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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
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嘲笑の意味


 敏也の放った赤炎とマサルの指揮する水流はレーヴェを捉えたかと思われた。

 が、


「解析完了だ」


 それまで敏也たちの前方の景色を覆っていた膨大な量の赤炎と水流があっと言う間に消えていき、その向こうに健在のレーヴェの姿が現れた。いや、これは消えていくと言うよりも、どこかへ吸引されているように見える。

 行先は、レーヴェの変色した左手。


「実体のないものまで……」


 ぼやきつつ、敏也はエリーネを庇うように彼女の前に移動した。マサルも同様に彼に並ぶように立ち塞がる。


「クク、クククク」


 それを見たレーヴェは余裕の笑みを湛えていた。そして、その右手に持った黒剣からは再び黒炎が迸り始めている。


(まさか、『灰神』の炎まで吸収できるなんて……)


 剣や弾丸といった実体のあるものだけでなく、そのような物まで吸収できるとなると、正攻法ではこちらに打つ手はない。

 そして『解析完了』との言葉。それはいったいどういう意味なのか。


「……マサル、今のあいつの言葉……」


「ああ。恐らく、あの吸収能力を発揮するために必要なプロセスなのだろう。それがつい今しがた完了したと見るのが妥当だ」


「……吸収したのが大神くんの炎と神堂寺くんの水流ということは、こちらの魔力の波長を捉えた、ということでしょうか」


「たぶんな」


 三人は身構えたまま、その場に佇んでいる。それは単に、迂闊な動きを示せば目の前にいるレーヴェがすかさず追撃を放ってくるとわかっているからだ。ゆえに、離脱の隙を三人は伺っているのである。

 だが、敵対者たるレーヴェからして見ればそのような思惑は暢気に過ぎる。


「最大出力だ、フェンリル」


 黒炎が威力を増す。

 未だに放たれず、まだ収束の合間だというのに、猛る炎がまるで巨大な剣のようになっている。レーヴェは家屋の上にいるというのに、その右手に持った剣は大地を穿ち、焼き焦がしている。

 それはつまり、圧倒的なまでの魔力の制御・出力技術と、それを生み出すだけの魔力をレーヴェは有しているということになる。

 まさか、これまでの攻防は全て手を抜いていたというのだろうか。


「っ」


 それを見た途端、三人は自分たちが目の前としている危機を察知。敏也は炎刀を素早く鞘に納め、背後に居るエリーネを抱える。そしてマサルは二人を庇うように後退し、三人は空中へと跳び出した。

 しかし、


「堪えてみせろよ、ガキども」


 数十メートルはあろうかという長さの黒炎の剣がゆっくりと持ち上がり、それがレーヴェから距離を取ろうと飛び退いた三人を上方から襲う。

 それをまともに喰らえば叩き潰され、躱そうとしたとしても周囲へと撒き散らされている黒炎に身体を焼かれてしまう。

 それを直感的に察した敏也は腕の中に居るエリーネに顔を向け、


「エリーネッ!」


 ――頼む。


「はい!」


 言葉にせずとも敏也の叫びの意図は伝わり、彼の腕に抱かれているエリーネはその端正な顔に、頼ってもらえたことに対する喜びを散りばめる。そして、エリーネは即座に障壁を展開。三人を覆うようにして光の殻が出現した。


 まばゆく輝く障壁と長大な黒炎の剣が衝突。

 直後に、光の殻は大地に叩きつけられていた。


「うぁあぁぁっ!!」


「うぅぅっ! ……あ……くっ」


「ぐっ……やってくれる」


 過大な重圧と強烈な振動が内部に居る三人を揺さぶる。

 敏也はエリーネを必死に庇い、マサルは障壁へと手を付き、なんとか姿勢を維持する。そんな中、エリーネは必死に歯を食い縛り、障壁を維持し続けていた。

 その理由は明白。黒炎の剣は未だ敏也たちを押し潰そうとしており、もしも障壁を一瞬でも解けば、その瞬間に三人は焼き尽くされてしまうからだ。

 逃げられない。その上、反撃しようにもそうするための方法がない。


「消えろ消えろきえろキエロキエロォォォォォッ!!」


 レ―ヴェが顔に狂ったような表情を浮かべながら絶叫。狂喜、憎悪、愉悦、その他にもいったいどれほどの感情が綯い交ぜと成っているのか知れない。ただ、その右腕は柄を握り締め、押し付け、敏也たちをそのまま潰そうしている。

