表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
59/126

そして、少年と少女は一歩の先へ

 一方、街のメインストリートで一体のタイプβを相手取っている玄崎は、丁度その左頬を加減なしで殴り抜いたところだった。

 止む気配のない雨景色に、肉を打つ音が響く。


 黒い手甲『虚構装甲・司危』が、タイプβの持つ装甲のように厚い体毛を掻き分け、その下の肉にめり込み、骨まで衝撃が伝わる。

 が、獣は苛烈な衝撃を身に受けながらも踏み止まり、殴られた体制のまま玄崎を睨みつける。そして、左手を持ち上げ、自身の頬に右手を減り込ませたままの彼をたたき付けた。

 しかし、


「――防御だ、『司禄』」


 命令を受けた四つの盾たちが空を舞いながら飛来。玄崎へと今にも叩きつけられようとしていた腕に対し、一列に並ぶことで防御陣形を展開。打ち付けられた腕を受け止め、主への暴虐を無効化する。


「――ッ」


 それを見た獣は苛立たしげに口元を歪め、再度腕を振ろうとする。

 だが、その間に玄崎は腕を頬肉から引き抜き、さらにはそこを蹴り空中へ。そのまま回転しつつ獣の頬へ再びの打撃――猛速による回し蹴りを喰らわせた。

 直後、巨大な肢体が派手に吹き飛び、その身体が倒れ込んだオフィスビルの一画を薙ぎ倒し、崩落させていく。


 その様子を道路に着地して見守っていた玄崎は、自身の周りを浮遊する四つの盾に囲まれながら、愉快げに口元を緩める。


「どうだ? デカブツ。おれの一撃はキツイだろ」


 答は返ってこない。相手は獣なのだから当たり前だが、それでも一鳴きぐらいは返してくれてもいいのではないか、と玄崎は内心でごちり、視線を西の彼方へと向けた。

 その視線はビル群に遮られてはいるが、視覚以外はその異常をはっきりと感じ取っている。


「さっきの妙な魔力……大神とフリートハイムか?」


 突如として出現した強大な魔力は、玄崎の知覚神経が訴えかける内容によると、大神敏也とエリーネ・フリートハイムの魔力を足して混ぜ合わせた感触だった。しかも、単純に二人の総魔力量を合わせたものよりも遥かに巨大だ。

 玄崎は肩を落としながら一息を吐き、


「それが燐火さんの実験の成果ってか? 変な実験に手を出したもんだな……っと」


 言いつつ、玄崎は身を大きく逸らした。次の瞬間、彼の頭部が先ほどまで存在していた空間を巨大な瓦礫が素通りしていった。

 玄崎が姿勢を戻しながら、瓦礫が飛んできた方向へ胡乱な眼差しを向けると、


「――――ッ!」


 恨みがましい目つきでこちらを睨みつけてくるタイプβが居た。まるでアクセルをしきりに吹かす車のように荒く息を吐きながら、眼球の病に侵されたかのように血走ったまなこで玄崎の姿を捉えている。

 玄崎はそれを見つつ、両腕を構えながらその獣に向き合う。そして、笑みを零した。


「ようやくお目覚めか。――けど、もうてめえに構ってる暇はねえ。……二体目が来たようだしな?」


 先ほどこのタイプβが現れた方角へと目を向けると、四車線道路を闊歩しながらこちらへと向かってくる二体目の姿が見えた。が、どうやら東側のバリケードを担当していた地上班が必死に足止めしているらしく、絶えず閃光が迸っている。

 これなら、ここまで辿り着くまでにあと数分は掛かるだろう。


 ――それまでに目の前の個体を片付ける。


 そう決断した玄崎は、今にも飛び掛かってきそうなほどに怒り狂っている獣を前にしているにも拘わらず、両目を閉じ、両手に装備した『司危』を身体の前に掲げた。

 そして、


「術式解放――『司非』」


 言葉を言い終わると同時に、手甲に変化が訪れる。

 突然、爪が現れたのだ。それは、鋭利でありながら巨大で、それでいて指の稼働を損なわないよう配慮がなされている風貌を模している。


 両手に存在する指、それぞれを覆い尽くすようにして顕現した光の爪。


 相手が魔術師ならば、その爪を見た瞬間、それが魔力を高密度に収束されて生み出された破壊の権化だということを理解できる。が、生憎獣はそういった知識を持ち合わせていない。ただただ、その爪が危険であるということしか理解できていない。


