腕を挙げ「んん」と伸びをして身体を解した後、表情をすっきりさせて薫に向き直る。


「ところでなんだけどぉ」


「……なんだい? 妙に甘えたような声色だね」


 薫はその春美の態度から不穏当な気配を感じた様子。

 春美がこのような態度を取る時は碌な提案をしたことがない。少なくとも、春美の友人である薫の記憶の内ではそうなっている。

 薫に促された春美は口元をにやりとし、


「もしも、もしもよ? さっきの想定が正しいとすると学園が危ないわけじゃない? だったらぁ……強化ユニットのほうも起動しちゃえばいいんじゃ――」


「駄目」


 ぴしゃりと薫は切り捨てる。と、春美は「え~」と文句を垂れる。

 だが、薫は憮然とした態度で彼女に相対する。


「君ね、わかってる? あたしと整備班が、貰ってきた当初はボロ屑同然だったアレをどれだけ手間暇と予算をかけて復元したと思ってるの? 一年だよ、一年。そもそも手に入れられたのだって、君が生徒会長になった特権と理事長の鶴の一声で起こした奇跡なんだよ?」


「でもあなた、強化ユニットを弄れると知った時は喜んでたじゃない」


「単に整備するだけならね! ……もしかして、忘れたのかい?」


「なんだったかしら?」


 きょとんとして指を唇に当てる春美に対し、薫はクワッと目を見開いた。


「君のご要望通り地上用に大改造したんだよ!!」


「……ああ、そう言えばそんなことを小耳にはさんだような……」


 得心がいったかのようにポンっと手を叩いた春美は、怒り心頭の様子の薫をのんびりとした視線で見詰める。


「無茶苦茶だとは思わなかったのかいっ? アレ、元々は水中用だよ? それを地上で使えるように推進装置を付けろ? ――ええ、もちろんやりましたよ、やったよ。大変だったけどね、配線やら装甲の再発注やら挿げ替えやらの魔改造で」


「あらあら、それは御苦労さま」


「ああ、ありがとう。ちっとも嬉しくないけどね。中途半端なところで作業を終わらせると次触る時にわからなくなるから迂闊なところでは止められず、あたしたちが何度夜なべしたことやら……。――それを何? それだけ苦労して直したあたしたちの血と汗と涙の結晶である骨董品をまさかまさか……『使いたい』だなんて言うつもりかい……?」


「イエス♪」


「馬鹿か! 君は!」


 短いポニーテールを怒りに揺らしながら拳でダンッと机を打ち付ける。春美は蚊ほども怯まず「どうどう」と薫を制す。

 周りの席で待機していた生徒たちはビクリと身を竦ませ、その音の出所である二人をおっかなびっくり見据えた。


「壊すつもり? 君はアレを壊すつもりなのかいっ? あんなに美しい遺物をっ? 現代に蘇った芸術品を?」


「そんな大げさな。元はただの水中潜航用試作ユニットじゃない。しかも第二世代みたいな微妙な規格専用で、おまけに廃棄済みだった。……なのに、アレってそんなに価値があるの?」