 ギチギチと障壁が軋み、その度に壁にノイズが走っている。


「エリーネ、もつかっ?」


「ええ、もたせて……見せます……っ!」


 歯を食い縛り、汗を頬に流しながらエリーネは応えた。が、その発言が強がりで、そして二人に対する気遣いだということを敏也とマサルは理解している。

 ゆえに、二人は顔を見合わせた後頷き合い、マサルは右耳に掛けたインカムに触れ、


「――大河、援護だ」


《……いきなり何って問い詰めてあげたいけど、モニターに映ってるし、なんとかなく状況は察したよ。……六秒後だから》


「了解した」


 軋む音と、炎が猛る音、そしてレーヴェの高笑いを聴きながら六秒が過ぎ――

 ――街の西側の市街地上空から、一直線に走るレーザーが照射された。


「なにィッ!?」


 それはレーヴェが制御していた黒炎の剣、その長大な刀身を丁度真っ二つにするように着弾。炸裂する閃光の後、圧縮されていた黒炎が周囲へと爆散した。

 西側の防衛に回っている大河機。その背に装備したレーザー砲による援護射撃だった。


「エリーネ! お前はここで休んでろ!」


「はぁ…………わかり……はぁ……ました……」


 黒炎の剣が崩壊した瞬間、敏也からの指示が飛ぶ。すると、エリーネは自身の魔力制御中枢に掛かった負荷のせいで息も絶え絶えに返事をした後、障壁を解除。

 自由になった敏也とマサルは左右へと別れ、二方向からレーヴェへと向かう。

 そして、


「おぉぉぉぉ!」


 敏也は奔りつつ炎刀を抜刀。そして振りかぶり、膨大な熱量を刀身に顕現させる。次いで、それを振り抜き、煌炎をレーヴェへ向けて放射した。

 放たれた火は、先ほどタイプβの巨大な体躯を焼き尽くした炎と同質同規模のものだ。


 一方、マサルは三鈷剣を投げ捨て、エリーネからある程度離れた場所に停止。剣が崩壊し消失していく様を尻目に、両手をレーヴェへと翳す。


「術式展開」


 手のひらの先に直径二十センチ程度の大きさの魔方陣が出現。一目見ただけならその小ささに目を取られ、大した威力を持たない術式だと思ってしまうだろう。

 しかし、必ずしもそうだというわけではない。


「術式解放」


 そこから放射されたのは、先ほどまでマサルが操っていた水流とは比べ物にならないほどの速度で唸る水柱だった。

 それまで十二に分けていた水流を一本に纏め上げ、尚且つ高密度に押し固めた上で狭い発射口から撃ち出すという水のレーザーである。


 敏也とマサルの放った攻撃は、どちらもかなりの威力を誇っている。当たればたとえレーヴェといえど、しばらくはまともには動けまい。

 ただ、その二つの攻撃を視界に捉えたレーヴェは、嗤っていた。口角を限界まで吊り上げ、その身を悦びに撃ち震わせながら。

 そして、


「喰え」


 左手が突き出された直後、敏也たちの攻撃はまるで見えない手に掴まれてしまったかのように曲がり、操られ、引かれるようにしてそこへと吸い込まれていく。周囲には何の被害も齎さない。燃焼も、破裂も、何も生まれない。