 玄崎は閉じていた両目を開き、身体を前に倒しながら駆ける準備を整える。

 そうして、


「――いくぜ」


 爆速で駆ける。加速の為に蹴り飛ばしたアスファルトは砕け散り、幾千もの破片が宙を舞う。――が、獣がそれを認識した時にはすでに玄崎が眼前へと肉迫していた。


「ウオラァァァアァッ!!」


 雄叫びと共に爪が高速で閃く。

 横一文字に薙がれた爪たちは獣の両目を真っ二つにし、それだけでは飽き足らず、眼孔周囲の肉を根こそぎ剥ぎ取っていた。夥しい量の出血と細切れと化した肉が生まれる。


「――――ッ!」


 神経を焼くほどの痛みが獣の体躯を駆け巡る。悲痛な叫びを上げながら獣は身を捩る。


「まだまだァ!」


 だが、玄崎は手を緩めない。必死に玄崎を振り払おうと暴れ始めた獣、それが左へと振り抜いてきた右巨腕へと左手の爪を突き刺し、そのまま身を任せる。

 そして、腕を戻そうと右へと移動させ始めた瞬間、爪を引き抜き、獣の腕の動きの反動を利用して跳躍。身を捻ることで吹き飛ぶ方向を微調整し、再び獣の眼前へと近付く。

 さらに、


「ぶった切れろォ!」


 両手に顕現している光の爪を同時に振り下ろす。それは鮮やかな光の軌跡を雨雲に覆われた薄暗い世界に描きながら目標に到達し、直後に離脱。


 ――頭蓋の中にまで届く斬撃が、獣の顔面を上部から下部へと見事に引き裂いていた。


 いくら再生能力が高かろうと、頭脳を破壊されてしまえば、そこが再生する間、身じろぎ一つ取ることはできない。


「てめえの弱点は――」


 攻撃を終えた玄崎は地に降り立つ。が、手を休める真似はしない。再度地を蹴り、血流を絶えず流す獣の上方へと飛び上がる。そのまま上空で身体を回転させ、重力に引っ張られ始めた体躯に遠心力を発生させた。

 次いで、


「――ここだァ!!」


 刺突。

 五指を揃え、一振りの剣のように収斂された爪を獣の巨大な頭蓋の奥深くへと突き込む。玄崎の肩口まで肉の中に埋まっている。――そして何かを掴み、引き抜く。

 引き抜かれた玄崎の右腕と同時に、赤い血潮と脳漿が飛び散る。

 間髪入れずに玄崎は獣の頭部から飛び退き、道路の上へと着地した。そのまま左手を、何故か再生スピードが鈍り痙攣を繰り返している獣の巨体へと向ける。

 玄崎は鋭く細めた視線を獣に投げ掛け、


「『虚構城・司禄』、能力解放。――『とみて星』」


 それまで玄崎の周囲を飛び回るだけだった四つの盾たちが、彼の左手の上下左右に集結。そのまま『十』の字の体勢で停止した。

 だが、それだけで終わるはずがなく、玄崎の左手付近に、四つの盾たちをも組み込むようにして魔方陣が展開され、そこに魔力が――光が収束していく。

 それはまるで、魔動機が装備するレーザー砲のような輝きだ。

 だが、


「消えろ」


 直後、魔動機のレーザー砲など比ではないほどの光の奔流が生み出された。魔動機の放つレーザー、その何倍はあろうかという太さの光線だ。

 それは、ようやく脳と眼球の再生が終わったところだった獣を一息に呑み込んだ。


「――――ッ」


 獣は己が身を焼く突然の暴虐に悲鳴を上げた。が、玄崎は手を緩めず、術式の解放を続けている。光線は獣の身体のみでは飽き足らず、その向こう側にあったビルなどの建築物すら消し飛ばし、終いには街の外周部にある山間部にまで到達した。


 轟音、そして、苛烈な爆発と閃光が命中と同時に発生。


「うぉっ!? やっべえ! 加減し損ねたか……」


 その事態はどうやら玄崎にとっても想定外だったらしく、慌てて照射を停止。術式は霧散し、整列していた四つの盾たちは再び玄崎の周囲を舞い始めている。

 解除がうまくいったことに安堵した玄崎は、それまで冷酷に徹していた表情筋を緩め、「あーどうすっか、始末書で済むといいが……」と呟いている。


 ――獣の姿はどこにもなかった。肉片一つも、である。


 獣の生死を確かめる必要などないと思っているのか、玄崎は警戒心など蚊ほどもなく、遥か向こうで二体目のタイプβと交戦している味方部隊を一瞥すると、自身の右手の手甲へと目を移らせた。