「……一部のマニアには」


「なら壊してもいいじゃない」


「馬鹿か! 君は!」


「……ついさっきも同じこと言われたわね」


 呆れたような目を向けて来る春美を見た薫は、やっぱりこの子は駄目な親……というよりかは駄目な妻になるな、と確信した。

 夫や子どもを溺愛して甘やかすが、ここぞと言う時にボカをやらかす妻。具体的には夫や子どもの私物をある日突然廃棄処分へ、などだろうか。

 その恐ろしい想像に身震いした薫は人差指を立て、春美に教育的指導を施し始めた。


「いいかい? 一部のマニアに価値があるということはだね、その一部の人たちにとってはどんな財宝よりも価値が――」


「はいはい、わかったわよ。それで、使ってもいいの? 使っては駄目なの? そこだけを教えて」


「それはっ……」


 と言葉に詰まるも、薫の答えなど始めから決まっていた。

 単にこれまでは条件反射に近い形で反発してしまっていただけで、尚且つ、今まで溜まっていた文句が噴出してしまっていただけだったのだから。

 気持ちが整理できた薫は頭を抱えながら溜息を吐き、春美を見る。


「……いいよ、好きに使いなよ。でも、できるだけ壊さないでくれると嬉しいかな」


「ええ、もちろんよ。直しづらいところは壊さないよう心掛けるわ♪」


「……不安だなあ」



 異変はそれから数分後に訪れた。

 突如、格納庫内に鳴り響く警報。それは格納庫内のみならず、おそらくは全校舎でも鳴り響いているのだろう。

 春美たち待機中の魔動機乗りたちは顔を跳ねあげ、モニターへと視線を向ける。

 と、丁度そのタイミングでモニターの映像が移り変わり、魔術科二年一組担任の槇ちゃん先生の姿が映り込んだ。


《みなさん、状況を簡潔に説明します。森林型の演習場の結界に干渉者あり。その人物はすでに結界の一部を崩壊させ、魔獣・タイプαとともに侵攻してきています》


「結界を崩壊させた? 仮にも魔力機関四つの大出力型だよ……?」


 薫は訝しげに眉を寄せ、疑念を口にする。

 魔力機関は魔力を貯蔵しておける機構で、大型なのが欠点ながらもその有用性は高い。重要な施設などには必ずと言っていいほど設置されており、平時から低出力で結界を張っているし、緊急時には最大出力へと移行する。

 それを崩壊させるなど、よほど魔力の扱いに長けた者か、結界を突破できるほどの攻撃力を備えた存在に他ならない。


「薫、槇先生が続きを仰る様よ」


 と、春美からの指摘に薫は視線をモニターへと戻す。


《魔獣たちは演習場を真っ直ぐ突っ切ってくる部隊と、それを大きく迂回しながら回り込んでくる部隊に別れているようです。これから先生たちは視界の悪い森林型の演習場へと迎撃に赴きます》


 なので、と槇先生は一度区切り、


《――魔動科生は魔動機を起動後、比較的見晴らしの良いグラウンドでの迎撃を主眼に置いて行動してください。学生の魔動機部隊の指揮官は天埜春美です。いいですね》


 魔動機は、機動兵器にしては小柄なほうだとは言っても、それでも四メートルを優に越す巨体だ。森林のように入り組んだ場所での遊撃・迎撃には向かない。

 それを操るのが学生となれば、尚のこと。だからこそ、槇先生たち教員の魔動機乗りと魔術師の混成部隊が森林への迎撃に向かうのだろう。たとえ約半数の教員が各地へと派遣され、戦力不足の現状だとしてもだ。

 魔動科の学生たちをグラウンドに配置するのは、単に教員からの気遣いゆえだろう。


《魔術科の生徒たちは魔動機では動き辛い狭い場所や、魔動機部隊が討ち洩らした敵の迎撃を。決して無茶な特攻はしないように。魔動科生と違ってあなたがたは生身です。肉体強化を過信しないように》


 格納庫内には姿の見えない魔術科の学生への警告と気遣い。だが、今この学園に残っている学生たちはほとんどが成績優秀者なため、言われなくてもわかっていることだ。

 それでも言わなくてはならないのは教員や大人ゆえのケジメだろうか。


《魔術師部隊の指揮権は虎雅あきとに一任します。魔術科の学生たちは彼の指示に従うように。――では各自、持ち場へと速やかに移動を。グラウンドでの会敵予測まであと五分です》


 その通信を最後にモニターは待機状態に移行。


「虎雅……ね」


「春美、今は――」


「わかってるわ。それに、彼はあの人たちほど愚かではないから、無茶な采配はしないでしょう。それよりも薫、ユニットの起動を始めて」


「……わかった。突貫作業でやるよ」


 学生たちはそれぞれが成すべき事の為、行動を開始した。


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