 その光景を目の当たりにした敏也は愕然とした表情をしていた。


「そんな……これだけ魔力を込めても駄目なのか……?」


 渾身の一撃、今のは紛れもなくそれだった。再生能力に長けた獣すら数発で戦闘不能に追い込むほどの破壊力、それが今の『炎刀・灰神』の力のはずだった。

 なのに、これほどまでにあっさり無力化されるなど――


「敏也! ほうけるな!!」


「っ!」


 マサルからの叱責に敏也が我に返ると、視界には何十メートルか先の道路に佇むレーヴェの姿が映った。

 その手に持った黒剣が横に倒され、


「坊主、術式と魔剣にはな……こういう使い方もあるんだぜ?」


 刹那、横にされたフェンリルの刀身の後ろに三つの魔方陣が展開され、その輝きがみるみると増していく。

 そして、


「『フィンブルの矢』」


 魔方陣から生み出されたのは突風。それに相乗するようにして燃え盛り始めた黒炎が収斂しゅうれんされ、矢の如く撃ち出された。

 敏也は息を詰まらせながらもレーヴェを睨みつけ、炎刀を構える。


「っ! そんなもの――『灰神』で弾いてやるッ!」


 真紅の刀身から迸った赤き猛火が唸り、敏也を護るように立ち塞がった。

 しかし、

 バシュッ、と音がした。

 見れば、黒い矢が赤炎の壁を突き破っていた。そして、今まさにそれが敏也の後方遥か先にある家屋の塀に激突し、炸裂した。

 背後から猛風が敏也の向いている方角へと吹き抜ける。髪が靡き、身体を押され、倒れそうになってしまう。


「『灰神』の炎を突き破って……」


 それまでにレーヴェが放った黒炎攻撃とはまったく違う威力だった。

 魔剣を術式の力で強化――否、それらを同時に使用することで相乗的な効果を生み出したというのだろうか。

 攻撃魔術を使えない敏也には到底無理な技術だ。しかし、だからといって嘆き、悲観して居ていいはずがない。

 黒の矢は次々と撃ち出され続けている。


「……炎で弾けないなら、刀身で弾くまでだ!」


 ――胸のざわめきが大きくなる。

 決死の想いで横に薙いだ炎刀と黒の矢が激突し、それをいとも簡単に炎刀は切り裂いて見せた。切り裂かれた矢は霧散し、爆発など引き起こさず消えていく。

 それを見届けたレーヴェは目を細めながら口元を綻ばせている。


「ほぉ、そりゃあやっぱ良い武器だな、坊主。せっかくだからオレが貰ってやるよ」


「誰がやるか、クソ野郎! お前にやるのは牢獄と封印術だけだ!」


「へっ、そんな大口はオレに勝ってから――」


「――隙だらけだぞ、愚か者め」


 血が舞った。次いで、口から血が噴き出す。その首がゆっくりと背後を振り返る。


「て……めえ…………いつ……のま……に」


 レーヴェは背後から脊柱の辺りを三鈷剣で串刺されており、傷口から絶えず血が流れ出している。

 それをやったのは、敏也が注意を引き付けている間にレーヴェの背後に忍び寄っていたマサルだった。その普段よりも冷たい温度となっている目がレーヴェを見据える。


「気配は……なかっ、たはず……」


「お喋りに気を取られているからだ、馬鹿め」


 言いつつ、マサルは二本目の三鈷剣を生成。それを握った右手を左肩付近に構え、


「幸いなことに、貴様の生死については不問とされているのでな。このまま首を刎ねさせてもらう。再生能力を持っているという貴様のことだ。きっと死にはしない」


「へ、へへ……生意気な……ガキが。なんでも……自分の思い通りに、事がす、すむと…………思って、やがる」


「……どういう意味だ?」


「もうじき……始まるぜ?」


「なにを――」


 マサルが問い詰めようとした瞬間だった。

 ピリリリリ、と電子音が鳴り響く。

 地に膝を着き、地に突き立てた炎刀を支えにしていた敏也は「なんだ?」と困惑する。そんな彼の傍に今しがた辿り着いたエリーネもその音に訝しげな表情になっている。

 レーヴェの首を刎ねようとしていたマサルの動きも止まっている。


 発信源は、敏也たちが日頃から身に着けている携帯端末。そして、この音は地震速報とはまた違う、非常事態を知らせる警報だった。

 それに気付いた敏也は急いでポケットへと手を突っ込み、端末を引っ張り出す。キーを操作し、音が鳴り出した原因を探る。

 内容を見た瞬間、敏也も、彼の傍に居たエリーネも、表情が固まった。


「嘘だろ……?」


「そんな……まさか」


「どうした! 敏也、エリーネ嬢!」


 マサルからの怒号に、敏也とエリーネはそちらへと視線を向ける。

 そして、


「学園が襲われたって。戻れる部隊は戻れって……今、そう連絡が」


 敏也の持つ端末の画面には『緊急。戦修学園結界内に襲撃者あり。近隣の学生部隊は至急戻られたし』と映し出されていた。


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