「……さてと、片付いたは片付いたが……」


 そう言いつつ、ずっと握りしめていた右手を開く。

 彼の手のひらの上には、血に染まっていながらも鈍らない、蒼い輝きを放つ一つの小さな石があった。


「なんでこいつらの頭の中にこれが入ってる……」


 タイプβを前にしてから知覚神経が訴えていた違和感。それを確かめてみる為に腕を突っ込んでみたが、どうやらある意味当たりを引いたらしい。


 何故これが奴らの頭の中に入っているのか、そのことは理解できなかった。――が、もしや、タイプβの知能の高さや再生能力の高さはこれに起因しているのでは、これが獣たちを活性化させているのでは、と玄崎は仮説を立てる。

 確信はない。しかし、その可能性は高い。

 とは言っても、所詮は推論でしかない。


「ちっ、当てずっぽうで部隊に『頭切り開け』って言う訳にはいかねえしなぁ……もう一体かっ捌いて、確かめるとするか」


 玄崎の目には、二体目のタイプβに合流した三体目のタイプβの姿が映っていた。



 焼死体。否、十メートルほどの巨大な体躯の獣が炭化したことによって生み出された焼け残り。それが、街の一画には倒れ伏すかのような形で存在している。

 それはまるで、悪趣味な芸術家が作り出した不気味なオブジェのように思える。もしくは、空想上の生物である悪魔のような醜さだろうか。

 だが、それを生み出したのは芸術家でも、ましてや悪魔そのものでもない。


 大神敏也とエリーネ・フリートハイム。彼らが倒したタイプβが、このような顛末を迎えることと成ったのだ。


 その場に居合わせていた軍と治安維持部隊の二十近い数の魔動機――その混成部隊も、敏也たちと同じ訓練班の面々も、誰もが戦慄の面持ちでその暴虐の痕を残した『彼ら』を見据えていた。


 ――大地を焦がす大火。降り頻る雨が健闘し、ようやく勢いを弱らせ始めた熱。


 敏也が刀から放った極大の炎によって周囲の家屋は燃え盛り、エリーネが展開した広範囲殲滅型の術式によって発生した夥しい数のクレーターが市街地には見受けられる。

 そんな灼熱地獄の中心には、件の人物である大神敏也とエリーネ・フリートハイムが炭化した獣の死体を見降ろしつつ、周りで翻る熱を魔力障壁によって阻みながら佇んでいた。


「これ、俺たちがやったんだよな……?」


「ええ、そうですよ。自分でも信じられませんけど……」


 敏也とエリーネは呆然と立ち尽くし、自分たちが結実させたこの事態に驚きを隠せないでいる。


~~~~


 ギアによる同調完了後、猛る心に身を任せ、二人は獣へと向かっていった。

 それを同じ訓練班のメンバーであるマサルと奈々は声を張り上げ、必死に呼び止めた。紫苑と大河は彼らの行く手を阻むため、自機を動かそうとした。軍の部隊ですらも、オープンチャンネルで彼らに呼び掛け、待機を命じた。

 理由など明白。子供である彼らに、そのような無謀な特攻をさせるわけにはいかなかったから。


 だが、それは杞憂だった。


 向かってくる敏也たちを跳ね飛ばすような勢いで駆け出した、十メートルはあるのではないかと思われるサイズの獣。それに対し、屋根に着地した敏也に支えられているエリーネは右手を翳す。


「術式! 『エルデ・プファール』!」


 彼女の手のひらの先には、いつのまにか魔方陣が発光していた。そこから撃ち出された小さな光球が獣の進行方向前方にある大地に着弾。

 直後、その光球――術式の塊によって生み出された巨大な土の杭が、猛進し続けていた獣の首を串刺しとした。

 それは以前、奈々が魔獣の群れに対して使用した土の術式を、一点に集中させたかのような攻撃だ。


「あ、あれ? いつもより威力が……」


 エリーネが何かに困惑する中、獣は口から血を噴き出しながら停止。


「よし、ちょっと下がってろ、エリーネ」


 それを見るや否や、敏也がエリーネから身を離しつつ抜刀――すぐさま最大魔力を練り込み、刀へと送り込む。すると、ただでさえ紅い刀身がさらに紅く燃え滾る。

 次いで、


「『灰神』――やれッ!」


 それを両手で振り上げ、間髪入れずに高速で振り下ろし、灼熱の波を獣へ向け放った。

 圧縮された猛火が真っ直ぐに獣へと迸る。

 そして、直撃。衝突した瞬間に拡散し、獣の巨体を一気に呑み込む。


「――――ッ」


 膨大な熱量によって土の杭は溶け落ち、しかし、身体は自由にはなったものの容赦なく焼かれ、獣は喉の傷を再生しながらも己が身をのた打ち回らせていた。


「……確かに威力が変だな。今の、軽く練り込んだつもりなんだけど……」


「……なんにせよ、チャンスであることに変わりはありません!」


 敏也の攻撃が終わった後、エリーネは自分たちの疑念を振り払いつつ、先ほどのものとは別の術式を展開。


「術式展開――『アースガルズ』!」


 彼女が空へと翳した手のひらから、一筋の光が上空へと一直線に走る。

 その光は上空数十メートルまで昇ったところで拡散。さらに、飛び散った光たちが、まるで折り畳まれる過程を逆再生するように開かれていく。


 ――そして、天を覆い尽くすのではないかと見紛うほどの数の魔方陣が、この地区一帯の空を覆い隠していた。


 それを見た敏也は目を剥き、急いでエリーネを見やる。


「バ、バカ! エリーネ! ここでそんなの使ったら街が――」


「――シェルターをあの化物に潰されるよりはマシでしょう!? 心配しなくても規模は抑えますから!」


 二人の問答の後、大量の魔方陣から放たれた苛烈な砲撃が、獣ごと周囲の住宅を弾け飛ばした。

 それに衝突されたあらゆる物は堅さなど関係なく、まるで薄い木の板を割るように、いとも簡単に圧砕され吹き飛んでいく。砲弾から飛散した火勢は、住宅地を瞬く間に舐め上げていく。


 さながらそれは絨毯爆撃、もしくは隕石の衝突だ。


 ただ、その光景は『規模を抑えた』とはとても言い難いものであり、近辺で無事なのは敏也とエリーネの居るこの家屋を残し、数軒ぐらいである。

 敏也はそのような世迷言をのたまったエリーネへと批難めいた半眼を向けた。


「……へぇ、これで規模を抑えた、ねぇ? ふーん」


「な、なんですか、その冷たい目は。……ちょ、ちょっとうまく加減できなかっただけじゃないですか! なんだか変なんです! さっきから魔力の出力がおかしいというか……」


「へぇー、そうなんだー。……ったく、後でちゃんと玄崎さんにやり過ぎたこと、謝るんだぞ。俺も一緒に謝ってやるから」


「……わかってますよぉ……大神くんのイジワル……っ!」


 いじけたように言うエリーネを見た敏也は苦笑い。

 その遣り取りの間に爆撃は終わっていた。


 が、続けざまに敏也が再度魔力を炎刀へと流し込みつつ、エリーネをその場に置いて跳躍。加速の勢いに身を任せ、幾ばくかの距離に佇む瀕死の獣の頭部へと飛び移った。

 さらに、皮膚がブスブスと燻り、弱々しく震えながらも肉と皮膚が再生しつつある獣の頭蓋へと炎刀を容赦なく突き入れる。


 そして、柄を限界まで握り込みながら敏也は不敵な笑みを浮かべ、


「加減はなしだ、木偶の坊」


 刀身から炎を解放。

 生きているかのような跳ねる炎たちは、獣の体内を駆け巡り、あらゆる臓器、血管、骨を這い回った。まるで、そこから命を根こそぎ奪い尽くすように。


 レーザー砲の直撃に堪えるほどの堅い外皮を持つはずのタイプβは、エリーネによる術式攻撃、敏也が持つ炎刀の炎、そのどれもに抵抗することができず、成すがままに蹂躙されていた。


 味方魔動機部隊は空中で頭部センサーを煌めかせ、その様をただただ唖然と眺め続けている。

 マサルと奈々は二人から離れた地点で立ち尽くし、本来『半端者』である彼らのその圧倒的な力の発現を見詰め続けていた。同様に、大河と紫苑も自機をマサルたちの近くの地表に着け、彼らの奮戦模様をモニター上で観察している。


 結局、内から焼き尽くされた獣は全身を炭とし、二度と起き上がることはなかった。


~~~~


 そのようなことがあり、しかし、敏也たちはただ必死に戦っただけであるため、どうにもこの拍子抜けな結果に納得できていないようだ。


 燃え盛っていた炎は、今もなお降り頻る雨によって鎮火し始めていた。それを確認したエリーネは障壁を解除し、ほっと一息を吐く。

 と、訝しげに眉を寄せた敏也がエリーネの方を向き、


「エリーネ、俺たちの魔力の残量は?」


「……かなりあります。あれほどの攻撃を行ったと言うのに、減ったのは五分の一程度のようです」


「……そっか」


 ――二人の魔力の最大容量が増えていることは疑いようがない。

 三珠市での戦いの折、ギアによって齎された変化の一つ、それが『ギア』起動時における魔力量の増大だった。


 恐らく、先ほどの二人の攻撃が予想外に大規模のものとなってしまったのは、単に魔力が増え過ぎていたためであり、今まで通りに魔力を制御しようとしていたことで制御と出力が噛み合わず、半ば捨てるような形で放流してしまっていたからだ。


(変な声が聴こえるし、魔力は急に増えるし、『ギア』っていったい……)


 敏也は無意識に胸を掴むように押さえていた。

 胸の内に納められた術式、その底知れない力に戦慄さえ覚える。


 魔力は通常、己が身に刻み込むような訓練を日夜繰り返し、ようやく容量が増えるというもの。なのに、この歯車はそんな垣根を容易く踏み越えてしまった。彼らに、踏み越えさせてしまった。

 『ギア』とは可能性を伸ばす力――だとしても、この短期間でこれほどまでの力をもたらすとは、敏也もエリーネも思いもしなかったのである。


 敏也は自らと同様の不安を顔に散りばめているエリーネと視線を交わし、その瞬間に自身の不安めいた表情を引っ込め、代わりに柔らかな笑みを浮かべた。


「ま、細かいことは後に置いとくとしてさ、今は勝ったことを喜ぼう? ほら、これで味方の魔動機部隊は魔獣狩りに精を出せることだし、結果オーライってやつだよ」


「そうかもしれませんけど……地道に魔力を増やしてきた私としては納得し難いというか……悔しいというか……」


「……あー」


 なるほど、と敏也は納得した。

 つまり、エリーネはもちろん今回の顛末に困惑しつつも勝った事に喜んではいる。――が、それ以上に彼女の頭の中で渦巻いているのは、自身が積み上げてきた努力の日々を蔑ろにされてしまったような、そんな一種の敵愾心なのだろう。


 確かに、それに敏也も同意できる。

 コツコツと一つ一つ慎重に作業をしていても、一握りの人間たちは華麗なほどのスピードで作業を終えてしまう――それはどうにも悔しい。地団駄を踏んでも、悪態を一つや二つ吐いたとしても、良心は大して咎めはしまい。

 けど、と敏也は思う。


(俺たちは、命を掛けてここまで生きて来たわけで……)


 二週間以上も前に起きた第三交易都市でのテロ事件、そして、一週間前に起きた三珠市での虐殺事件。その死線と呼んでもいい戦場を駆け抜け、敏也とエリーネはここまで辿り着いたのだ。

 それこそが自分たちの努力。そして手に入れたのは生き抜いた証――戦いの中研磨された、新たな力なのではないだろうか。

 だから、


「ほれ、不機嫌そうなつらすんな。眉間に皺出来てんぞ」


 ツン、と敏也はエリーネの額を人差指で突いた。

 すると、エリーネは綺麗な銀髪を衝撃に舞わせながら「あぅっ」と小さく悲鳴を上げ、不機嫌そうな表情の代わりに、悔しげに口元を引き結んだ愛らしい表情を浮かべた。

 彼女の恨み混じりの青い目が、敏也を上目遣いに睨み据え、


「いきなり何するんですかっ、女の子の額をいきなり突くなんて」


「だってさー、エリーネってば難しく考え過ぎてるっていうか、頭が堅いというか」


「失敬なっ。私ほど柔軟な思考を持っている人は他にいませんよ?」


「……それ、本気で言ってる?」


「……ちょっと後悔してます」


「やっぱり」


 はは、と敏也は笑い、両手で呆れたジェスチャーを取った。


「俺たちって結構頑張ってきたと思うよ? 自分で言うのもなんだけどさ、俺は沢山負けてきたけど、少ない勝ち星はそれを払拭できるくらい価値があると思ってる。だからさ、エリーネも、もっと自分を褒めてあげてもいいんじゃないか?」


「自分を……褒める……?」


「ん。エリーネは真面目だけど、その分自分に厳し過ぎる。俺が思うに、エリーネはお前自身が思ってる以上に努力を重ねてきてるよ。今回の結果は、それが実を結んだんだ。……きっとな」


 全肯定だった。無論、悪い点は述べている――が、それはあくまでも一つの側面から見た場合の事であり、敏也は一切の否定なく、エリーネという存在を認めている。

 エリーネはしばし敏也の顔を見詰めた後、ボッと瞬間的に顔を染めた。


「……大神くんはズルイですね」


「なにが?」


 きょとんとする敏也にエリーネは尚も赤い顔のままそれを逸らし、横目で彼を見る。


「だって……二週間くらい前まではただの『子供』だったのに、最近では見違えるくらい落ち着いちゃって……なんだか置いて行かれた気がします……」


「んー、そうかぁ?」


 言われてみて、考えてみると、確かに敏也自身でもわかるほどに佇まいが変化してきているように思えた。


 ――無暗に感情を爆発させず、まずはそれを己が身の内で噛み砕き、その感情の由来・発生源・原因を探り、答を――真意を求める。

 今はまだ、全てに対してそうできているというわけではない。しかし、それでもいつかは、いつかはと敏也は思う。


 敏也は小さく口元を綻ばせた。そして、


「それはきっと――」


 何かを言い掛けたところで――

 爆発音。続くように、何かが数十メートル先へと墜落してきた。


「なんだ!?」


「味方の魔動機が……!」


 墜ちてきたのは味方魔動機――第二世代魔動機メシア。軍所属の内の一機だ。

 突如、それが火ダルマと成って隊列から離れ、地へと急転直下したのである。

 原因は――見ればわかりきっていた。


「黒い炎!」


 墜落したメシアを包んでいるのは黒炎。自然発火ではまず起こり得ない炎の色。魔術、もしくはそれに類する技術により生み出された魔の炎。


「――ということは……」


 エリーネがその存在を感知し、そちらを見やる。遅れて勘付いた敏也もそちらを見る。

 彼らがそれまで向いていた方向とは九十度ほど右――つまりは、海側の方角。

 そこに、市街地の一画にある家屋の天辺に佇む人影が一つ見える。

 それは――


「よォ! 一週間ぶりだな、坊主、嬢ちゃん」


「レーヴェ!」


 黒剣を持ったガタイの良い三十代の男。両腕を禍々しい刺青で覆い、色の薄いサングラス掛けた一人の犯罪者が口元を狂ったように吊り上げ、そこにいた。

 その上空では、本来青色であるレガリアを黄色に塗装した機体十数機が、味方魔動機部隊と交戦状況へと突入している。


「敏也、エリーネ嬢」


 と、その時、それまで離れた場所で待機していたマサルと奈々が敏也たちのいる家屋に到着した。大河と紫苑も彼らの上方に飛来し、そのまま滞空している。


「あれが例のヤツか?」


「ああ、そうだ。みんな、気を付けてくれ。あいつの黒炎は並の障壁や対魔装甲じゃ、きっと防げないから」


「へえー、そりゃなかなか凄いじゃん。――でもさ、敏ちん、『慎重に行こう』なんて指示はなしにしてねぇ」


 奈々のその発言に敏也は渋面になり、その心を探る。


「なんでだよ?」


「――だって、エリーを傷付けたのってあいつっしょ? だったら、ボッコボコにしないとねぇ?」


「……そうだな」


 敏也は答えながら思わず微笑んでいた。

 レーヴェのことは憎いと思う。叩き斬ることが出来れば、どれだけ心が晴れるかわからない。――が、それでも敏也の心は穏やかだった。先ほどまでならきっと猛り狂い、姿を捉えた瞬間、即座に斬りかかっていただろうに。


 ――心の近くで、暖かな何かが歯止めを掛けている。


 光。春の陽気にも似た感触の何かが、黒い感情を抑制している。

 それが何なのか、わからない。けど、それで良いと思う。今は、まだ。


「――倒すぞ、今度こそあいつを!」


 刀を振り、切っ先をレーヴェへと向ける。ヤツが笑みを深めるのが見える。だが、敏也はそれが挑発だと理解できている。だから、怒り狂いはしない。

 エリーネは敏也の声に頷き、その横顔を見やる。


「ええ、倒しましょう! そして、罪を償わせるんです!」


 マサル、奈々も彼らの勇敢な佇まいにどこか影響されたのか、口元を軽く綻ばせながら首肯していた。

 そして、紫苑と大河は、


《……こっちは任せる》


《僕はあっち……だね》


 その言葉に敏也たちは大河たちを見る。と、その頭部センサーは、紫苑機は――遥か上の空に滞空している蒼色の魔動機・アナスタシアを。大河機はそれとはまったく違う方向――西側のバリケードがある方面へと向いていた。


 ――バリケードが崩壊している。魔獣・タイプαが雪崩のように押し寄せ、街中へと侵入しているのがわかる。

 ただ、タイプβに関してはほぼ死にたいのようだ。バリケード跡に力無く倒れ伏している。恐らく、死ぬ前の最期の力でバリケードを押し破ったのだろう。


 大河は溜息交じりに通信を飛ばす。


《僕がタイプαの足止めをするから、君たちはその間にあの男を仕留めて。……できれば一人くらいはこっちを手伝ってほしいんだけど……》


「では八咫神、お前が行け」


「うぇっ!? わたしぃっ!?」


 突然のマサルからの指名に奈々は憤慨。小柄な体躯ながら鬼気迫る勢いで隣に居る彼を睨みつける。


「ちょっとちょっとぉ、マサル。話は聴いてたっしょ? わたしはあのサングラスをカチ割りたいの。顔面にストレートを連打したいの」


「そう喚くな。八咫神よ、我儘を聞いている余裕はないのだ。お前の得意な分野、忘れたわけではあるまい」


「うっ、…………はいはい、わかりましたよぉ。ゴーレムで数の不利を引っ繰り返せってんでしょ? やりますよ、やーりーまーすー」


 ぶつくさ文句を言いながらも適材適所を理解したのか、奈々は敏也に「あれのガネメ、きっちり割ってねぇ」と言い残し、西の方へと道路を駆けて行く。そして大河も、《僕も行って来るよ》と言いつつ、機体を翻して飛んでいった。

 さらに、


《……私はあいつと決着を着ける》


「あの新型か」


 敏也とエリーネ、紫苑機の視線はアナスタシアへと向いている。時折飛来する軍からの攻撃を複合防盾アイギスでいなし、尚も紫苑機へとセンサーを向けてきている。

 まるで、最初から獲物を定めて来たかのように。

 その時、


「オイオイ、いつまでくっちゃべってるつもりだァ?」


 そんな声と共に、黒炎が飛来――したが、エリーネが即座に展開した魔力障壁が、まるで空へと延びるガラスの道のように張り詰め、前方からの到来を阻み、暴虐の魔の手を防いでいた。

 その結果を悲嘆なく見届けたレーヴェは鼻で笑い、


「ハッ! かてぇなァ、嬢ちゃんの障壁は。けど、だからこそ愉しみ甲斐があるってもんだ」


「――その下卑た顔の皮、根こそぎ焼いてやるよ、レーヴェ」


 炎刀の刀身から炎が螺旋状に迸り始めた。敏也が魔力を注ぎ込み始めたのだ。切っ掛けは当然、レーヴェがエリーネに気持ちの悪い視線を送ったから、ただそれだけである。

 そんな彼を見るエリーネは「冷静に」と注意し、マサルは愉快そうに肩を竦めていた。

 そして、


「――紫苑、あの自信過剰な魔動機の相手はお前に任せる。――ぶちのめしてやれ」


《……うん、もちろん。――スクラップにしてみせる》


 火の粉を身に纏う敏也からの激励を貰った紫苑は機体にスラスターを噴かせ、上空で待つ仇敵の元へと向かっていった。

 この場に残っているのは、敏也とエリーネ、マサル、後は敵であるレーヴェのみだ。

 マサルは、さて、と肩を回し、


「連携してヤツを倒すぞ、敏也、エリーネ嬢。――いいな?」


「おう!」


「ええ!」


 各々が武器と術式を構え、今にも駆け出さんとする。

 その様を見たレーヴェが暴力的なまでの嘲笑を浮かべ、黒炎を纏った黒剣を持った右手も、何も持っていない左手も、そのどちらもを身体の左右へと大きく広げた。


「――来いよ、ガキども。三匹とも呑み込んでやる」


 黒い炎が、猛る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